56.再会は偶然にも
「す、すごーい。ホントに、ホントにひかるんだぁ。」
【マユ】こと、【熊谷真由子】がそこに立っていた。
陸上部の練習用のユニフォームに身を包み、日焼けした素肌。ショートヘアーの部類ではあるが、肩の手前までかかる髪型。
まるで太陽のように、熊谷真由子はニコニコと笑っていた。
熊谷真由子、マユは、保育園、小学校が一緒で、小学校四年生まで近所に住んでいた関係だ。それこそ、保育園や小学校時代は、よく、近所の公園などで、一緒に遊んだりしたのだった。
だが、小学校の高学年になると同時に、マユの方に新しい家ができるとのことで、マユが別の学校に転校してそれきりだった。
そう、いわゆる幼馴染という関係だった。
「マユこそ、なんでこんなところに?」
「ふふふっ。陸上部の合宿。」
マユは、嬉しそうに言った。
「そ、そうなんだ。」
さすがに、女子の陸上競技部なら、先ほど抜かされても仕方がない。
「あっ、合宿の練習中だからあとでね。といっても、朝一番のアップだし、タイムも図ってないから声をかけたんだけど。ひかるん、どこのホテル泊っているの?」
僕は、宿泊しているホテルの名前を告げる。
「えっ、私たちのホテルとすぐそばじゃん。この後、少し、休憩だから、走り終わったら行くね。だから、ひかるんも早く来てね。そこの池で、折り返しでしょ?」
「あ、ああ。うん。わかった。」
マユは僕にあった喜びを爆発させたからだろうか、明らかにペースを上げて走り去っていった。
彼女も元気な性格、きっと、タイム計測の時でも、僕とすれ違っていたら、計測を終わらせてから、どこかで待ち構えていたのだろう。
なんだ、バレエ教室の女の子たちじゃなかったか、という安心感と、こちらもマユに会えた喜びがあるのか、ペースが上がっていた。
池を折り返して、再び、僕たちの泊っているホテルへ。
折り返すと、原田先生のバレエスタジオの縦長の大集団とすれ違う。
先ずすれ違うのは、高校生の集団。
その中には加奈子もいる。
お互い目を合わせ、頷きあい、すれ違う。
同じように藤代さん含む中学生の集団もそうだ。
だが、幼稚園や小学生の集団からは。
「うわぁ、お兄ちゃんすごーい。」
「もう、折り返している~。」
そんな声がすれ違うたびに聞こえる。
「こらこら、集中して、体力をつけるよ~。」
その度に、後ろから付いてくる先生の声がかかり。
「「はーい。」」
と元気に、手と足を動かす子供たちの姿がある。
どうやら、みんな必死に、マラソン、つまり、持久走をしているようだ。
ホテルに戻る僕。
そこには原田と、マネージャーで付いてきた、史奈がホテルに待機していた。
「よーっ、少年、結構早いな。流石は男子だね。ピアノばっかり弾いて、あまり体力なさそうだったから、誰か一人くらいには、負けているかと思ったよ。」
原田の声。そして。
「おっ。輝君お疲れ。結構早かったね。というか、私より速いんじゃない?」
史奈が声をかけてくる。
「は、はい。まあ、息が切れそうですが。」
肩で息をする僕、久しぶりにハイペースで飛ばし過ぎた。
「まあ、それは良いんだけど。あの子・・・・。一体誰?」
史奈は視線を変える。そして、表情も少し曇る。
視線の先には先ほど出会った、マユの姿があった。
マユのさらに背後には、マユの所属している陸上部の部員たちが、各々、休息をとっている。
「ああ。私も気になった、話を聞いてみると、お前を待っているようだが。」
原田先生は、待っているマユを不思議に思い少し、声をかけたのだという。
「ああ。昔の知り合いなんです。どうやら、所属している陸上部の合宿で、そこの、ホテルを利用しているようですね。」
僕はそう言って、マユの元に駆け寄る。
「おーっ。ひかるんお疲れ。結構、速かったね。」
マユは声をかける。
「ああ。久しぶりに、マユ、お前と会ってな。少し飛ばし過ぎた。」
「ふーん。毎回こんな感じならよかったんだけどね。ところで、何で、ひかるんがこんな所に来てるの?運動部の合宿かなんか?」
「いいや、友達のバレエ教室の合宿の手伝い、一応、ピアノを弾くスタッフ。」
「あー。だから、抜いて行った時も、折り返した時も、小学生の女の子たちが行列で走ってたんだ。やっぱり、ピアノ上手いもんね!!」
マユはとても興奮しながら笑っている。
「このやり取りを見ていると、知り合いかなのか?少年。」
原田が、駆け寄ってくる。
「輝君。一体、どういうこと?」
史奈は少し難しい表情をしながら、こちらに来る。
「あー。この子は、熊谷真由子さん。小学校四年生くらいまで、保育園からずっと近所に住んでいて、仲が良かったんだ。」
僕は冷静になってマユを、原田先生と史奈に紹介する。
「へえ。つまり、幼馴染か。」
「ふーん。輝君。幼馴染が居たんだ。」
原田がニヤニヤと笑っている。
対する史奈は、少し声が低くなってはいるが、口元だけが静かに笑っていた。
しかし、原田は急いで、仕事に戻った。バレエ団の生徒たちがゴールしてくるのに気付いた。続々と、ゴールしてくる生徒たちを迎える。
沈黙が流れる、僕と、史奈、そしてマユ。
だが、その沈黙は一瞬で破られる。
ゴールしてくる生徒の中に加奈子もいた。
「はあ、はあ、輝。凄く速い。やっぱり男の子って・・・・・・・。」
加奈子は史奈の他に、僕の周りに、もう一人いる女子の存在に素早く気づいた。
「ひ、輝。この子、一体?」
加奈子はキョトンとしながら、僕を見る。
「ふふふっ。加奈子ちゃん、輝君に幼馴染が居ました。ただいま、絶賛、感動の再会中。」
史奈はテヘペロ。という顔をしながら、加奈子に説明する。
「ああ。どうもそうらしい。マジの感動の再会のようだな。加奈子ちゃん。」
原田先生は深々と頷き、加奈子の方に手を乗せた。
「えっ、そうなの?輝。」
加奈子は史奈の説明に顔を真っ赤にしながら、僕の腕をしっかり握る。
「ご、ごめん。隠すつもりはなかったのだけど、こんなところで会うなんて・・・・・。思ってもみなかったから・・・・。」
僕はすぐさま謝る。
「あらあら、別に、責めてなんかないわよ。ただ気になっただけ、世の中って狭いわね。」
「う、うん。輝。良かった。そうだよね。輝のせいじゃないよね。」
史奈と加奈子は僕の言葉に嘘をついていないと見ぬいたのだろう。すぐに、うんうん、と頷く。
「マユ~、時間よ~。」
「はーい。今行く~。」
陸上部員の誰かに呼ばれるマユ。
「ごめん、もう行かなくちゃ。そうだ、昼休憩の時間とかに少し話さない?そこのスキー場で。」
マユの提案に、なんだか安心する僕。
そして、さらに安心して、思いっきり胸をなでおろす、加奈子、史奈。
「そうね、是非そうして欲しいわ。」
「うん。良かった。なんか、この合宿中、モヤモヤして過ごすところだった。」
史奈と加奈子が笑う。
「ああ。わかった、もちろんいいよ。」
僕はマユの提案に、頷く。
「うん。じゃあ、あとでね。」
マユはそうして、近くのホテルに宿泊する、陸上部のメンバーの元へと戻っていった。
直後の午前練習。
何だろう。少し不安な時間が流れる。
史奈も、加奈子も黙ったままだ。
だが、練習やサポートはしっかりやっているようだ。だが、無言のままのやり取りが続く。
幸いにも、午前中のピアノの担当は、小学生のクラスだったため、史奈、加奈子と一緒になる時間が少ないのが幸運だったかもしれない。
そうして迎えた昼休憩の時間。昼食を食べ終え、史奈、加奈子と黙ったまま、目を合わせ、ホテルの外へ出る僕たち。
そして、「面白そうだからついて行くよ。」といって、その一行に原田先生が加わる。
僕たちは、マユに指示されたホテルの傍の、夏の芝生で覆われたスキー場に向かうのだった。
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