27.離屋の夜
うろ覚えだった。
茂木と会ってから僕は断片的な記憶しかなかった。
その後はゆっくりと中学生部門の発表を一緒に見た。だけど、誰がどんな演技をやったのか覚えているわけがなかった。
だがしかし、音楽はとても好きだ。流れてくる音楽が、だんだんと感覚を取り戻していった。
藤代さんが準優勝し、打ち上げ会場に向かい、原田にこの家まで送ってもらった。そう、僕が暮らしている伯父の家に。
伯父の家。つまり亡くなった祖父母の家は代々続く農家だ。
建物もいくつかあり、ひときわ大きいのが、母屋と離屋の二つだろう。母屋は伯父夫婦が、そして、離屋は僕が今使っている。
その離屋に、初めて、僕と伯父夫婦以外の人が来ている。
花園学園生徒会メンバー、瀬戸会長、加奈子先輩、葉月先輩、そして、結花の四人。
四人とも心配でここに残ってくれたのだった。僕は伯母の指示通り、伯母とともに離屋に案内し、ポケットから離屋のカギを取り出し、生徒会メンバーを招き入れた。
「輝。絶対大丈夫。お友達を大切にね。」
伯母はそう言うと、母屋に戻っていった。僕はこくりと頷く。
四人を僕が使っている部屋に通す。
部屋の明かりをつける。僕は、ベッドに座り込む。
同じように、加奈子先輩と葉月先輩が僕の両隣に座る。瀬戸会長と結花は、僕と向かい合うように座る。瀬戸会長は僕の机に備え付けられている椅子に座る。結花は、ピアノの練習に普段使用している、電子キーボードに備え付けられている椅子に座る。
少し沈黙。
そして、重い口を僕は開いた。
「今日は、本当に、ごめんなさい。無様な所を見せてしまいました‥‥。」
僕は四人に頭を下げる。
「顔をあげてよ。輝!!」
加奈子先輩が、僕の背中に手を当ててくれる。
「今日は、ううん。私のために、入学してから、ここまで、頑張ってくれて、本当にありがとう。」
加奈子先輩は途中から涙目になる。
「そうよ~。本当に頑張ったのは橋本君。あなたよ。」
瀬戸会長はそう言いながら、僕の顔を見る。優しい表情だ。
「ありがとうございます。」
僕はそう言いながら頭を下げる。
「本当に許せない。ここにいる人たちはハッシーを退学にさせた人を絶対に許せない。一緒に戦う。だから。いつでも相談していいんだよ。」
結花はそう言うとこちらを見てくる。
なぜだろう、普段のギャルっぽい見た目はどこへやら。何か懐かしさを感じる。
「でも、輝君と巡り会えて、本当に良かった。だから‥‥。」
葉月先輩は隣で僕の耳元で言う。
「だから‥‥?」
僕は葉月先輩に聞き返す。
「‥‥。私たち、決めたんだよね。」
葉月先輩は深呼吸する。そして。
「みんな、準備はいい?」
この言葉を口にし、葉月先輩はお互いの顔を見る。お互いに頷きあう四人。
そして、瀬戸会長と結花が立ち上がり僕の方へと来る。
「えっと、今から、輝君を元気にするおまじないをするね。」
葉月先輩は何だろうか。みんなの気持ちを代弁するように言った。他の皆はその気持ちが先攻し、声が出せなそうな顔をしている。そして、その言葉を言った、葉月先輩も緊張している。
「へへへっ。ハッシー、これなーんだ。」
結花は、ウィンクしたようにこちらを向いて、リモコンのようなものを見せる。
それは、この部屋の照明のリモコンだった。
「えっと、部屋の電気のリモコンだよね‥‥。」
僕は応える。結花はコクっと頷き。
「こんな目立つところに置いちゃだめだよ~。まあ、いいのだけどね。せーっの。」
結花はそのリモコンで、部屋の照明を全て消した。そして、結花は、その照明のリモコンを部屋に投げ捨てる。
真っ暗な部屋に、ポン。という、照明のリモコンが落ちた音がした。
「ちょっと、結花さん‥‥。」
慌てて取りに行こうとするが、何だろう。四人に阻止されてしまう。
「大丈夫よ。橋本君。私たちを信じて。」
瀬戸会長が言った。
「輝‥。お願い‥‥。ちょっとの間、我慢してて‥‥。」
加奈子先輩の声。とても緊張している。コクっと頷く僕。
「輝君、目を閉じて、深呼吸して‥‥。リラックス。リラックス。そう‥‥。」
葉月先輩は僕の耳元で、囁く。そして、深呼吸をする。
僕は葉月先輩の言った通り、目を閉じ、葉月の呼吸に合わせる。
スーッ。ハーッ。
スーッ。ハーッ。
何回か、これを繰り返す。少し落ち着いたようだ。
「じゃあ。始めるよ。次に言うまでずっと目を閉じててね。」
葉月先輩が言った。僕は言われるがまま、コクっと頷く。
「輝君が‥‥。」
「橋本君が‥‥。」
「輝が‥‥。」
「ハッシーが‥‥。」
「「「「元気になりますように‥‥。」」」」
両方の頬と額の左右に何か軽い感じ物もが押し当てられる。
何か安心感がある。それと同時に、僕の鼓動が速くなる。何だろう。その速い鼓動で抵抗して振り切ってもいいのかもしれないが。そう、何かに身を任せるように、僕の身体を何かに委ねる方がよっぽど落ち着く、ということを僕の心は言っている。
僕もそれを前から知っているようだった。
肩の力、腕の力、全ての力を抜いていく。何かに任せるかのように。
「ふふふっ。」
瀬戸会長のかすかな声が聞こえる。それと同時に、両手を誰かの手が繋いでくれる。
この部屋には僕の他に四人しかいない。しかも全員が女性。いや、女子生徒。
女の子の手。何だろう。僕の手と少し違う。
「橋本君。だーれだ。」
瀬戸会長の声が横からする。
その声と同時に、僕の唇が何かで覆われる。覆われた何かは分った。
でも、誰のだろう‥‥。瀬戸会長は確かに横で手を繋いでいる。
右手が離れる。しかし、明らかに今度は違う人の手が僕の右手を繋ぐ。
「ハッシー。今度はだーれだ。」
結花が得意げな口調で、僕に聞いてくる。
「結花‥‥。さん。」
僕は静かにいう。
「手を繋いでいるのはね。でもこれはだーれだ。」
結花のニヤニヤした声が聞こえたと同時に、再び僕の唇は誰かの唇に覆われる。
先ほどの唇が覆われた時間よりもとても長い。夢中で何かをしているようだ。
そして、次の瞬間、僕はとてもドキッとした。
舌を絡めている。抵抗は出来なかった。そして、僕も、まるで知っているかのように、舌を伸ばし、相手の舌に触れた。
お互いの唇から離れた僕。今度は左手が離れる。だが、しかしすぐに左手がまた誰かにつながれる。
左の耳元から加奈子の声。
「輝‥‥。今度は誰だと思う。」
同じように唇が覆われ、舌を伸ばして、絡めてくる。そうして、今度は、右手の結花の手が再び離れる。そして、再び右手がすぐに繋がれ。
「輝君。最後の問題だよ~。だーれだ。」
右手を繋いでいるのは葉月先輩。だけど‥‥。
正面から再び、唇が覆われる。今度は舌を絡めず、数秒間止まった後、お互いの唇が離れる。
「はい。目を開けていいよ。」
葉月先輩の声で目を開ける。
だが、部屋の照明は相変わらず暗く。まだどこに誰がいるのかわからない状況。
僕の右手には葉月先輩の手。
左手には加奈子先輩の手が相変わらず繋がれている。
そして。
「私たち、みーんな、輝君のことが好きになったの。だからお願い。誰を彼女にするか選んでほしいな♪」
葉月先輩は僕の耳元で囁く。
「えっ。は、はい‥‥。」
どうしようか。なんだかわからない状況に居る僕。
「ふふふっ。やっぱりかわいい。動揺しちゃってるわね。」
瀬戸会長のやっぱりねという声。
どうしよう。わかっていたけど、答えられない僕がいる。
「というわけで、そんなこと言われても、すぐに決められないでしょうから、高校にいる間は、四人で一緒に居ましょう。変わりばんこに日替わりでデートしたりして、最後に橋本君に誰にするか決めてもらいましょう。そんな感じで、みんなこのルールのもと、こうして集まっているからね。」
瀬戸会長の優しい声。何だろうかものすごく鼓動が速くなる。
「本当は、ここに居るみんなは、ううん。女の子なら誰でも、男女の二人で居たいと思う。こんなことして、許されないかもしれない。でも‥‥。」
少し低い葉月の声。だが、だんだんと涙声になる。しかしその涙は、誰かに奪われたというわけではない。すべてを理解してくれる。そんな声だった。
「輝君は、もっと苦しんだ。だから。きっと、許されると思う。この時。この花園学園に居る時、輝君が、誰にするか決めるまで、この離屋の、この時は。その、許される権利はあると思う。」
葉月はよくわからないけれど、自分の言葉で優しく丁寧に僕に語り掛けてくれた。
その言葉に深呼吸する僕。僕が言うことは、決まっていたのかもしれない。決められていたのかもしれない。
「嬉しいです。僕も、みんなのこと好きです。」
瀬戸会長の優しい声に従ったのだろうか。僕は、そう答えることしかできなかった。
「「「「よかった。」」」」
四人の小さな声がそろう。
「それじゃ、決まりね。ハッシーは自分に素直になって、楽しんでいいんだよ。前の学校で嫌なことがあった分、その権利は沢山あるんだからね。」
結花の声。少し涙ぐむ。
「ねえ、輝。輝は特別だよ。」
加奈子先輩の声が左の耳元で囁く。
「ありがとう。みんな。」
僕は少し涙ぐむ。
「ふふふっ。じゃあ、もう一回目を閉じよっか。」
葉月先輩の声で、僕は目を閉じて、こくりと頷く。
「じゃあ、もう一回ね。だーれだ。」
葉月先輩が再び囁く。再び僕の唇が誰かの唇で覆われる。
その唇が覆われる度、僕の両手が誰かの手から離れては、すぐに誰かの手と繋がれてを繰り返している。
それが何回あっただろうか。数えられなかった。
何回目かのタイミングで、結花の手だろうか。彼女の手が右手に繋がれる。
「だんだん熱くなって来ない?ハッシーそういえばずっと、ピアノの衣装のままだよね。ワイシャツ着て、ネクタイして。」
言われてみればそうだ。さっきから何かは分らないが、体がとても熱い。
今まで、何かに身を任せていたから本当に体の感覚が鈍かった。結花の言葉に反応して、誰かの手が、僕の額と、首元、そして、背中を優しくなでてくれる。
「本当だ、汗びっしょり。」
撫でてくれたのは葉月先輩だった。
「輝君。もう一回、深呼吸しようか。目、閉じているよね?」
葉月先輩の声がする。僕はこくりと頷く。
「うん。そのまま、ずっと閉じててね。」
誰かの手によって、ネクタイが外される。そして、ワイシャツのボタンが一つ、一つと、外されていく。そして、ワイシャツを脱がされ、上半身は下着一枚になる。
その間、抵抗することを試みたが、手がぎゅっと繋がれている。
それに、ここも、流れに身を任せていたいと、心が言っている。
「輝君、ピアノ弾くから、指、すごくきれい。」
葉月先輩の声がする。
「本当だ。これで私を、一位にしてくれたんだよね。」
加奈子先輩の声。
右手、左手、双方の手首を持たれ、両手一本一本の指が、葉月先輩、加奈子先輩の口の中へ。
そして。
「輝君、もう一回ね。だーれだ。」
葉月先輩の声。唇が覆われる。と思ったら‥‥。
顔が覆われる。何か柔らかいもので。
何だろう‥‥。僕は思ったが。
次の瞬間、誰かが僕の両手を顔を覆っていたそれに触らせる。
柔らかい。そして、その顔が覆われていたもの正体が判ったと同時に、僕の脳みそがとろけてしまう。はあ、はあと聞こえる、瀬戸会長の吐息。
「どう?橋本君。Gカップよ~。」
瀬戸会長の声。
何も答えられず、喉を鳴らす僕。
「ちなみに、Gでもブラきついのよね~。もう一つ、二つくらい上かしら。」
瀬戸会長のこの言葉、僕も男だった。
アルファベットをAから順に数えていく。Gの二つあと。
それを想像するだけで、さらに喉を鳴らす僕。
「答えが分かったところで、目を開けていいよ。」
葉月先輩の声に従って、ドキドキしながら、僕は目を開く。
部屋の照明は相変わらず暗い。だが、目が慣れてきている。みんな全員、さっきより体のシルエットがはっきりしているのが判る。
だが、それは単に目が慣れてきただけではないようだ。
全員、上半身が裸だった。そして、着ている服は最後の一枚のみ。
「どうかな?輝君。」
「とても、綺麗です。その。すみません。なんて言ったら良いか‥‥。」
加奈子先輩を除いて、瀬戸会長は勿論、葉月先輩も、結花も、おそらく女性の平均値以上ある胸のふくらみが目立つ。
「えいっ。」
葉月先輩はにこにこと笑って、僕の両手を取って、今度は葉月自身の胸元へ。
「会長、先に揉まれてずるいですよ。私だって、同じくらいあるし、会長よりも身長高いから、私だって成長中。」
葉月先輩は自慢するように言うが、だんだんと、彼女からも何かに身を任せるような、表情に変わり、彼女の吐息も色っぽくなる。
「あらあら、ごめんなさいね。葉月ちゃん。」
瀬戸会長は頷き笑っている。
「ハッシー今度はアタシ~。皆さんずるいですよ。アタシも同じくらい、まあ、正確には、さっき出たアルファベットより、一つ下ですけれど、アタシも、ありますからね。」
結花も得意気になって、葉月の胸元から、僕の両手を奪い、結花自身の胸元へ僕の手を持っていく。
葉月先輩、瀬戸会長と同じように、結花の表情も緩んでいく。
そして、加奈子先輩は、そこだけは他の三人より小さく、ここまでのやり取りを、うらやましそうに、恥ずかしそうな顔をしていることが分かったが、バレリーナなのだろう。加奈子先輩のシルエットは、縦のラインが綺麗にはっきりと映し出されていた。
さらに、加奈子先輩の着ている最後の一枚は、おそらく、バレエの衣装との重複やはみ出すのを避けているのだろう。他の三人が身に着けているものより面積が大分小さくて、ドキドキする。
結花の胸元から手を放す僕。加奈子先輩を手招きし、彼女の縦のラインを撫でていく。
「ありがとう。輝。」
加奈子先輩は僕の唇に彼女自身の唇を重ねる。
かなりの時間、唇を重ねただろう。舌を絡めて、深く、深く、キスを交わした。
そうして、お互いが離れる。
かなりの汗だくになっている僕がいた。
「それじゃあ、ハッシーも。」
結花はそう言って、両手を伸ばし僕をベッドに押し倒す。そして、ズボンのベルトを外して、一気に下ろした。
「ふふふ。橋本君もとても男の子らしい体ね。」
瀬戸会長が僕に向かって言う。
「でも、一か所、パンパンに張ってそうなところがあるね。」
葉月先輩がどきどきしながら恥ずかしそうに言う。
「ホントだ。加奈子会長。どうすればいいですかね~。」
結花は少しニヤニヤした声で言う。
加奈子先輩が僕の隣に寝そべってくる。彼女の身体はこれ以上ないくらい熱い。
「ねえ‥‥。輝‥‥。その‥‥。」
耳元で加奈子先輩はとても恥ずかしそうに言っている。
「えっと、バレエで、いろいろあったから、お風呂、行こっか。私も、汗とか、髪の毛とか‥‥。」
加奈子先輩の言葉に少し安心する僕だったが。
汗という言葉に少し反応してしまう。そう、ドキッと。
「へへへ、輝君、正直だね。加奈子の汗という言葉にさらに、パンパンになってる。」
葉月がニコニコ笑う。
一気に、顔を赤くする加奈子だったが、加奈子は、僕の身体を触り始め。
「それを言うなら、ひ、輝だって。」
加奈子が笑う。
「そうね、皆、汗だくよね。その後はどうしようかしら?」
瀬戸会長がうんうんと、大きく頷き、ニコニコ笑う。
「えっと、その後‥‥。」
加奈子先輩がドキドキしているが、それを見ていた葉月先輩がすかさず、もう片方の隣に寝そべって反対側の耳元で囁く。
「その後は‥‥。パンパンなところ‥‥。スッキリしてみない‥‥。」
僕の鼓動も早くなる。
夢を見ているのだろうか。ごくっ。と、喉を鳴らす。
もう、わからない。流れに、全ては心の赴くままに。この身を任せるしかなかった。
答えは分っていた。だが同時に、四人全員、傷つけてしまうのが怖かった。
「大丈夫‥‥。輝が今抱えている心の傷より‥‥。痛く‥‥。無いから‥‥。これからやること、全部‥‥。」
加奈子先輩、いや、加奈子の言葉。僕の一番、聞きたい言葉のように思えた。
夢の中にいるのだろうか。緊張していた。心臓の音が聞こえる。
僕は、ゆっくり、ゆっくり、首を縦に振った。
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