21.選挙の結果、そして‥‥。
演説会終了後、投票用紙が配布される。
当然、僕は【井野加奈子】と投票用紙に記入する。
クラスのメンバーも、投票用紙に記入しているようだ。選挙管理委員が投票用紙を回収していった。
あとは開票作業を待つのみ。
一回目の投票。全体の過半数を取れれば、そのまま当選。
過半数に満たなければ、後日、決選投票となる。
長い放課後だった。
「開票はその日のうちにわかるよ。ドキドキするけれど見に行きましょう。」
瀬戸会長の提案で、その日の放課後は開票を待つことにした。
手ごたえとしては十分にあり得る話だった。
あとは運動部などの、結束が強い部活に所属している、他の候補者との組織票との戦いだが、候補者が何人かいるため、組織票は上手く分裂しているようだ。
それに運動部の一つバレーボール部は、瀬戸会長の推薦もあってか、加奈子先輩に流れる。
そういう意味では加奈子もすでに組織票は獲得している。
「どうでしょうか。」
僕は瀬戸会長や葉月先輩に聞いてみる。
「大丈夫だと思うよ。そしてすごくよかったもん。輝君のスピーチ。」
葉月先輩は笑顔で言う。
「そうね。あのスピーチで、1年生の票もこっちに来るはずよ。すごくよかったよ。」
瀬戸会長は言った。
「本当にありがとう。輝。おかげで私も緊張せずに出来た。助かったよ。」
加奈子はそう言いながら、バレエの発表会の後のような表情でやり遂げたような顔をしていた。
「それでも加奈子ちゃんは緊張しているね。これをやりながら待ちましょう。」
そういって、瀬戸会長はトランプを取り出す。
僕たちは瀬戸会長の持ってきたトランプをやりながら、この長い時間を待っていた。
結果は、明日になればわかる話で、別に明日の朝確認するのでもよかったのだが。
「明日の朝一で確認するのはなんかキツくない。」
と葉月が言う。
「そうね。当選できた場合は、まあいいとして、落選したら結構、嫌なテンションで明日一日を過ごすことになるのよ。それは橋本君と加奈子ちゃんが一番わかっているんじゃない?ピアノのコンクールとか、バレエのコンクールとか実際そうでしょ。」
瀬戸会長が的を射たかのように指摘する。
確かにそうだ。
コンクールで予選落ちして、その悔しさを抱えたまま、丸一日過ごすのは流石に、精神的にきつい。
コンクール終了後の、一日の夕方に結果を確認が出て、一晩眠って、次勝つために進む作業をやる。これの繰り返しだ。
僕は加奈子先輩の顔を見る。
瀬戸会長の指摘に、お互い深く頷く。
どうやら、ここに居る生徒会メンバーのメンタルのコントロールの仕方は同じなようだ。
そして、瀬戸会長のバレーボール部も、かなりの長距離遠征でなければ、負けた試合の後は現地解散して、お互いまっすぐ家に帰るという。
というより、勝った試合の後もそうしているのだという。
確かに、後日振り返りや反省をする方が客観的に見れてやりやすいのかもしれない。
瀬戸会長の方を見る。
―そうでしょ。―
というような顔をしている。
「でも、こうして過ごしていると、橋本君や加奈子ちゃんの気持ちが少しわかる気がするわ。」
瀬戸会長はトランプのカードを切りながら、笑顔を見せる。
「そうだね。私もわかる気がする。」
葉月先輩もそれに続く。
「試合だとすぐに結果が分かるけれど。こういう時は待つときの方が緊張するわね。」
瀬戸会長はそう言いながらカードを配る。
「まあ。なれますよ。」
僕はそう言いながら、配られたトランプのカードを見る。
そして、加奈子先輩の顔を見る。
加奈子先輩も頷いているようだ。
そうして、トランプのゲームをいくつかやっていると、時間はあっという間に過ぎて行った。
「そろそろよね。見に行きましょうか。」
瀬戸会長に言われて、僕たちは席を立つ。
廊下の掲示板。
そこには、張り出されたばかりの真新しい紙が張り出されていた。
そして、何か赤いものが一つ突き出ている。
その突き出た赤いものの正体はその紙の正面に来てみて判った。
それは、赤いバラを催した、造花だった。
その造花の横にこう記されていた。
『2年C組、井野加奈子、511票。』
花園学園の中等部を含めた全校生徒は八百五十人前後で毎年推移している。生徒会長選挙は、中等部、高等部も混合で行う。
したがって、過半数の目安はだいたい、四百二十から、四百五十票前後。四百五十票取れれば、確実に当選となる。候補者は、全員がそこを目標にしている。
ということは。
五百十一票ということで、一回目の投票で見事過半数以上を獲得し、加奈子先輩は生徒会長に当選したのだった。
「やったー!!」
葉月先輩が大きな声で言う。
「おめでとう、加奈子ちゃん!!」
瀬戸会長、つまりこの瞬間から、瀬戸“元”会長になった彼女はそういいながら笑っていた。
だが、温かく迎えてくれたのには変わりはないので、僕の中では瀬戸会長だ。
「あ、ありがとうございます。」
加奈子先輩は真面目で棒読みの状態の反応だったが、それもまた彼女の性格。
だが、表情はとても嬉しそうだ。
「ほら、輝君も何か。声をかけてよ。」
葉月先輩はそう言いながら、
「あ、あの、本当におめでとうございます。」
僕も棒読み状態だった。
「輝、本当にありがとう。」
加奈子先輩は僕の両手を強く握ってくれた。
喜びを噛みしめる僕たち。だが、意外にもすぐに現実に戻される時間がやってきた。
「おーい。君たち。」
振り返ると、僕の担任の佐藤恵子先生が立っている。
「騒がしいと思って見に来たが、今回の二人の主役の登場だな。一人は勿論、井野さん。そして、もう一人は、お前だ。橋本。」
佐藤先生は僕の肩をポンと叩く。
「スピーチ、本当によくやった。おそらく、お前のスピーチが良くて、一年生の多くが井野さんの票に流れたのだろうな。」
佐藤先生は頷く。
「水を差すようで悪いが、中間試験、頑張れよ。井野さんの部下として、恥ずかしくないように。そして、お前たちも、生徒会役員として恥ずかしくないような得点を取ってくれよ。井野さんの任期はその中間試験が終わってからだからな。はい。解散。」
そういって、佐藤先生は去っていった。
「そうね。中間試験よね。」
瀬戸会長は何やら、ズーンと来たような感じだった。
「私も‥‥。」
葉月先輩も何やら、気が重くなっていた。
「あっ!!」
加奈子先輩が口元を覆う。
「あらあら~。加奈子ちゃんは心配しなくていいのに。」
瀬戸会長がニヤニヤと笑うが。
「そ、そうじゃないです。その、ひ、輝っ!!」
加奈子先輩が僕の方を見る。
「は、はいっ。」
加奈子先輩が突然の驚いた表情をする物だから僕も驚く。
「あ、あのっ、本当にごめん。生徒会長選挙に、バレエコンクールで、私が輝を振り回しちゃったから‥‥。」
加奈子先輩の顔が赤くなる。
「どうしたんですか?」
「あの、輝の中間試験、成績が下の方だったらどうしようかなって、輝の勉強の時間。私が奪っちゃったかなって。」
加奈子先輩はドキドキしながら言った。
「なんだ、そんなことですか。それなら大丈夫ですよ。」
「そ、そんなことないよ。ねえ、勉強会しない?今からでも、私、教えてあげるから‥‥。」
と、言うことで、加奈子先輩の提案に乗り、翌日の生徒会の活動は皆で勉強会となった。
今いる生徒会室も、加奈子先輩が会長ということなので、そのままこの部屋を使えるということだ。
僕は、そこまでやらなくて大丈夫です。とやんわり断ったが、加奈子先輩がどうしても、ということなので、そうすることになった。
僕はある意味で緊張していた。
なぜならば、僕の場合、嫌な思い出にはなるが、今回の中間試験の範囲は前の高校でやっているからだ。
流石に、今回のテスト範囲、前の高校でやっていましたから、ということは言えない。
勉強会の中で、自然とこういう会話が出てしまうことが怖かった。
だから、本当は、僕は加奈子先輩の提案を断りたかった。
だけど、先輩の誘いを断るのも、さすがにちょっと、という面もあるので、結局は断れず、終始緊張した面持ちの中、勉強会に臨む僕が居た。
勉強会が始まるまで、不安な表情を浮かべる加奈子先輩の姿があった。
「わからないところとかはある?」
加奈子先輩が聞いてくる。表情はとても心配そうだ。
自分のせいで、勉強を犠牲にして、成績が下がったらと内心、震えているようだ。
「えーっと。どれどれ~。」
その様子を横で見ていた瀬戸会長。すかさず僕のノートを覗き込み。
「すごいじゃん。ほとんど合ってる!!少なくとも、当時の私よりいい感じよ。」
瀬戸会長は僕のノートを見て驚く。
その言葉に驚く葉月先輩と加奈子先輩。
「えっ?本当に?」
「だ、大丈夫なんですか?」
と、二人に言われ、試しに加奈子からの提案で、数学の問題集を解くことになった。
一問一問真剣に解いていき、僕と加奈子は勉強会といってもお互い無言の時を過ごしていたが、瀬戸会長と葉月がカバーする。
「その間に、他の教科のノートも覗いちゃおう!!」
葉月先輩はそう言って、机の上に積んであった、他の教科の僕のノートも覗く。
「あの、ちょっと!!」
僕は止めようとしたが、やはりもともと陰キャな僕。葉月先輩の方が少し早く。
「何これ。加奈子、これヤバいかもよ。」
葉月は驚くように加奈子を見る。
「えっ。えっ。やっぱり、私のせいで輝の成績‥‥。」
加奈子先輩は冷や汗気味の表情を浮かべる。
「逆だよ。逆。ほとんど合ってる。少なくともそう簡単に赤点にならないし、間違いなく上から数えた方が早い順位になるよ。もうひと踏ん張りすれば、学年トップだって行けるかも。」
そういいながら葉月先輩は驚いていた。
「本当だね。加奈子ちゃん、負けないようにしなきゃだね。そして、橋本君もね。」
瀬戸会長は笑いながら頷いている。
成績が学年トップの加奈子先輩は二人の言葉は本当にそうか疑ったが、僕が解き終わった数学の問題集の回答を確認すると、彼女の表情は安堵の表情になる。
加奈子はホッと一安心したかのようにため息をつき、僕に負けないようにと必死で勉強を続けるのだった。
本当に真面目な人だ。
成績優秀、バレエスタジオのプリンシパル。そして、生徒会長と、こうしてみると非の打ち所がない。
「すごい、次の問題もほとんど合ってる。私も、輝に負けたくない!!」
加奈子先輩はさらに気合が入る。
「いやいや。加奈子先輩の方が僕なんかよりもすごいですよ。それに僕は‥‥。」
まずい。一瞬言葉が詰まる。
とてもじゃないが、この範囲を一回やったことがあるとは言えないよな‥‥。いずれは明かさないといけないが、自分が前の高校を退学になってここにいることがバレたら一体どうなってしまうのだろうと、想像するだけで怖かった。
幸いにも、理事長、つまり葉月の父親の慎一は、生徒の個人情報は保護するものという理念のもと、僕の経緯は葉月に話していないことが本当にありがたかった。
「大丈夫?輝。」
加奈子がこちらに視線を向けてくる。
「大丈夫です。大丈夫です。そう、それに僕は、予習、欠かさずやってますから。」
僕は少し早口で答える。
「まあ、偉いね。」
「ほんと、見習わなきゃだなぁ~。私も輝君を。」
葉月先輩と瀬戸会長はうんうんと頷く。
まあ、部屋にこもってピアノと予習をしていることは事実だから、何とか誤魔化すことができた。
―本当にごめんなさい。どうしても、言いたくないです。皆さんを裏切りたくないー
僕の心の中でそう叫んでいた。
そうして、数日後。中間試験が始まった。
直前に生徒会メンバーと加奈子先輩でやった勉強会。
それに、思い出したくはないが、前の学校でやっていた内容と一緒だったため。手ごたえはあった。
生徒会の選挙、バレエの発表会。
確かにとても忙しくて、勉強に割ける時間がなかったのも事実だが、それでもベストを尽くした。
そして、テストが返却される。
担任の佐藤先生の教科は英語なので、英語のテストを返却するのだが。
「なんだ。水を差さなくてもよかったな。」
そういいながら、答案を渡してくれた。
満点ではなかったが、数問間違えたくらいの得点であった。
流石に、教科書範囲以外の演習問題も含まれており、そういったときの、長文読解時は知らない単語も出くわすときがあるので。数問間違えた原因はほぼそれに当たるのだが。
「まあ、ここは流石にできないさ。故に一年次の最初のテストの平均点は低く出る。次も同じような演習問題を出すから、勉強して慣れて行ってくれ。そうしていくうちに平均点は上がっていき、受験や模試に対応できるという仕組みだからな。」
佐藤先生はそう言いながら、テストの答え合わせと解説を行っていた。
そうして、他の教科の答案も返却される。
やはり一度やっているというところが功を奏したのか、数学と地理は満点で返却された。
それもあって、毎回の定期テストの度に、掲示板に上位十名が張り出されるのだが。その十名の中に僕が含まれていた。
「ハッシー、凄いじゃん。やっぱり東京の方の学校はきっとガチガチにやりこんでいたんだよね~」クラスメイトの結花はそう言いながら笑っていた。
「ま、まあね。」
もちろん、生徒会メンバーにも、僕の素性は話していないので。結花にも当然話していない。
僕は、少し照れながら、結花の話に笑っていた。
この日の放課後から、加奈子を生徒会長とする、新しい生徒会が始まる。
少しドキドキ、ワクワクしながら、僕はこの日の授業を終えて、生徒会室に向かったのだった。
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