59.合宿報告会
バレエ団の合宿も、あっという間に最終日を迎える。
午前中に練習を行い、昼食を食べて、閉会式となった。
お世話になった、ホテルの人達に感謝を述べ、また、スタッフで来てくれた人にも感謝を述べるのだが。
そのスタッフに僕も含まれていて。
「「「ありがとうございました。」」」
と、拍手で送られてしまった。
「おにーちゃんのピアノで踊れてすごっく嬉しかった。」
「おにーちゃん、すごーい。」
そんな生徒たちの喜ぶ声がある。
「そういうことだ。少年、お疲れさんだったな。」
原田先生はそう言って、僕の肩を叩く。
「はい。ありがとうございます。」
何だろうか、久しぶりに練習での達成感がある。
僕も、コンクールで弾く予定の曲が何曲か弾くことができたので、良い意味での、素敵なトレーニングになった。
ある意味で、僕の最大の課題はメンタル面なのだから。
その点に関しては、こんな機会を設けてくれた、原田先生たちに感謝せねばならなかった。
さて、ここから帰路に就くわけだが。帰りのバスは、観光地や温泉街となるような場所を抜けていくのだろう。やはり渋滞にはまってしまい、しばらく動かなくなったため、かなりの時間を要した。
そして、反対側の車線を見ると、そちらもかなり混んでいる。
改めて、この辺が、温泉街など周辺の観光事業があるということが目に見えて判る。
雲雀川市の町に到着するころにはすっかり日が暮れていて夜だった。
原田先生のバレエ教室の前で、バスを降りる僕たち。
「あそこの夜道、気を付けてな。ありがとうよ。」
「ありがとう、輝。手伝ってくれて。」
原田先生、加奈子に見送られ、僕はバレエ教室の駐輪場から自転車を出して、原田先生、加奈子に頭を下げ、自転車をこぎだし帰路に就いた。
確かに伯父の家の夜道は暗かったが、もう慣れているようなものだ。
家に帰ったら、ぐっすり眠っている僕が居た。
そうして、翌朝、合宿の疲れからか、昼頃まで寝ていたらしい。
すぐに飛び起きて、準備をする。
僕は深呼吸して、自転車に乗る。
目的地は、早織たち家族が経営するお店、『森の定食屋』だった。
そう、合宿に来ていないメンバー、葉月、結花、そして早織にマユのことを紹介するためだった。
マユの通う、雲雀川経済大学付属高校は、川の向こうにあり、僕が知っている中で、一番の最寄りの施設は、『森の定食屋』だった。
自転車をこいで、森の定食屋の場所に行くと、そこにはすでに先客がいる。史奈だった。
「ご、ごめんなさい。史奈さん。待ちましたか?」
「ううん。今来たとこ。」
おそらく、一番遠い史奈が一番乗り。
「どうやって、ここまで。」
と思ったが。
「ふふふ、ここら辺にもバスは走っているの。駅から、バスで来たわよ。こうして、一人の時は。」
史奈の言葉に、少し、安堵する。
駅や花園学園から、直線距離を結べば、そう遠くはないが。川を渡らなきゃいけないため、橋まで回り道をすることになる。
そして、葉月、結花が到着した。
「ごめんね、遅くなって。」
「おーっ、合宿お疲れ~。」
葉月と結花は、笑いながら言っている。
やはり、最も遅く着いたのは、朝、ギリギリまで寝ていたという、加奈子だった。
しかし、成績優秀で、真面目な加奈子、時間通りギリギリに、ここに着いた。
「輝、おはよう。よく眠れた?」
僕は頷く。
そこには昨日までの加奈子とは違い、髪の毛をまとめる時間もなく、縛った跡がついた髪型だった。
そうして、僕たちは、早織のお店に入っていく。
『森の定食屋』だ。
中に入ると早織が出迎えてくれる。
僕は少しドキドキ。
だが。
「ふふふ。大丈夫よ。」
史奈はそういうふうに言っているが、やっぱり僕は少し、不安だった。
共に合宿に行った、加奈子、史奈がフォローしてくれるそうだが、それでもやはり、どこかに不安があることは確かだった。
そうしているうちに、店の扉を開く。
「こんにちは、橋本君。」
早織に出迎えられ、席に通される。店はすでに予約済み。
各々、食べるメニューを決めるが注文はしばらく待つとのこと。
「さてと、ただいまから、合宿の報告会をやります。」
史奈がニコニコ笑う。
そうして、頷く僕たち。ちなみに、普段、お店を手伝っている早織も、この時間だけは、席についてもらっている。
葉月、結花、早織から、練習のことを根掘り葉掘り聞かれ、山の中はどんな感じだったか聞かれる。
「まあ山の中は涼しかったかな。白樺の木もあって。綺麗だった。」
僕はニコニコ笑う。少し緊張が解けてきた。
「そうよね~。綺麗だったわね。」
史奈がうん、うん、と頷くが。
「なんで、会長、さっきから全部知ってるように答えるんすか?」
と、結花に聞かれたので。
「あらあら、そうだったわね。私の会社、運送の経営をしていて、その関係で、バスを用意してツイてっちゃいました~。」
テヘペロ~。そんな発言をした、史奈に対して、葉月、結花、早織はビックリ。
「あっ、やっぱり会長、抜け駆けした。会長と、瀬戸運送の関係のことは知ってましたが、まさかここまでやるなんて。」
葉月が少し低い声で言う。
「ずるいっすよ。会長。っていうか、瀬戸運送ってヤバすぎ。地元でいちばん大きな運送会社じゃないですかぁ~。」
結花も驚きの表情で言う。
おそらくさらに驚いたのは、史奈が瀬戸運送の社長令嬢だったことだろう。
「あ~あ。何でこんなことに・・・。というより、瀬戸会長って、瀬戸運送の社長令嬢だったんですね。」
早織はふうっと、ため息をした後に。早織も、結花と同じく、史奈が社長令嬢ということにさらに驚いたようだった。
「はははっ、僕も合宿に行く直前に知った。バスの中から史奈が出てきたんだから。」
僕の言葉に、皆、そうだよね。という表情をする。
そんな話をしているうちに、僕のスマホに通知が来る。
史奈、加奈子が頷く。
僕と、史奈と加奈子の三人は定食屋の入口へ。
そこに居たのは日焼けした女子。マユこと、熊谷真由子だった。
「お待たせ。ごめんね。」
マユはそう言いながら、お店の扉の中へ入る。そうして、僕たちが座っていたテーブルに案内した。
「えっと。ここなんだけど。」
葉月、結花、早織がすでに座っているテーブル。当然、合宿に来ていない三人は、驚きの表情をする。
「えっ、輝君。この子誰?」
葉月が驚き、真剣な表情で質問する。
「ハッシー、どういうこと?」
「ひ、輝君、えっと。」
結花、早織もそれに続く。
「あの、こちらは熊谷さん。同じ地元出身で、保育園時代の時から仲が良くて・・・。今は、雲雀川経済大学附属高校で、陸上部で活躍しているんだ。お互い、隣のホテルで合宿をしていたから、バッタリ再会して。」
「へー。幼馴染が居たんだ。」
「ふ~ん。幼馴染と、バッタリ、合宿で再開しました~と。」
「ひ、輝君。えっと。」
葉月、結花、早織は最初こそは、そういうリアクションだったが。
「初めまして。熊谷真由子と言います。雲雀川経済大学付属高校で、陸上部をやってます。」
マユのどこか懐かしさを感じる、明るい挨拶を済ませたからだろうか。
「初めまして。花園葉月です。」
「えっと、北條結花です。」
「あ、あの・・・・。八木原早織です。」
合宿に参加していないメンバーがそれぞれ自己紹介する。そこまでは礼儀だ。
「えっと、さっき説明したように、バレエ団の合宿で、たまたま再会してね。それから・・・。」
その後、僕はみんなにわかりやすいように説明した。
途中、史奈、加奈子がフォローしてくれる。
そして。話題は、マユがどうして、この町の高校に進学してきたかの話題になる。
合宿の、スキー場の芝生の上で話した話題が再び、語られる。
【安久尾建設】、【反町市】というワードが出てきて、かつ、マユも、与党の幹事長と、外務副大臣の犠牲者とわかると、全員表情が変わった。
「うわぁ~。」
結花はえげつない表情を浮かべ、頷く。
「あちゃ~。」
葉月も頷く。
「はあ。」
一番心配していたのは早織だったが。早織も肩でがっくりと落ち込んだ後、頷いた。
合宿に参加していなかった三人から、マユに同情するコメントがそれぞれの口からでる。
そして。
「輝君はどうする?」
葉月はそう聞いてくる。
「うん。とてもかわいそうに思うし、見過ごせない。同じ、犠牲者として。これからもお話しできるならしたいなあと思って、今日、皆を呼んだのだけど。」
僕はそう言って、葉月たちの顔を見る。
「うん。ハッシー偉い!!そしたら、ウチは大歓迎だよ。ハッシーと同じ敵の犠牲者は温かく迎えなきゃ~。」
「うん。そうだね。私もそうしたいな。」
結花と葉月は、僕に向かって頷く。
一番心配していた早織もうんうん、と頷き、受け入れてくれた。
残りは、マユだ。この状況を説明しないといけないんだよなぁ・・・・・。
「ごめん、マユ。僕、優柔不断で。ここにいるのは皆・・・・・。」
僕のつたない説明を、史奈がフォローする。
「へぇ~。流石元女子校。ひかるん、モテモテ~。♪」
マユは全てを悟ったのだろう。そんな感じで、ニコニコ笑う。
だけど。そこから試合をするときのような真剣な顔になり。
「つまり、試合に参加させてもらえるってことでいいのかな。私も・・・。」
僕は頷く。そして、ここにいるメンバー全員、頷く。
「そしたら、喜んで、参加します。ありがとう。仲間に入れてくれて。」
そういって、マユは状況を受け入れてくれた。
ここで初めて、肩の荷が下りる僕。
「やっぱり、ひかるん、心配していたでしょ。大丈夫よ。確かに状況としては、そうだけど、参加すればメリットの方が大きいでしょ。」
マユはそう言いながら、笑っている。
「少なくとも、高校生活という試合中はね。この試合が終わった後に、ひかるんが・・・。」
マユは少し怖い顔をしながら言う。
「だ、大丈夫だよ。」
僕はそう言って、マユの肩を持つ。
「ふふふ。冗談、ひかるん可愛い。ひかるんがそういう人だから、信用しているのよ。それに、ひかるんも、まだまだ、心の傷が残ってそう。」
マユはそう言いながら笑っている。
癒しの言葉に聞こえる僕。すこし頷くと同時に、目頭に熱いものが現れそうだ。
「私も、いっぱい、傷が残っているし。」
マユはふうっと、ため息をつく。
「はあ、幼馴染っていいわね。」
「ホント、何でもわかってていいなぁ。」
史奈と結花の声。
「まあ、いいんじゃない。それじゃ、真由子、これからよろしく。」
加奈子はマユと握手をした。
何だろう、陸上とバレエ。何かに向き合っている分、その握手は意気投合していた。
「そうだね。私も、これからよろしくね。真由子ちゃん。」
葉月がニコニコ笑う。マユも頷く。
そうして、マユを仲間にして、僕たちは、森の定食屋を出た。
その後は、改めて、マユにこの町を案内することにした。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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