58.合宿の後半
マユとの一件があり、昼休み、夏の芝生のスキー場で過ごした僕たち。史奈、加奈子の誤解も解け、むしろ、同じ安久尾建設の犠牲者のマユに同情してくれたのだった。
その後、ここからの合宿は実にスムーズだった。
僕は、何クラスかのピアノを担当し、原田先生からの評価も比較的良かった。
「ヨシッ。みんないいぞ。少年も、午前中の練習よりかはスムーズに動いてたな。」
原田先生の言葉に反応するバレエ教室の面々、そして同じようににっこり笑う僕。
しおりの時間割を確認し、次のクラスの練習へ向かう。次の練習は、幼稚科基礎クラスのステージ練習。幼稚園の年長から、小学校低学年までの、バレエを始めたばかりのメンバーで構成される。
曲目は・・・。ハイドンの『ピアノソナタ第50番』か。
楽譜も先生から頂いているし、大丈夫だろう、と思ったが。
僕は不思議に思ってしまう。
「あれ、このクラスの本番の伴奏は必要ないのですか?僕、本番でも、この曲であれば、ピアノ弾きますけど、いいのですか?」
僕はそう原田先生に聞く。
「ああ。これだけは本番は録音のものを使おうと思ってな。あれだ、少年。お前に負担掛けたくないし。そうだな。これだけは唯一、外国の、そうだな、ショパンコンクールに入賞した、プロの人に演奏してもらった、貴重な音源があるんだよ。そっちを使わせてくれるか。」
原田先生は、別に何でもないと思って、この曲は、コンサート当日は伴奏に入らなくて大丈夫と言った。
「ああ。悪いね。輝君。この曲だけは、ヒロの意見に従ってくれると助かる。」
吉岡先生は僕の肩を押さえて、遠くを見るように言った。
「この曲は、小学校からの、ウチのバレエ教室の登竜門みたいなもんで、毎年恒例、小学生のこのクラスがやっているんだよ。懐かしいな、加奈子ちゃんも、雅ちゃんもここのバレエスタジオに居たときに踊ってた。」
吉岡先生はニコニコ笑っている。
「ああ。懐かしいな。その時は、そうだ、お前の所の葉月ちゃんもいたな。まあ、あれだ、それだけ続く息の長いプログラムなんだ、だから、まあ、こだわってすまないが、そう言う意味で、ずっとおんなじ音源を使いたいからさ、まあ。そういうことだ。」
原田先生は、深々と頷いた。
「は、はい。わかりました。」
何だろう、不思議な感じがする。
それ以上、聞いてはいけない何かが先行してしまった。
確かに、渡された、曲目の一覧では、このクラスの曲目ハイドンの『ピアノソナタ50番』の後に、米印で注があり。
『※少年は夏合宿の練習のみでOK、それ以降の練習、本番時は別の音源を使用。』と書いてある。
他のクラスは、クリスマスコンサート本番も、ピアノ曲であれば全曲、僕にピアノ伴奏を依頼されているのに・・・。
「ふふふ。輝君。すっかり、やる気があっていいわね。でも、ここは先生たちのお言葉に甘えましょ。輝君の都合もあるし。あまり負担をかけたくないのよ。ほら、幼稚園のこのクラスの練習って、まだ、私たち高校で授業や部活をやってる時間帯とかにやるし。」
隣に座り、譜めくりを手伝ってくれている史奈がにこにこと笑う。
「ああ。確かにそうですね。」
僕はそう言って、練習を開始した。確かに、このクラスの練習の時間帯だと、僕の都合が合わないかもしれなかった。
確かに、午後の授業や生徒会で活動している時間帯に、原田先生のバレエ教室で、練習を実施してそうだ。
この合宿では、曲を止めつつ、動きを確認しつつという練習に重点を置いているのだろう。
案の定、原田先生は、かなり遅いテンポで、僕に伴奏を弾くように指示される。そして、すぐに演奏を止めて動きの確認を徹底している。
そんな感じで、ハイドンの『ピアノソナタ』を弾いて、練習を進めるのだった。
そして、そこに、加奈子と、藤代さんが合流する。
ん?と思ったが。そうだ。彼女は、ここで、振付とかの手伝いのバイトもしているのだった。
「わかりやすく加奈子ちゃんが教えてくれるぞ!!」
と、原田先生がニコニコ笑い。
テンポを元に戻して、演奏するように指示されるので、僕は普通のテンポ、よりも少し早めのテンポでピアノを弾く。
それについて行く加奈子。加奈子の目は終始、僕に合わせているようだった。
子供たちは加奈子の模範に拍手をして。
再び、加奈子と藤代さんも指導に加わり練習していく。
「ほら、そこはもっとこうして。勢いよく跳んでみて。」
加奈子は、好きなことをとことんやる瞳をしながら、リーダーシップを発揮して。
「仕上がってきています。その調子です。」
藤代さんは丁寧に、お互いの教え方に、それぞれの長所が出ていたのだった。
これも、二人が原田先生を、そして、原田先生が二人を信頼しているからだろう。
そんな形で、幼稚園と小学生の入門クラスの練習を終えた。
そして、機会があればゆっくり加奈子のバレエの指導も見て見たいと思った。
次の練習、夕食の前後に行われる練習は、皆で合同ステージ、『くるみ割り人形』の練習に入る。
「悪いね。輝君。ここだけ、加奈子ちゃんを借りてくよ。」
吉岡先生は僕にそう内緒話をして、ポジションにつく。吉岡先生の隣に、加奈子。
なるほど。やっぱり。
藤代さんが、『金平糖の精』の役ならば、加奈子は、主役の『クララ』。そして、吉岡は、『王子様』の役だ。
クララと、王子様のカップル。吉岡先生の言葉の意味は分かったが、別にそういう役なので、ヤキモチとか、そういう感情は一切起きなかった。
むしろ、主役で踊っている加奈子にますます魅了された。
そうして、夕食を済ませ、再び『くるみ割り人形』の練習のピアノ伴奏を行い、二日目の夜を迎える。
大浴場で、お風呂を済ませ、自分の部屋へと向かう。上の生徒たちのフロアからはざわざわとしている声。
二日目の勉強会もとても賑やかだな。
そうして、僕の部屋に行き、学校の課題の取り組む。
今日も、周りが静かなせいか、時間が過ぎていくのを忘れていたのだろう。
「トントントン。」
と扉をノックする音が聞こえる。
昨日も同じようなことがあった。
まあ、いいだろう。原田からも、よろしくと言われているし・・・・・。
僕は部屋の戸を開けるが。
そこに居たのは史奈だった。
「ふふふ。遊びに来ちゃった。」
てへぺろ~。という顔。
やはり史奈らしい。
「ははは。そうですよね。どうぞ。」
そうして、僕は部屋に史奈を通す。
「へえ。学校の課題か。偉いわね。」
史奈は笑いながら言っている。
課題に取り組む、僕を横からじっくりと見つめる史奈。
「ところで、輝君。昨日の夜はどうしてたの?」
史奈の質問は、嘘をつく余地がないほど、的を射ており、そして、ニヤニヤしている顔の裏に、ものすごい表情の史奈がいることが分かった。
「史奈の、思っている通りです。」
僕は小さく、つぶやく。
「そう、じゃ、今夜は私ともしちゃいましょう。」
史奈はそう言って、僕の頬にキスをする。
胸をなでおろし、ホッとしながら、椅子から立ち上がる僕。
僕は顔の表情を緩め、史奈と抱きしめる。
やはり、普通の女性の平均以上の史奈の胸が僕の身体に当たってくる。
そのせいだろうか、昨日より少しドキドキする。
だが、そのドキドキは一瞬で、かき消される。
「トントントン。」
再び、扉をノックする音が聞こえる。
僕は扉を開けに行く。
扉を開けるとやはり、加奈子が立っていた。
「あーっ、会長ずるい!!」
「あら、いいじゃない。減るもんじゃないんだし。」
「輝。今日も・・・。私と、一緒に・・・。」
加奈子はまだまだ、恥ずかしそうだった。
「もー、先に来たのは私よ。」
史奈はそう言って、僕の方に我先にと歩み寄ってくる。
「まあ、まあ。夜遅いし、落ち着いて。僕は、ここから動きませんし、皆さんも好きなだけ居ていいですから。」
僕は二人をなだめる。
その後は、やはり・・・。
僕は二人の生まれたままの姿を見て、原田からもらったという袋も開封していた。
そこからは、あっという間に合宿は過ぎていった。
朝は、ジョギングをして、マユにすれ違ったら手を振り、そのジョギングでウォーミングアップをしたら、練習のサポートでピアノを弾き、夜は史奈と加奈子が僕の部屋にやってくる。
それを合宿が終わるまで、繰り返していた。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
少しでも面白いと思ったら、下の☆マークから高評価とブックマーク登録をよろしくお願いいたします。




