51.安久尾建設の社員旅行(安久尾建設のざまぁ、その3)
安久尾建設社長。【安久尾竜次】。
安久尾五郎の叔父で国会議員の安久尾次郎の弟である。
「はあ。」
彼は二つの現場からの報告に頭を悩ませていた。
「藤代部品も瀬戸運送も一体どうしたのだろうか。まあ、他の取引先を当たることは出来るのだが‥‥。作業が少し遅れるなあ。」
反町市の二つの建設現場から報告が上がり、取引停止で、違約金を請求しようとしたのだが。
結局は、自分たち、安久尾建設が支払うことになった。
案の定、二つの取引先に対する、費用の長期未納、その他、無理難題なスケジュールを強要し、一気に費用が跳ね上がったことが、足かせになった。
結局、弁護士を以てしても、違約金はその長期未納分から相殺されることになり。
違約金より、費用の長期未納分の方が上回っていたのだった。
当然のことではあるのだが、安久尾竜次は楽しいイベントがお預けになったような、そんな顔をしている。
「社長、かなり悩んでおられますね。」
秘書の一人が安久尾竜次に尋ねる。
「まあね。畜生。費用の件、上手く誤魔化そうと思ったのに‥‥。取引停止を申し出るとそんなことも発生してしまうとはなぁ。」
当たり前であるが、費用を誤魔化して長期未納をやっている方が悪い。
だが、彼はそんな悪事も気にしないようにしていた。
「まあまあ、あと少しで夏休みに入りますし、思いっきり社員旅行、楽しみましょう!!」
秘書は悩んでいる社長を励まそうと話題を切り替える。
「おーっ。そうだったな。良いこと言うじゃねえか。こっちにはジャンジャン金を使おうぜ!!思いっきり楽しんじゃえ!!」
安久尾竜次は飛び切りの笑顔になり、安久尾建設の夏休みを思う存分楽しむことにした。
そうして迎えた夏休み。安久尾建設、社員旅行当日。
「よーしっ。準備は良いかぁ。」
そういって、安久尾竜次は社員全員に声をかける。
「みんな、いつもありがとうよ。社員旅行。豪華温泉旅行楽しもうぜ~。」
安久尾竜次はそう言って、拳を空高くつき上げた。
ほかの社員も同じだった。
だが‥‥。それもここまでだった。
「ではみんなバスに乗ってくれ。」
安久尾竜次の指示のもと、社員全員はバスに乗る。それを確認して、竜次もバスに乗り込むと。
「ん?一体どういうことだ。」
バスの座席は全て埋まり、竜次の席は最前列の補助席しかなかった。
「ほ、補助席‥‥。」
竜次は目を疑う。
「すみません社長。バスの予約が取れなくて。いつもは、余裕ある台数分の予約がとれたのですが、今回は予定の台数分より、一台分少ない予約しか取れなかったのです。なので、座席もこの通り、満杯でして。人数的にも問題はないと思い、このバスを手配したのですが‥‥。」
秘書が竜次に謝る。
「お、おう、そうか。それならいい。なーに、二、三時間くらいだろ。余裕余裕。いつも頑張っている社員さんたちに普通の座席に座らせてくれや、私は補助席で問題ない。」
こうなった原因は簡単に想像できる。
いつもは瀬戸運送がバスを手配してくれるのだが、社長である竜次が、瀬戸運送との取引停止実施したためだ。急遽別のバス会社に変更し、予約ができなかったためだ。
竜次が補助席の椅子を倒し、その席に座ると、バスが動き出す。
バスは高速道路に入り、しばらく走り続け、休憩に入る。
だが、止まった場所は、駐車場とトイレしかない小さなパーキングエリアだった。
「なぜだ?いつも、大きなサービスエリアで、軽食も食べられて、いろいろ買えたのに‥‥‥‥。」
竜次はため息をつく。
「申し訳ありません。まだ時間的にも早いと思ったので、長めに休憩取るとは思わず。お昼休憩は別のところでとりますので。」
バスの運転手は竜次に謝る。
今年の社員旅行はいつもとは違うバス会社、そこら辺の打ち合わせができていなかったのだろう。
そうだな。あまりにも急な予約だったため、打ち合わせができていない。それが原因だ。
来年お願いするときは、軽食も食べられるような大きなサービスエリアで休憩してもらうように頼んでおこう。
竜次はうんうんと頷き。再びバスに乗り、旅行を継続した。
やがてバスは温泉街に到着する。
この温泉は日本でも指で数えられるほど、ランキングの常連の温泉だ。
毎年、毎年社員旅行でここに来る。
安久尾建設一行をのせたバスは、その温泉街でも、かなり大きな規模のホテルに到着する。
看板には『ホテルニューISOBE』と書かれている。
この、【ホテルニューISOBE】は温泉街の中で、かなり奥の方にあり、さらに、小高い丘の上に立っている高級なホテルだ。それ故に、プールなどのスパも取りそろえる本格的なリゾートホテルである。
中でも一押しなのが、丘の上から絶景を見渡せる露天風呂。
安久尾建設は夏休みのこの時期、このホテルを毎年貸し切って社員旅行を実施していたのだ。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。」
ホテルのスタッフに迎えられ、上機嫌になる竜次。先ほどのバスの補助席の一件とサービスエリアの一件で不満になっていた表情が嘘のようだ。
「いつもありがとう、すまないな。」
この時のために、一年頑張ってきのだ。思いっきり楽しむ。
そう意気込む竜次だったが。
次の瞬間、彼を一気に絶望に追い込む驚愕の出来事が知らされる。
「なーに。あの露天風呂が利用できないだとー!!」
竜次の顔は、今までの怒りを全て解き放った真っ赤な色と、全てが終わった絶望を告げる真っ青な顔が入り混じっている。
彼の中にあるガラスのハートが砕け散った。
「はい。大変申し訳ございません。お風呂の配管が壊れてしまいまして、ただいま工事中なのです‥‥。お詫びといっては何ですが、こちらの公衆浴場の無料券を配布しておりまして。」
受付のスタッフはそう言いながら、公衆浴場の無料券と、その場所の地図を渡す。
そんなバカな、あの絶景が見られないだと‥‥。
「あ、そう、そうなのね‥‥。」
竜次はため息をついたが。
「それなら、プールはどうだ?室内プールやスパは‥‥。」
「申し訳ありません、こちらも配管が壊れていまして、現在、ホテルの水や温泉を使う施設は利用できない状況でございます。その分、宿泊費の五十パーセント分を還元しますので。」
受付スタッフはそう言って対応する。
なんと、露天風呂だけでなく、プールやスパも利用できない。
「ああ。そう。じゃあ、お土産屋は、温泉街散策は。いつもだったら、この温泉街専用のお土産屋全品半額券をくれるのだけど。」
竜次はさらに受付スタッフに詰め寄る。
「申し訳ありません。その半額券も今年から廃止になりまして。」
受付スタッフはさらに頭を下げる。
「な、な、なぜだ―!!」
「お前、俺は毎年、俺たちは毎年このホテルを楽しみにしてきたのだぞー、それが何だ?ふざけるな!!」
発狂する竜次。
「も、申し訳ございません。しかし、配管の修理の日程も、業者様のご都合で、そうなっておりまして。そして、お土産の半額券に関しては、ホテルではなく、自治会の規則でありまして。」
受付スタッフはさらに深々と頭を下げる。
「も、もういい。ここはキャンセルだ。来年からは別のところに社員旅行にする。お前たち帰るぞ!!」
竜次はそう言ったが。
「しかし社長。この人数だと、別のホテルを予約するにも、かなり大変な作業になります。今日はこのままここに泊られた方が‥‥。それに、社長が楽しみにしていたことが、もう一つ。もう一つ。ホテルの食事がまだ残っています。」
秘書はそう言って、社長をなだめる。
動きがピタッと止まる。竜次。
「そうだな。そうだな。そういうことなら仕方ないか。宿泊費の半分返してくれるんだろう。」
竜次は受付に声をかける。
「左様でございます。」
「なーんだよ。そんなら別にいいや、おい、その代わり食事、楽しみにしているからな。」
竜次はそう言うと、上機嫌でホテルの部屋に向かった。
そうして、温泉街を散策する安久雄建設一行。だが、お土産の半額券がないせいか、例年よりも、少ないお土産の紙袋を携えた従業員たちの姿がそこにあった。
そして、食事の時。
ホテルの食事が所狭しと並べられ、ようやく、満足した安久尾竜次。
「なんだよ。飯は美味いじゃないか。」
竜次は笑っている。
「はい。どうぞ、沢山食べてください。」
ホテルのスタッフはいつもよりにこやかに接する。
さすがに舌の感覚は酒の味もあってか、素人かつ鈍かったのだろう。
この料理が、このホテルのホームページで記載されているような写真に出ている料理とは違い、昨日の残り物で作ったあり合わせのものだとは、誰も気づかなかった。
出されている食器もところどころ漆が剥げていたり、欠けている器もあった。
だが、誰一人として、気付くものは居なかった‥‥。
しかしながら、部屋に戻った竜次は今日の不満を思い出す。
改めて、来年以降は別のところにしようと思った。
そうして、翌朝、安久尾建設一行はホテルをチェックアウトし、バスに乗り、次の目的地へと向かった。
「お風呂の配管の件、大変申し訳ございませんでした。」
受付スタッフは丁寧に頭を下げる。
「ああ。それがすごく不満だったよ。来年は考えさせてもらう。」
安久尾竜次はそう捨て台詞を吐き、バスに乗っていった。
スタッフたちは笑顔で、どこかしらにやりとした顔で、そのバスを見送った。
「ふう。」
ホッとしたように、ため息をつく、【ホテルニューISOBE】のスタッフたち。
それを見ていた、ホテルの支配人であろう男性と、おそらくこのホテルの女将である女性の老夫婦が出てきた。
老夫婦が出てきた瞬間、受付を担当したスタッフは全員、親指を立てて笑っていた。
「よし、よし、よくやった。よくやった!!」
支配人はポンポンとスタッフたちの肩を叩きながら、ねぎらいの言葉をかける。
「本当につらい役目を引き受けてくれてありがとう。」
支配人の妻、このホテルの女将である人物もねぎらいの言葉をかける。
そうして、にこやかに笑いながら。
『お土産全品半額券は今年度から廃止になりました。ご了承ください。』と書かれた張り紙を笑顔で取り外す。
そして、露天風呂とプールやスパの入り口に貼ってある張り紙。
『只今配管工事中。申し訳ありませんがご利用できません。』と書かれている張り紙も外した。
そう、配管工事なんて全くの嘘。露天風呂は利用できる状態にあった。
さらに、お土産の全品半額券サービスも現在も続いているのだった。
なぜ、彼らは、そんなことをしたのか。
理由は勿論、このホテルの名前にある。
このホテルの名前は、【ホテルニューISOBE】だったからだ。
「もう出てきていいぞ。義信。」
支配人の声に促され、花園学園生徒会メンバー、磯部義信が出てくる。
「ありがとう。本当にありがとう。爺ちゃん、婆ちゃん。」
義信は泣きながら、彼の祖父母。このホテルの支配人と女将に抱き着く。
「いいんだ。良いんだよ。立派になったね。」
「ああ、そうだとも、何かあったら爺ちゃんが力を貸してやる。だから、絶対に、この前みたいに、奴らのお膝元の町に乗り込んで、ケンカしようなんていう、バカげた発想はやめるんだぞ。」
祖父母はそう言いながら、義信の肩をポンポンと叩く。
本当は頭を撫でたいが、もう、義信の身長は、祖父母の身長をはるかに超えた。
義信は夏休みの間、彼の祖父母が経営するこのホテルに住み込みでアルバイトをしていた。
そして、彼は、幼少期から、根っからの爺ちゃん子だった。
祖父母の経営するこのホテルに遊びに行くのが毎年楽しみだったが、高校生になった今。アルバイトをしようと思い、こうして泊まり込んでいた。
当然、彼の祖父母も義信の近況は気になった。
今年から共学になった女子校に入学。体育会系の彼は上手くやっていけるのかとても不安だった。
そうして、祖父母から友達は出来たか?という質問に、一人の名前が挙がった。
そう。橋本輝だった。
だが、輝のことを話すうちに、涙であふれてくる義信を見て、何があったか聞くと。
輝が前の高校を退学になった経緯を話した。
「俺は、奴らが許せねえ、ぶっ飛ばしに行きたい!!」
感情高ぶる義信を。
「落ち着きなさい。義信。」
女将である、祖母が優しく声をかける。
「そうだ。そうなったら、爺ちゃんは、お前を失うことになる。さっき、安久尾の息子といったな。」
「ああ、そうだよ。殴りに行きたい。」
義信はそう言ったが。
「まあ、待ちな。爺ちゃんたちにいい考えがある。」
「そうね。そろそろ、私たちも我慢の限界ね。私たちは良いけれど、若い子の運命を左右させるなんて許さないわ。」
彼の祖父母は思考を巡らし、今回の作戦を思いついたのだった。
そして、ホテルに、安久尾建設一行が現れたとき、はじめは襲い掛かろうとする義信だったが、それを見ていた、彼の祖父母が全力で阻止する。
「フロントの子に任せなさい。絶対にお前は行っちゃいけないよ。」
支配人である祖父が彼を戒める。
「‥‥‥‥‥‥。わかった。」
そうして、作戦が進むにつれて、義信の表情は明るくなっていった。
極めつけは、祖父が昨日の残り物を使って、あり合わせのもので夕食の調理を開始したときだった。
「なっ。そうだろ。義信。いいか、体でケンカをするのではなく、頭を使いな。」
「お、おう。そうだね。ナイスファイト。爺ちゃん。」
そうして、作戦は大大大成功に終わった。
「爺ちゃん、婆ちゃん。本当にありがとう。」
義信は何度もお礼を言った。
「顔をあげなさい。義信。」
「そうよ。私たちだって、あいつらにさんざん振り回されたのだから。」
彼の祖父母はそう言った。
「ああ。そうだとも、去年も一昨年も、露天風呂をあり得ないくらい汚して帰るし、大広間だって、酒を飲み過ぎて、大広間がかなり汚れた。周辺のお土産屋さんだって、迷惑をかけていて。あいつらが帰るたびに、風呂の掃除をしていたんだ。しかも、あいつらが帰った後に、風呂がしばらく利用できなくて、他のお客さんに謝る日々が続いていたんだ。」
祖父である支配人は義信に向かってそう言った。
「なんだって。この野郎!!絶対に許せない。課長だけでなく、爺ちゃんと婆ちゃんにまで‥‥。何で、俺に言ってくれなかったんだよ!!」
「それでも我慢できたのは、毎年あいつらから、多額の掃除代や修理代をくれたからなんだよ。少しお金に余裕ができるので、目をつぶれたわ。」
義信の怒りを祖母が制するように優しくなだめて言う。
「うわっ。」
義信が怒りを超えてあきれた表情になる。
なんでも金で解決する、奴ら、安久尾建設の実態を目の当たりにしたのだった。
「だがな。爺ちゃんと婆ちゃんは流石に我慢の限界だった。あいつらが他のお客様に迷惑をかけていることがな。そしたら、お前の友達が、こんなにも苦しい思いをしていたのだろう。これは義信の怒りに乗ろうと思ったのだ。」
義信の祖父はそう言って、義信にウィンクする。
その表情は何歳も若返った、一人の男性のようだった。
「ありがとう。本当に、ありがとう。」
義信は泣いてお礼を言った。
「ああ、本当に良かった。これからも、何かをやる前に、爺ちゃんと婆ちゃんに相談するんだぞ。」祖父母はそう言いながら頷く。
「うん。うん。」
そういって、義信は頷いた。
今回もご覧いただき、ありがとうございます。
ざまぁ回まで投稿したくて、本日は一気に投稿しましたが、皆様、本当に、ご覧いただきありがとうございます。
第二章、番外編はここまで。次からは第三章へ突入して行きます。
第三章、夏休み編をどうぞお楽しみに。




