43.放課後の屋上
合唱コンクールを終え、教室に戻る僕たち、一年B組。
「やったね。ハッシー。おめでとう!!」
結花は教室に入った瞬間に声をあげる。
「さっすが、橋本君。結花が見込んだだけのことはあるね。」
「ホント、ホント、尊敬しちゃう。」
結花の取り巻きたちが、そういいながら、僕に詰め寄る。
クラスの仲間からも、僕に声をかけてくれる。
何だろうか。やっと、クラスの仲間に認められたような気がする。
そんな感じで、次から次へと声をかけられる僕。
そうして、いちばん最後に声をかけてきたのは、黒ぶち眼鏡をかけた少女。八木原早織だった。やはり、引っ込み思案な所があるのだろうか。
「あ、あの。橋本君。」
早織は少し緊張しながら、僕を見つめる。そして。
「放課後、時間ある?その時に話そう。」
早織は少し緊張しながら、小さい声で言う。
「もちろん。」
僕は少し笑う。おそらく、これが早織の精一杯の表現なのだろう。みんなの前では少し恥ずかしいのだろう。お互い、すぐに頷いて、その場を離れる早織。
そして、クラスメイト達に拍手に包まれて、僕の席に向かう。
「よーし。みんなお疲れ。そして、橋本、最優秀伴奏者賞おめでとう!!あそこまでできるとは、本当に感動したぞ!!みんなもよく頑張ったな、賞はとれなかったが、来年はそれぞれ、優勝目指して頑張ってくれよな!!」
佐藤先生はそう言いながら今日のホームルームを終わらせて、クラスを解散させる。
「本当に、橋本君、すごかったね。」
「そうだね。」
クラスが解散しても、そんな声がクラス中から響く。
「またね。橋本君。」
「バイバイ。」
そんな声が聞こえてきて、僕はクラスメイトひとり、ひとりに手を振った。
僕も結花と一緒に教室を出る。
生徒会メンバーで、合唱コンクールの片付けがあるのだそうだ。
片付けといっても、すぐ終わる作業なので、この後約束をしている早織には少し待ってもらうように言って、足早に片づけ作業に向かった。
会場となった、体育館に生徒会メンバーが集結する。
といっても、花園学園の体育館は体育館棟といって、普段の授業で使う体育館は二階。
一階部分はホールや講堂があり、ピアノも備え付けられている。故に椅子も備え付けられており、審査員席用の小さな机、足りないときのための予備のパイプ椅子、そしてマイクのコードを片付けて終了だ。
ちなみに言い忘れていたが、この間の生徒会選挙の演説も、この一階のホールの部分で実施した。
「やったね。輝君。最優秀伴奏者賞、おめでとう。」
葉月は嬉しそうに僕に駆け寄ってきた。
「うん。私のクラスのコーラス部のエースもこれには負けたと言っていたよ。」
加奈子はそう言いながら僕に笑っている。
葉月と加奈子は、金賞クラスの二年C組。ありがとう、と僕は反応し。そして、金賞受賞に対し、おめでとうを言って、すぐに片づけを終える。
葉月と加奈子の反応は、にへへっと、当然のような表情だった。きっと、全幅の信頼をそのコーラス部のエースに寄せていたのだろう。
指揮していたのは、ポニーテールの女子生徒だったよな。
「係長、本当にすごかったっすね。これからは課長と呼ばせてください。課長!!」
義信はそう言いながら、大きな声で、もう一度『課長』と叫ぶ。
「ふふふ。おめでとう、昇進ね。」
やはり史奈も手伝いに来てくれていた。
ほっこりする片付けのひと時、僕はこの後、人を待たせているので、何だろうか、すぐに終わらすことができた。
「それじゃあ。お疲れ様です。」
「うん。お疲れさまでした。」
そういって、僕は体育館棟を、つまり、一階の講堂部分を後にする。
僕は教室に再び向かう。
そこには、早織が待っていた。
放課後になって、しばらくしたからだろうか、早織の他に教室は誰もいなかった。
「ごめん。ごめん。八木原さん。待った。」
僕はそう言いながら、少しハアハアと息が上がりながら早織の名前を言った。
「ううん。今みんな帰って、さっき私が一人になったところ。やっぱりコンクールの余韻に浸っていたんだろうね。」
早織はそう言いながら笑っている。
「呼び出してごめんね。」
改めて、早織は頭を下げる。
「そんなことないよ。話したい事、すぐに、話せる?少し待った方がいい?」
僕の問いに、早織は少しドキドキする。
そして、少し間を開けて早織の口からは。
「うん。そうだね。場所変えたいんだけど、いい?」
早織はそう言ってきたので僕は首を縦に振る。
廊下を歩く僕たち。
他のクラスの教室にはまだ、生徒が何人か残っているようだ。
早織は少し緊張している。
僕たちは校舎の階段を上がっていく。
早織は人気のないところを探しているようだ。
そうしてたどり着いたのは、屋上だった。
屋上は空いていた。
「すごい。初めて来た。」
僕は少し感動する。
本当にいい景色が広がる。
遥かに霞む山々。雲雀川の流れ。市役所くらいしか高い建物がないからだろうか、遠くまで見渡せる。そして、花園学園全体も見渡せる。
「私はよく来るかな。あまり人も来ないし、一人になりたいときとかに。」
早織は笑っている。
僕たちは屋上のフェンスまで進む。
この場所は早織と二人きりだ。
「その、改めて、橋本君。最優秀伴奏者賞、本当に、おめでとう。」
早織はそう言いながら、少し照れたように笑う。
「あ、ありがとう。八木原さん。」
僕はそう言うと、早織の顔はさらに赤くなる。
「あ、あのね、そして、新メニューも、本当にありがとう!!」
僕たちは早織の店の新メニューも考えた。本当にそれはよかった。
「ああ、あれね。喜んでもらえてよかった。」
「あれから、お客さんも上々で、以前より売り上げも良くなったし、おじいちゃんも元気になってきているし。本当に、橋本君のおかげだよ。ありがとう。」
早織は目に涙を浮かべながら嬉しそうに微笑んでいる。
「ああ、そうなんだね。本当に良かった。」
「だからね‥‥。その、えっと‥‥。」
早織の声が急に小さくなる。
「どうした?大丈夫?」
僕は早織の眼を、早織の瞳を追って、大丈夫かどうか聞く。
彼女の瞳は少しきょろきょろ動かしている。緊張しているのだろうか。
早織の顔がだんだんと赤くなっている。
まずいと思った僕。
「大丈夫?保健室に行く?」
そういいながら僕は早織の手を取るが、次の瞬間。早織は僕の背中に両腕を回す。
「私‥‥‥‥。橋本君のこと好き。」
早織はゆっくり自分の気持ちで伝えた。
「ずっと、こうしていたい。」
早織はぎゅっと両腕に力を込める。
僕もどうしたらいいのかわからない。
しかし、僕は咄嗟に、葉月や史奈、加奈子に結花。彼女たちの顔が浮かぶ。
まずい。早織の思いはありがたいが、ここは断らなければならない。
泣き出してしまうのだろうか、心配だ。
だが、生徒会メンバーを悲しませるのはもっと、心に傷を負ってしまう。
我に返った僕は、慌てて、彼女の両腕を離そうとする。
だが、何だろう、早織の力の方が強いのだろうか‥‥。
彼女は首を大きく振り、彼女の両腕が離れない。
「いいよ、ハッシー。そのままで。」
「ああ。そう。そうだよね‥‥。」
僕はとっさの声に反応し、彼女の腕を離そうとするのを辞めたが、急に背中が震えだす。
さっきの声は結花の声。
そして。僕の周りには、結花は勿論、史奈に、加奈子、そして葉月が居た。
驚く僕。
早織も、周りにいる人物に気付いたのが急に我に返り、両腕を離した。
「ご、ごめん。これには深いわけが。」
僕はすぐにみんなに頭を下げる。
「や、八木原さんごめん、気持ちは嬉しいけど、僕には‥‥。」
僕は早織にも頭を下げる。
「ふふふ。大丈夫よ。輝君。許してあげるわ。気持ちを伝えただけだもんね。八木原さん。」
史奈はそう言いながら、僕を優しそうに見つめ、早織の背中をポンポンと叩く。
「そうだね。女の子はこういう時、恥ずかしくなるもんね。それに、今の言葉で、輝君の私たちの気持ちもわかったし。」
葉月は笑っている。
「うん。私も、八木原さんだったら、同じことするかな。私も、皆が居なければバレエの発表会からずっとそのままだったと思う。」
加奈子も笑顔で笑っている。
「というわけで、ごめんね。ハッシー、全部こっそり見ていました。ハッシーが教室に戻ってから一部始終を全部。」
結花がウィンクしながら、僕を見つめる。
「ああ、そうなの、ごめん。結花。」
僕は結花に頭を下げる。
「いいって、いいって、別に。これは八木原さんの気持ちだから。ハッシーが浮気しているわけじゃないし。それに、八木原さんがハッシーにプレゼントしたときから、うちらマークしてたんだよね。」
結花はお互いの顔を見回す。
そうして、頷く、史奈、葉月、加奈子。
ポンポンと、今度は早織の肩を強くたたく。史奈。
「というわけで、ごめんね、八木原さん。私たち生徒会メンバーも輝君のこと好きなの。そして、輝君に将来、誰をパートナーにするか決めてもらってるんだ。」
てへぺろという感じで、ニコニコしながら言う、史奈。
「八木原さんが、それでも輝君のことを諦めないというのであれば、私たちと一緒に、私たちのルールの中で、行動してもらおうかと思います。勿論、誰にも言わない前提で。」
史奈はさらに続ける。何だろう、何か怖さを感じる。
「えっ、えっ。」
どうしたらいいのか戸惑う早織。
「八木原さんはどうしたい?このまま一緒に行けば、輝君と一緒になれるかもしれない。だめかもしれない。でも、ここは元女子校だし、男の子と出会うことなんて、かなり少なくなると思うよ。高校にいる間は私たちと、青春を一緒に楽しんでもいいんじゃないかな?ねえ。どうする?」
葉月の提案に、さらに困惑する早織。
だが、早織は最初こそ、戸惑っていたが、だんだんと冷静になっていく。
「そ、その。私は、橋本君が好きです‥‥。でも、その。橋本君に選ばれたいです‥‥。だから、その‥‥。」
早織の言葉を僕たちは聞く。
「はい。決まり。それじゃ、これからよろしく。八木原さん!!」
早織の言葉にいち早く反応した結花。
史奈よりも強く、早織の背中をバシッと叩く。
「えっ。きゃあ。」
早織はその衝撃で前のめりになり、そして‥‥。
かけていた黒ぶち眼鏡が下に落ちる。
「えっと、眼鏡。眼鏡。」
その姿を見た僕たちは目を疑った。
何だろう。僕の鼓動が速くなる。そのまま、瞬きもせずに立っていた。
僕たちの視線の先には。
清楚で、とてもかわいい、大きなクリクリッとした瞳をした色白の美少女だった。
「えーっ。八木原さんマジ?」
結花は驚く。
「うっそ。八木原さん‥‥。すごくかわいい。」
加奈子はとても驚いている。
「ふふふ。輝君、すっかり、惹かれているようね。私も負けないようにしなきゃね。」
史奈はそう言いながら笑っている。葉月もそれに頷いている。
「八木原さん、絶対、眼鏡外してコンタクトにした方が絶対いいよ。絶対!!」
結花は得意げな表情で、早織に言った。
「えっ。そ、そうなのかな‥‥‥‥‥‥。」
「「「うん。絶対そっちの方がいい。」」」
生徒会メンバーが大声で揃った声が、屋上の空一杯に響いた。
「そ、それなら、考えてみようかな。でも、まだ、決断には時間がかかりそう。」
早織は戸惑いながらも、眼鏡をかけなおす。
「まあ、無理にとは言わないよ。早織らしく、自分の好きなタイミングでコンタクトにすればいいんじゃない。」
僕は大きく頷く。
「そっか。そうだよね。ありがとう。輝君。」
早織はニコニコ笑っていた。
生徒会の皆も同じように、僕の言葉に頷いていた。
こうして、僕たちの輪に、一年B組、家庭科部員の八木原早織が加わった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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