73.朝日の散歩と朝食の匂い
明朝、僕はゆっくりと目が覚めると、太陽はすでに昇っていた。
時計の時刻は午前七時を指す。
だが、まだ静かな雰囲気。
その静かな雰囲気の中、寝ていた部屋から居間の方へ移動する。
昨夜は楽しい話で盛り上がった。
あの後、酒に酔った原田先生と吉岡先生は、いろいろな話を持ち掛けたが、さすがにバレエ教師二人と中学生の藤代さんの前だ。
あまり、深入りせずサラッと受け流す感じで事なきを得たし、原田先生も吉岡先生もそれ以上の話は聞いてこなかった。
夜、そのまま寝るときは、中学生とバレエ講師二人の前では、さすがに規則正しくしようということになり、部屋は別々になり、僕は吉岡先生と一緒の男用の部屋を用意された。
そして、中学生と、大人のバレエ教師二人がすぐ近くにいるため、誰も僕の部屋に来る人は居なかった。
だが、吉岡先生はその用意された男用の部屋ではなく、お菓子パーティーをしていた居間で、原田先生とともに、いびきをかいてグーグーと眠っていた。
同じように原田先生も、いびきをかいて、豪快に寝ていた。
こういう時もパワフルだ。
おそらく、僕たちが寝静まった後も、お酒を飲んでいたのだろう。
飲み過ぎていたためなのか、本当にすやすやと眠っていた。
「おはようございます。橋本さん。」
突然背後から、声をかけられる。
振り返ると、声の主、藤代さんが立っていた。
「おはよう、よく眠れた?」
僕は藤代さんに聞いてみる。
「はい。とても良く眠れました。」
藤代さんが笑っている。
そして、僕と同じように原田先生と吉岡先生を見る。
「ふふふ。よく眠っていますね。昨日、あれだけお酒を飲まれていらっしゃったら当然ですね。」
藤代さんはにこにこと笑う。
「女性の皆さんも眠っています。特に加奈子先輩なんかは起きてこないかと。」
藤代さんはさらに続ける。
確かに加奈子も起きてこなさそう。
本当に静かすぎる朝だった。
「藤代さんも早いんだね。」
「はい。」
僕の言葉に藤代さんは頷く。
そして、さらに藤代さんの後ろから、階段を下りる音が聞こえる。
「お、おはよう、橋本君。一緒の部屋の藤代さんが居なくて、慌てて起きちゃった。それに、大分時間も過ぎているし。」
階段を下りてきたのは、早織だった。
おそらく、藤代さんと一緒に部屋で寝ていたのだろう。
「ご、ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」
藤代さんは早織に言うが。
「大丈夫。むしろ、休みの日はお店の手伝いがあるから、もっと早く起きるの。今日は時間も過ぎてたので、慌てて起きちゃったの。いつもの癖なのかな。」
確かにここに来ると時間を忘れてしまう。
僕たちは、昨日は本当に夜遅く、むしろ深夜、いわゆる古典に出てくる丑三つ時の時刻まで、話をしていた。
おかげで、僕と早織と藤代さん以外の面々はまだまだ眠っている。
僕も伯父の農家の手伝いがあるし、早織もお店の手伝いがあるので、そう言う習慣のある人が速く起きてきたようだ。
藤代さんも、きっと、加奈子と同じく、いや、加奈子以上に真面目な性格なので、朝早く起きるのは得意なのだろう。
「よかったら、橋本さんも、八木原さんも一緒に外を歩きませんか?」
藤代さんの言葉に僕と早織は目を合わせる。
お互いに頷く僕たち。
そうして、早々と着替えを済ませ、僕たちは外に出た。
朝の空気はとても気持ちいい。
それはどこでも共通しているようで、海の潮風がとても心地よかった。
「ここに来るときはいつもこうしています。実は、ここに居る時のこの時間が、私の好きな時間です。」
藤代さんは笑いながら、僕と早織を案内する。
その表情はどこか落ち着いている。
「原田先生も、吉岡先生も、加奈子先輩も、この時間は寝ていて、昼まで起きてこないので。私一人で散歩してます。」
確かに、酒に酔った原田先生と吉岡先生、さらには朝が苦手で夏休み中の加奈子。
それは、きっとこの時間は熟睡して、藤代さん一人の時間になっているのだろう。
「そうなんだね。なんか、ごめん、一人の方が良かった?」
僕は藤代さんに聞くが。
「いえいえ。今年は皆さんとここに来ることができてとても楽しいです。加奈子先輩も素敵な出会いをしたんだなと。改めて、高校生というのに憧れました。」
藤代さんの純粋な目は何だろうか、吸い込まれていく。
「本当?ありがとう。」
早織はそう言いながら少し笑顔になる。
「すごいなあ、僕が中学生の頃なんて、自分に必死だった気がする。」
僕はそう笑いながら藤代さんに言う。
僕たちは藤後さんの案内のもと、歩き続ける。
そうするとトンネルに差し掛かる。
「これって。」
早織が藤代さんに向かって言う。
「はい。夜に肝試しに使ったトンネルです。こうしてみると、どうでしょうか?面白いと思いませんか?」
藤代さんはニコニコと笑いながら言う。
確かにそうだ、夜はもっと威圧的に感じたが、あさのひかりが差し込んだその景色は、少し古いトンネルで、なかなかの昔ながらの作り、さらには周辺の森林、さらには海の潮風も吹き込んでいて、なかなかに綺麗な景色だった。
まるで、映画のワンシーンに出てくるような。
藤代さんの言葉に僕は頷く。
現に、このトンネルで、結花は昨夜ものすごい叫び声をあげていた。
「なんか、映画のワンシーンに出て来るみたい。」
僕は藤代さんに向かって言う。
「本当、昨日ドキドキしておっかなびっくりだったのがウソみたい。」
早織もにこやかに笑う。
その表情から察するに、早織も結花と同じで、とても怖かったのだろう。
僕たちはトンネルには入らず、そのまま、引き返して、昨日、海水浴を楽しんだ砂浜に向かった。
その砂浜に向かう道も、朝の光が差し込み、綺麗に砂浜を照らしている。
さらには砂浜周辺に植えられている、シュロの木などの様々な木々が、朝の光に照らされ、海沿いの綺麗な小道を演出していた。
「素敵な所。」
早織が藤代さんに言う。
「はい。私もここが一番好きです。」
藤代さんは笑いながら、ゆっくりと海沿いの小道を歩く。
「いつもよりゆっくり歩いています。」
藤代さんはそう言って、僕たちと一緒に歩みを進めた。
そうして、昨日の夜肝試しで通ったサイクリングロードの道と合流して、砂浜に出た。
朝の砂浜もとても綺麗だった。
朝日に照らされる青い海。
その砂浜で何かを探すように藤代さんは下を向きながら歩いていく。
そうして、藤代さんは何かを見つけたようで、その場に座り込む。
藤代さんの座っている場所に僕たちも一緒に座る。
彼女の視線の先には貝殻がある。
「綺麗な貝殻。」
「うん。」
早織と僕はその貝殻を見つめる。
何だろうか、砂浜に落ちているためか、いつもよりも綺麗に光っていた。
「はい。夜から朝にかけて、潮の満ち引きがあるので、落ちてるかなあと。」
藤代さんのいう通り、確かに昨日花火をしたときに見た砂浜、さらに言えば昨日みんなで海に入ったときに砂浜より、今朝の砂浜の方が少し面積が広い気がする。
ほかにもいくつか貝殻が落ちていないか探す僕たち。
「他に落ちていないかなぁ。」
僕は視線を下に集中させる。
「えっと、えっと・・・・。」
同じように早織も視線を下にすることで夢中になった。
「あった!!」
「見て見て、橋本君!!」
早織は見事貝殻を探し当てた。
先ほどと同じように綺麗な光沢感がある。
早織はその貝殻を耳元に近づける。
「こうやると海の音が聞こえるってよく言うよね。」
早織はそうして耳を澄ます。
「あっ、ホントだ。聞こえる。でも・・・・・。」
「でも・・・・・?」
僕は早織に言うが。
「ここは海で、波の音も奇麗だよね、元々・・・・。」
確かにそうだ。貝殻の中から聞こえるのはきっと、海から遠くなってから試してみないといけないだろう。
ここに居ればいつでも海の音は聞こえてくる。
僕たちはその他にも、五個くらいの貝殻を拾い上げ、砂浜に並べて楽しんだ。
大きいものや小さいの、巻貝、二枚貝といろいろあった。
だが、どれも共通していたのは、ものすごく綺麗な光沢を見せていたことだろう。
海のものは海で見るとさらに美しかった。
「お店や家で見るよりとても綺麗。」
早織は言う。
「本当だ、確かに海で見るとより綺麗だね。」
僕がさらに続ける。
「そうですね。初めて、皆さんと一緒にこの周辺を回れてとても嬉しかったです。」
藤代さんは笑顔で僕たちに向かって、そう言った。
その後も、会話をしながら、茂木の別荘に戻る僕たち。
別荘に戻ると、やはり、前日は夜のかなりの遅い時間まで話していたためか、やはり別荘の中はとても静かだった。
伯父の農家の手伝いをしている僕、そして、店の準備を朝からしている早織は早い時間に起らきれたが、世間は夏休み。
やはり、朝練がありそうな史奈やマユも休みだと思って寝ているようだし、元々朝が苦手な加奈子はさらにぐっすり、そして、前日は大いに酒を飲んでいた原田先生と吉岡先生もぐっすりと寝ていた。
「まだ、時間的にゆっくり出来そうですね。」
藤代さんがそういうと。
「ううん。」
早織が首を横に振る。
「今から全員起こして見せるから待っててね。」
と、早織はこちらにニコニコしながら表情を見せる。
「コンビニって近くにある?」
早織は藤代さんの顔を見る。
「はい。確かすぐそこに。」
藤代さんは頷く。
早織は冷蔵庫を開けて、昨日の食材の残りを確認する。
「それじゃあ、頑張りましょう。コンビニまで案内してくれるかな?」
「は、はい。」
早織は笑って藤代さんに言う。
二人は、昨日砂浜で仲良くお城を作っていたメンバー。少し仲良くなったのだろうか。
そのお城は、僕がスイカ割で破壊してしまったのだが。
藤代さんの案内で、コンビニにたどり着く。
パンと必要な食材を多めに買って、コンビニを出る。
そうして、再び茂木の別荘に戻ってくると、やはり全員ぐっすりと眠っていた。
「それじゃあ、見ててね。」
早織はそう言って、張り切ってキッチンへ向かう。
早織は、手早く昨日の残りの食材と、先ほどコンビニで買ってきた食材を包丁を使って切っていく。
さらに昨日の余った食材に下味をつける。
慌てた僕は早織を手伝う。
藤代さんも、それに続くが、彼女は早織の手さばきに目を丸くしている。
「ああ、ごめん、そしたら、これ、レンジで温めてもらってもいい?」
早織の手際の良さについて行くのがやっとの僕、渡された材料をレンジに持っていく。
「す、すごいです。こんなことができるなんて。」
藤代さんは早織に向かってどんどん心を開いていく。
「ふふふ、慣れれば誰でもできるよ。教えてあげよっか。」
早織は藤代さんに向かって言う。
「は、はい。お願いします。」
早織は頷き、藤代さんに料理を教えていく。
「輝君、そしたら、お皿出して。」
僕は頷き、テーブルの準備をする。
そうして、みるみるうちに朝食がテーブルに並べられていった。
「す、すごいです。魔法みたいです。」
藤代さんはそう言って、早織に料理を教えてもらうが。やはりどこか、ぎこちなさを感じている。
「ん?この匂いは・・・。」
居間で寝ていた原田先生の声がする。そして、原田先生が目をこする。
「ふわぁぁぁぁ。」
原田先生は起き上がり、目の前のテーブルに並べられたものを見ると一気に表情を変えた。
「うぉぉぉ。すっげー。昨日の食材の焼き方と言い、今日の朝食の匂いと言い、君天才だね。さすが。一体どこでそんな技術を身に着けたんだ?一気に目が覚めた。」
原田先生は興奮気味にテーブルに着く。
早織は原田先生に自分が定食屋の娘ということを説明する。
「なるほど、やっぱりねぇ~。」
原田先生はニコニコ笑っていた。
「ん~、どうしたんだよ。」
それに続いて吉岡先生も起きてきたが、早織の朝食に目を丸くする。
「うぁ~お。すごい、すごいじゃん。」
吉岡先生はそう言いながら、親指を立てて早織にアプローチする。
朝食の匂いに誘われると・・・。
「ふわぁぁ。いいにお~い。」
「おお、八木原さん、本当にすごい。夏祭りの重箱もそうだったけど。」
風歌と心音が起きてくる。
「あらあら、さすが八木原さん。」
「やっぱりすごいや、一気に目が覚めた。」
「うぁぁ。私も負けられないね。」
史奈、結花、そして葉月も匂いに誘われて起きてくる。
マユもそれに続いて起きて来て、早織に向けてニコニコピースサインをしていた。
さらには何と。
「美味しそうな匂い。最高。」
なんと朝が苦手な加奈子も起きて来た。
食べ物の匂いにはかなわないようだ。
流石は早織だった。
全員が起き、全員がテーブルに着き、いただきますと声を揃えて朝食を食べる。
早織の料理はどれも格別だった。
中でも驚いたのは、おそらく早織の料理を初めて食べるであろう、バレエ講師二人と、藤代さんだろう。
特に一番驚いたのが、藤代さんだった。
「す、すごいです。いつもここに来るとき、朝食は皆さん寝ているから、さっき言ったコンビニで済ますのですけど。あ、ありがとうございます。」
藤代さんは目の色をキラキラさせながらお礼を言った。
「いえいえ。お粗末様でした。」
早織は少し照れながら言った。
勿論、原田先生と吉岡先生も、最初の一口目からものすごく、興奮状態だった。
「いやいや、とてもすごいよ。」
「本当、いい友達を加奈子ちゃんと少年は沢山持ってよかった。」
吉岡先生と原田先生はニコニコしながら、ガツガツ食べていた。
「そんな、私は、皆さんみたいに、バレエで踊れるわけではないですし・・・。」
早織はそう言うと。
「いいや、人それぞれに才能はあるさ、良いところを大切にしなよ。」
原田先生はそう言って、早織の肩をポンポンと叩いた。
こうして朝食を済ませて、僕と早織と藤代さん以外の先ほどまで寝ていたメンバーが皿洗いを担当し、別荘で迎えた朝が過ぎていった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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