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55.朝のトレーニング

 

 翌朝、起床時間の少し前に僕は目覚める。

 山の中の朝は綺麗だ。


 ベッドの中、僕の隣には加奈子がいる。

 合宿二日目、加奈子が所属するバレエ団の合宿。僕はピアノサポートのスタッフとして、この合宿に呼ばれている。


 加奈子は部屋を抜け出して、僕の部屋へと来ていた。

 そして、お互い、生まれたままの姿で、ベッドで寝ていた。そして、その場所が夏とはいえ、標高は二千メートルを超える、山の中。


 布団の中は僕と、加奈子の体温で温かかったが、布団の外に出ると一気にひんやりしてきた。「寒いっ。」

 僕は一気に目が覚める。


 加奈子は隣ですやすや寝ているが・・・・・。

「んー。おはよー、ひかるぅ。いま、なんじぃ?」

 加奈子はそう言いながら眠い目を擦り、僕に聞いてくる。

 起床時間よりも少し前の時間を伝える。


「まだまだ、時間あるー。もういっかい、一緒に寝よう。」

 加奈子は僕の両手を掴み。

 もう一度、布団に戻そうとする。


 加奈子の体温で、再び僕の身体は温かくなったが・・・。


「えっ。冷たい。寒い。輝、何で?」

 布団の外に出た僕の身体に触れた加奈子、先ほどの僕と同じように、部屋の気温の、その冷たさで、一気に目が覚める。


「山奥に来ているからだよ。合宿だよ。合宿。」

 僕は加奈子にそう伝えると。


「い、いけない、いい加減部屋に戻らないと。」

 加奈子は飛び起きて、一気に服を着替える。


 慌てる加奈子。いつも朝はこんな感じなのだろうか。

 僕はそう思いながら、加奈子の方を見る。


 お互いに服を着終わる。僕と加奈子。

「輝。本当に、ありがとう。」

 加奈子は僕の顔に近づき、唇を重ねて、キスをする。


「うん。」

 頷く僕。


「ねえ。また、夜も来ていい?」

 加奈子の頼み、何だろう。すごくドキドキする。

 僕は黙って、再びキスをする。


「ありがとう。じゃあ、今日も、頑張ろうね。」

「うん。」

 僕は手を振る。

 加奈子は隣の部屋で寝ているであろう、原田先生達にバレないように、そっと、扉を開けて出て行った。

 そして、おそらく原田先生にバレるのが怖くて、加奈子が勢いよく出て行った瞬間、僕は再び部屋の扉を閉めた。


 やがて、起床時間となり、点呼を済ませて、朝食の時間となる。

 色とりどりの食事が並ぶ。

 さすがはホテル、昨日の夕食と同じように、食事の量や味がしっかりしている。

 僕の家は農家なので、食事の量はこれとほぼ同じ量が並ぶが、ここまでの味付けは、やはりこういった外部の食堂でしか食べられないだろう。


「おはよう少年。」

 原田先生の声がする。相変わらず、朝からパワフルな女性だ。先生は僕と、向かい合わせのテーブルに座る。


「うまいな。流石はホテルの食事だ。」

 原田先生はそう言いながら、食事をパクパクととっていく。


「ん?どうした少年、美味しくなさそうだな。」

 原田先生は、そういいながら僕を見る。


 僕は緊張しているだけだった。

 昨夜から今朝にかけての加奈子の一件がある。原田先生にバレていないか恐る恐る確認するような態度でやらないと。


「あ、と、とても美味しいですよ。ただ、家が農家なので、野菜とか、みそ汁とか、これとほぼ変わらない量が出たりしますから。」

 僕は少し緊張していたが、原田の言葉に反応する。


「あー。そうだったな。確かにあそこは畑ばっかりで、夜、車の運転するの怖かったわ。」

 そういえば、そうだ。バレエコンクールの時、原田先生に家まで送ってもらったんだ。


「す、すみません、お礼を言うのが遅くなってしまいました。その、あの時は、本当にありがとうございました。」

 僕は、原田先生に頭を下げる。


「ああ。いいって。いいって。困ったときはお互い様だ。元気になったか?バレエコンクール後、この一か月くらいの近況は、加奈子ちゃんから、いろいろ近況は聞いていたぞ。なかなか面白そうだな。」

 原田先生は笑いながら、言った。


 その言葉に笑顔で頷く僕。


「おーっ。面白いと言えば少年、夕べは・・・・・・・。」

 少し間多く原田。


「おーっと、この先を言ってしまうと、某ゲームのパクリだから言わないでおこう。さらわれた姫様を助けて、一緒に帰ったときに宿屋に泊ると、起きる超有名イベントだな。」


 先生の目線は向かいのテーブルに座っている、このバレエ教室の講師の一人、男性講師の吉岡の方を見る。

「ヨッシー、えっと、吉岡先生が、昔、プレイしていたから知ってるんだ。そのゲーム。」


「・・・・・・・っ。」

 原田先生の言葉で、食事が気管支に入り、喉を詰まらせる。

 そして、僕に異変を感じたのか、原田先生は、すぐに吉岡先生の方から、僕の方へと目を向ける。


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ。」


「大丈夫か?少年、ほら、水だ。水。」

 原田先生から水を差し出される。


 当然、先生が言っていた某ゲームに出てくる台詞は勿論、知っている。

 僕だって、そのゲームをプレイしたことがある。プレイしたのは、該当する台詞が出てくる、ナンバリングとは違うものだが、このゲームは、ナンバリングでシリーズ化できる、超がつくくらいの人気シリーズだ。

 当然、このゲームをやっていれば、歴代のナンバリングの場面にも出会うわけで、当然、この台詞も、よく知っているということになる。


 ストーリーは勿論そうだが、音楽がやっぱり好きだ。

 ゲームのメインテーマを、これまで生きてきた時間と五分でできたという、作曲家の言葉に惹かれて、いつか、作曲をしてみたいなと思ったこともある。


「も、申し訳ありません。」

 僕は原田先生に、必死で手をついて誤ったが。


「いいってことさ、御咎めなし。ここは、学校の修学旅行とか、刑務所とかではないんだから。それに・・・・・。」

 原田先生は、加奈子の方を見る。

 元気よく、他の生徒たちとおしゃべりをする加奈子。


「私も、こういう、恋バナは大好きだ。あの真面目な加奈子ちゃんに、心惹かれる男の人が現れて嬉しいんだよ。そして、もう一つ。これは、寂しいことでもあるんだが・・・。」

 原田先生はウィンクをする。


「加奈子ちゃんを怒る機会は、唯一この合宿でしかない。朝は寝坊はするわ、寝起きでふにゃふにゃになって話を聞いていないわ、部屋まで叩き起こしに行ったことがあるわ。合宿の朝は本当に戦いだったよ。まあ、それが加奈子ちゃんを怒る唯一の時間だから、他の生徒も珍しそうに、見に行くんだよね。でも、今日はどうだ?」

 原田先生と一緒に加奈子を見る。

 楽しそうに、おしゃべりをする加奈子。


「少年、お前が、一緒に寝てくれて、一緒に起こしてくれたんだろ?他の生徒からも、『加奈子ちゃん珍しくちゃんと起きてるー。』だってさ。ありがとよ、少年。」

 原田先生はウィンクしながら、どこか寂しそうにも見つめていた。

 僕は黙って頷く。


「それに、やっぱり、真面目な加奈子ちゃんだもの。昨夜も、不器用で、下手すぎ。誰かにバレないようにするのが。それに、間違いなく、私の斡旋がなければ、部屋でおとなしくしていただろうな。」

 原田先生はニコニコと笑っていた。僕は原田先生のその言葉に黙ってうなずくしかなかった。


「ああ、言い忘れていたが、ここのホテルは大浴場は朝風呂もできるし、部屋の風呂はどの時間帯も使っていいぞ!!すまないな、少年とは、合宿のしおり、ゆっくり確認する時間が出来なかったな。体、温めといてくれ、朝からハードな練習をするからな。」

 原田先生はそう言って、笑顔でうなずく。


「は、はい、すみません、ありがとうございます。」

 僕は原田先生に頭を下げる。

 その様子に、ニコニコと笑う原田先生。


 そうして、再び朝食を食べていく。

 僕も、朝食に手を付ける。朝食の中の一つのメニュー、納豆のパックに手を付ける僕。


「おおっ、納豆行けるのか?少年。」

「えっ、まあ、ただ、マスタードは苦手なので、辛子を入れないで食べますが・・・・。」


「ヨシッ、それなら、もう一個食べとけ。納豆も餃子と同じで、北関東の名産品だ。ハハハッ。」

 原田先生はそうニコニコ笑いながら、自分の分の納豆を僕に差し出して、そのまま立ち去ってしまった。

 先生の食器を見ると、確かに、その納豆以外、全て食べ終えている。


「あの・・・・。ありがとうございます。」

 僕は、何だかわからない状況にはなったが、そう言うものなのだろうと思い、原田先生の分の納豆のパックを開けたのだった。

 そうして僕も朝食を食べ終える。


 その後、原田先生の言葉に甘え、朝食を済ませ、大浴場の朝風呂で、温まる。


 そうするとちょうどいい時間となり、朝一番の練習を行うのだが・・・・・・。

 僕たちはホテルの外に集合していた。

「と、いうわけで、合宿恒例、マラソン大会を実施する。発表会に必要なのは、技術は勿論だが、基礎体力も大事だ。せっかく、山に来たので、各々走ろうではないか。」

 という原田先生の声。


 生徒たちは、各々自分のペースで、原田先生に指示されたコースを走ることになった。

 おそらく、軽く二、三キロはあるだろうか。そんなコースだ。


 何だろうか。山の景色を見ていると、僕も走りたくなり。

「僕も一緒に、いいですか?」

 という声を原田先生に掛ける。


「ああ、もちろんだ、お前もピアノのコンサートとかで、体力使うからな。一緒に汗を流してくれよ!!」

 とのことだったので、一緒に走ることにした。


 各々自分のペースで走る。

 当然、いちばん最後方から、バレエ団の先生たちも追ってくる。


 一番下は、まだ、小学校にも満たない子たち、そして、一番上は高校生。

 そうなると、先頭から最後方までかなりの差がある。


 僕は男子ということもあり、そして、実は昔こういう教室に通っていたということもあり、先頭で走っていた。

 しかしながら、こういう教室に通っていたといっても、小学生までだったし、その後は、陰キャということで、男子の集団に入ったら遅い方だった。

 だが、女子のバレエ団という集団になってくると、少しばかりこういった持久力には余裕が出てきており、先頭で走ることができた。


 だが、さすがはバレエ団で、柔軟運動とかもしっかりやっているのだろう、もしくはチアダンス部などの、運動部に入っている子もいるのだろうか。

 振り返るとすぐ後ろに何人か付いてきている。


 何だろうか、久しぶりに負けたくないという気持ちが入るし、周りからも、『お兄ちゃんすごーい。』と、言われる成果、ペースがだんだんと上がってくる。

 山の中ということもあって、坂道でしんどいはずなのに・・・。


 だが、さすがの文科系男子の僕も運動系の男子たちには勝てなかった。

 何人か男子たちの集団に抜かされていく。

 一瞬ヒヤッとするが、彼らの背中には、箱根駅伝の常連大学、しかも、何年も連続でシードを獲得している大学の文字が・・・。


 ああ、そうだ、他のスポーツ団もここら辺のホテルで合宿しているのだ。

 さすがに彼らには当然かなわない。

 だが、彼らのペースも真似してみたいということもあるのだろうか。視界ギリギリまでついて行きたいという気持ちがある。


 そうして、箱根駅伝の大学の集団を視界ギリギリまで、追って行ったのだった。


 だが、次の瞬間。

「ウソだろ・・・・・。」


 何人かの女の子たちにも抜かされていった。

「や、ヤバい、せめて、バレエ団の女の子たちには勝たないと。」

 おそらく、僕が彼女たちよりも遅い、時間帯にゴールした瞬間。


「少年、遅いぞ、カッコ悪いな~。」

 というような言葉を原田から言われるかもしれない。


 またまた、僕はペースを上げ始めた。

 だが。


「まずい・・・・・。」

 抜かされた女の子たちになかなか追いつかない。

 いや、むしろ離されてしまう。


 やがて、僕の視界に池が見えてくる。

 あそこが、確か、原田先生が指示した折り返し場所だったよな。


 ここら辺一体のスポーツ団はあの池を目標に、走り練習を実施するのだという。


 案の定、当の昔に抜いていった、箱根駅伝の大学チームは、あの池で折り返して、再び、僕とすれ違っている。


 そして、少し、時間がたって、先ほど僕を抜いていった、女の子たちもすれ違うことに。

 まずい。負けないように、しなきゃ。


「あれ・・・。ひかるん?」

 声をかけられる。

 ああ、僕、本当に体力無いなと思って、ああ、皆に負けたよ。と思った。


 だけど・・・・・・。そんなことはなかった。


「えっ。」

 僕は足を止めた。ものすごく驚いた僕が居た。


「本当に、ひかるんだ。久しぶり。元気だった?」

「ま、【マユ】。なんで?」


 声をかけられたのは、原田のバレエ団の女の子ではなかった。

 日焼けした、飛び切りの笑顔の女の子の顔がそこにはあった。







今回もご覧いただき、ありがとうございました。

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