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29.音楽の授業

 

 例のバレエのコンクールの週末を終える。

 いよいよ今週から、加奈子を生徒会長とする、本格的な今年度の生徒会が始動する。

 そして、その新生徒会が発足して、最初の行事は「校内合唱コンクール」だ。

 一学期の期末試験直後にそれが行われる。中間試験明けから、この期末試験までの期間、一気に練習していくのだ。


 僕のクラスも例外ではなく、クラスの自由曲を決めていく。

 課題曲は決まっている。それは校歌だった。

「もともとは校歌を覚えてもらうという目的で、この行事が始まったんだよね。あんまり校歌を歌う機会がないからさ。おばあちゃんが発案したの。」

 葉月はそう言いながら、僕たち生徒会役員に説明する。葉月はこの花園学園の理事長の娘だ。

 発案者である、おばあちゃん、つまり葉月の祖母は先代の理事長であり、すでに故人となっている。

 生徒会メンバーはどのようなことをするのかを確認しながら、加奈子と葉月は僕たちにいろいろと教えてくれた。

 毎回の行事にかかわってくるのが生徒会だ。


 そんな生徒会の仕事内容を確認しつつ、今日は僕のクラス、1年B組の音楽の授業に参加している。黒板には自由曲の候補が並ぶ。


『翼をください』、『旅立ちの日に』などの合唱曲。

 そして、今年から共学になった元女子校だからなのだろうか、いくつか男性アイドルのポップスの曲も黒板には散見される。

 僕は、ただただ、黙ってそれを見ていた。

 クラスに男子が一人の僕。生徒会メンバーとはコンクール決勝とその後の離屋の夜の一件があり、全ての関係を築いたことになるが。

 自分のクラスは未だに関係が一つも築けていない状況だった。

 元合唱部だし、ピアノも弾けるが、ここは女子が多数。僕がいくつか候補を出しても、おそらく別の女子たちの意見に流されてしまうだろう。と思ってしまう。


 大体、出そろった感があるので、多数決を取っていく。

 多数決の結果、上位三曲。

『旅立ちの日に』、『瑠璃色の地球』、そして、男性アイドルのポップスが一つ並ぶ。


「そういえば、『旅立ちの日に』はE組が歌うらしいよ~。」

「うわ~。被るのはちょっと~。」

 決選投票の前にそう言った意見が飛び交う。


 この話からすると、一つが消えて、二つに絞られてくるだろう。

 その意見を出しているのは、結花のグループ。つまり、クラスの一軍と言われるグループの女子だ。

 他のメンバーはそれについて行くしかない。それがクラスのカーストと言われるものだろう。

 合唱部出身の僕から見れば『瑠璃色の地球』の方がやり易いが。

 あの子たちなら、男性アイドルのポップスに手を挙げそうな雰囲気だな。


「新しい曲なので、楽譜がないかもしれないわね‥‥。」

 そういうのは音楽の【藤田(ふじた)美里(みさと)】先生だ。明らかに品のいいお嬢様な雰囲気の先生だ。少し気弱な口調だが、そこが生徒たちに愛されているようだ。

 だが、音楽に対する熱意は凄まじく、指揮を振ったり、作曲家の魅力を伝えるときは普段の口調が一変するのだそう。

 故に、音楽関係の部活に所属している生徒は真面目に授業を聞いている。

 それが運動部の生徒にも伝わっているようで、音楽の授業は明るい雰囲気が続く。


 加奈子と言い、藤田先生と言い、興味があるものに関してはとことんストイックに向き合う。

 音楽や芸術の素晴らしい所だ。僕もそうなのかもしれない。


 そんな藤田先生の話に、皆は耳を傾けている。

 楽譜がない。つまり、合唱に編曲された楽譜がないとどのようなデメリットがあるかをわかりやすく指摘する、藤田先生。

 一番のデメリットは、自分でそれをしないと行けないので、日数がかかるということをわかりやすく伝えた。

 それを踏まえたうえで、再び多数決を取る。そうして、決まったのが。『瑠璃色の地球』だった。


『夜明けの来ない夜はないさ‥‥‥‥。』か。

 今日も日が昇っていることに感謝である。



 さて、すんなり曲が決まったところで‥‥。

 問題が一つあることを忘れていた。


「無事に決定したのはいいんだけど。」

 藤田先生の表情が変わる。

「問題は‥‥。」

 藤田先生は僕を見る。

「今年から共学になって、橋本君が歌えるかだよね。アルトとかのパートに女声合唱で皆に合わせるとなると‥‥。裏声とかいろいろあって。他のクラスでも話題になって‥‥。」

 藤田先生は少し首をかしげるが。

「橋本君。問題ない?」

 僕が頷こうとすると。

「はーい。はーい。はーい。」

 ピシッと手を挙げている人物がいた。

 元気よく手を挙げているのは結花だった。

「そういうことなら、ハッシーを‥‥‥‥。ゴホン。橋本君を伴奏者に推薦しまーす。」

 元気よく手を挙げる結花だったが。


 クラス中がどよめいている。

「え?」

「ちょっと待って、結花、いくら何でも‥‥‥‥‥‥。」

「正気なの?」

 結花の取り巻き。つまりこのクラスの一軍女子たちが結花に向かって言う。

「さあ、さあ、ハッシー。」

 結花はピアノの方に向かって手招きをする。結花はとても笑顔だ。僕は立ち上がり、その招きに応じてピアノへと向かう。


 だが、その際、体をツンツンと叩かれる。

「ねえ。橋本君。」

 隣に座っていた生徒が言う。黒ぶち眼鏡をかけた、少しおとなしい子だった。甲高い可愛らしい声が印象的だ。

「無理しなくていいよ。北條さん、一件怖そうだし、いじめられるかもしれないし‥‥。」

 ああ、なるほど。皆、気を遣っているのが分かった。

 そうだ、女子しかいないこのクラスでは僕はおとなしいので、皆、結花と僕の関係を知らないのだ。そういう意味では、僕は結花にいじられている、と思われるのも無理はない。


「ありがとう。大丈夫。」

 僕は、黒ぶち眼鏡の女子に、親指を立てて、少しウィンクして見せた。

 僕は音楽室のピアノに向かい、備え付けられている椅子に座る。

「せんせーっ。早く、早く。楽譜、楽譜♪」

「え?まあ、いいけど。」

 藤田先生は僕に楽譜を渡す。


「それじゃ、ヨロシク~。」

 結花は僕に促す。結花がいるならまあ、いいか。


 僕は、渡された楽譜。自由曲。『瑠璃色の地球』のピアノ伴奏を弾いた。伴奏楽譜は、ほぼほぼ初見ではあったが、合唱部時代に何度も歌った曲。耳コピも利用し、弾くことができた。

 続いて、校歌の伴奏も弾く。


 パチパチパチパチ。クラス中が拍手する。

「す、すごーい。橋本君。」

「すごいじゃん、こんな才能あったんだね。」

 クラスの女子、特に結花の取り巻きたちが、一斉に僕に駆け寄る。

「ねっ。別にいじっているわけじゃないでしょ。」

 結花は得意げな表情で笑った。


「結花、知ってたの?」

 一軍女子の一人が言う。

「まあ、一緒に生徒会でね。それに、だって。ハッシー、新しく選ばれた生徒会長のバレエのコンクールで、生徒会長のバレエに合わせてピアノ伴奏した人だよ。しかも大きなコンクールで。しかもそれで生徒会長は優勝したんだよ。」

 結花はさらに得意気な顔になる。


「「「「「えーっ!!!!!」」」」

 クラス中が驚きの声。

「しかも、その会長が躍ったバレエの曲の方が難しいと思う。それもやってもらってもいい?」

 結花が僕に向かってウィンクする。


「はは。まあ、仕方ないか。」

 僕は少し笑って。加奈子のバレエのコンクールで披露した曲。ショパン。『ワルツOp42「大円舞曲」』を披露する。

 クラス中が拍手喝采。

「それじゃ、このクラスのピアノ伴奏は、文句なしで、ハッシーで決まりね。」

 結花が大きな声で叫ぶ。

 僕は藤田先生を見る。藤田先生は僕に尊敬なまなざしで、こちらを見る。先生も頷いている。

 そして、クラスメイト達は。結花の鶴の一声で誰も嫌な顔せず、むしろ全員が笑顔で頷いた。

 満場一致だ。

 だが、結花の取り巻きの一軍女子が次に発した一言で、結花の表情は大きく変わった。


「それじゃあ、橋本君と息がぴったりで、この才能を発掘した、結花が指揮を振ってみたら?」


「えっ?」

 結花はポカーンとして立ちすくんでいる。

 この提案も満場一致でうなずいているクラスメイトが居た。


 タイミングが悪く、ここで、音楽の授業の終わりのチャイムが鳴った。

 この授業は午前中最後の四時間目。この後は昼休みが入り、少しばかり長い休憩がある。皆、食事をしに向かう中、結花はポカーンと音楽室で立ちすくんでいた。

 ツンツンと肩を叩かれる僕。

 振り返ると、さっきまで隣に座っていた、黒ぶち眼鏡の女の子。

「橋本君、すごいんだね。その‥‥。さっきはごめんね。が、頑張ってね。」

 彼女は僕に向かって謝ってきた。

「大丈夫。気にしないで。」

 僕は首を横に振って、気にしないでというアピールをする。

「あの、北條さんも、ごめんなさい。橋本君をいじめているように見てしまって、ひどい目で見ていました。本当にごめんなさい。」

 その言葉で、結花は我に返った。

「えっ。」

 結花は何のこと、と思ったが。

「あの、さっきの発言。橋本君を伴奏者にしようとした発言、無理やりで橋本君をいじめているみたいにおもちゃって、本当にごめんなさい。」

 再び彼女は頭を下げる。

「ああ。あれね~。いいの。いいの。気にしないで。お互いのことを知らないで、初めてやり取りを聞いていたら、そうなるよね~。」

 結花は彼女に向かって、笑顔で対応した。

「あの。二人とも、頑張ってね‥‥。」

 黒ぶち眼鏡の彼女は音楽室を出て行った。

 音楽室に残っているのは僕と、藤田先生。そして、さっきから緊張の面持ちで立ちすくんでいる結花だった。


「どうしよー。どうしよー。ハッシ~。指揮なんてやったことなーい。」

 結花は僕の手を掴んで泣き叫ぶように言った。

「大丈夫よ。二人ならやれると思うわ。」

 藤田先生はそう言って、エールを贈る。

「大丈夫だよ。コンクールの時、結花は助けてくれた。今度は僕の番。僕は指揮もやったことあるから、教えるよ。」

 自身満々のように振舞ったが、実は少し自信がない。確かに、指揮をやったことは、あるにはあるけれど、教えられるだろうか?

 しかし、結花の不安を取り除けるのは僕しかいないし、今度は僕が頑張る番だと思った。

 そう思いながら、僕はこの言葉を発した。

 それに‥‥。

 結花でないと僕も伴奏が最後までできなさそうだったから。


「本当?ありがとう。ハッシー。ありがとう。ありがとう!!」

 結花はこの瞬間、再び笑顔を取り戻した。


「ああ。良かった。結花が指揮をしてくれて。だって‥‥‥‥。」

「だって?」

 結花は口が詰まった僕に聞いてくる。


「結花がやってくれるなら心強い。」

 僕はそう言った。


 もちろんそうだ。こういう遊びでならできるが、まだまだ、大舞台での一人でピアノの演奏はやりにくい。勿論、一番の理由は安久尾の一件だ。

 もう、ピアノは出来ないと思っていたところに、生徒会メンバーが来てくれた。

 そして、加奈子がいたから、先日のコンクールはあれほどの演奏が出来たのだ。

 今回も結花と一緒ならば。


「本当に?超嬉しいんだけど。あたし、頑張る!!」

 結花の決意溢れる言葉だった。


「ああ、良かった。良かった。それにしても橋本君。すごいんだね。そういえば、東京の方で、同姓同名の子が、何年か前にコンクールで入賞していたわね。私も、新聞でしか名前見たことないから、きっとその子はすごいんだろうな。New橋本輝として、負けないようにしなきゃね!!」

 藤田先生は笑顔で言う。


「それでは、そのことについて、放課後お話があります。藤田先生。」

 声をかけ、誰かが音楽室に入ってきた。その顔は僕の良く知っている顔だった。

 この学園の理事長、花園慎一。葉月の父親だ。

「それと、橋本輝君。君にもお話があるので、放課後、藤田先生と一緒に理事長室に来てもらえるかな?それにしても、さっきの授業も廊下で、見ていたよ。葉月のいう通り素晴らしいピアノだった。」

 慎一は僕に向かって笑顔で頷いた。


「り、理事長。はい。わかりました。」

 藤田先生はそう言って、頷いた。


「えっ?理事長?す、すみません。こ、こんにちは。」

 結花は再び緊張している。


「ははは、北條結花さんだね。橋本君との指揮と伴奏。期待しています。いろいろ教えてもらってね。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。生徒会に入ってくれてありがとう。葉月から助かっていると聞いてますよ。」

 理事長の言葉に結花は困惑する。


「ああ、この方は、理事長であり、葉月先輩のお父さんだよ。」

 僕がフォローを入れると、結花はああ。と納得したように頷いた。


「よろしくお願いします。」

 結花は恥ずかしそうに挨拶をし、理事長もそれに頷く。


 僕たちは、理事長と藤田先生に挨拶をし、音楽室を出ていき、昼休みとなったのだった。







第2章突入です。ご覧いただき、ありがとうございます。

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