47.心音と風歌たちと練習
夏休み初日。といっても、ゆっくりする暇もなく、高校に赴き、心音たちと、コーラス部の練習に臨む。
県の合唱コンクールまで、期間が短いため、急ピッチでの作業となるが、知っている曲の伴奏であり、伴奏自体も、比較的簡単な曲であったのが唯一の救いだろう。
風歌は一応、ソプラノとして歌うこともできるが、本番は伴奏と譜めくりにサポートしてくれるという。
それ故に、課題曲は風歌が伴奏をするため、譜めくりのサポートは僕がやることになる。
実は、伴奏に関して言えば、課題曲の方が少し難しい。
いくつか課題曲があり、選べるのだが、このコーラス部は、基本的に、このコンクールのために、新しく作曲された課題曲を演奏するのだという。
つまり、コーラス部の全員が、初めて楽譜を見るということもあるし、比較的、明るい部分、短調で暗めの部分の差が激しい。
僕は必死になって、楽譜を追いかけ、風歌の譜めくりを手伝う。
「風花も、橋本君が来てから、伴奏力強くなっているね。もうちょっと、音量上げたいな。」
心音はそう言いながら、コーラス部に指示をする。
「そして、風歌もピアノ、ピアニッシモのところはもうちょっと弱く入ろう。フォルテのところだけ目立ってもしかたないから、ピアノ、ピアニッシモのところは、みんなのうたを聞いて。」
心音は笑いながらウィンクする。
先ほどまで、かなりバシッとピアノを弾く風歌。
心音の指示に、黙ってうなずく。ああ、そうだよね。という表情が浮かび上がる。
もう一度気を取り直して、風歌は伴奏を続けた。
「うんうん。何だろう。より音に重厚感が増した気がします。曲が盛り上がるところは、ピアノを聞いて、出せる声を思いっきり出しましょう。逆に、風歌はピアノの、ピアニッシモで押さえるところを、もう少し意識してみて。コーラスを聞いてみようね。」
課題曲の指摘を心音がやり終え、続いて、自由曲の練習をする。
当然、伴奏も交代だ。
「ご、ごめんね。サポート、ありがとう。」
風歌は少し顔を赤くしながら、笑っていた。
「譜めくり、すごく、タイミングよかった。」
風歌の言葉に、僕は少し照れながら。頷き。ピアノ伴奏の椅子に座る。
そうして、自由曲の練習が始まる。
「はい。自由曲も、課題曲と同じことが言えます。橋本君は、男の子ということで、力強い伴奏をしてくれるので、盛り上げるところは橋本君のピアノを聞いて、一緒に盛り上がりましょう。そして、弱く抑えるところは、橋本君、コーラスを聞いてみてね。」
僕は頷く。
やはり、コーラス部の伴奏は少し難しい。
女声合唱というところだろうからか。これは校内合唱コンクールでも、僕の中での課題だった。
僕も合唱部出身。だが僕は男なので、当然、混声合唱ということになる。
混声合唱であれば、男性の声も入るので、もう少し、ピアノ伴奏を盛り上げても支障はないが、今回は元女子校ということで、女声合唱。
しかも、僕が所属していた部よりも、人数が少ない印象だ。
少し加減しながら行かないとな。
そうして、僕は、コーラスを聞きながら、細心の注意を払いつつ、伴奏を行う。
曲の内容が、昨日よりも、そして、今日の最初の方よりも良くなったところで、コーラス部の練習を終えた。
「お疲れ様。この後、時間ある?」
心音がそう声をかけてきたので、僕は頷き、帰りがけに、一緒に食事をすることになった。
勿論、風歌も一緒だ。
食事場所は、百貨店のフードコートだった。
思えば、このフードコートは入学したばかりの頃、最初に、生徒会メンバーで来て以来だった。
あの時は、昼食を食べてきて、おやつにクレープのみだったが、今日は、午前中からコーラス部の練習であったため、昼食を食べてない。
「ごめんね、橋本君。この町で食べられるところって、ここぐらいしか見当たらなくて‥‥。大丈夫かな?」
心音はそう聞くが。
「ああ。ここ、もう一回、来てみたかったです。」
と、僕は、心音に返す。
「本当?よかった。ということは、前にも来たことあるんだね。」
「はい。生徒会メンバーと入学して、いちばん最初に。加奈子先輩の、推薦人の打ち合わせの時ですね。」
「ああ。なるほどね~。推薦人も、ビシッと決まってたね。」
心音はそう笑いながら話す。
風歌もそれに頷いている。
「あの時は、すでに昼食を食べてきて、おやつにクレープだけでしたが‥‥。今回は色々食べられそうです。」
僕は少し照れながら言う。
「ああ。そうなんだね、クレープって、あそこだよね。すごく美味しいよね。」
心音は、クレープ屋の方向を指さす。
ラズベリーソースのクレープは季節限定品のため、今は夏のマンゴーをトッピングした限定看板メニューとなっているようだが、確かに、葉月と一緒に購入したクレープ屋がそこにはあった。
「はい。」
僕は頷く。
「それじゃ、好きなもの食べよっか。」
心音は、そういいながら、席を取り。黙々と、彼女の好きなお店に行ってしまった。
取り残される、僕を風歌であったが、お互いに黙りながらも、お店の方に足を進める。
ヘルシーメインで、お魚系のお店がいいかなと思い、ちらしずしや、海戦のお茶漬けがトッピングできるお店へと向かい、その列に並ぶ。
そして、風歌も同じ列に並ぶ。
「えっ。ここでいいんですか?」
僕は初めて、風歌に対して、口を開く。
「う、うん。ここで、いい。橋本君と同じもの食べたい。こういうのが好きなんだね。」
風歌は少し照れながらも答える。
「ええ。まあ、僕の家が、農家やってまして、野菜や魚を必然的に取ると言いますか。」
「へぇ。栄養があっていいね。」
風歌はそう言いながら笑う。
そうして、列が進み、僕の注文の番になる。
「サーモンといくらの海鮮親子と、アボカドの丼で。」
僕は店員に注文を告げる。そして、このお店は、海鮮丼で、お茶漬けにもできるため、セットの出し汁を受け取り、商品を待つ。
「サーモンといくらの海鮮親子と、アボカドの丼をお願いします。」
僕の後ろから、声がする。風歌の声だ。
その声に僕は驚く。
「お、同じのでいいんですか?」
「うん。大丈夫。」
「嫌いとかでもなく?」
「うん。お魚とかお寿司とか好きだよ。」
「そうなんですか。女性の方はこういうの嫌いな人が多いイメージですので。現に、瀬戸会長とかは。ガッツリお肉の人ですし‥‥‥‥‥‥。」
僕は少し遠慮そうに、言ったが。
「ふふふ。加奈子ちゃんはこういうの好きでしょ。私も、同じ。」
ああ。確かにそうだ。
加奈子の方が、食の好み的には確かに僕とよく合う。
「そ、そうなんですね。」
そうして、全く同じ商品を受け取り、全く同じ値段の会計を済ませ。心音の待つ場所に行く。
「へえ。二人とも同じなんだね。」
心音はそう言いながら、彼女が頼んだラーメンをすする。
冷やし中華の季節ではあるが。
「お腹、冷やしたくないからね。少し冷ましてちょうどいいかな。」
そういいながら、心音はラーメンを食べていく。
「それに、ラーメンなら。北関東のこの町の名産品の一つ。無料でつけてくれる。」
心音は、付け合わせに餃子を指さしてニコニコ笑う。
「いろいろ、ありがとね。」
心音は改めて、僕にお礼を言う。
「なんだか知らないんだけど、橋本君が入ってから、風歌のピアノが力強くなった感じがする。バシッと弾くようになって。」
心音は笑いながら、風歌の方を見る。
「こ、心音ちゃん。」
風歌は少し照れたように言う。
「ほらほら、橋本君に何か言うことがあるでしょ。」
心音はそう言うと。
「あ、あの。橋本君。その、ピアノ、忙しい中、引き受けてくれて、ありがと。」
風歌は少し顔を赤くしながら、お礼を言った。
「いえいえ。なんかいろいろ知れてよかったです。僕は混声合唱をしていたから、すみません、やっぱり、女声合唱で、僕が居た合唱部よりも人数が少ないとなると、もう少し、ボリューム落とした方がいいですよね。」
僕はそう言いながら、心音たちに、応える。
「ううん。力強くて、より音に厚みが増したかな。そうよね。風歌。」
「うん。そう。」
心音と、風歌は頷きながら応える。
その後は他愛のない会話を楽しみ、今日一日を終えた。
そうして、今週、来週は、学校での夏季補習や三者面談を行いつつ、コーラス部の練習漬けの毎日を送った。
夏季補習も、赤点とかの補習ではなく。受験対策や模試対策の補習であり、三者面談でも、このまま、いろいろ活動してくれれば、推薦だっていいところ狙える。むしろ、花園学園は受験する生徒もいるが、多くの生徒は推薦で大学に行っているのだそうだ。
「その他にも、多方面の進路があるから、この調子で、今のうちに可能性を残しておけよ。」
という感じで、担任の佐藤先生の言葉で三者面談を終えた。
夏休みの序盤、七月下旬はそうして過ぎていった。
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