185.レンタカー
那覇空港を出ると、昼時となるので、空港のお店に入り、昼食を食べる僕たち。
先ずは、沖縄のソーキそばだろうか。
全員で、沖縄のソーキそばを注文し、運ばれてくるものを見て、美味しそうだと、ドキドキする僕たち。
「すごい、美味しそう。」
加奈子はニコニコ笑って、それを見ている。
「ああっ、結構ヘルシーな見た目なので、加奈子ちゃんにもいいんじゃないか?」
原田先生はうんうんと頷く。
薄い、独特な味のするスープに、麺と、焼き豚、生姜とネギがトッピングされている。
食べるとやっぱり美味しい。
「やっぱり、沖縄の物は沖縄で食べると美味いっすね。」
義信がうんうんと笑いながら、豪快に頬張る。
「うん。やっぱり、本場の味には敵わないな。この後食べるものもみんなそうなのかも、ウチの店でも頑張って再現したものもあったんだけど。」
そう言いながら、味わって食べるのは早織。
ホテルを運営する義信と、レストランを経営する、早織にこの事を言われたら、流石に全員納得だ。
沖縄の物は、沖縄で食べてこそ、美味いと。
二人のその言葉に、全員が頷いた。
そうして、昼食を食べ、空港の傍のレンタカーのお店へ向かう僕たち。
あらかじめ、予約をしていたので、すぐに手続きに入る。改めて、確認すると、一緒に行く人は、僕、葉月、加奈子、史奈、早織、結花、心音、風歌、マユ、雅、義信、原田先生、吉岡先生。
合計十三人の大所帯。レンタカーのお店の人も、入念に人数を確認する。おそらく、車の定員が大丈夫かどうかの確認だろう。
そうして、僕たちの元に、係員が誘導して持ってきてくれたのは、大きなワンボックスカー二台。
それぞれ八人乗りのワンボックスカー。
当然ではあるが、沖縄に何泊かするので、みんなそれぞれ、大きな荷物を持っている。というわけで、一台は八人全員が乗り、もう一台は五人が乗って、一番後ろの三列目の座席を倒し、そこを荷物用のトランクとして、使用することになった。
「さてと。車の配車の割り振りだが。イレギュラーがあってだな。」
原田先生はニヤニヤと笑って、僕の肩に手を乗せる。そのイレギュラーと言うと・・・・。
「少年。お前は、常に、瀬戸会長と一緒に車に乗ってもらう。五人が乗る、荷物用の車でな。」
原田先生はそう言って、僕の方を見る、そして、皆の方を見回す。
これには。
「えーっ。」
という声が一部漏れたが、その理由はすぐにわかった。なぜならば。
「まあ。まあ。落ち着けって、理由があるんだ。瀬戸会長さん。皆に見せて見な。」
原田先生の言葉に頷く史奈。
「ふふふっ、ごめんなさいね。でも、これで、良いかしら。」
ニヤニヤと笑いながら、財布からあるものを取り出す史奈。それを見た瞬間、一斉に皆は頷き、僕と常に一緒の車、しかも、人数の少ない荷物用の車に乗ることを了承してくれた。
「ジャーン!!」
史奈は得意げになって、一つのカードのようなものを皆に見せる。
そう。それは、運転免許証。紛れもなく、瀬戸史奈という名前が書かれ、史奈の写真が載せられた運転免許証だった。
史奈は高校を卒業し、大学生となる。免許の取得は、高校三年の年齢である、十八歳から可能。彼女もAO入試で、早前に大学合格が決まってから、免許を取得したのだった。しかも、自宅から通う、地元の大学なら、車はより必須になるだろう。
「そういう事だ。少年。隣か、真後ろに座って、応援してやってくれ。勿論、車は二台に対して、免許保持者が三人いるので、運転は交代でやるし、会長が運転する時は、一緒にサポートしてやるから。」
原田先生はうんうんと頷き、僕を見る。
「よろしくね。輝君。一緒に居ると、心強いかも。」
史奈は僕の目を見てニコニコと笑う。
「はい。わかりました。よろしくお願いします。」
僕はそう言って、史奈と一緒に車に乗ることを承諾したのだった。
そうして、史奈は、原田先生に免許証を渡し、原田先生と吉岡先生は、史奈の免許証を合わせて、レンタカーの受付に提出した。
諸々の手続きを終え、荷物を積みこみ、車に乗り込む僕たち。
「早速だが、運転してみよう。」
原田先生は史奈にそう声をかけ、早速、史奈が車を運転することになった。
「少年。助手席に乗って、左側を常に見てやれ。私は、後ろに乗って、右側と、後方を見るから。」
原田先生はそう言って、僕に指示を出す。僕はその指示に頷き、車に乗る。
いよいよ、車に初心者マークを付け、史奈が運転席に乗り込み、エンジンを始動し、出発である。
他のメンバーは公平にジャンケンとなり、僕の車には、史奈と僕、そして、原田先生の他に、葉月と結花が乗り込んでいるが、一緒に史奈の運転を見守ることになった。
史奈はサイドブレーキを外し、車を発進させる。
左側を常に確認し、誰も来ないことを史奈に伝えて、車はゆっくりとレンタカーのお店の駐車場をあとにする。
「一緒に人通りを確認してあげてな。」
原田先生の指示に僕は頷く。
最初の目的地は那覇空港から南に行き、ひめゆりの塔へ。
「さてと、最初に平和学習をしましょうね。」
史奈はそう皆に問いかけ、僕たちは頷く。
「まあ、本当は首里城を最初の目的地としたかったんですが、調べると、修繕をやっているそうなので、見られる場所が限られてくるかなと思い、最後に寄れたら寄るという感じにしました。」
僕が皆にそう話すと、皆はうんうんと頷き、笑っていた。
史奈はそう言って笑うと、一気に表情が硬くなってしまう。
やはり、車の運転は緊張するのだろう。ましてや大きなワンボックスカーなら特にそうだ。
しかしながら、順調にアクセルを入れて、加速を開始していく史奈。上手く、走れているようだ。
史奈の運転ということもあり、事前にスマホの地図アプリで、ナビを確認していた僕。
ひめゆりの資料館や摩文仁の丘、そう言った平和学習ができる場所までは、海側の広い道をまっすぐ行けばたどり着けるようで安心する。
「大丈夫だよ。道なりに行けば、たどり着けるから」
僕は史奈にそう言うと、史奈はどこか安心したように頷く。
「ありがとう。」
とつぶやく史奈。やはり緊張しているようだ。
ある意味で、最初の目的地を、ひめゆりの資料館にして正解だった。道なりにまっすぐ行けば着きそうだし内心、ホッとしているような史奈の顔が見られた。
「無理するなよ。微妙だと思ったら、無理に行かないで、ブレーキで止まれよ。」
原田先生は史奈にそう伝える。
史奈は頷き、ハンドルを集中して持っている。
ドキドキしながらも、少しゆっくり走る史奈。史奈は一言もしゃべらずに、運転に集中している。
遥か前方ではあるが、歩行者の信号が点滅し、赤になることを確認する。
「歩行者用の信号が、赤ですね。前方。」
僕は史奈にそう伝えると。
「うん。ありがとう。」
アクセルペダルを放し、前方の信号が黄色に変わったのを確認して、ブレーキを踏む史奈。
「ふうっ、ありがとう。助かった。大きな車だから、余計に集中しちゃって、お話しできないわね。」
史奈はそう言うと、僕たちも頷く。
「でも、会長、すごく様になってますよ。」
結花がニコニコ笑う。
「はい。なんだか、いつもよりも、頼もしく見えてすごいです。」
葉月がうんうんと頷く。
「あら~。ありがとう。」
史奈はニコニコと笑って、少し安心した顔になる。
そうして、再び、信号が青になり、沈黙が流れる車内。
「前を見ているだけで良いからな、後ろにはヨッシーの車が付いてきてくれているから。」
原田先生は後方を確認しながら、後ろに吉岡先生の車が付いてきていることを確認する。
史奈は安心したように頷き、車を進める。
「大きな車の感覚に慣れて行けよ。少年のいう通り、まっすぐ行けば、最初の目的地にたどり着くからな。そして、この後はしばらく、信号もなさそうだから。」
原田先生の言葉に史奈は少し安心するが、油断することなく、史奈はハンドルを持ち続ける。
しばらく進んでいくと海沿いの道、ということもあり、沖縄の海が顔を出す。
しかし、海が見えても、無言の車内。北関東の海が無い地域から来たということもあり、少しは興奮しそうなのだが、全員で史奈の運転を釘付けで見ている車内。
後方が映し出されているミラー、というより、この車は大きな車なので、備え付けのモニターなのだが、そのモニターには吉岡先生の運転する車が映し出されているのだが。
吉岡先生の車では、海が横に見える度に、ニコニコと笑っている様子が確認できる。
後ろの吉岡先生の車の車内の様子に最初に気付いたのは原田先生。
「ほら、海も応援してるぞ。まあ、前方を見てもらわないとだがな。」
原田先生は笑顔で言うが。
「そう、ですね。」
「そう、だね。」
僕と史奈はただただ、前を見て、危険がないか、一緒に確認していた。
「海、綺麗ですね。会長。」
「はい。頑張りましょう、折角沖縄に来たのですから、海沿いの大きな道を楽しく走りましょう。」
葉月と結花も史奈を励ますように声を掛けていた。
「そうね。ありがとう。」
史奈はそう言って、アクセルを踏んで、車を走り続けさせた。
そうして、車は沖縄本島の南部、糸満市を抜け、沖縄本島の南の方へ。こちらの方になると、やはり田畑が目立つようになる。そして、道路沿いには南国の木が植えられていて、まさに沖縄という感じがする。
そこからさらに進むと、最初の目的地、ひめゆりの塔、そして、ひめゆりの平和記念資料館が見えてくる。
ウィンカーを出し、駐車場に入る史奈。
ここから難しい、駐車という動作が待っている。
「左側に止めようか。少年、左側見てて。間隔は取れているか、そして、人が来ないかの二つだな。間隔は、そうだな、人が二人くらい入れるくらいかな。」
原田先生は僕にそう言うと、僕は頷き、左側を見て行く。そして、原田先生は駐車場の空きスペースを指さし、史奈に指示する。
空いている駐車場の脇に車を止める史奈。
後の車を運転していた、吉岡先生も、いったん停車して車を降りて、こちらに向かって来る。
「さあ、ハンドルを右に切って、車を振って。大きい車だから、少し注意して、前に出る感じで。」
原田先生の指示で、ハンドルを右に切り、車を振っていく史奈。
吉岡先生も、車を降りて、駐車の一部始終を見守る。
「よし、いいぞ。バックに切り替えて。」
原田先生の指示で、リバースに切り替え、車を後退させていく史奈。
「少年、窓を開けて、左側を見て。」
原田先生の指示で、僕は窓を開けて、顔を出す。
そうして、史奈にゴーサインを出す。
後方の車輪が駐車場の白線に乗っただろうか、このタイミングで、ハンドルを左側に切って行き、車をまっすぐにしていく。車が駐車場に対して真っ直ぐになったところで、一気に後退していく。史奈の車。
そうして、無事に駐車が完了した。
「すごい。」
「やったー!」
一緒に乗っていた葉月と結花は拍手をする。
僕も思わず、拍手を贈る。
「うん。良かったぞ。大きな車だったのに、よくやったな。」
原田先生はうんうんと頷き、史奈を褒めてくれた。
「ありがとう。なんだか、照れるわね。」
史奈は顔を赤くしながら、サイドブレーキを入れ、パーキングに切り替えて、エンジンを止めた。
「うん。その調子だな。最初だから褒めたが、これからはそんなに褒めないぞ。気分が高ぶって、自意識過剰にならないためにな。バレエだったらどんどん褒めるが、車の運転は危険と隣り合わせだからな。」
原田先生はうんうんと頷きながら史奈に言う。
「はい。ありがとうございます。」
史奈はそう言いながら、原田先生にお礼を言う。
「何はともあれ、沖縄観光、楽しもう。まあ、ここは、平和学習、いわゆる、修学旅行とかの一環かも知れないが。」
原田先生はそう言って、僕たちに車を降りるように言った。
車を降りて、吉岡先生の運転する車に乗っていたメンバーと合流。
「か、会長が運転していたんですよね。すごい、運転上手い。」
風歌が照れながら笑う。
「ありがとね。基本的には、右折とか、左折とかはあんまりなくて、まっすぐ道を進んでいくだけだったから、まあ、でも、レンタカーの大きさはこれでつかめたかな。」
史奈はニコニコ笑いながら言う。
「うん。やっぱり会長、高校を卒業して、大学生の道を着実に歩んでますね。嬉しいような、寂しいような。」
そう言って声をかけるのは、加奈子。しかし。
「ありがとう。加奈子ちゃん。まあ、私は、毎回、生徒会には顔を出すけどね。」
史奈はニコニコと笑っている。
「やっぱりそうですよね。」
加奈子はどこか安心したような顔をした。
「私も、頑張らないと。輝も、頑張ろうね。」
加奈子はそう言って、僕に声をかける。
僕も大きく頷く。
「うん。史奈、どんどん出来ることが増えてって、すごいなと思った。」
僕はそう加奈子に話す。加奈子も、うんうんと笑っている。
他のメンバーも、後ろの車から見てました、運転が上手かったなどなど、声をかけながら、ひめゆりの塔へと向かう。
一歩一歩その場所へ近づく度に、重苦しくなる雰囲気。
沖縄。明るいイメージがあるが、ここは戦時中、唯一、地上戦が行われた場所。当然だが、犠牲者も多く、戦後も復興にはしばらく時間がかかり、アメリカの占領下にも置かれた、そんな場所。
ひめゆりの塔、その傍で、黙祷をして、その後、僕たちは資料館へ。
色々と戦争に関連するものが置かれているのだが、中でも目を引くのが、写真だろうか。
犠牲になった人の写真、これから、戦地へ向かう集合写真が置かれている。
息をのむ光景。重苦しさが伝わってくる。
「私たちと、そんなに、年齢が変わらないよね。」
横に居たマユ、僕に話しかけてくる。
僕は大きく頷く。
「そう、だね。」
「うん。この時代に、ひかるんに出会えてよかった。幼馴染でよかった。」
マユはそう言いながら、僕に優しく言ってくる。
僕も頷き、マユ、そして、他のメンバーとともに、資料館の残りの展示を巡る。
マユのいう通り、本当に、仲間たちと出会えてよかったと思う。
先人たちに感謝せねばならない。自由に今の時代、青春が遅れることに、感謝しなければならない。そんな雰囲気を、この資料館に入った瞬間から、ひめゆりの塔を見た瞬間から、感じさせる場所であった。
資料館を出る僕たち。
「なんか、マユが、言ってくれたんですけど。皆と出会えてよかったです。」
僕は率直に、ここで見たことの感想を言った。
「そうね。一生懸命生きましょうね。」
史奈がうんうんと笑っている。
「私も頑張ります。皆さん、既に、一生懸命、なにかに取り組んでいる人達ですから。」
そういって、僕たち先輩にあこがれを抱く、雅。
その後は、再び、史奈の運転で、平和記念公園を目指し、そこで各々散策する。
史奈の運転も、少し慣れてきたようだ。
那覇空港を出て、昼食を食べた後の、初日の午後の時間。
僕たちはそれを平和学習に費やし、日も西の方に傾いてきた。
沖縄は、日本でいちばん南西にあるので、夕方、そして、夜になるのが少し遅め。
「そろそろ、行くぞ。」
原田先生の一言で、僕たちは、再び車に乗り込む。
西日を見ながら、先人たちに感謝しつつ、平和の祈りの場所をあとにするのだった。




