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2.指揮者候補の指名の行方


 反町高校(そりまちこうこう)合唱部は次の指揮者候補について話し合いがもたれていた。


 「おそらく、安久尾だろうか。合唱部に入る前の中学時代のピアノコンクールの成績も、そして、現時点の学校の成績も優秀だ。」

 「そうだろうね。」

 「異議なし。」


 そういう声が、大半だった。

 次の指揮者候補は安久尾。この合唱部は、高校二年次から、各学年に一人、指揮者を選ぶのが伝統だ。

 そして、その指揮者は代々、先輩から指名され、ゆくゆくはその指揮者が部長になるのも伝統だった。

 一年次の夏のこの時期。文理選択と同時にこの話題が必須になる。


 「でも、本当に安久尾でいいのだろうか・・・。」

 「確かにな・・・。」

 一つ上の先輩たち、つまり指揮者に指名できる権利を持つ人も悩んでいた。

 安久尾であれば、昨年逃した、全国大会への切符を再びつかみ取ってくれるかもしれない。そう思っていたが、安久尾の素行の悪さが指名するかどうかを迷っていた。



 「当然、この俺に、指名が来るんだよ。未来の音楽家か、未来の大物政治家である、この僕と友達になったほうがお得だぜ!!」

 安久尾(あくお)五郎(ごろう)は、今日も部活の練習終わりに、自ら設定した合コンで、得意げに自己紹介をしていた。

 合コンといっても、高校生ということで、カラオケボックスでだ。

 そして、自慢の歌をことごとく披露して、参加してくれた女の子の心をつかむ。


 そうして、合コンが終了したとき。

 「みんな、今日は来てくれてありがとう。安久尾五郎をこれからもよろしくな。」

 とウィンクして、迎えに来てくれた使用人の高級車に乗って、彼の住んでいる、隣町へと帰路に就いた。

 合コンに参加した、女の子の目は当然ハート型に輝いていた。


 これが安久尾五郎の日課だった。

 音楽の技術はもちろん、カリスマ性があり、みんなを引っ張っていくスキルが飛びぬけて高い安久尾五郎。だが、そのチャラさと問題行動が、指揮者指名として決定するか否かを迷わせていた要因だった。


 彼の叔父、安久尾竜次は、この地域で知らないものはいない、隣町にある、安久尾建設の社長だ。そして、彼の父は隣町の小選挙区選出の国会議員、安久尾次郎で、今年から、外務副大臣を務める人物。


そして、反町高校があるこの地域。

ここの小選挙区で選出された国会議員も、超大物議員で現在、与党の幹事長を務める人物、反町太郎。そして、その幹事長の弟が、現在の反町高校の理事長。


そう、この町の名前は反町市。そして、安久尾建設のある隣町の名前は北反町市。

つまり、この地域は、安久尾と反町が実質的に権力を持った、超保守王国と呼ばれる場所だった。


 安久尾五郎は周りに敵なしの状況で育ったためか、自らの立場を鼻にかける性格になったのは言うまでもなかった。


 故に、この高校も安久尾の素行の悪さを金と権力でもみ消す事象が、入学して数か月にもかかわらず、いくつかすでに発生していた。


 だが、中学まではそれでよかったかもしれないが、ここは高校。

 地元でトップクラスの高校であるがゆえに、県内各地から色々な人が集まる。

 そう、つまり、安久尾と反町の小選挙区以外の地域、反町市や北反町市以外からも人は集まってくる。


 そういう人たちは安久尾のことをよく思っていない人も、一定数いる。

 安久尾が指揮者になれば、安久尾に賛成派と、反対派の二極化は必須だ。反対派の部員たちが辞めていく可能性も大いにあった。

 だから、合唱部の面々は、次の指揮者、そして、この合唱部の次の部長は、本当に安久尾でいいか、悩んでいたのだった。


 「待って、ピアノコンクールの成績と、勉強の成績が優秀な部員はもう一人いるよ。」

 一人の部員が口を開く。

 「「えっ?」」

 部員たちの表情に希望の表情に変わる。

 「誰?」

 「教えて、誰か。」

 部員たちは身を乗り出す。


 「えっと、橋本君。」

 「橋本・・・。あのおとなしい。陰キャのような感じの・・・。」

 「あの、橋本だよな。」

 部員たちは、橋本の名前を聞いた瞬間、希望の表情があったが、少し落胆した表情もあった。

 橋本輝は普段はおとなしい、真面目で、陰キャという感じの人物。

 とてもじゃないけど、リーダーシップを発揮できるとは言い難い。


 仮に指揮者に橋本輝が就任しても、安久尾にいろいろとケチをつけられ、埋もれて、退部してしまう可能性もある。

 指揮者兼部長の退部こそ合唱部の大問題だ。


 しかし。

 「うん。そう、去年は安久尾君が、ピアノコンクールで好成績を出したけど、一昨年は橋本君が好成績で、県大会突破は勿論、おまけに、全国で優勝までしたよ。安久尾君は全国で入賞は出来なかったんじゃないかな。」

 部員の一人は集まっている皆に説明した。

 説明した部員は中学時代もピアノと合唱の経験者。

 合唱部は、高校から音楽を始めた人が多く、高校入学まで楽譜すら読めなかった人も大多数いる。

 むしろ、合唱以外の吹奏楽やピアノ経験者も含めて、音楽経験者比率の方が、そう言った部員の比率よりも少ない。


 音楽の経験者の部員は橋本輝のピアノコンクールの実績を丁寧に説明したが。


 「う~ん。橋本に、もう少し、皆をまとめられる力があればなぁ~。」

 という結果になってしまい、今回の話し合いは結局保留になってしまった。


 「しかし、橋本君のこと、良い情報だったよ。安久尾君以外で、他にも、中学時代までに、音楽やリーダーシップを経験したことがあるなど、良い指揮者候補が居れば、次の話し合いまでにまとめておいてください。」

 と話し合いの進行役はそう言って、今回のミーティングを閉じたのだった。



 そうして、先輩部員たちは各々、ミーティングが行われていた会議室を出るが・・・。

 忘れてはならないのが、ここの高校の名前は反町高校。そして、この町の名前は反町市。

 二人の衆議院議員、反町太郎と、その反町の秘書を経験して衆議院議員になった、安久尾次郎が支配する、保守王国である。


 そして、当然、この高校の合唱部にも、安久尾が指揮者に賛成する部員も存在しており・・・。

 「ここでも橋本かよ・・・。」

 「まさか、五郎様が、橋本と一緒の高校になるなんて。」

 今回の話し合いの結果で非常に落ち込んでいる部員もいる。

 理由は、橋本輝が陰キャで指揮者の指名に踏み出せなかったことではなく、輝のせいで安久尾が指揮者に選ばれず、新たな可能性の結論に至ったことだった。


 「反町さんたちが、お詫びしてたよ。注意していたのはピアノコンクールの成績だけで、アイツの学力の成績はノーマークだったって。」

 「なるほどなあ。」

 国会議員の反町太郎や、安久尾次郎の権力を使えば、こういった、橋本輝を安久尾五郎と同じ高校にすることは出来なくしたのだが。

 彼らは、橋本輝は、安久尾五郎と違い、ピアノしか取り柄がなく、国語や数学などの主要教科の成績は悪い方だと思っていたようだ。


 「どうする?」

 彼らは少し考える。

 そして、すぐに結論は導かれる。


 「どうするも何も簡単だよ。」

 一呼吸おいて、ニコニコ笑いながらさらに続ける。

 「ピアノコンクールでも橋本を潰せたんだよ。今回の方が簡単さ。事情を話せば理事長も味方してくれると思うし。」

 「「「ああっ!!」」」

 納得した表情の、安久尾を慕う部員たち。


 「運がいいことに、もうすぐ、一学期の期末試験だ。」

 「そうだね。いろいろと面白くしますか。」

 彼らはニヤニヤと笑いながら帰路に就いたのだった。


 ここは、昔からの保守王国。そう、この場所は、“裏金”があれば不可能なことは無いのだった。

 そうして、数日の時が流れていった。



                  



 夏休み前、一学期の期末試験の最終日を迎えた。

 ここまで順調な僕。この科目さえ終われば、夏休みが待っている。

 そして、成績も、全科目でいい位置を狙える。


 僕は順調に問題を解き、全ての問題の解答を、解答用紙に記入した。


 キーンコーンカーンコーン。


 一学期期末試験の最後の科目の試験が終わる。

 僕はふうっ、とため息をつく。試験全日程終了。

 良い感じの手ごたえだ。


 と、その時だった。

 「橋本、一緒に理事長室に来い。」

 担任の先生が低い声で僕に向かって言った。


 担任の先生に連れられて、理事長室に向かった。

 扉をノックし、入室する。


 そこには、理事長、校長、教頭、学年主任という、この高校のそうそうたる面々。さらに何人かの保護者らしき人が理事長室のソファーに座っていた。


 「待っていたよ。橋本君。そこに座ってくれ。」

 僕は理事長に促されるまま、校長室のソファーに腰かける。


 「さて、いろいろ聞きたいが、先ずは、今回の期末試験、カンニングをしたそうじゃないか。」

 理事長の咄嗟の言葉に、僕の頭の中は真っ白になった。

 すぐに、頭の中にクエスチョンマークがつく。


 「いや、そんなことは・・・。どうやって、ですか。」

 僕は理事長に聞き返す。

 勿論、そんなことはしていない。


 「とぼけるなよ。これが証拠だ。」

 ここにあったのは、昨日実施された科目の僕と、安久尾の答案だった。

 「点数も一緒、間違い方も一緒。どうだね?」

 理事長に聞かれたが。そんなのは偶然でしか過ぎない。


 それは偶然だと思います。と言おうとしたが。


 「おまけに、今日の科目だって、机の中のテキストが開いたままだったと、証言している生徒がいるぞ!!」

 矢継ぎ早に理事長が続ける。

 僕に弁明する時間はなかった。

 いや、そのような時間は与えられなかった。


 「そして、そちらの方々だ。」

 理事長はそう言って、一緒にソファーに座っている保護者らしき人を指さす。


 「まずは、こちらの人が店長を務める書店で万引きをしたそうじゃないか。」

 理事長が案内した方向には、確かに保護者の一人が立っていた。

 そもそも、万引きもしていないし、この店長らしき人物には初めて会う。


 「いえ、そんなことは・・・。やってな・・・。」

 僕の口を遮るかのように、理事長に促された店長は言った。


 「万引きをした生徒は、確かに橋本輝と名乗りました。雰囲気も似ているので、間違いないかと・・・。」

 店長は僕と理事長に向かって言う。


 「貴様の悪行はこれだけではないのは知っている。そちらの方には娘さんがいらっしゃって、別の高校の生徒さんなのだが。」

 理事長は、母親らしき保護者を指さす。


 「先日、合コンを開いて、娘さんを無理やりホテルに連れ込んだということを聞いている。そして、これを見てみろ。」

 理事長は、その母親らしき人から何かを預かり僕に見せた。

 小さい長方形のプラスチックの物で、いくつか中心部分に線が入っている。


 「妊娠検査で陽性だ、貴様、事の重大さをわかっているのか?その生徒さんは今でも部屋に引きこもっているんだぞ!!」

 理事長は一気に激昂して僕に向かって言ったのだが。


 「ぼ、僕が、合コン・・・。そ、そんなこと。」

 いやいや、そんなことなんてしていない。そもそも、自分で言うのもあれなのだが、普段は陰キャの僕が合コンを主催するなんて。

 僕は首を振る。

 そして、理事長から、その女子生徒が通う高校の名前と、女子生徒の名前を口にしたが。

 

 ますます、僕には無縁だった。

 

 まず高校の名前だが、この辺でもっとも有名な、お嬢様が通う私立の女子校。

 そんな高校に僕の知り合いなんて、一人もいない。


 「娘も同じように、合コンの主催者は橋本輝と名乗りまして・・・。」

 母親はそう言って、理事長や先ほどの店長と同じように、僕が口を開く隙を与えられなかった。


 とにかく、僕はやっていないという態度を取ろうとしたが、この校長室にいる人々は、その態度がとぼけた態度だと思われ、さらに火に油を注ぐことになり。


 「貴様は今すぐ退学だ!!ここにいる人たちの意向で、警察に連絡はしないでやるし、お前のご両親からの、改めての謝罪は不要と言っている。それだけでも感謝するんだな。今すぐ荷物をまとめて、この高校から出て行きたまえ!!」

 理事長の言葉が覆ることもなく、僕はトボトボ理事長室を後にする。


 理事長、そして、担任に言われるがまま、荷物をまとめる僕。

 教室で、一人黙々と、その作業をしていると、トントンと足音がして、こちらに近づいている。


 「ハハハ。滑稽だぜ!!橋本!!」

 振り返ると、そこに立っていたのは、同じ合唱部員で、去年僕を抑えて、ピアノコンクールの上位の大会に駒を進めた、安久尾五郎だった。

 「その様子だと、カンニングとその他諸々の行為が理事長にバレて、退学を告げられたらしいじゃねーか。」

 安久尾は鼻を高くして笑っている。


 「悪いな。俺が合唱部の指揮者で部長なんだよ。ああ、それと、この地区のピアノコンクールの代表は未来永劫、俺なんだよ!!」

 安久尾はニヤリと笑いながら、僕の胸ぐらを掴んだ。

 「お前がこの高校に入学してきて目障りだったんだよ。優秀なエリートは俺だけで十分だ。だから俺がやったことも、父上と、理事長の兄、つまり与党の幹事長に相談して、金を渡してもみ消したのさ。そして、お前に矛先が向くようにな。」


 「あ、安久尾、ということは・・・。」

 今の言葉ですべてを理解した。


 「ああ、そうだよ!!橋本がすべてやりましたと嘘をつくように仕向けたのさ。と、言うわけで指揮者はもらった。気付いていないのか。お前がピアノコンクールで優勝したとき、その時から、父上に相談したんだよ。」

 安久尾は開き直った表情でにやにやと笑う。そして、さらに口元が緩くなり。

 「そうしたら、ハハハハッ。次年度のコンクール。お前異様に点数が低くて、地区大会敗退だったよな。それも、父上が審査員に金を渡していたからさ。その時から、お前が目障りで、ムカついていたんだよ!!」

 安久尾は高らかに笑う。あっさり安久尾の悪事を自ら話したのだが。


 もう遅かった。

 だって、僕はもう既に退学処分が下されていた。

 おそらく、この先のピアノコンクールも、今回の退学処分と、安久尾の影響で・・・。

 勝者は安久尾だった。



 「じゃあな。橋本。もう二度と俺の前に姿を現すな。陰キャのくせに、うぜぇんだよ。きめぇんだよ。」

 そういって、安久尾は手を放し、僕を投げる形で、床に突き落とす。

 そして、一発、二発と蹴りを入れられた。


 心身ともに、すべてが傷ついた。

 涙が出ていた。


 「チッ。」

 そう舌打ちを最後にしながら、安久尾は教室を出て行った。


 許せなかった。とても悔しかった。

 このあと、一体どうすればいいのだろう。


 僕は、立ち上がり、荷物をまとめる作業を続けて、高校を出て行った。


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