48.県の合唱コンクール
七月最後の週末を迎え、この日は県の合唱コンクール。
僕は、会場となる、【雲雀川オペラシティ】のホールへ向かった。緊張しているが、足取りは軽かった。
なぜなら、このホールは加奈子のバレエコンクールで使ったホール。大体わかっているし、いつも通りにやれば全く問題はなかった。
因みに、言い忘れていたのだが、県の合唱コンクールのピアノレッスンは岩島先生が担当してくれた。
本当に、原田先生の、つまり加奈子の通う、バレエ教室のすぐ近くに、岩島先生のピアノ教室があり、いろいろと原田先生、藤田先生と連携しているのだそうだ。
「美里、妹が、校内合唱コンクールのピアノを見たように、私はこっちを見るね。妹から、連絡を取って、引き継いでいるからご心配なく。」
そう言って、ウィンクをして、岩島先生がにこやかに笑う。
岩島先生は、藤田先生の姉で、既婚者のため、苗字が違う。
「とりあえず、お試しということで、コーラス部のお手伝いが終わったところで、橋本君のコンクールの練習をしましょう。裕子もそう言っているし。」
岩島先生の指示のもと、僕はピアノを弾いていた。
そんなこんなで、県の合唱コンクール前、最後のレッスンを行う。
「うんうん。これなら、大丈夫そうね。それじゃあ、行ってらっしゃい。」
流石は姉妹。練習の進め方も本当に似ていて、最後は伴奏が完成までもっていき、県の合唱コンクールへ万全の体制になった。
そうして、先生に太鼓判をもらって、僕は今日、この会場に来ていた。
「おっ。輝君、お疲れ~。」
ホールに入るや否や、葉月の元気のいい声に迎えられる。
コーラス部のコンクールに葉月がいる、僕はそれに驚くも。
「なんで驚く顔をするの?見に行くのは別にいいじゃない。」
とのこと。確かにそうだ。
「ご、ごめん、葉月。いきなりの登場で、びっくりしちゃって。」
「はははっ。それならいっか。じゃ、頑張ってね。」
葉月が笑う。その後ろで、史奈、結花、加奈子と生徒会メンバーが勢ぞろい。その中には。
「ひ、輝君。頑張ってね。」
少し緊張気味の早織の姿があった。
「早織も来ていたの?」
僕はそう言って早織の方を向く。
「う、うん。みんなに誘われてね。」
ここのところ、コーラス部に引っ張りだこで、生徒会の仕事を休んでいたからだろうか。
早織も時々生徒会に足を運んで、いろいろと資料を作ってくれている。
「そうなんだ、ああ。議事録、いつもありがとうね。」
「う、うん。」
そうだった。本来は僕が書記で、議事録を書いているのだが、一学期の終わりにかけては、コーラス部の活動で、席を外している僕の代わりに、早織が議事録を書いてくれていた。
僕はそのこともあって、申し訳なさそうにしているが。
「大丈夫。うちらの仕事も、八木原さんが来たおかげでめっちゃ楽になったわー。」
結花が得意げに言う。
「そうなの。お店のレジの知識とかがあるから、会計もその応用でできているわけ。」
加奈子が安心した眼で早織を見る。
「誰かさんとは大違いだね。」
葉月はそう言いながら、結花を見るが。
「否定できないのが悔しい~。」
結花はそう言って、場を和ませる。
「ふふふ。今日も期待しているわよ。」
史奈は少しニヤニヤと笑いながら僕の背中をポンポンと叩く。
そして。
「あっ。来た。来た。橋本君。こっちだよ~。」
心音が、僕たちの姿を発見して、受付の方で僕を呼んで、ニコニコと、手招きをする。
その傍には風歌も笑ってそれを見ている。
僕は、生徒会メンバーにお礼を言って、その場を後にし、コーラス部のメンバーのところへ行く。
「葉月たちだね。何話していたの?」
心音は笑いながら聞いてくる。
「見に来たよ~。と、声をかけられただけですね。すみません、遅くなって。」
僕は心音に頭を下げると。
「いいの。いいの。気にしない、気にしない。葉月たちも来てくれているなら、頑張らないとねー!!」
心音はそう言って、気合を入れなおす。
県のコンクールということもあって、今日は流石に藤田先生も同席している。
「桐生さんからの、突然の伴奏指名本当にごめんね。私は、音楽系の部活の顧問を掛け持ちしてて、その他にも、職員会議とか、いろいろ手伝いをしているから、普段の練習は、部員に任せているの。」
藤田先生に頭を下げられ、気にしないでください。と言いながら僕は受付に向かう。
今回も使用するピアノについては、【ヤマハ】か【スタンウェイ】のどちらかが選べるようだ。
これに関しては、今回は風歌が優先だろう。風歌が伴奏をする課題曲の方が難しい。
だけど。
「ど、どっちでもいいよ。は、橋本君の弾きたい方のピアノで、私も弾きたい。」
との風歌の返答。
少し迷う‥‥。
こういう時はゲン担ぎというわけではないが、加奈子のバレエのコンクールで、【スタンウェイ】だったので、今回も同じのにしておけば‥‥。
「【スタンウェイ】で。その、加奈子先輩のバレエの時も同じような選択があったので、すみませんが今回も同じもので‥‥。」
僕はそう言って、心音と風歌の方を見る。少し自信なさそうに、小さな声で言ったが。
「何それ。良いじゃん。良いじゃん。かっこいい。これが勝負師の選択だね。」
心音は喜びながら言う。
「うん‥‥。良いと思う。一緒に‥‥。頑張ろ。」
風歌はそう言って頷く。
こうして受付が完了し、控室に移動することになった。
今回はホールに備え付けられている、レッスン室が与えられ、直前に、最終練習をすることが可能だった。
コーラス部はスタッフたちの指示に従って、発声練習を行い、いよいよ、最終練習の時。
これまでで一番いい出来に仕上がっているとの指揮の心音。そして、藤田先生のコメントも同じような感じだった。
どうやら僕が入ったことによって、仕上がりや技術の向上に、かなり拍車がかかったらしい。だからなのだろうか。
「橋本君のおかげね。やっぱり男性だからなのだろうか、すごく力強く弾くよね。」
藤田先生はそう言って。僕の肩に手を当ててくれる。
そして。
「本番もよろしくね。」
藤田先生は僕たちを送り出してくれた。
その後も、休憩を挟みつつ、最後の調整を行って。
いよいよ、県のコンクールの開演時間となる。
すでに何校か演奏しており、いよいよ、僕たちの番。
最終練習をしているレッスン室にスタッフが来て、準備するように指示される。
舞台袖に移動するコーラス部と僕たち。
何だろうか。加奈子のバレエの時とは違う。
この感じは、とても久しぶりな気がする。
おそらく、コーラス部としてだからなのだろう。独特の緊張の中、舞台袖で、出番を待つ。
そして、いよいよ、前の組の演奏が終了し、花園学園コーラス部の出番となる。
舞台袖からステージに入場する僕たち。
僕と風歌はピアノの傍に座り、待機する。
一呼吸おいて、最初は課題曲。
風歌の手がピアノの鍵盤に触れ、演奏が始まる。
譜めくりのサポートを必死にする僕。
うん。練習通り、緩急のつけ方は良い。だが。
本番だからだろうか、風歌のピアノ伴奏が走っている。
―やはり、本番、テンポが速くなり、風歌は走っているようだ。―
まずいな、この課題曲は、見せ場として、テンポを落とす場面がある。
風歌のテンポに合わせて、ついて行こうとしている、コーラス部員だが、無事に、乗り切れるか‥‥。
そして。問題の場面に差し掛かる。
聞いている感じでは、差を見せられることはできているが。練習の時ではもっと、落ち着いて入れていた気がする。
故に、テンポの緩急がそんなに変わらないように感じる。
だが、この曲は再び先ほどと同じテンポに戻り、明るい曲調のまま終わるのが唯一の救い。
少なくとも、以前よりも力強くなった風歌の伴奏で、盛り上がるところは一気に盛り上げていけているようだった。
風歌の伴奏の課題曲が終わる。
―ごめん、走っちゃった。―
風歌は何も言わなかったが、僕の方を見て、すまなそうな顔をする。
だが、とても良くやったほうだ。
コンクールの指揮と伴奏は大方、部活の顧問、そして、プロのピアニストに依頼する団体もあるのだ。
それを自分たちでやっている。その点に関しては、少なくとも、大きく評価されるべきだ。
そういう、僕も自信をもってやらないとな。
風歌と伴奏を交代し、ピアノを弾く用の椅子に座る。
心音の顔を見て、少し待って欲しいと合図をする。
先ほどの曲で、少し走っている。
ゆっくりなテンポの自由曲は、少し落ち着いて入りたい。
長めに、長めに、時間がかかってもいいので、インターバルを取った。
「輝君。大丈夫なの?」
「そうね。少し心配ね。」
客席の、葉月、史奈はピアノに座った僕を見て、少しも弾き始めようとしない様子からか、ドキドキしている。
「大丈夫よ。きっと。おそらく、私の予想が正しければ。」
バレエで多くの舞台の経験のある加奈子はそう思いながら、生徒会メンバーをなだめていた。
「ナイス。橋本君。」
舞台袖で見ている藤田先生は頷いている。
「懸命な判断だな。よしよし。」
審査員席には相変わらず、茂木の姿があった。
舞台上、皆の呼吸、僕の呼吸が落ち着き始めたのを感じた。
僕は目を開け、心音に合図を送る。
落ち着いたテンポで自由曲を弾き始める。
「ああ、すごくきれいな曲。輝君、さすが。」
「なんだ、心配することなかったじゃない。」
客席にいる、葉月と史奈の顔の表情が変わる。
「さっきの課題曲で、走った分、落ち着いて整える時間をうまくとったな。流石は橋本君だ。」
審査員の茂木は、そういいながら、先ほど、課題曲で付けた点数を書き換え、先ほどの点数よりも大きな数字を書き直していた。
他の審査員もそれは同じだった。
「輝。本当に良かった。よく、落ち着いて入れたね。課題曲で走った影響をうまく、かき消している。」
加奈子はよしよし、と心の中でガッツポーズをする。
自由曲。この曲は小さな花を題材にした曲。
小さな花を通して見える、作詞者の人生。一つ一つの言葉の重みをかみしめるように、花園学園コーラス部は歌っていく。
最後の盛り上げ部分。
僕の伴奏にみんな、盛り上がっている。
本当に、発声の量が最初に来た時と比べて、上達している。
その盛り上がりに、僕はピアノを添えて、自由曲をフィニッシュした。
拍手の中、心音と合わせて、礼をする僕と風歌。
「橋本君、ありがとう。私もすぐに自由曲に入っていたら、もっと走っていったかも。」
心音はそう言って、僕の両肩を叩く。
「ご、ごめん。やっぱり、緊張しちゃった。」
風歌はすまなそうに言ったが。
「ううん。風歌もよく頑張ったよ。後は審査結果を待とう。」
心音は風歌のミスをカバーする発言をする。
ここまで来てしまえば、誰も風歌を責めることはできない、プロのピアニストでも、本当に緊張する伴奏を一人でこなしたのだから。
「あ、ありがとう。本当にごめん。」
風歌は、少しドキドキしながら、みんなの前で、お辞儀をする。
コーラス部の皆も、そんなことはどこ吹く風。
「お疲れ様。風歌ちゃん、橋本君。」
という感じで、ねぎらいの言葉をかけてくれた。
審査結果発表までは自由行動。
一度解散し、僕は、生徒会メンバーのところに行った。
「おーっ。輝君お疲れ。良かったよ。」
「やっぱり、ハッシー、やるじゃん、心音先輩にも、お疲れさまって言っといて。」
葉月、結花はそう声をかける。
結花は心音と同じ中学であり、先輩後輩としてお世話になったのだという。
「ふふふ。私も、頑張った輝君によしよしってしたいな。」
史奈はそう言って、僕の頭に、手を伸ばして来る。
「ゆっくりな自由曲だったんだね。あそこで、インターバル取ったのがとても良かったと思う。私でも、影響されちゃう。」
加奈子はそう言いながら、僕の方に歩み寄る。
バレエの舞台を踏んでいる経験者。流石は僕の性格ややり方を見抜いている。
「うん。そうだね。僕もあのまま行くと絶対、走ってた。」
僕はそう笑って、加奈子と笑い合う。
「風歌が緊張するなんて珍しいね。クラスの合唱の時は何もない感じで弾いていたんだけど。」
加奈子がそういうと。どこか不思議に思う。
普段の風歌の演奏はあんまり緊張せずに入れているのかな。とも思ったが。すぐに整理する僕と加奈子。
「まあ、本番は色々ありますから‥‥。」
「そうだよね。」
僕はそのように答えて、加奈子も納得の表情。
お互い、舞台に上がり、緊張したことがあり、本番でミスをしたことがあり、そこから場数を踏んでいた分、妙に納得してしまう、僕と加奈子の姿がそこにあった。
時間がしばらく経過し、最後の団体の発表が終わり、審査結果の時間が訪れる。
「皆様、お待たせいたしました。まずは、金賞の発表です。演奏順に発表いたします。」
下位の入賞ではなく、金賞から発表されるのが好例だ。
それは金賞がいくつかの団体複数に贈られる仕組みだからだ。
上位の金賞の団体に、関東コンクールの出場権が与えられる。
「金賞一組目‥‥‥‥‥‥。」
そういって、司会が発表する。
一組目が発表されたとき、それより前に演奏した高校の団体はがっかりした表情になる。
だが、僕たちはあまりがっかりしていない。なぜならば、一組目の金賞団体よりも後に演奏している。
二組目。もしかすると花園学園が呼ばれるかもしれないタイミングだ。
「金賞、二組目は‥‥‥‥‥‥。」
一瞬の沈黙。
「花園学園コーラス部。」
名前が呼ばれた途端。やったー。と、僕たちは客席から立ち上がった。
皆と頑張って本当に良かった。
「やった。やったね。」
風歌は自分のミスで一気に減点されたのではないかと思ったためか、安堵の表情をする。
「橋本君のおかげだよ。ありがとう!!」
心音は僕の両手を取り、力強く握手をする。
「はい。ありがとうございました!!」
そして、代表で、心音と風歌が壇上に上がった。
「金賞、三組目は‥‥‥‥‥‥。」
司会が発表し。三組目の団体が、壇上に上がる。
「はい。金賞は以上となります。関東コンクールに出場権は、この部門では三団体まで。よって、見事こちらの三つの団体が関東コンクールの切符を手にしました。」
司会のその言葉にさらに喜びを爆発させる僕たち。
心音、風歌も壇上の上で、大きく両手を広げた。
「そして、最優秀指揮者賞、最優秀伴奏者賞が出ています。花園学園の、桐生心音さんと、橋本輝君です。えっと、桐生さんは、壇上に上がられていますので、橋本君、どうぞ、壇上の方へ。」
司会のその言葉に、驚く。
「おめでとう!!」
「やったね!!」
コーラス部の仲間に支えられ、僕は壇上に上がり、心音と風歌の隣にたつ。
まずは金賞の表彰。
風歌が受け取る。
そして。
「最優秀指揮者賞、最優秀伴奏者賞も同時に渡します。部活の顧問の先生や、プロの先生に指揮や伴奏を依頼する、学校が多い中、それに負けないように、堂々とした素晴らしい演奏を見せてくれました。おそらく、そのことが、今回の花園学園の金賞に拍車をかけたのでしょう。是非、これからもお二人には合唱を続けていただきたく。ゆくゆくは指導者になっていただきたく思います。」
審査員の講評を受け取り。
僕と心音は賞状を受け取った。
大きな拍手でホールは包まれていた。
そうして、僕たちの部門が閉幕した。
皆を集める心音。
「えー。皆さんのおかげで、金賞を取ることができました。感謝の気持ちを忘れず、これからも頑張りましょう。しばらく夏休みになります。体調管理をしっかりして、夏休みの後半から、関東コンクールに向けて、頑張りましょう。」
心音の言葉、そして、藤田先生の言葉も同じような言葉が続く。
そして、三年生の先代部長の言葉も同じような言葉が続き、僕たちは解散した。
そうして、最後まで一部始終を見ていた、生徒会メンバーと合流する。
「輝君、本当におめでとう!!」
「本当。これでピアニストとして、認められたわね。」
葉月、史奈はニコニコして迎える。
「ハッシー!!ナイス!!」
「輝。本当に良かった。本当に光栄に思うよ。輝。」
結花、加奈子は笑顔でハイタッチで迎えた。
「おー、皆、来てくれてたんだね。」
そのやり取りに気付いた、心音が近寄ってくる。
「あっ、心音先輩、お疲れっす。」
「ふふふ。ありがとう。結花も、やっと感謝の気持ちを持てるようになったわね。」
心音はそう言って、結花の方に親指を立てる。
「はい。ここにいる、ハッシーのおかげっす。慣れない、指揮も教えてくれたし。これでなら、心音先輩にも負けないっすよ。」
結花は笑いながら言った。
「あー。そう。そしたら、今度勝負するのもいいわね。負けたらコーラス部に結花も入ってもらおうかしら。」
心音は少しドヤ顔でニヤニヤ笑いながら言った。
「そ、それだけは勘弁してください。先輩と違って。ウチは‥‥。」
「はい。それでよろしい。」
心音はタジタジになった結花を見て、笑う。
「私も負けないように頑張らなきゃ、輝。疲れている中、申し訳ないけど、明日からよろしくね。」
加奈子の負けない気迫が伝わってくる。
そうだ、明日からは、加奈子のバレエ教室の合宿がある、今日は少しでも早く帰ろう。
「はい。加奈子も今日は来てくれて、ありがとう!!」
僕は、加奈子に頭を下げる。
「うん。ゆっくり休んで。」
加奈子は笑顔になる。
「そうだね。橋本君もゆっくり休んで、また、夏休みの後半から合わせましょう。今日は本当にありがとう!!」
心音の言葉に贈られて、僕は、生徒会メンバーと一緒に会場を後にする。
心音は、うん、うん、と頷きながら手を振って、それを見送ってくれていた。
さて、少し遅れてしまったが、僕の本格的な夏休みが始まる。
既に明日からも、いろいろと予定があるのだが、本当に楽しみな予定ばかりだった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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