50.反町市の建設現場にて、その2(安久尾建設のざまぁ、その2)
またまた反町市。
ここは、病院の建設現場。古くなった病院の建物をリニューアルするという作業だった。
この作業を担当するのも、御存じ、この地域でナンバーワンの安久尾建設だった。
ここでも、安久尾建設の現場監督が、威勢のいい声で朝のミーティングを行う。
そうして、安久尾建設のメンバーは作業に取り掛かる。
だが、しばらくすると。
「監督。あの。」
安久尾建設の作業員が、現場監督に神妙な顔して、相談を持ち掛ける。
「どうした?」
現場監督は声をかける。
「あの‥‥。このネジなんですけど。少し短くて。指示された物よりも、短いネジがいくつか混ざっていまして。作業が中断しています。長いネジは無いですか?」
「ネジ?ネジ?」
現場監督はマジかと思いながら、該当の部品を確かめる。
そこにあるネジは、確かに短い。しかも一本や二本ではなく大量にサイズの違うネジが存在している。
「マジか。これは作業中断せざるを得ないなぁ。」
現場監督は、一体どういうことなのか、そのネジの発注元に、スマホを取り出し電話をかけた。
電話はつながる。悪徳業者とかではなさそうだ。
「はい。【藤代部品】です。」
電話窓口が名乗ったので。
「ああ、藤代部品か。安久雄建設だが。反町市の病院の建て替えの担当者いるか?」
現場監督の口調はもう既に、荒々しくなった。
電話の向こうの藤代部品の受付。
電話機を保留にして、深呼吸をする。
やはりこちらも、先ほどの瀬戸運送と同じく、待っていました!!という対応。
すぐに内線で社長につなぐ。
「社長、安久尾建設の方からお電話です。」
「ああ、わかった。」
藤代部品の社長の口元もニヤニヤと笑っていた。
「お電話変わりました社長の藤代です。」
「おお、アンタか。おい、ネジのサイズが違うんだけど、一体どうしたんだよ。何やってんだよ!!」
現場監督が荒々しく声をあげる。
「大変申し訳ありません。しかしながら、恐れ入ります。それでもいいと言ったのは、皆様の方なのですが‥‥。」
「はあ。何言ってるんだよ。ふざけるな!!」
現場監督は言った。
「ですから、先週、お電話した通りでして。こちらで、該当する部品の作成する機械が故障してしまいまして、納品が二週間前後遅れますと。そして、それじゃ困ると仰られて、何とかできないかと言われて、そうですね。短いネジでよければすぐにお届けできますと、ご提案したところ、じゃあ、そうしてくださいと言われたので、ご用意させていただいたのですが‥‥。」
「なんだそれ?誰が一体‥‥‥‥‥‥。」
現場監督の顔は一瞬にして青ざめていった。
しかし。
「ええい。そんな話聞いていない。嘘をつくな。早く用意しろ。」
「ですから、すぐにはご用意できないので、納品が遅れます。大変申し訳ありません。」
藤代社長は口調はすまなそうで言ったが、目元は笑っていた。
「この野郎。よくもやりやがって、もういい。他を当たる。違約金を支払え、そして、社長に報告して、今後、お前たちとの取引は一切無しだ。わかったな。」
やはり、藤代社長の電話に安久尾建設の現場監督は大激怒したのだった。
「はい。当然のことかと思います。取引停止、承知いたしました。重く受け止めますので。」
しかし、藤代社長は深呼吸して、すまなそうな口調だが、内心は笑っているような、そんな表情で電話を切った。
電話を切った瞬間、胸をなでおろす、藤代社長。
「よかった。無事に、奴らと縁が切れた。」
「「「よっしゃー!!」」」
社長の報告に、歓喜の声をあげる、藤代部品の社員たち。
そう、安久尾建設は、この藤代部品でも、無理難題を押しかけていた。
通常は一か月かかる作業を三日でやれと言われたり、何の前触れもなく、突発的な注文がかなり多く、そのせいで、社員たちは休みもろくに取れなかったのだ。
そして、部品の製造を行う、会社だから、それにより、怪我をしてしまう社員も何人かいた。
そして、それにもかかわらず、部品の納品は出来たが、安久尾建設が費用を長期間未納という状態が続いていた。
取引停止や費用の督促も出来たが、こちらにも事情があり、それができなかった。
だが、そんな時、決定打が訪れる。
その理由は、この会社の名前にある。この会社は、藤代部品だ。
「社長、娘さんにもいい報告が出来そうですね。」
「ああ。そうだとも、雅も喜んでくれるに違いない。それに、あの少年のピアノは本当に心温まるピアノだった。私も雅も。今回に関してはライバルの加奈子さんに負けたと思ったよ。私たちはさておき、雅から話を聞いたとき、あの少年に、前途ある若者を蚊帳の外に放り投げたことが私も許せなかった。だから、私も、私たちも。」
「ええ、わかっています。奴らと手を切ることにしたんですよね。」
「ああ。そうだとも。」
そう。藤代部品の社長の娘は、加奈子と一緒にバレエ教室に通う、藤代雅だった。
雅、つまり、藤代さんのバレエコンクール、そして、その前のバレエ教室内で行われた発表会に、父親である、藤代部品の社長も来ていた。
そして、当然、加奈子と輝の演技を見て、今回も娘は完敗したと父娘ともども思ったのだろう。
その後、コンクールの打ち上げの際、雅、藤代さんが準優勝したにもかかわらず、どこか悔しい思いがあるのは、加奈子に届かなかったのは勿論だが。
話を聞くと、その悔しい表情は、加奈子に負けたことだけではなかった。
娘の雅から話を聞き、父親は、反町市や安久尾建設というワードを見逃さなかった。
雅の父親、つまり、藤代部品の社長も、コンクールの壮行会、そして、バレエコンクールで、加奈子と輝の演奏を見ていたのだ。
「あの少年はきっと、素晴らしい人になる、それはピアノを聞いてわかった。優しいピアノだった。」
父親そう呟く。
「ライバルというのは切磋琢磨するもの、勝ちたい気持ちはお互いにだってある。時には負けを認めることも重要だ。」
ふう。と胸をなでおろす、雅の父親、つまり、藤代部品の社長。
「そんなこともせずに、全く関係ない、金の力だけを利用して、蚊帳の外に追い出し、地の底にたたきつけて二度と出られなくすることは、断じてならない!!」
大きな声を荒げた。
「私にはわかる。それは娘、雅と、加奈子さんから、教えられた。二人を見ていればすぐにわかる。」
藤代部品の社長は涙を流す。
それを見ていた社員は、今回の社長の英断に盛大な拍手を送っていた。
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