52.合宿の始まり
ご覧いただきありがとうございます。
第三章、夏休み編を是非お楽しみください。
少しでも面白いと思ったら、下の☆マークから高評価と、ブックマーク登録をよろしくお願いいたします。
※ここから変更箇所が多くなります。改定前からの作品から来ている皆様も、もう一度読んでいただけると嬉しいです。
待ちに待った、夏休みが本格的に始まった。
一学期の終業式以降、心音と風歌から、コーラス部の助っ人ということで、夏休みが始まって、最初の十日前後は、ほぼ毎日、高校に通っていたため、今日から、高校へ通わなくてもよいという、本格的な夏休みが始まったといっても過言ではない。
県の合唱コンクールから一夜明け。自転車で加奈子の通うバレエ教室に向かい、いつものように、バレエ教室の駐輪場に自転車を止めるのだが。今日は少し荷物が多い。
「おーっ。少年。元気だったか?」
原田先生から声を掛けられ、頭を下げる僕。
「よろしく頼むよ。今日から冬のクリスマスコンサートに向けての合宿だ!!」
原田先生はそう言いながら、僕の肩を叩く。
この合宿の少し前、合唱コンクールの合間を縫って、原田先生と、そして、ピアノを見てくれることになっている、音楽の藤田先生の姉でもある、岩島晶子先生、と簡単な打ち合わせを行っていた。
といっても、加奈子からの依頼で、合宿と次のバレエ教室のクリスマスコンサートの打ち合わせに来て欲しいということで、参加していたのだった。
関東の合唱コンクールの伴奏もあるのだが、一応、コーラス部の県の合唱コンクールが終了したため、僕のコンクールそして、バレエ教室のクリスマスコンサートへ向けて動き出すのだった。
「橋本君も、ピアノコンクールに向けて動かないとね。」
そんな話があり、バレエ教室のクリスマスコンサートと一緒に、動き出すことになった。
といっても、僕の場合は、メンタルのトレーニングがメインで、コンクールの曲は、既に弾ける曲から選んでいた。
「心の問題もあるし、前にも、茂木先生の打ち合わせの時に、言ったと思うけれど。時期的に忙しいこともあるし、難曲を仕上げることよりも、調整メインで練習しましょう。橋本君も裕子たちや、コーラス部の皆とかから、あちこちで伴奏を引き受けて忙しいわけだし。」
岩島先生はそうウィンクしながら、僕の方を見る。
僕もそれに頷く。
そうして、既に決まっている曲目を原田先生に話す僕。
「それなら都合がいいや。」
と、ニコニコ笑う原田先生。
「クリスマスコンサートは、コンクール報告のステージを兼ねて、『レ・シルフィード』を扱う予定だ。もしもあれなら、少年のテンポに合わせて振付するぞ。」
原田先生は続けた。
確かに、加奈子も、最初は苦労していた。少し早めの僕のテンポに一生懸命ついて行ったよな。
そうなると、皆で踊る場合はさらに振付で苦労するだろうな。
「すみません、ありがとうございます。」
「なーに、気にするなよ。」
原田先生に頭を下げるが、大丈夫、ノープログレムという表情をした原田先生を見ると、少し安心する。
「まあ、先ずは場数を踏んでみましょう。そうなってくると、橋本君が行く合宿も、『レ・シルフィード』をやるみたいだし、そこで数をこなしてね。」
岩島先生の言葉に頷く僕。
そうして、その後は、原田先生から、合宿の練習で弾いてほしい曲の楽譜がドサッと渡されるのだった。
「多くてすまないな。少年。合宿は基礎から徹底的にやりたいんで。まあ、練習用の楽譜だったり、準備運動の楽譜が結構あるんだけれど。」
原田先生はニコニコと笑っていた。
楽譜の量の多さは少し戸惑う僕だったが、大半の曲は、リズム練習、柔軟練習の簡単なBGMなので、初見で行けそうだし、難しい部類に入る曲も、知っている曲が大半だったので、少し肩の荷が下りた。
「まずは、うちのバレエスタジオに協力してくれてありがとう。ある意味で、少年はバイトも兼ねているから、謝礼は勿論支払おう。」
原田先生はそう言いながら、冬のクリスマスコンサートのステージ構成を話してくれる。
ステージは三部構成。
まず最初の第一ステージは、は学年などで振り分けた、クラス毎の各発表。
次の第二ステージが今年のコンクール報告会。課題曲の『レ・シルフィード』を全員で踊る。
そして、県の入賞者、加奈子によるステージ発表。入賞できなかったが予選での評価が良かった子たち、数人の発表。
そして、メインの第三ステージ。チャイコフスキーの『くるみ割り人形』だ。ここでは、コンクールのもう一人の入賞者藤代さんのコンクール報告も兼ねるという。
そう。藤代さんの自由曲は、この『くるみ割り人形』の中の、『金平糖の踊』だった。
故に、この演目の主役級の一人、金平糖の精の役も自動的に、藤代さんになる。
当日は、『金平糖の踊』に入る前に、藤代さんが入賞したというアナウンスも入るらしい。
勿論、第一、第二ステージもあり、時間の関係上、いくつかカットして、本番の六、七割程度の内容の『くるみ割り人形』だが、ステージ構成を見るに、楽しそうな演目だった。
「少年は、合宿での練習はほぼすべてのクラスのピアノを弾いてもらうが、本番のピアノは、『レ・シルフィード』と、加奈子ちゃんの発表と、いくつかのクラスの演奏をお願いします。『くるみ割り人形』は当然、茂木先生に頼んで、オーケストラの音源を発注する予定だ。」
そう原田は楽しく説明をする。にこにこと笑っている原田先生。とても珍しい。
見ているこっちまで、楽しくなってしまう。
「そして、加奈子ちゃんから、しおりはもらっているか?」
僕は頷く。加奈子からもらったしおりを見せる。
「おお、よかった。忙しい中すまない。いろいろと、合宿の施設のことに関して、注意事項が乗っているから読んでおいてくれ。少年とはあまりここの確認ができないから、まあ、詳しいことは合宿の中で説明するさ。」
原田はニコニコ笑って、頷いていた。
そんなこんなで、改めて、今日。県の合唱コンクールの直後ではあるが、このバレエ教室、【SUBARU‘sバレエアカデミー】の前に来ていた。
と、淡々と語っているが、ここに来るまで非常に苦労した。
「嫌だぁ~。やっぱり合宿行ってほしくない!!」
「なんで、いつも生徒会長ばっかり、ハッシー。」
「ああ。私もお店が休みじゃなければ。」
葉月、結花、早織の三人は、昨日の合唱コンクールの終了後、僕の家、つまり、伯父の家の離屋について行き、そこで、いろいろと、駄々をこねられるなど、いろんなやり取りがあったのだった。
案の定、例の箱から、例の袋を使っていた。
その場所には、加奈子と史奈は同席していなかったが、加奈子は当然かもしれない。明日からは、加奈子のバレエ教室の合宿だ。そう。合宿。
ということなので、真面目な加奈子は遠慮したのだろう。
しかし史奈も、こういう場面に直面したら絶対に、葉月たちと一緒に・・・・。
と、思っていたが、なるほど、と思ってしまう出来事があった。
「さあ、さあ。二人とも、早くバスに乗って。」
合宿初日の朝、僕たちの乗る予定のバスの中から、史奈が降りてきたのだった。
「ふふふ。輝君と加奈子ちゃんを一緒にサポートするわね。マネージャーは得意だから。」
そう言って笑って立っている史奈の姿。
「な、なんで史奈がここに・・・・・。」
僕は少し驚いている。
「ちょっと、会長、聞いてないですよ。何でいるんですか?」
加奈子は少し不満そうな顔をしている。
「ああ。加奈子ちゃんの先輩の生徒会長だろ。マネージャーで来てもらうことになった。なぜなら。」
原田先生は、バレエスタジオの面々が乗る予定のバスを指さす。
バスの車体には、『瀬戸運送バス』と書かれている。
【瀬戸運送】。運送という熟語は分る。問題はその前に付いている漢字二文字だ。
瀬戸ということは・・・・。
「ふふふっ。元生徒会長の瀬戸史奈です。そして、【瀬戸運送】はお父様が社長をしている、会社なの。」
史奈の言葉に目が点になる僕。
な、なんと、史奈は社長令嬢だったのだ。
「ああ。バスの送迎ということで、社長令嬢自ら一緒に来てもらうことになったんだ。ちなみに、【瀬戸運送】はここら辺では有名な運送会社だよ。トラックとか、バスとかな。」
僕は改めて、驚く。
「す、すごい。そんなすごい方だったのですね。その、史奈・・・。様。」
「ふふふ。そんなに驚かないで良いわよ。それに、これからもいつも通りに接してくれると嬉しいわ。」
史奈はテヘペロ。という顔をしながら、笑っていた。
いやいや、さすがに、恐縮してしまう。むしろ、僕といや、史奈以外の美女とも関係があることに対して、大丈夫なのだろうかと思ってしまうが。
「ふふふっ。でも、史奈様って呼んでくれて嬉しかったわ。」
ニコニコと笑ういつも通りの史奈。
その表情を見る限り、いつも通りでこれからも接していけばいいのだろう。
「はあ。やっぱり、珍しく、夏休みに入ってから、特に昨日とか、会長大人しいから、なんでかなぁと思ったのですが、こういうことだったのですね。」
加奈子はものすごく不満そうなため息をつく。
「はあ。瀬戸運送の社長の娘ということは、前から知ってましたけど、まさかここまでやるなんて。」
不満というヴォルテージがさらに積る加奈子。
「あらあら、加奈子ちゃん。黙っててごめんなさいね。でも、これは泊りの合宿よ。私だって負けないわよ。みんなが寝静まった後、とても楽しみね。」
史奈がニコニコ笑う。
「ちょっと、何言っているんですか。私は、真面目に、このバレエ教室の一員として、ここに居ます。」
加奈子が顔を赤くする。
その光景を見て、息を飲む僕。
そう。これは合宿。泊りイベントの合宿。もしも、それが起こるなら、周りにバレないようにしないと。と、深呼吸する僕だった。
「ふふふ。大丈夫よ。心配しないで。加奈子ちゃんだけじゃ心配だから、私も来たのよ。」
史奈はさらに進み出て、僕の耳元で囁いた。
「お~い!お前たち、そろそろバスに乗ってくれ。出発の時間だ!!」
そんなやり取りがあった後、バレエ教室の原田先生に諭され、僕たちはバスに乗り込む。
加奈子は少し心のどこかに何かをためているような表情をしていた。
それに気づいた原田先生は、加奈子の肩を叩き、親指を立てる。その原田先生の表情を見て、安心する加奈子。
「大丈夫だ、加奈子ちゃん、私は、いつだって加奈子ちゃんを応援してるよ。」
原田先生は、まるで試合を楽しむかのように、ニコニコ笑っていた。
史奈の父が社長を務める、【瀬戸運送】のバスはとても大型で、かなり余裕がある。
しかもそれが、かなりの台数で、合宿に向かおうとしている。
「ちょうど、大人数の団体さんがキャンセルになったから、大サービスで、バス余計に配車しちゃったの。」
史奈はさらに、テヘペロ。という表情をし。
「さあ、さあ、輝君は、昨日、とても頑張ってからの今日だから、バスの中でゆっくり休んで。休んで。この時くらい、加奈子ちゃんに隣の席を譲ってあげるわね。」
史奈はウィンクして、僕をバスの一番前の窓際の席に案内する。
その通路側の隣の席に加奈子。通路を挟んで、通路側に史奈、その隣の窓際に原田という一番前の座席だった。
「それじゃ、よろしくお願いします。」
原田の一声で、バスは予定の時間を少し過ぎてはしまったが、合宿に向けて出発したのだった。




