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32.結花の指揮練習、その2

 

 音楽の授業でクラスの合唱曲が決まり、結花が指揮を振ることになったその週の週末を迎えた。週末の土曜日は久しぶりに何もない一日になった。

 先週末までは加奈子のバレエの練習のため、一日中バレエスタジオに顔を出すことになっていたのだが、コンクールが終わり、つかの間の休みとなる。だが、今後もバレエスタジオに来て欲しいということ言う連絡をいただき、次の練習の日程が決まり次第、原田先生や加奈子から連絡が来るそうだ。


 ということで、僕の家に結花と葉月がやってきた。

 史奈は部活。加奈子はバレエの次のレッスンのためのミーティングということで、あとから合流することになる。


 結花が来た目的は一つで、指揮の練習だ。

 葉月も一緒に付き合う。


「今日はみっちりできそう。」

 結花はそう言って、ご機嫌だ。


 まずはスマホを取り出し、今までの復習から。

 動画サイトにある音源に併せて、指揮を振っていく。というより、基本の段階なので、僕が教えた錨の模様を夢中で描く結花の姿がそこにある。


「うん。自由曲はこれでOK。そしたら次は校歌だね。」


 指揮の基本ができてきたようなので、次は課題曲、校歌の指揮。


「ヨッシャ―!!」

 結花の嬉しそうな表情がうかがえる。

「校歌も、基本的には、同じで問題ないんだけど。実際に歌ってみよう。というよりピアノがあるので、実際に伴奏してみようかな。葉月、一人で歌える?」

 僕は葉月に声をかける。

「じ、自信ないけどやってみる。輝君の前でなら、歌っても平気かな。」

 葉月はそう言いながら、少しドキドキして、ピアノの前に立つ。


「じゃあ、結花、ちょっと待っててもらっていいかな。」

 僕は葉月に耳を貸して、というサインを送る。


「僕のピアノに合わせて歌ってもらっていい?結花の指揮はとりあえず無視して。」

「OK、頑張ってみる。輝君のピアノなら心強い。」

 葉月はうんうん。と頷く。


「じゃあ。同じ要領で、やってみようか。合図は指揮に合わせるのでいつでもどうぞ。」

 結花は、同じように錨の模様を描くように指揮を振った。

 僕は校歌の伴奏を弾き、葉月も実際に歌う。

 流石は理事長の娘。この校歌の歌詞を昨日今日覚えたような感じではなく、彼女の祖母が存命だった頃から聞かされてきたのだろう。そんな歌い方で、葉月は歌っていく。


 僕のピアノと葉月の歌は、どうだろうか。

 結花の方を見ると、やはり僕が想定していた通り、結花は困った顔をしている。だが、要領は掴めてきているようだ。


「ハッシー。止めてよ。アタシ、腕を振るのが、なんだか速くなってる。」

 そういいながら、結花は僕の伴奏と葉月の校歌に最後までついて行った。

 結花の不満そうな表情も伴奏を弾いている間は無視する。


 校歌の伴奏を最後まで弾いた僕。不満そうな結花がそこにいた。


「なんで?なんで?手の動き、なんで早くなるの?ハッシー、止めてくれないし―。」

 結花は不満をぶちまけるが。これも想定通り。


「そうだよね。実はこれは想定通り。実際にやってみて気づいてもらいたかったから。」

 僕は不満そうにしている結花をなだめる。

「一体どういうこと?」

 結花は僕の顔を見る。


「結花はテンポってわかる?単純に言えば曲の速さ。」

 僕は結花に聞いてみる。


「わかる。」

 結花は頷く。


「そしたら、課題曲は、自由曲よりも、テンポは速い?遅い?」

 僕はさらにクイズを出す。

 さっき指揮を振ったからわかるだろう。


「は、速い。」

 結花は即答。少し緊張しているが、さっきの実体験があるからすぐに答えられる。


「正解。」

 僕は頷く。

「つまり、テンポの速い曲は、それに比例して、腕の振り、つまり指揮の振りも早く振らないといけないんだ。さっき、無理やりにでもついて行ったからすぐできるはずだよ。少し早く腕を振ることを意識して。」


「ああ~。」

 結花は僕の説明に納得のいく表情を見せた。


「わかった。ヨシッ。ハッシー。もう一回やらせて~。」

 結花は僕の言ったことに気を付けながら、今まで身に着けた指揮の動きを少し早く振った。

 それに合わせて校歌の伴奏をする。

 葉月も今度は結花の指揮に合わせて歌った。


「ね。曲になったでしょ。」

 伴奏が終わり、葉月も校歌を歌い終わると、うんうん。と楽しそうな表情をしていた。

「すごい。すごい。すごいよ。ハッシー。本当にありがとう。これで合唱コンクールで指揮ができる。」

 結花は飛び切り笑顔になる。


「うん。自由曲で基礎を実践した分、課題曲はこれで合格だね。」

「やったー。」

 結花は僕の言葉に嬉しくなる。

 実際に自由曲で指揮の振り方を徹底した分、課題曲の校歌は、短時間で覚えることができた。


「だけど‥‥‥‥‥‥。」

 僕は少し表情を変える。

「だけど‥‥‥‥‥‥。」

 結花が聞く。

「まあ。コンサートとかで、片手で、ずっとさっきの錨の模様を描き続ける指揮者はまずいないかな。結花も見ててわかるんじゃない。」

 結花は頷く。


「あ~。そうだね。確かに。両手を使っている先生とかがほとんどだったー。」

 結花は気付いてくれたようだった。

「そうだね。もっと気づくところはない?中学校までのクラスで歌を歌ったときとか、吹奏楽部とかの演奏を見に行ったときとか。そうだな。結花だったら、好きなアイドルのコンサートに行ったときとか。まあ、好きなアイドルはダンスだけど、ダンスを見てて思ったことはない?」


「指揮?ダンス?なんで、ダンスが出てくるの~。」

 と、疑問に思う結花。


「まあ、指揮とダンスは違うけれど、音楽の基本的なものは変わらないので具体例を出したのだけど。」

 と、僕がアドバイス、ヒントを出す。

「あっ。そういえば、曲のサビとか、盛り上げるところとか、大きく腕を振ったり、体をより大きく使って、ダンスの人も動かしていたような気がするー。」

 結花が突然ひらめいたように言った。


「ピンポーン!!大正解。そうだよね。大きく出て欲しいところは、大きく腕を振ったりしてたよね。そして、プロの指揮者になると、腕だけでなく。こーんな感じで。」

 僕は少し指揮の動きをする。

 腕だけでなく、全身で表現してみる。


「あっ。あっ。すごい。ハッシー。本物の指揮者みたい。」

 結花はとても感心した表情だった。


「そうだね。ということで、結花の次なる課題は。この部分。指揮を使って表現してみよう。ということだね。」

 僕は結花に優しく語り掛けた。


「ヨーッシ。頑張るぞー。」

 結花は張り切っている。


「まずは、さっき描いた、錨の模様を、手だけでなくて、全身で描くイメージを持つ。そして、それを頭の中、心の中、体の中で感じながら。こんな感じで。一、二、三、四、二、二、三、四。‥‥。」

 四拍の中で腕を回したり、体を傾けたりというような動きを見せる。

 そして。


「だんだん、大きく、盛り上がっていくよ~。」

 僕は言った通り、大きく腕を回したりして見せた。


「すごい。すごい。ハッシー。私もやってみる~。」

 結花はそう言いながら、僕と同じように腕を回したり、体を揺らしたり、四拍のリズムの中で上手に動きが取れるようになってきた。


 僕は指を立てる。

「それじゃ、僕の伴奏に合わせてやってみようね。盛り上がるところとか注意して。やってみよう。」

 僕はそう言って、課題曲の校歌。自由曲の『瑠璃色の地球』を弾いていく。


 だんだんと身についてきたな。

 結花の動きが上達していき、僕は手ごたえを感じる。

 結花もだんだんと笑顔を見せるようになり、僕もそれにつられて表情を軽くする。さらに曲調が柔らかくなる。


「うん。よくできました。」

「ありがとう!!ハッシー。指揮。出来る気がする。」

 結花は得意げな表情を見せる。

 どうやら、自信を持ってくれたみたいだ。


「よかった。まあ、表現に関しては、いろんなやり方があるし、正解はないので、曲を聞きながら、自分なりのやり易い動きをいろいろ試して、見つけてね。これが出来たら、最終段階に行きましょう。」

 僕はそう言いながら、今日の練習を終え、ピアノ、つまり電子キーボードの電源を落として、楽譜を片付ける。

「うん。輝君。教えるの上手ね。私も見てて、指揮。やってみたくなっちゃった。」

 葉月も見ていて楽しそうにしていた。


「葉月はやらないの?生徒会メンバーだし、まとめるのも上手いし、もっと言うと、加奈子も。加奈子こそ、バレエをやっているから、表現ができる子だと思うんだけど。」

 僕の質問に、葉月は笑顔で首を振る。

「大丈夫!!うちのクラスにはコーラス部のエースがいるから~♪だから負けないよ♪」

 葉月は得意げになって葉月、つまり加奈子のクラスの自慢をする。


「そうなんだ。それは楽しみだね。」

 僕は緊張もあるが、もちろん楽しみな部分の割合が多かった。

 そして、葉月は勢いよく、僕に近づく。


「とにかく、輝君。お疲れ様。ピアノもよかったよ。頑張った輝君の指。きれいにしてあげるね♪」葉月はそう言って、僕の右手の指、一本、一本を葉月の口の中に入れる。


「あ~。ずるい。あたしも~。」

 結花も近づき。僕の左手の指を、葉月と同じように、一本、一本、結花の口の中に入れた。


「ふふふ。どうもありがとう♪」

 そういいながら、葉月は僕の唇に彼女の唇を重ねる。

「あたしも、本当にありがとう。」

 結花も同じように僕の唇に結花の唇を重ねる。


 ふう。とため息をついて。僕は笑顔になる。

 少しドキドキしたが、そうだよな。ここは、僕の家、つまり、伯父の農家の離屋だった。


 そんなこんなで、時間が過ぎて、お昼時を迎える。

「折角、葉月も結花もいるしどこか食べに行かない?」

 僕は提案すると。


「「賛成!!」」

 葉月と結花は笑顔になる。

 僕たちは早速、離を出て、自転車をこぎだし、昼食が食べられる場所へと向かったのだった。


ご覧いただきありがとうございます。


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