5.新しい入学式
桜が満開のこの時期。
僕は、高校の制服に身を包んでいた。
今日は高校の入学式だった。
僕は、花園学園の門をくぐった。
久しぶりの高校だった。
一度退学になり、もう一度一年次から入学することにはなったが、本当に久しぶりだ。
クラス分け名簿を僕は確認する。
僕、橋本輝の名前は、一年B組の最後にあった。
珍しいな・・・。五十音順でも、ハ行で、最後だなんて。
学年に一人くらい、割と五十音順で最後の方に当たる、山本さんとか、渡辺さんとか、居るはずだよなと思ったのだった。
僕はそう思いながらも、入学式に参加する。
受付を担当していた先生方の指示に従い、体育館棟と呼ばれる建物に案内される。
どうやら体育館棟は、講堂と体育館がセットになった建物で、いろいろな設備があるのだが、大まかに言えば、一階部分が、講堂と呼ばれる部分で、演奏会ができるホールの造り。二階部分が運動などの体育館や室内プールまで兼ね備えているようだった。
講堂の掲示板の案内通りに、一年B組と記載されている場所の椅子に着席し、入学式が開始される。
式は順調に進んでいく。
理事長の慎一の挨拶、そして、担任の紹介。順調に入学式が滞りなく終了した。
そして、各クラスに移動することになるのだが、ここで初めて、あることに気付く。
僕のクラスって、女子しかいない?男子は、僕一人だけ・・・・・。
入学式は、全校生徒の中に混じっていたので、あまり意識していなかったが、クラスに移動してみると、まさかの出来事に初めて気づく。
担任の先生に、教室に案内され、席について、あたりを見回すが、クラスメイトは全員女子だった。女子しかいなかった。
「えーっと、改めまして、ご入学おめでとうございます。」
担任の先生が挨拶をする。
「担任の【佐藤恵子】です。科目は英語を担当します。名前を確認するので、出席を取りますね。」
担任の先生も女の先生だった。年齢は少し若く、三十代、四十代くらいの雰囲気だ。
佐藤先生は、出席を取っていく。
出席番号順に取っているようなので、僕は当然最後になる。
そして、佐藤先生は、五十音順では、本来、僕より遅い順番になるはずの、苗字が、マ行から始まる生徒の名前を読み上げた。
これですべてを察した。
このクラスで、男子生徒は僕だけだと言うことを。
おそらく、女子が出席番号上先に配置され、その後の出席番号に男子が来るのだろう。
つまり、クラスに男子が一人である僕が、必然的に、出席番号が最後ということだ。
「橋本輝。」
佐藤先生は、案の定、最後に僕の名前を読み上げた。
「・・・はい。」
少し小さな声で、自信がなさそうに、緊張しているような返事をした。
先生は頷く。
「クラス唯一の男子だ。緊張しているかもしれないが、そのうち慣れるさ。よろしくな。みんなも仲良く接するように。」
先生は、そうまとめて、ホームルームを淡々と進める。
この言葉をもって、クラス内に男子が僕一人であることが確定したのだった。
入学式初日ということもあり、今日は早めに終了となる。
周りが女子ばかりで、唯一男子、つまり、異質でしかない僕は一目散に教室を出た。
教室を出るとすぐに、見覚えのある顔と接触し、安心する。
「やあ、輝君。初日はどうでしたか?」
理事長の、花園慎一が、声をかけてくれる。
「あ、あの・・・・。これは一体?」
僕は、正直な気持ちを理事長にぶつけた。
クラスに男子が僕だけしかいないという、質問をしてみた。
「あっ、ごめんなさい。そうだ、君は違う県の出身で、あそこの農家にいるのは、伯父さんと伯母さんでしたよね。そしたら、わからないですよね。すっかり地元出身だと思って、そういう理解をしていると思って声をかけてしまい、入試の面接で言うのを忘れてしまいました。」
理事長は、思わず声をあげていた。
僕の肩に理事長は手を乗せる。
「実は、花園学園の去年までの名称は、花園女子学園中学校・高等学校という名前でした。つまり、今年から男女共学になったのです。」
なるほど、男女共学に今年からなったのか。だからクラスに男子は僕しかいないわけだ。まだまだ、共学になった認知度が低いらしい。
「しかも、花園って、僕の苗字なのですが、なんか、女の子っぽい感じでね。だからね。男子の募集が少なかったので、男子のみ追加募集をしていたところ、君に巡り会えたということなのです。間違いないと思って、お誘いして、やっと、各クラスに男子が一人ずつ、揃ったのですが・・・・。そうでしたね。あまりこの経緯はお話していませんでしたね。申し訳ありません。」
理事長は頭を下げる。
さらに理事長は事の経緯を教えてくれた。
「昔は、全校生徒が中学校も含めて、女子生徒だけでも千五百人弱くらいの人数が居たのです。だけど。」
「だけど?」
理事長は少し、間をおいて、重い口を開いた。重い口だが、何だろうか、少し落ち着いている。
「はい。十五年、いや、もう二十年くらい前でしょうか。中学校の方で、修学旅行が行われた際、生徒を乗せたバスが、高速道路で中央分離帯に激突する事故に遭ってしまいまして。原因はバス会社のずさんな業務と、運転手の虚偽報告で発覚した、飲酒運転ということが判り、運転手と会社社長は逮捕されて無事に、事故としては解決したのですが・・・・。」
なるほど、修学旅行中にバスの事故があったのか。だけど、これはバス会社側に非がって、学校は何も悪くなさそうだが。
僕はそう思い、ただただ頷いていた。
だが、理事長はさらに深呼吸する。
「その時に生徒が一人亡くなってしまったのです。」
理事長のその言葉に、僕の頷く動きが固まってしまった。
「それ以来、修学旅行という行事が私たちの学校は無いのです。そして、そういうこともあり、それから、年を追うごとに、特に中学校の方で、生徒数が激減して。中学校の生徒も、昔は多く、四から六クラスほどありましたが、今は中学校の方は学年に二クラスずつで、一クラスに二十五名ほどしかおりません。高校は六クラスで一クラス四十名ほどが在籍していますが。昔は四十人のクラスが八から十クラスほどありました。」
理事長は重い口を開き説明してくれた。彼の重い口から察するに、当時は本当に大変だったのだろう。
だが、時が解決してくれていたようで、昔、こういうことがありました、という感じの口調だった。
「この十五年か、二十年の間で、生徒の人数が今よりも少なかった時もあります。頑張って、生徒の数増やして、一番少なかった時の五割強にすることができましたが。時代は少子化が進み、これ以上は増やせなさそうなので。共学化に舵を切ったのです。実現したのが、今年でした。」
理事長は事の経緯を丁寧に説明してくれた。
そして、再び、このことを面接で話さなかったことについて、謝罪し、丁寧に頭を下げてくれた。
「あの、理事長は悪くないです。頭をあげてください。」
僕は、必死に、理事長に頭をあげるように説得する。
「あの、お話してくれて、ありがとうございました。事故当時、とても辛かったのだということが伝わってきましたので。」
僕は頷く。
「そうですか。ありがとうございます。」
理事長は頭を上げる。
「どうですか?この高校でやっていけますか?」
慎一の言葉に、僕は少し考える。
少し考えたが、確かに、ここの高校で頑張ってみる方がいいのかもしれない。
ここに居れば、理事長のサポートも受けられる。少なくとも、僕の味方が一人いる。
しかも、高校の理事長という最高の味方が。
それに、女子の方が成長期が先に来ると言われる。それを考えれば、もう一度一年次をやり直すということもあって、クラスメイトの年齢は一つ下でも気にならないだろう。
安久尾に退学にさせられた経緯を僕は振り返る。
地元での立場を利用し、安久尾に騙され、理事長も教師も、万引きの濡れ衣を着せたり、合コンで失礼があった濡れ衣を着せた地域住民も、みんな、僕の敵になって追い出されたじゃないか。
ここでは、学校の責任者である、理事長が味方してくれる。
別の高校に行けば、安久尾のような人間と遭遇して、誰も味方してくれない可能性だってある。
まあでも、一般的にその可能性は低いが、一度、その経緯を経験している僕にとって、無いとは言い切れなかった。
その分、ここに居れば安全に高校生活が保障される。
女子と仲良くなるには、かなりハードルが高いが、勉強して、成績を収めて卒業すると言うことであれば、何の問題もない。
僕は頷いた。
「はい。もしかすると、理事長のサポートが必要になるかもしれませんが、勉強して、卒業すると言うことであれば、問題ありませんし。このまま入学します!!」
「そうですか。本当に良かったです。いつでも頼ってくださいね。」
僕の言葉に理事長は笑顔になる。どこか安心したような顔だ。
「それに。」
「それに?」
理事長は聞く。
「あ、あの、女の子の方が、男の子よりも早く、成長期が来ると一般的には言われてますので、その・・・。」
「ああ。なるほど。ここから先は僕以外秘密だね。」
「はい。」
理事長は僕の言葉の意味を納得した。
そう、今日一緒に入学した同級生たちより、年齢が一つ上ということは、理事長以外知らなくていいことだ。
「ありがとう。出来る限りサポートします。僕を信じて。」
慎一は、僕の肩をポンポンと叩いた。
高校で初めて、優しいぬくもりに触れた。
そんな瞬間だった。
そうして、僕も入学式から帰路に就いた。
「お帰り、輝。高校はどうだった?」
僕が伯父の家に帰ってきた瞬間、伯父が聞いてくる。
僕は正直に、伯父に伝える。
「あ~、確かに。俺たちの頃は花園女子学園だったな。何年か前に共学になるという話が一瞬出て、すっかり忘れていた。まさか今年から共学になったとは。」
「ごめんね、私もそうなのよ。何年か前に共学になっていたと思ったのだけど、今年からとは、知らなかったなあ。」
理事長から聞いた、修学旅行の事故の件も伝えると。
「ああ。確かそんなニュースがあったねぇ。それで、雲雀川で、結構大きなバス会社が潰れたんだっけか。」
「ああ、そうそう。そうだったわね。恐いね。時間の流れというのは。」
伯父、伯母たちには子供が居ない。
だから高校受験とかそういったものは、二十年、いや三十年以上前に、自身が経験しただけで、それ以来、すっかり受験とは縁遠く、共学になるというニュースを耳にしても、いつから共学になったか覚えていなかったのだろう。確かに一理ある。
ただ、伯父たちに心配はかけたくないし。理事長のサポートもあるのだから、大丈夫である。
「でも、大丈夫だと思う。理事長がサポートしてくれるし。」
僕は素直に伯父たちに言う。
「そうだな。あの理事長なら安心できそうだな。」
「そうね。あの方がフォローしてくれるなら、安心だね。」
伯父と伯母が納得したように言う。
「思うように、あそこ、【花園学園】で頑張ってみろ!!何かあったらいつでも相談しろ。我慢なんかするなよ。お前はもう十分すぎるほど、苦しんだんだからな。」
伯父が僕の肩に、手を乗せる。
僕はそれに頷き、今日一日を終えるのだった。