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4.高校へのお誘い

 

 妊婦さんを助けた、数日後、その妊婦さんの父親が改めて、伯父の家にお礼に来たのだった。

「改めて、本当にありがとうございました。申し遅れましたが、私は、輝君に助けていただきました妊婦の父の【花園(はなぞの)慎一(しんいち)】と申します。」

 慎一は改めて、名刺を差し出してきた。

 名刺には、【花園学園(はなぞのがくえん)理事長】と書いてある。


「あら、【花園学園】の理事長の方。どうも。こちらまで、わざわざありがとうございます。」

 伯母は、慎一を部屋に通す。

 名刺の肩書に恐縮しているのだろうか。緊張している伯母の姿は初めて見る。


 慎一から菓子折りを渡され、それを受け取る。

 妊婦さんの様子や、お孫さんの様子を慎一から聞く。

 二人とも元気そうだったので、安心する僕。


 その後は世間話をした。

 だが、世間話をした後、慎一はこう切り出してきた。

「ところで、輝君は年はいくつでしょうか?」

「あ、あの、十六歳です。今年で十七歳になります。」

 何だろうか、僕は慎一の質問に正直に答えた。


「と、言うことは高校一年生で、次の四月で二年生ということですか?」

 慎一の質問に僕は頷く。

 すると慎一は少し複雑な表情をする。だが、少し開き直ってこう切り出してきた。

「珍しいですね。娘が倒れて、一緒に病院へ行ってくれた日は、確か、平日でしたね。学校とかは通信制の高校とかですか?」

 と、慎一がさらに質問を続けた。

 しまった。彼は学校の理事長。学校の理事長がここへ来るとなると・・・。これも話さないといけないのか。


「どうされたのですか?別に怒るわけではありません。貴方は娘の命の恩人ですし、今の時代、生き方は色々ありますから。」

 慎一は僕に対して、優しい目をしてきた。この人は怒っているわけではない。優しそうな眼で、少し気になったのだろう。

 正直に話してみようかな・・・・・。僕はそう思った。


 ゆっくり、ゆっくり、ここまでの経緯を話した。

 小一時間、もっとかもしれない。長い時間だった。


 その長い時間、慎一は僕のことを責めることなく、話をすべて聞いてくれていた。

 僕は涙を流した。

 本当に、辛い何かがひとつ、ガラスの破片がひとつ、涙から落ちるようだった。


「なんと、そんなことが、許せませんね。その、安久尾という方は。」

 慎一は驚いた。そして、僕の代わりに安久尾たちに対して、悲しみと怒りの表情を一緒にしてくれた。


 慎一は、深呼吸して、少し考えた。


 そして。

「輝君、どうでしょう。私ども花園学園に来ませんか?おそらく、一年次の初めで退学なさっているので、大変申し訳ないのですが、もう一度、この年、一年次をやり直す形にはなってしまうのですが、追加募集という形で、入学試験を実施しますので、どうでしょう。君みたいな、優しくて、優秀な生徒に来てほしいのです。」

 慎一は、頭を下げた。

 その言葉に反応する僕。そして、伯父、伯母。


 僕はその言葉を持っても少し不安だった。

 だが、伯父、伯母は、願ってもみないチャンスだと思った。


「私がサポートしますよ。君は、私の家族にとって、命の恩人ですから。」

 何だろうか。慎一の力ある言葉。また一つ何かが消えていく感じがする。


 一歩踏み出そうとしている僕が居た。

 だが、その一歩がなかなか踏み出せなかった。


 そこで切り出してきたのが伯父だった。

「輝。この際だからはっきり言わせてもらう。お前は十分この農家に役に立っているし、継いで欲しいと思っている。お前の農業というものに対する資質は十分ある。だがな、うちの農業を継ぐにはそれだけでは足りない。いつになるかわからないが、時が来たら、継ぐための条件を言おうと思った。」


 伯父は言った。そして深呼吸して。

「それは、何らかの形で良いから、高校を卒業すること。高卒認定だろうが、何でもいい。高校は出てもらう。今の時代、何の仕事をするにしても、中卒は厳しい。農家といってもいろいろな人と取引をするし、お金のこと、法律の知識も必要になってくる。」

 伯父の表情はだんだんと熱を帯びてくる。


「本当は、俺もなかなか言えなかった。だが、今日、花園学園の理事長先生が来てくれて、俺は決心した。」

 伯父はさらに深呼吸する。そして、僕と目線の高さを同じにして僕の肩をポンポンと叩く。


「いいか、これは願ってもないチャンスだ!!理事長先生もサポートするといっている。」

 僕は、太ももにある両手を精一杯握りしめた。

「輝、もう一度、もう一度、行ってこい。何かあったら、俺達も力になるからな!!」

 伯父は、そういって、僕の肩を強く、だけど優しく叩いた。


 僕は、伯父と、伯母の顔を見合わせ、互いに頷いた。そして。

「はい。よろしくお願いします。」

 と、理事長に向かって返事をしたのだった。


                  


 それからすぐに、花園学園の追加募集の入学試験の日がやって来た。

 追加募集といっても、入学試験の内容は実際の試験とほぼ変わらず、学科試験と面接試験が課されていた。


 実際に試験場に入ると、こういった学校での試験は、久しぶりだからか、すごく緊張していた。午前中は学科試験となっており、英語、数学、国語の三科目の試験を行った。


 だが、緊張していた中でも、手ごたえは十分あった。


 昼食を済ませ、午後は面接試験。

 案内係の指示に従って、長い廊下を歩き、面接室に案内される。


「こちらになります、ノックして、入室ください。」

 と面接室の扉の前まで案内され、僕は指示された通り、ノックして、入室した。


 そして、面接室の中にはよく知った顔が待っていた。

 理事長、花園慎一だった。

 どうやら、面接試験は理事長の慎一が直々に行うそうだ。


 理事長ということを聞いていたので、ガチガチに緊張してしまったが。

「改めて、橋本輝君、先日は娘を助けていただき、ありがとうございました。そして、本日はようこそ、花園学園へ。」

 理事長はニコニコ挨拶をして、僕を席に案内させる。

 面接室は僕と理事長の二人だった。


 改めて、慎一はこの学園の理事長なのだと思い知る。

 理事長に案内された席に座り、僕の口からも自分の名前を言って、簡単な自己紹介を済ませた。


「そうかしこまらなくていいよ。君の面接は僕がやりたいと、先生方に君の話をして、納得してもらったんだ。」

 理事長は笑っていた。

 面接といっても、世間話をする程度で終わった。

 後は、入学後の心構えを簡単に教えてくれた。


「この学校は、中学校と高等学校があり、全部で八百五十人くらいの生徒が居ます。当然、君が入学するのは高等学校になります。といっても、大半の生徒が高等学校から入学した生徒で、内部の中学校から高等学校に入学する生徒、つまり一学年の内部生の割合は、六、七人に一人くらいです。なので、内部生の、すでに出来上がっている友達の輪の中に君が強制的に入り込む、という可能性は滅多にないので安心してください。むしろ、内部生も新しい友達ができると楽しみにしているくらいです。」

 理事長が花園学園の情報を簡単に教えてくれる。

 それを聞いて安心する僕。

 なるほど、私立の高校なので、中等部も併設されて入るのだが、外部から入学してくる人が大半か。

 それなら少し安心かな。と僕は頷く。


「あとは、君の年齢の件だよね。一つ年下の子たちと同じ学年になるのだけれど・・・・。そこは自分から言わなければ別に問題はないかなと思っています。君がここに来た経緯も僕しか知りません。一部の先生方、えっと、君の個人情報を扱う先生方には生年月日で、不思議に思うかもしれないけれど、『病気で入院して、一年休んでいた。』と、その先生方には伝えておくので。そして、個人情報保護という名目からも、その先生方には生徒の皆さんや他の先生方にはくれぐれも言わないようにお願いしておきますので。」

 理事長のこの言葉に、さらに安心する僕。


「はい。ありがとうございます。」

 僕は理事長に頭を下げる。


「うん。とりあえずこんな所かな。それじゃあ、面接を終わりにしましょう。気を付けて帰ってね。」

「ありがとうございました。失礼します。」

 僕は席を立ち、理事長に見送られて、面接室をあとにした。


 そうして、入学試験は終了し、数日後、当たり前ではあるが、合格通知が伯父の家に送られてきたのだった。




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