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57.安久尾建設の犠牲者たち

 

 速めに昼食を済ませ、ホテルを出る、僕、加奈子、史奈、そして原田。

 待ち合わせの相手は、今朝、ウォーミングアップのジョギングで、偶然再会した、僕の幼馴染のマユこと、熊谷真由子。


「ちょっと、面白そうだからついて行くよ。」

 と、原田先生も同行してくれることになった。

 その台詞を言った後、僕にウィンクしてくる。

 本当にありがたかった。


 やはり、夏の芝生だけのスキー場は、案の定、野原であり、マユの存在はとても目立った。

 広大なスキー場の上に、人影がぽつんと立っていて、その人影は、大きく手を振って、僕たちを迎えてくれる。


「ごめん、待った?」

 僕はマユに問いかける。

「ううん。今来たとこ。」

 マユは笑っている。


「えっと。」

 僕は何を話せばいいか戸惑ったが。


「輝の幼馴染の熊谷真由子です。雲雀川経済大学付属高校で陸上部しています。」

 マユは自己紹介して、頭を下げる。


「今朝はすみませんでした。まさか、ひかるんに、彼女が居たなんて、思ってなかったので。私もついつい、再会した喜びの方が大きかったので。」

 マユは、一緒にいる、史奈と加奈子を見る。

 一瞬、ドキッとした二人だが、少し安心して、笑顔を見せる史奈と加奈子。


 何でわかったのだろう・・・。


「あっ。なんでわかったのだろう、って顔してる。わかるよ♪そういうところ昔から変わらないし、お二人の顔を見てもね。だって、ひかるん、女の子の多い、むしろ、女の子しかいない、バレエ団のサポートに自分から参加しようって思わなかったでしょ。」

 マユはそう言いながら、笑っている。見抜かれていたか。


「ふふふ。わかってくれて本当に良かったわ。私は瀬戸史奈です。輝君の高校で、生徒会長をやってました。高校三年生です。」

「は、はじめまして。すご~い。生徒会長さんだったんだね。」

 マユは興奮しながら瞳の奥をキラキラさせる。


「まあ、“元”ね。」

 史奈はにっこりと笑う。そして。


「さあ、加奈子ちゃんも自己紹介しましょ。相手が先に自己紹介してくれたんだよ。そして、謝ってもくれたんだよ。」

 史奈に促されて。

 ああ、そうですよね。という顔をする加奈子。


「井野加奈子です。輝と同じ高校で、瀬戸会長の後任の、新しい生徒会長です。輝の。高校の友達。一応彼女、です。バレエやってます。」

 加奈子はまだ少し落ち着かない気分なのか、それでも、真面目な加奈子はマユに自己紹介をしたのだった。


「よろしく。加奈子ちゃんの、バレエ団の責任者の原田です。」

 原田先生も最後に自己紹介をした。


「ありがとうございます。みんな、素敵な人達で、安心しました。」

 マユはニコニコ笑っている。そして、僕の方に体ごと視線を傾けるマユ。


「ひかるん、どう、調子は?まさか、こんなところで会うなんて、どこのバレエ団?高校はどこに通っているの?」

 マユが明るく質問する。


「えっと、花園学園。」

 僕が答える。


「へー、今年から共学になった元女子校だね♪だったらモテモテだ。あーあー。」

 マユは大きな、ため息をつく。


「でも、不思議。違う県で一緒に生まれ育った、ひかるんが、なんで、この県の花園学園に通っているのか・・・・・。ねえ、何で?」

 マユはさっきとは違う声のトーンで僕に話しかける。


 息を飲む僕。

 まずいと思ったのだろうか、一瞬にして表情を変える、史奈、加奈子、そして、原田先生の三人。

 唇が渇いてくる僕。


 その表情を見逃さなかったのは、さすが僕の幼馴染だった。


「まさか。やっぱりそうなの?」

 マユは涙を流している。


「ひ、ひかるんも、犠牲になったんだ・・・・・・。」

 マユは少し涙ぐみながらも落ち着いて言葉を言った。


「安久尾建設と、反町市に。」

 マユの言葉に、僕たちはそろって、表情を変えた。それを見逃さなかったマユ。そして、マユは涙目になりながら僕を抱きしめる。


「つらかったね。わかるよ。」

 マユの表情はさらに激しくなる。


「どうして、わかるの?」

 僕はそう言ってマユの涙につられたのか、僕も涙を流す。


「わかるもん、だって、私も犠牲になったの、あいつらに。」

 マユは勇気を振り絞っていった。

 その言葉に僕も、そして、史奈、加奈子、そして、原田先生も表情を変えた。


「ど、どういうこと?」

 僕が聞く。


「よかったら話してもらえないかしら。」

 史奈が聞いてくる。

 加奈子と原田先生も、史奈のその言葉に頷く。


「はい。まず、私と、ひかるんは保育園、まあ、幼稚園からの幼馴染で、家も近所でよく遊んでいたんです。習い事は二つ。私もひかるんも同じのをやってました。一つは、ピアノ教室、もう一つは陸上教室です。」


「「「あぁ~。」」」

 史奈、加奈子、原田先生の三人は声をそろえて言う。


「だから、輝、あれだけ今朝のジョギング速かったんだ。」

 加奈子の言葉に妙に納得。


「はい。でも。皆さんも知っているかもしれないですが、どちらか一つは小学校の四年生くらいで、速めにスランプが来ます。ひかるんはピアノの成績がどんどん伸びていくのですが、私は未だに楽譜が読めず苦戦中。私は陸上の方で、どんどん速くなっていきますが、ひかるんは遅いままで、ついには下の学年の子たちに抜かれて行ってしまう。」


「ふふふ。輝君らしいわね。」

 マユの言葉に史奈が笑っている。


「はい。それぞれ、どちらかの才能しかないと思ったのか、小学校の五年生に上がったときに、それぞれ苦手な方を辞めました。私はピアノ、ひかるんは陸上を、それぞれ辞めました。」

 マユはさらに話をつづけた。


「なるほどな。そして、どちらかに集中するのは良い判断かも知れないな。」

 原田先生はそう言いながら笑っている。

 マユも先生の言葉に頷く。しかし、深く頷いたあとに首を少し横に振る。


「やめた理由はそれだけじゃなくて、もっと大きな理由があります。私、隣町に家ができて、そのタイミングで引っ越しをすることになったのです。ひかるんとはそれっきりになりました。その後は、それぞれ、陸上とピアノの腕をそれぞれの場所で、メキメキと腕を上げていったと思います。」

 マユは話を続ける。


「そうだね。そうじゃないと、今の輝はいないよね。」

 加奈子はマユの話に頷く。


「私は、中学は勿論、陸上部に入りました。県の大会もドンドン賞を取るようになって。女子中学駅伝のメンバーにも選ばれました。」


「おおっ。すごい。」

 史奈がニコニコ拍手をしている。


「でも・・・。」

 マユが再び涙目になる。


「ある時期から、駅伝メンバーにも選ばれなくなり、大会も出場させてもらえなくなりました。一つ下に、反町のつまり与党の幹事長の孫娘が居たからです。彼は、孫娘の活躍を奪われたくない、レギュラーで走って欲しい、という思いから、方々に根回しして、大会のルールを変えたり、意味不明な失格処分をしたりといろいろとありました。」


「あちゃー。」

 原田は頭を抱えた。そして、ここにいる全員、そんな気持ちになった。


「そして。私は、そのせいで高校に進学させてもらえませんでした。」


「「「えっ!!!」」」

 僕たちはマユの言葉に耳を疑った。


「内申書を改ざんされて、内申書の評価をあげたいなら、陸上を辞めろ。と脅されて。結局私は、陸上を続けたくて、新しい家も、自分の部屋も、親元を離れて、県外の雲雀川経済大学附属に入学することになりました。」

 そんな、そんなことが、マユは少し涙になりながら。呼吸を整えていた。


「そして、今もそのトラウマなのかわからないですけど、得意な長距離はスランプの中にいます。それ以外にも、短距離や、棒高跳び、いろいろな陸上競技もチャレンジしましたが、やっぱり思うように結果は出せず。ただ、チームメイトには恵まれて、感謝でした。」

 マユは少し暗い表情ではあるが、深く頷き、今のチームに感謝するような顔つきになる。


「そんな中で、今日、ひかるんと再会したんです。」

 だが、再びマユは涙目になる。


「まさかとは思いました。だって、与党の幹事長も、外務副大臣も、選挙のたびに、外務副大臣の息子がさんざんピアノをアピールしていました。ひかるんもまさか、そいつの犠牲になっているのではと思って。今日、蓋を開けてみたら・・・。」


「やっぱりそうだった、というオチか・・・。」

 原田先生がため息をついて、表情を変える。


「ますます許せないな、あいつら・・・・・・。」

「はい。そう思います。」

 原田先生と加奈子は怒りをこみあげる。


「そうだったんだ。ごめん、マユ。気付けなくて。」

「ううん。いいの。もう、もう、ひかるんと会えたから・・・・。」

 再び泣きながら抱き合う、僕とマユ。


「ひかるんも、何があったか話せる。」

 僕は頷き、今まであったことを話した。ところどころ、史奈、加奈子、原田先生がフォローしてくれる。

 僕は三人に、フォローしてくれたお礼を言って、こんな感じだという言葉で、話を閉じた。


「そうよね。話したくないし。ひかるん、いつまでも引きずっちゃうよね。」

 マユはそう言って、泣き止み、笑顔になる。正確には無理にその表情を作っているようだ。


「ありがとね、話してくれて。」

 マユはウィンクする。

「皆さんも、ありがとうございました。ひかるんを助けてくれて。」

 マユは、改めて、三人にお礼を言って、立ち上がる。


「そしたら、そろそろ、昼休憩が終わりなので、私は行きます。」

 マユはお辞儀をして、その場を立ち去る。


「あ、あの、ちょっと待って!!」

 史奈が、声をかける。


「はい。」

 マユが立ち止まる。


 史奈は加奈子の眼を見る。そして、原田の眼を見る。

 加奈子も原田も大きく頷いている。


「よかったら、これからも輝君に会いに来ていいわよ。あなたに、紹介したい人達も出来たし、雲雀川経済大学附属よね。その近くに住んでいるの?」


 史奈の質問に、マユは応える。

「はい。近くのアパートを借りて住んでます。」


「そう、よかった。輝君も、雲雀川の伯父さんの家に住んでいるから、この合宿が終わったら、会いに来て。私も、加奈子ちゃんも、あなた、ううん。真由子ちゃんを見てて、かわいそうに思ったから。せっかく近くに住んでる、幼馴染と再会したんだから、ねっ。」

 史奈がウィンクして、マユに向かって手を振っている。


「はい。ありがとうございます。絶対、行きます!!」


「そしたら、私たちと、連絡先、交換しましょ。」

 史奈の提案に、マユは頷き。すぐにそれぞれ、スマホを取り出した。


「ありがとうございます!!」

「ふふふ、またね。」

 史奈は手を振る。そして、加奈子も手を振る。二人の表情には曇り空が一気に晴れた飛び切りの笑顔で、マユを見送っていた。

 マユも夢中で手を振り返す。


 僕も、一緒に手を振って、マユを見送った。

 両肩をポンポンと叩かれる。


「なんだ、少年。すっごくいい子じゃないか。」

 原田先生はそう言いながら笑っている。


「うん。輝も、真由子も、本当に会えてよかったね。」

 加奈子はそう言いながら笑っていた。


 僕は、三人にお礼を言って、そして、改めて、謝罪し、僕たちもホテルに戻って、午後の練習を再開した。



今回もご覧いただき、ありがとうございました。

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