24.バレエコンクール決勝
バレエコンクール決勝当日。
僕と加奈子先輩は時間通りに、バレエスタジオに来ていた。
といっても加奈子先輩はギリギリだったが。それでも、原田先生から指示された時間には来たのだった。
「ヨッ、少年。時間通りで感心感心。」
予選の時と同じく、サングラスをかけてより姉御肌っぽくなった原田先生は、僕の肩をポンポンと叩く。
「悪いね。今回も雅ちゃん、えっと、藤代さんと一緒で、かつ、コンクールの打ち上げもあるから、帰りは夜遅くなってしまうのだがよろしく頼むよ。」
原田先生はそう言いながら、予選の時と同様に、ワンボックスカーに案内して、送迎をしてくれる。
「すみません、ありがとうございます。あの、打ち上げって、僕も参加していいのですか?」
僕は戸惑ったように、原田先生に聞く。
「何言ってるんだい。勿論だよ。特に少年は、今回の一番の功労者だ。それくらいさせてくれ。」原田先生は笑顔で言う。
「そうよ。輝。私も、輝のおかげで、決勝まで行けたんだよ。」
加奈子先輩も笑顔で言った。
「まあ、そんなことは、どうでもよくて、何はともあれ、お前たち、先ずは打ち上げのことではなく、決勝に集中してくれ。」
原田先生はそう言いながら、ワンボックスカーの扉を開ける。
「「はい。」」
僕と加奈子先輩はその言葉に気合が入るかのように頷いた。
「おはようございます。橋本さん。」
すでにワンボックスカーの後部座席に藤代さんが乗っていた。
「おはようございます。藤代さん。僕の名前、覚えてくれたのですね。」
僕はそれで表情が和らぐ。
「はい。忘れません。私も、橋本さんのピアノで踊ってみたくなりましたから。」
藤代さんは前回の予選の時と比べて、少し笑顔だった。
「そういうことだ、有名だよ。少年、お前のことは、うちのバレエスタジオで。」
原田先生はそう言いながら、車を発車させる。
「うちのバレエスタジオでのコンクールの決勝進出者は、案の定、加奈子ちゃんと、雅ちゃんだけだ。だから今日のメンバーはこれしか居ない。予選の時より広くこの車の車内が使えるから、ゆっくりしていてくれ。」
原田先生はそう言って、広い道に出て、アクセルを踏んだ。
「ありがとうございます。」
僕は原田先生に頭を下げた。
そうして、原田は車を走らせるのだが、車内は終始無言だった。
コンクール前の集中する雰囲気もあるが、それ以上に僕と加奈子先輩と藤代さんの性格がそうなのだろう。あまりしゃべらない人間が集まる空間だったら自然とそうなる。
ゆっくり深呼吸して、心を落ち着けているうちに、予選の時と同じ会場。
【雲雀川の森公園】の中にある、【雲雀川オペラシティ】に到着。
「それじゃ行きますかね。」
原田先生はそう言って、車を駐車場に止めて、ホールの中へと入っていく。
そうして、加奈子先輩と藤代さんの受付を済ませる。
「はい。受付完了ですね。伴奏者の方は、今回も【スタンウェイ】のピアノをご使用ですか?必要があれば【ヤマハ】に変更できますが。」
受付の人から声をかけられる。
「【スタンウェイ】で問題ありません。」
僕は受付でそう伝える。
「はい。かしこまりました。それでは、今回の高校生部門の決勝の伴奏者は【スタンウェイ】しか使用しませんので、ピアノはステージの下手の端に一台ありますので、そちらを使用してください。入退場も下手からになりますので、スタッフの指示に従ってくださいね。こちらがステージの案内図になります。」
受付の人から案内図を渡され、僕は頷く。
「それじゃ、加奈子ちゃんと私は着替えてくるから、少年は‥‥。」
ワイシャツとネクタイ姿の僕を見て。
「着替えの必要なさそうだな。ロビーで待っていてくれ、着替えと柔軟をして、また戻ってくる。そして、ステージ上での練習の時間だな。雅ちゃんも中学生部門は、高校生部門の後、午後の開催になるから、ロビーで待っていてくれ。」
原田先生は加奈子先輩を連れて、控室に向かって行った。
僕は藤代さんとロビーで待つ。
テーブルを挟んで向かいの席に藤代さんが座っている。
「あの、橋本さんはいつからピアノを始められたのですか?」
藤代さんが聞いてくる。
「ああ、保育園の時かな。先生のピアノを見てね。その先生が大好きだったから見よう見まねで。ちょうど、皆がバレエを始めたときと一緒くらいかな。」
僕は藤代さんの質問に答える。
「そうなんですね。」
藤代さんは頷く。
「藤代さんはバレエ、楽しいですか?」
僕は藤代さんに聞く。
「もちろんです。でも、加奈子先輩という壁がなかなか越えられません。今回は越えられると思ったのですが‥‥。」
藤代さんが僕を真剣な表情で見る。
「ハハハ。ごめんね、僕も突然伴奏者に指名されちゃって、どうなるかわからなかったんだけど。」僕は笑いながら言う。
「そんなことはないです。もっと自信を持ってください。」
藤代さんは強く言おうと頑張るのだが、どこか、おひとやかな印象がある。
普段はおとなしいのだろうか。まあ、そうだろう、往路の車内で一言も会話がなかったのだから。
こうしてみると、藤代さんは和服が似合いそうな大和撫子という雰囲気だ。
「ありがとう。そういってくれると嬉しい。」
そんな会話をしていると、加奈子先輩と原田先生がやってきた。
「待たせたな。少年。」
加奈子先輩は舞台衣装ではなく、練習着のレオタード姿だった。
「まあ、練習だからな。本番直前になったら、衣装は着るさ。」
原田先生はそう言いながら、僕と加奈子先輩をホールのステージへと促す。
練習の時間。
僕と加奈子先輩はステージに向かう。
課題曲と自由曲を通しで確認する。
「ヨシッ、言うことはないな。大丈夫。本番もよろしくな。」
原田先生はそう言って、本番直前の練習を終えた。
「それじゃ、本番の衣装に着替えてくるから、君はもう一度ロビーで待っていてくれ、時期に開場時間になるだろうから、今日も生徒会の面々が来るのだろう。話でもしておいで。」
原田先生はそう言いながら、加奈子先輩とともに、再び控室へ向かう。
加奈子先輩は頷きながら僕に手を振って別れた。
「それじゃ、私も控室に行きます。原田先生と加奈子先輩とも話したいので。すみません。」
藤代さんもそういって、控室へ向かって行った。
再びロビーで待機する僕。
僕一人で少し落ち着ける時間を持った。
開場時間が近づくにつれて、人がどんどん増えてくる。
「あっ、輝君。」
その声のする方に、視線を合わせると、生徒会の面々が立っていた。
僕はその方向へ向う。
「おはようございます。」
僕は葉月先輩、そして、瀬戸会長に頭を下げる。
「ふふふ。橋本君もいつもと同じで落ち着いているようね。」
瀬戸会長は笑顔を見せながら言った。
そして、二人の背後には結花と義信の姿があった。
「上司、すごく決まってます。」
義信は僕の衣装を見て、すごく尊敬なまなざしをしている。
「うん。ハッシー、結構似合ってるよ。」
結花はニコニコ笑いながら言った。
僕は少し笑う。
「いやいや、加奈子先輩はもっとすごいよ。バレエの本格的な衣装を着てさ。」
僕はそう言いながら、笑う。
「まあ、上司もすごく男前っす。どうぞ、頑張ってください。」
義信はそう言いながら、僕に握手を求める。
「ああ。ありがとう。」
僕は義信と握手を交わす。
「お待たせしました。会場となります。お進みください。」
アナウンスがあり、観客の列が進む。
「それじゃ僕はこれで、加奈子先輩の出番、今回は早いので。」
「うん。行ってらっしゃい。」
「頑張ってね。」
「ハッシー、超楽しみにしてる~。」
「上司、お気をつけて。」
葉月先輩と瀬戸会長、そして結花、義信の生徒会の面々は、控室へ向かう僕を見送る。
僕が控室へ向かったのを確認し、彼らは、一緒にホールの客席に向かったようだ。
僕は、長い廊下を歩き、控室へ。
「ヨッ。少年。来たね。」
原田先生はそう言いながら僕を迎えた。
「さあ、御姫様を紹介しよう。」
原田先生が手招きをして、衣装を着た加奈子が出てきた。
「少し前回と装いを変えてみた。」
純白のチュチュだが、白地に金の装飾がいくつも施されている。
思わず僕は見とれてしまう。あまりにも綺麗すぎて声が出ない。
「おお、少年はこの美しさが分かるようだね。」
「はい。」
原田先生の鋭い指摘に僕は頷かなければならなかった。
「ありがとう。輝。」
加奈子先輩はそう言って、僕に握手を求める。
その握手を返す。
少し加奈子先輩に近づくが。
「おっと、衣装とか身だしなみとか少し乱れちゃうから、終わった後な。」
原田先生に言われて、少し顔を赤らめる僕と加奈子先輩。
「さあ、行ってきな。」
原田先生に言われて、僕たちは舞台袖に向かった。
舞台袖から聞こえる、アナウンスの声。
もう開演時間は過ぎているのだろう。
少し緊張してくる。
今回は僕も加奈子もステージの下手から入場となるため、出番直前まで、舞台袖で、一緒に居られる。
それがとにかく良かったし、少し安心感を持つことができた。
事前のアナウンスは耳に入ってこなかった、ただひたすらに加奈子を僕は見つめていた。
加奈子も同じで、僕の視線を確認しては頷いている。
「大丈夫だよ!!」
加奈子はそう僕に声をかける。
そうして、一人目の演技が早速始まった。
加奈子は三人目の演技。出番が少し早い。
決勝は予選を勝ち抜いた上位十人による演技だ。
しかし、番号は予選の時とそのまま、十七番となる。
ちなみに順番は公平にするため、予選とは違い、くじ引きで決まるのだとか。
舞台袖から見るトップバッターの人の演技。
くじ引きで一番が表示されて緊張していたかもしれないが実に堂々としている。
大きな拍手をもらって、トップバッターの演技が終わる。
やはり加奈子が一緒とはいえ、少し緊張している僕がいる。
二番目の人の演技の時間が少しゆっくりに見える。
ドキドキと明らかに胸を打つスピードが少し早く、そして、時間の密度が濃くなっていく。
そして。二人目の人の演技が終わり、三人目。
そう、加奈子先輩の出番だ。
「続きまして、十七番、井野加奈子さん。課題曲は『マズルカニ長調、Op33-2』、自由曲はショパン作曲、『ワルツOp42、大円舞曲』。それでは井野加奈子さんの演技です。」
司会のアナウンスが流れる。
僕と加奈子先輩はお互いに頷きあう。
「それでは、橋本さん、こちらへ。」
スタッフにそう言われて、ピアノに案内される。
僕は加奈子先輩の方を見て笑顔で手を振った。加奈子先輩もその手を振り返す。
ピアノに案内され、着席すると、ピアノの鍵盤を、持っていた綺麗なハンカチでふき取り、準備完了。
いつでもいける。
ステージの照明が一気に明るくなった。
深呼吸して、マズルカの一音目を弾く。
よし。上手く入った。
加奈子先輩も腕と足を大きく動かし、キレのあるパフォーマンスをしていく。
むしろ予選よりだいぶ調子がいい。
この勢いに負けないと、僕のピアノもさらに勢いが増していく。
加奈子先輩は僕のテンポについて行っている。
いいぞ、いいぞ。
出だしは好調。
曲はやがて展開部分に差し掛かる。
ここは一段と優しそうに踊る加奈子先輩の表情。
これが、いいアクセントになる。
さあそして、もう一度主題部分に戻りフィニッシュへと向かう。
僕は思い出す。初めて、葉月の家で加奈子先輩がバレエを披露してくれたこと。
そうして、加奈子先輩はここに、この舞台に再び僕を連れてきてくれた。
本当に良かった。本当に、ありがとう!!
僕はそう思いながら、本当に楽しく、マズルカをフィニッシュさせた。
加奈子先輩も勢いのまま演技を終わらす。
課題曲が終わり、拍手が流れる。
本来であれば、課題曲と自由曲の両方が終わって、拍手があるのだが、客席が思わずそうなったのだろう。
少し戸惑いながら大きく頷き、先ほどの思わぬ拍手で、会場を味方に付けたことをお互い確認して、自由曲へと入っていく。
加奈子先輩の顔を見て、いつでも弾き始めていいことを確認する。
自由曲のはじめの音を出す。導入の冒頭部分を丁寧に入る。
そして、主題へと入り、加奈子先輩の動きは課題曲以上のキレのある動きをしていた。
本当にいい表情で演技をする。
バレエだと、こういったところも得点になるのだろう。
予選の時よりも加奈子の気迫がさらに上がる。
これも初めてピアノを弾いたときのことを思い出す。
本当に、本当に、加奈子や葉月、そして、瀬戸会長の前でピアノを披露して本当に良かった。
勢いに乗る加奈子を見つつ、決勝の安定した演技で僕と加奈子のステージがフィニッシュした。
客席から割れんばかりの拍手が鳴り響く。
それに応えて、加奈子先輩と僕はお辞儀をして、舞台袖に去っていった。
舞台袖で客席から見えなくなった瞬間。
僕と加奈子は思わずハイタッチをする。
「やったね。輝。本当にありがとう!!」
「はい。僕も本当に良かったです。ありがとうございました。」
僕は加奈子先輩に頭を下げる。
「ううん。お礼を言うのはこっちの方、輝。本当にありがとう。今度は私の番かな。何か困ったことがあったら、いつでも言ってね。」
加奈子先輩はそう言って、僕の背中に手を回す。
突然のハグにドキドキする僕。
だが、それに応えないのもあれなので。
「はい。ありがとうございます。まあ、今は困ったことは無いのですが、いつか力になってもらうかもしれません。」
僕はそう言いながら、加奈子の背中に手を回した。
少しお互いにハグをして、離れる。
「もちろん、いつでも言ってね。輝は私の、大切な‥‥。」
加奈子先輩は少し戸惑う。
「‥‥生徒会の、メンバーで、後輩だから。」
加奈子先輩は少し深呼吸して、小さな声で言った。
「はい。ありがとうございます。」
僕は加奈子先輩に頭を下げる。
本当にこれでよかったのだろうか。
僕は戸惑いながらも、控室に居るであろう、原田先生の元へ向かう。
「おー。仲良しカップルのご登場だな。」
「「えっ?」」
お互い、原田先生の言葉に全身に強い何かが走り、すぐにお互いの距離が開く。
「ハハハ、冗談。冗談。」
原田先生は笑顔で僕たちを迎えた。
「とても良かったぞ。最高だった。」
原田先生はそう言いながら、僕と加奈子先輩にそれぞれ握手をして、その手を強く握った。
そして、親指を力強く立てた。
加奈子先輩は控室の方に戻っていき、着替えをすることになった。
僕はロビーの方へ向かい、全員の演技と結果を待つことにした。
ロビーの方へ向かうと、瀬戸会長、葉月先輩、そして、結花と義信が迎えてくれた。
「ナイス。輝君。今回もよかったよ~。」
「そうね。優勝間違いないと思うわ。」
葉月先輩と瀬戸会長は僕に声をかける。
「ほらほら、二人とも、声をかけてあげなきゃ。」
瀬戸会長は結花と義信を促す、先輩二人よりもキラキラした眼で見つめる、結花と義信の姿があった。
「ハッシー、マジでヤバくない?あそこまでできるなんて、超びっくりした~。」
結花はそう言って、驚きを隠せない。
「上司、本当にマジで感動しました。今日からは、昇進して、係長と呼ばせてください。係長ぉ~!!」
義信は僕の手を握り、ぶんぶん振り回す。
「俺は今。モーレツに感動しました~。」
義信はそう言いながら、ロビーで叫んでいる。
この瞬間、よかった。といい意味でも、悪い意味でも思う。
いい意味というのは単純に、二人に喜んでもらえてよかったと思う。
「ありがとう。でも、実は、まだまだ、緊張しているんだ。」
「そうなんすか、安心した顔になってますが。」
義信の問いかけに僕は、正直に言う。
「演奏は終わってホッとしてるけど、この後順位が発表されるから。まだ、いろんな意味で抜けないな。これが、コンサートとか、順位が付かないものだったら、今頃、元気なんだろうけど。」
だから当事者である、僕、そして、それ以上に加奈子先輩は結果が出るまで変にドキドキするだろう。
「そうなんすね。まあ、無事に終わってよかったじゃないっすか。」
「そうだよ。ハッシー。まずはそこを喜ぼう!!」
義信と結花はそう言いながら、この後行われる、結果発表に伴う緊張をほぐしてくれる。
「う、うん。そうだね。」
僕はそう言いながら、内心、とてもドキドキしていた。
「そうだよ!輝君。リラックスして。」
葉月はそう言いながら、僕をロビーの椅子に座らせた。
そして、悪い意味ではこの演奏で、さらに義信が僕の株をあげたことだろう。
あんなに無邪気に喜ばれると正直恥ずかしい。
こっちは、普段通りに臨めたというのに、それに、何よりも今日のメインは加奈子先輩だった。
だからさっき、まだまだ、順位発表があるから、素直に喜べないと、素直じゃないリアクションを思わずしてしまったのだった。
僕も、もう少し恥ずかしいと、正直に言えばいいのだろうか。
この時だけは思ってしまう。
やがて、着替えを終えた、加奈子先輩も出てくる。
結花と義信は同じようなリアクションを加奈子先輩にも取る。
「衣装、すごくきれいだったです。」
「マジで、ヤバかったっす。生徒会長!!」
結花と義信は加奈子先輩に向かって行った。
「ありがとう。二人も来てくれていたんだね。」
「はい。とても良かったです。超感動しました。」
「はい。俺も、生徒会長と係長の演技が見られただけでも大満足です。」
結花と義信はそう言いながら加奈子先輩と話す。
加奈子先輩も内心、少し恥ずかしそうだ。
「おっ。新しいメンバーだな。楽しそうで何より。」
原田先生はそう言いながら、加奈子先輩とのやり取りに、ニコニコしながら入ってきた。
「はい。二人とも私の学校の生徒会に入ってくれて。とても楽しい学校生活に、なりました。」
加奈子先輩は原田先生にそう答える。
「加奈子ちゃんのバレエの先生をしている、原田だ。よろしくな。二人とも私と波長が合う気がする。」
原田先生は、結花と義信に向かって手を振った。
確かに、原田と結花の組み合わせは絶妙に会う。
一軍女子のような姉御肌は原田先生と結花はそっくりだし、義信も、お山の大将のような雰囲気でそういう二人と波長が合いそうだ。
やがて、コンクールの出場者の全演技が終わり、結果発表となる。
出場者も続々とホールに集まっている。
ドキドキするホールの中。まだまだ、出場者の熱気が帯びている。
やがて、審査員全員が壇上に上がり準備は整った。
「お待たせいたしました。審査結果が出ましたので、発表いたします。まずは特別賞から、これは審査の結果、入賞を逃してしまいましたが、審査員の心を多くつかんだということで、特例として、表彰される者です。今回の特別賞は‥‥。」
司会のアナウンスの元、特別賞の受賞者の名前が読み上げられる。
ワーッと立ち上がる出場者。
壇上に上がり、賞状を受け取る。
「それでは入賞者の発表です。第三位‥‥。」
同じように三位の名前が発表される。
同じように壇上に上がり賞状を受け取る。
「第二位は‥‥。」
これも本当に喜びを爆発させ、壇上に進む出場者の姿が目にとれた。
第一位。どうか、加奈子先輩であって欲しい。そう思いながら。僕は緊張の中。祈っていた。
「本年の雲雀川バレエコンクール、優勝は。‥‥。」
一瞬の沈黙。そして。
「エントリーナンバー十七番、井野加奈子さんに決定しました。おめでとうございます!!」
やった。やった。優勝だ。
この瞬間、加奈子先輩が今までで一番喜びの表情をする。
加奈子先輩は原田先生とガッチリ握手をする。
「やった、やったね。加奈子ちゃん。おめでとう!!」
原田先生は自分のことのように笑っている。
そして、僕も喜びのあまり、勢いよく席を立ちあがった。
加奈子先輩は僕を見て。
「ありがとう。輝。」
思いっきり、僕の背中に手を回して、抱きしめた。
「おめでとうございます!!」
僕は、加奈子先輩の背中に手を回して、加奈子先輩を抱きしめる。
男女の壁なんて、この時は関係ない。喜びを共に分かち合うこの時は。
壇上に向かい表彰状を受け取る加奈子。本当に笑顔だった。
「以上で、今年の雲雀川バレエコンクールは終演します。皆さま、また来年お会いしましょう。」
その司会のアナウンスで、コンクールは幕を閉じた。
改めて、僕たちは賞状を受け取った加奈子先輩を迎える。
「おめでとう加奈子ちゃん。これで忙しくなるよ~。私も頑張らなきゃ。少年もやってもらえるかな?」
原田先生はそう言いながら、僕の方を向く。
「と、言いますと。」
「ああ。このコンクールで優勝すれば、来年の【毎報新聞バレエコンクール】の関東大会の出場資格が与えられるんだ。県大会を飛び越えて、いきなり関東大会だ。ここでいい成績を残せば、海外留学だって夢じゃない。まあ、課題曲次第だが、ピアノ曲が選曲された場合、手伝ってもらうことになるかもな。その時はよろしくな。」
原田先生はそう言いながら、僕に説明した。
「輝、本当にありがとう。毎報の時ももしかしたら、伴奏をお願い。本当にありがとう。」
加奈子先輩はそう言って、僕に何度もお礼を言った。
僕は首を横に振った。
「いえいえ、とても楽しかったです。こちらこそ、ありがとうございました。」
僕も笑顔だった。
このやり取りを見た原田先生はすぐに切り替え、一緒に居た藤代さんの方を見る。
「さあ、雅ちゃん、加奈子ちゃんに続けよ。すぐに中学生部門の始まりだ、着替えて準備運動に取り掛かってくれ。」
原田先生は藤代さんに指示を出す。
「はい。加奈子先輩。本当におめでとうございます。私もそれに続きます。絶対に。」
そういって、藤代さんは足早にホールを出た。
僕と、原田先生と加奈子先輩、そして、生徒会の面々も、ゆっくりな足取りだが、客席を立ち、ホールを後にする。
「君たちはゆっくり昼食の時としよう。まあ、私は雅ちゃんの中学生部門があるので、途中ぬけするが、応援に来てくれたんだ。優勝記念に、私がご馳走しよう。」
原田先生はそう言って、ホールに出て行く客足の流れに沿って、僕たちもホールを出た。
そこまではよかった。本当に、そこまでは‥‥。
「やあ。今回の優勝者は原田君のところの生徒だったか。」
ホールを出た、その瞬間。突然、僕たちに声がかかる。
見ると、グレーのスーツを着た白髪交じりの男性がロビーで、僕たちを待ち構えるかのように仁王立ちしていた。
「ああ。どうも、お世話になっております。」
原田先生は深々とその男性に頭を下げる。いつもの口調からは考えられない立ち振る舞いだった。
「改めて、優勝おめでとう。井野加奈子さん、だったかな。」
スーツ姿の男性は、そういって、加奈子先輩に頭を下げる。
「はい。ありがとうございます。」
加奈子先輩はそのスーツ姿の男性に頭を下げる。その表情は、明らかに初対面という表情。加奈子先輩は少し緊張している。
だが、次の瞬間。スーツ姿の男性は表情を真剣な表情に変えた。その真剣な表情で、僕を見た。
「そして。橋本輝君。本来であれば君に特別賞を渡すべきだったかな。」
その言葉に、僕の体の中に冷たい空気が一気に流れ込んだ。
背中と手が大きく震える僕が居た。
今回も、ご覧いただきありがとうございます。
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