64.原田先生からのプレゼント
「少年、誕生日おめでとう。」
八月最初の週末が明けた翌日の月曜日、つまり、大規模に行われた、雲雀川市の夏祭りが終わったその翌日。
僕は原田先生のバレエスタジオに来ていた。
一昨日から、昨日迄の出来事を振り返ると、花火大会の後、芽瑠にお礼を言われて、彼女と別れる。人混みが多いからといって、芽瑠を送り届けるといって、コーラス部の二人、心音と風歌とも別れる。
そうして、残ったメンバーで、夜遅いからということで、葉月の家に。
残ったメンバーはつまり、僕と約束をしたメンバー。
本当はこっそり葉月が僕と二人きりで、葉月の家に誘う計画だったが、結局こうなってしまい。
その後どうなったかは言うまでもなかった。
そうして、葉月の家での夜を過ごした。
そして、昨日の日曜日は、それぞれ家でゆっくりして、今日を迎えたのだった。
「あ、ありがとうございます。」
僕は原田先生の祝福の言葉に、頭を下げる。
「すまないな。二日程遅くなってしまって。私からのプレゼントはこれだな。」
原田先生はすまなそうに言うが、プレゼントの話に切り替えると、ウィンクして、親指を立て、原田先生のワンボックスカーを指さす。
「いえいえ、気にしないでください。あのっ、今日は、本当に、ありがとうございます。」
僕は頭を下げる。
今日この日の出来事、実は、夏休み前に加奈子から誘われていたのだった。
丁度、コーラス部の助っ人で忙しかった時、そんなある日の生徒会で。
「ひ、輝、実はね・・・・・。」
と、加奈子が切り出す。
思いもよらぬ加奈子の提案に僕は二つ返事で、承諾したのだった。
それが今日のことである。
原田先生のバレエスタジオにて、この夏休み最大のメインイベントが始まろうとしていた。
そして。
「はあ、はあ。」
と、息を切らしながら、自転車に乗ってくる加奈子がやってくる。
「おーっ、加奈子ちゃん遅―い。安定の一番最後だね。まあ、今日はレッスンじゃないからいいか。」
原田先生はそう言いながら、加奈子の背中をさすり、息を整えさせる。
一番最後といっても、真面目で優秀な加奈子だ。遅刻ではなく、時間ギリギリにやってきた。
「お、おはよう。ごめんね、輝、それにみんなも、待った?」
加奈子は息を切らしながら謝っている。
そう、今ここには、僕と原田先生、加奈子の他に、生徒会メンバーの葉月、史奈、結花、さらには、加奈子が連絡して誘ったという、早織とマユ、コーラス部の心音と風歌、さらには、このバレエ教室の中学生のエース藤代さんの姿もあった。
因みにだが、加奈子が連絡して、ここに集合しているメンバーは全員、即答で、この夏休み最大のイベントに行く、と返事をしたそうだ。
「相変わらず、少年、ウキウキしているな。お友達が大分増えているじゃないか。」
原田先生は、集まっているメンバーを見回し、ニヤニヤ笑いながら僕の肩を叩く。
「は、はい。ご、ごめん、みんな、僕も遅くなって、場所判ってよかった。」
僕も集まっているメンバーに頭を下げる。
「ふふふっ、輝君もおはよう。場所はスマホの地図もあるし、私も昔、ここに通っていたから、知ってたよ。わからなければ、皆を迎えに行ってたりして、何とかね。」
葉月がニコニコ笑いながら、楽しそうな表情をする。
「あ、ありがとう。葉月。」
「そんな、堅苦しくしないの。ハッシー。みんなこうしてそろったんだから、いっぱい楽しもう!!」
結花がニコニコと笑っている。
僕は結花の言葉に頷く。
するとそこへ。
「やあ、輝君。おはよう。」
このバレエスタジオの男性講師で、バレエダンサーでもある吉岡先生が現れる。
事実上、吉岡先生がいちばん最後に来たが。その理由は明確だった。
先生は車の準備をして来たようだ。彼の車もワンボックスカーで大人数乗れるようだった。
「すまない、ヨッシー。こんな、大人数になってしまって。」
「いいってことさ。俺が車を運転するのは、毎年だろ。」
原田先生と吉岡先生は笑顔で会話をしている。
「ああ、すまない少年。ヨッシーは吉岡先生のことだ。小さいころからの親友なんだ。ああ、こんな話、合宿でも言ってたな。」
原田先生は僕に笑っている。
確かに、先日の合宿で言っていた気がする。原田先生と吉岡先生は本当に仲がよさそうだ。
「あの子がハッシーって呼んでいるから、奇遇だな。」
原田先生は結花の方を見る。
うんうんと僕も頷く。確かに似ている。
「ヨシッ。みんな揃ったな。車に乗るぞ!!そうだな、雅ちゃんは吉岡先生の車に乗ってもらって。少年は、私の車に乗ろか。」
原田先生に促され、僕は原田先生のワンボックスカーに乗り込む。
藤代さんも原田先生の指示に頷いて、吉岡先生のワンボックスカーに乗り込んでいく。
原田は残りのメンバーを見回して。
「残りは公平にじゃんけんだな。私の車は後、六人だ。」
ギラギラした眼をしている、葉月、加奈子、史奈、結花、マユの五人。
早織は少し出遅れたが、一つ頷き、だんだんと闘志を燃やす。
風歌はコクっと頷き、それでも緊張しているところを心音がポンポンと肩を叩く。しかし、その心音も心のどこかでニコニコ笑い、戦う心を前面に出していた瞳をしていた。
「恨みっこ・・・・・。」
葉月が言う。
「手加減。」
それに続く結花。
「「なしで。」」
葉月、結花、加奈子、そして、マユが言う。
「ふふふ。そう言われても神様が決めるのよ。」
史奈は、その言葉に反応して、少し余裕の表情をして言った。
早織、風歌は深呼吸して。
「「「「最初はグー。ジャンケンポン!!」」」」
ジャンケンの結果、原田先生の車には、葉月、加奈子、史奈、早織、そしてマユと風歌の六人が僕と原田の車に乗ることに。
「くやし~。」
「まあまあ、結花。車に乗っている間は、先輩が聞くわよ。」
結花を心音が慰める。
この二人は同じ中学校の先輩、後輩でもある。
「か、勝っちゃった。」
風歌は胸をなでおろす。
「わ、私も。」
早織はドキドキしながらどこかで安心した表情をしている。
「よかったじゃない。楽しんで来なさいよ。」
心音は風花にウィンクして、結花をなだめつつ、吉岡先生の車に乗り込む。
「ふふふ。結花ちゃんも楽しそう。」
史奈はそう言って結花たちに手を振る。
「それじゃ、輝君は私たちと一緒に楽しみましょう。」
結花たちに手を振った史奈はニコニコと笑いながら原田先生の車に乗り込んだ。
それに続く形で、ジャンケンに勝ったメンバーは、次々に原田先生の車に乗り込む。
原田先生の車に乗り込んだ面々は終始笑顔だ。
原田先生は、それを見ながら、車を発進させた。
車内は終始会話が止まらず、笑いながら笑顔が絶えない。
原田はそれを聞き、楽しくなりながら、車を走らせ、高速道路に入ると車を思いっきり飛ばした。
「皆、楽しそうですね。」
「ああ。まあな。この私たちの北関東の町は、内陸だからな、これから行くところを考えれば、このテンションになるな。私も、皆ほどではないけれど、少しテンションが上がっているさ。」
原田先生は笑いながら高速道路を一気に走らせる。
車で二、三時間といったところだろうか。
そうして、車が一気に走り続けたところで。
「ほら、見てみな少年。海だ。」
何だろうか。原田先生の声掛けも、テンションが上がっていた。
だが。
「「うぁ~。」」
「「海だ!!」」
「「きゃ~!!」」
僕以上に車に乗っているメンバーがかなり騒いでいる。
何だろうか。僕もそれを見てテンションが上がる。
「まあ、皆、内陸の人間なんで、これくらいテンションが上がるさ。さあ、少年、私からの誕生日プレゼントとコンクールのお礼だ。」
夏休み最大のイベントはこれだった。
そう、原田先生は僕たちを海に連れてきてくれた。
これが、原田先生からの、誕生日プレゼントだった。
「あ、あの、ありがとうございます。」
僕は頭を下げるが。
「良いって、良いって、加奈子ちゃんなんか、毎年ここに来ているからな。コンクールに入賞したご褒美でね。」
原田先生は楽しそうに言っている。
「そうよ。輝。私は、毎年、毎年、ここに来ているの。」
加奈子はニコニコしながら言っている。
そう、コンクール入賞のご褒美。ここ数年は、毎年、加奈子と藤代さんだけの時が続いていた。
だが、今年は、僕の伴奏あったというので、僕は勿論。さらには僕の誕生日も重なるということで、生徒会メンバー、さらには、クラスメイトの早織、コーラス部の心音、風歌。幼馴染で先日偶然再会したマユ。
と、僕が、最近かかわったフルメンバーほぼ全員を、原田先生と、加奈子の粋な計らいで、特別に招待してくれたのだった。
「ハハハ。まあ、加奈子ちゃんも、ここにいる間は朝はゆっくりしていいことになっているからね。」
「はーい。」
加奈子はまるで肩の力が抜けたよう。
僕もなんだかわからないがテンションが上がる。
「おお、少年でもテンションが上がるか。でもまあ、お前が前に住んでいた場所であれば海はもっと近いのだろう。」
原田が言うが。
「はい。確かにそうなんですけど、僕の前住んでたところからだと、一番近いのは港とか、工場とかがある地域なので、やっぱりこういうところまで行くとなるとかなり時間がかかります。だから、すごく綺麗で嬉しいです。」
僕も、こんな綺麗な海は久しぶりだった。
「そうか。そうだな。好天にも恵まれてラッキーだ。」
原田はそう言って、車を走らせる。
やがて、海に面した一軒屋の前で車を止める。
その家は、白を基調とした、かなり綺麗な家だった。
「さあ、着いたぞ。」
原田先生は、皆を下ろすように指示される。
「「「ありがとうございました!!」」」
皆で、ここまでの運転のお礼を言って、車を降りる。
後にピタリと付いて来た、吉岡先生の車からも、結花たちが降りて来た。
「はあ、やっと着いた。」
結花が深くため息。だが、その表情は少し楽しそう。
「ホント、お疲れ様。結花。」
心音はニコニコ笑っている。
その隣で、藤代さんも上品に微笑んでいる。
「ああ、やっと話せる、ハッシーと。」
結花はニコニコ笑いながら僕のもとへ。
「お疲れ様。大丈夫?」
「へーき。へーき。車の移動は慣れてる。ハッシーは大丈夫?疲れてない?」
結花はニコニコ笑っている。
「一緒の車で話せなくて残念がってたのよね。」
心音は結花をなだめる。
「あらあら、それでも結花ちゃん、途中のサービスエリアとかでも一杯、輝君と話せたんじゃないの。ジャンケンだから仕方ないわよね。」
史奈がニコニコ笑う。
「ぐぬぬぅ~。」
少し不満の表情をする結花。
「ほらほら、付いてきてくれ。」
原田先生は僕たちを手招きして、白い家の玄関で待っている。
僕たちは、先生に頷き、先生によってあけられていた、門をくぐって、庭に入って、原田先生の元へ。
「ここは、茂木先生と、その親戚が共同で使っている別荘なんだ。毎年、茂木先生に言えば貸してもらえるし、むしろ年に一度は来て欲しいと、先生がうるさくてな。」
原田先生の口は笑っていたが、先生の瞳はどこか遠くを見ている。
さっきまで、車を走らせていたからなのだろうか。それとも、前にも来たことがあるので、その時に懐かしい思い出か何かがあったのだろうか。
いずれにせよ、この家が、原田先生にとって、毎年来ている楽しくて、大切な場所ということが判った。
なるほど。茂木の別荘か。
玄関に到着した、僕は改めて別荘を見渡す。かなりいい庭で、海に面しており、海水浴場やサーフィンが出来る場所も歩いていくことができる。
「ほい。少年。」
原田先生から、茂木の別荘の鍵を渡される。
「荷物を入れて待っていてくれ。私と吉岡先生とで用事を済ませておきたいところがあってね。使い勝手は、毎年のようにここに来ている加奈子ちゃんが分かっているから、ああ、吉岡先生の車に積んである荷物も頼むよ。さあ、鍵を開けてくれ。」
そうして、僕は原田先生の言った通りに、鍵を開けた。
中の様子はまた後にするとして、持ってきたものを、茂木の別荘に入れる準備をした。
玄関に荷物を入れて、再び車に戻る僕と原田先生。
原田先生は、再び車に戻り、車のトランクを開け、荷物を下ろすのを指示する。
そして、別の車で一緒に来た、吉岡先生も車のトランクを開け、荷物を下ろしていた。
「それじゃあ、少年、荷物運び頼んだ。私と吉岡で夕食の買い出しに行ってくる。魚介類は勿論、ここで買ってきた方が上手い。海の幸を使って、バーベキューとしよう。三十分か一時間くらいしたら戻ってくる。それまでゆっくりしててくれ。」
そういって、原田先生と吉岡先生は、自分以外誰もいない車を走らせて、どこかへ行ってしまった。
僕たちは原田先生の指示通り、車から降ろした荷物を、茂木の別荘に荷物を入れる。
持ってきた荷物を抱え、再び別荘の中に入る。
中はとても綺麗な匂いがして、新築なのだろうか。それとも綺麗に使っているだけなのだろうか、内装も本当に綺麗だった。
ここに毎年来ているという、加奈子と藤代さんの指示のもと、持ってきた飲み物を冷蔵庫に入れて冷やす。
因みに、冷蔵庫の場所も電源のスイッチの場所も、加奈子と藤代さんが知っていた。
その他の物も、部屋に運び入れ、大体こんな感じで良いだろうと思ったところで、一区切りした。
「これで、大丈夫そうですね。皆さんありがとうございました。」
藤代さんが頭を下げる。
「本当、皆のおかげで、早く終わっちゃったね。ありがとう、皆。」
加奈子もお礼を言った。
後は、飲み物を飲んで、休憩していようかと思ったが、飲み物は冷蔵庫に入れたばかりなので、もう少し待つことに。
とはいっても、夏なので、各々持ってきたペットボトルで水分を取って休憩していた。
さて、飲み物が冷えている間に、別荘の中を歩き回る。
別荘の敷地内には、ウッドデッキにプールも備えている。結構豪華な造りだった。
「素敵な所だね、輝君。」
葉月はそう言って笑っている。僕は頷く。
「うん。本当に綺麗な所だね。」
「良いなぁ。加奈子はここに毎年来ていたんでしょ。ああ。私もバレエ続ければよかったなあ。」
葉月は加奈子の方を向いてため息をつく。
「そんなことはないよ。毎年ここに来てても、やることはいつもと変わらない。毎年来て、楽しんでいるのは雅よね。」
加奈子の言葉に雅こと、藤代さんは頷く。
「はい。こういう時ですから、原田先生も吉岡先生も、毎年、夕食の時はかなり酒を飲まれていて、加奈子先輩と一緒に昼まで寝ています。その時間を利用して、私は周辺の施設を一人で散歩したりしてます。今年は皆さんと一緒に回れそうで嬉しいです。」
藤代さんはニコニコと笑っている。
「雅こそ、ごめんね、私たちのお友達が多くて、寂しくない?」
加奈子の言葉にハッとする。
確かにそうだ。
「ごめん、藤代さん。大丈夫?」
僕は藤代さんに謝ったが。
「大丈夫ですよ。先ほどの車での移動も皆さんお優しく接していただきましたから。少し楽しみです。」
藤代さんは笑っていた。
その表情に、ふうっと、安心する僕たち。
「本当?それならよかった。」
「はい。」
加奈子と藤代さん、そして僕はうんうんと頷く。
やがて、小一時間ほどが経過し、原田先生と吉岡先生も、用事を済ませ、茂木の別荘にやってきた。
ホタテやその他貝類、そして、エビ、カニ、魚の切り身、さらにはここら辺の地酒、地元ビールなどが二人の両手の買い物袋に入っていた。
僕は改めて原田先生にお礼を言う。
「良いって、良いって。気にしない、気にしない。それに少年もコンクールの殊勲者だ。そして、誕生日ときたらなおさらだよ。毎年、ウチのバレエスタジオでは誰かの誕生日はお祝いしたりしているのさ。」
「そうだよ。輝。私なんか毎年来ているんだよ。」
「はい。橋本さん、一緒に楽しみましょう。」
加奈子と藤代さんが頷く。
こうして、僕たちは原田先生達に連れられて、海にやってきた。
何だろうか、僕も凄く楽しみな旅行になりそうだった。
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