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183.懐かしい時間

 

「ありがとう。輝君。」

 葉月は、目の色をキラキラ輝かせて頭を下げた。とても嬉しそうに笑っていた。


 保育園や幼稚園の先生を目指したいことを僕に打ち明けてくれた葉月。その、目指したい学校の推薦入試、そして、その先の幼稚園の先生の実技試験対策で、ピアノを教えてくれとお願いした葉月。


 断る理由なんてない。僕は二つ返事で頷き、早速、葉月のピアノの特訓がスタートした。


「へへへっ、実は、幼稚園の先生用のピアノの楽譜を何冊か買ってきてるんだ。」

 葉月はそう言いながら、僕に楽譜を見せる。

 かなり分厚い楽譜が三冊ほど葉月の鞄から出てくる。


「重くなかった?」

 僕は葉月にそう言うと。


「へへへっ、ちょっとね。でも、輝君に教えてもらえると思うと、全然軽いかも♪」

 葉月は得意げに笑う。

「そして、YouTubeで聞きながら、予習もしたんだよ!!」

 エッヘン!!と葉月は拳で船の前に強く手を当てる。


「すごいね。それは楽しみ~。」

 と僕はニコニコ笑って葉月を、僕の部屋に備え付けられているキーボードの前に座らせる。


 楽譜の最初のページに記されている曲は、『おはよう』という、朝の挨拶をする歌だ。葉月の持っている三つの楽譜、三つの楽譜の曲の掲載構成は、少しずつ異なっているのだが、唯一、共通して、最初のページに記載されているのが、この、『おはよう』という曲だった。


「朝の挨拶、幼稚園児が覚える、基本だね。」

 僕はそう言うと。

「そうだね。だから、全部の楽譜の最初のページに載ってるんだね。」

 葉月はニコニコ笑う。そして。


「よーしっ、それじゃあ、朝の挨拶をしま~す。」

 幼稚園の先生の真似をして、ピアノの鍵盤に触れる。


 最初の音から次の音までの間隔が段々と長くなる、ぎこちない前奏をして。

「せ、ん、せい、お、は、よう、み、な、さん、お、は、よう、」

 葉月はぎこちないながらも歌っていく。


 そして、途中から。ピアノ伴奏を止めて、アカペラで歌う葉月。そして、歌い終わり。


「朝の挨拶をしましょう。先生、おはようございます。皆さん、おはようございます。」

 葉月はそう言って、頭を下げる。

「おはようございます。」

 僕も葉月の挨拶に声を揃えて言い、頭を深々と下げた。


「頑張った。でも、弾けなかったぁ~。どうしようぉ。」

 頭を上げた葉月は、少し悲しそうな、悔しそうな瞳で僕を見る。


「大丈夫。最初の音は合ってたし、途中までは、ぎこちなかったけど、ちゃんと聞こえてたから。」

 僕は、うんうんと頷き、葉月を慰める。


「輝君、優しいね。」

 葉月は少し涙目になる。


「えっと、これからどうしようかなぁ。とりあえず。やってみて良い?さっきと、同じこと。」

 僕はそう言って、葉月の方を見る。葉月は頷いて、ピアノの椅子を開けてくれた。


「さあ、皆、朝の挨拶をするよ!!」

 そう言って、僕はピアノを弾いていく。記載している楽譜よりも若干店舗を上げ、ノリノリで歌う幼稚園児を想定しながら、弾いていく。


「『先生、おはよう。皆さん、おはよう・・・・・・。』」

 葉月は僕のピアノに合わせて歌っていく。そうして、僕のピアノが弾き終わり。


「朝の挨拶をしましょう。先生、おはようございます。皆さん、おはようございます。」

 今度は僕が先生役となり、頭を下げる。

 葉月も一緒に頭を下げる。


 そして、頭を上げ終わると。


「すごい。輝君、楽譜を見て、一発で弾けちゃった。私なんか、二時間近く家で頑張って予習したのに。」

 葉月が羨ましそうに僕を見る。


「まあ、僕だって、最初は、葉月と同じようなもんだよ。」

 僕はそう言って、葉月に言う。


「それに何だか懐かしい。幼稚園で、この歌を歌って、挨拶をした。それこそ、マユと一緒に。」

 僕はそう言いながら、葉月に向かって言う。


「それでもすごいよね。私も、この歌、幼稚園で毎日歌ってたから、覚えてるけど。」

 葉月は少し、恥ずかしそうに言った。


「まあ、大丈夫だよ。少しずつ慣れて行けばいいから。」

 僕はそう言って、葉月を励ます。


「ありがとう。輝君。」

 葉月はそう言って、少し元気を取り戻した。


「とりあえず、他にも何か、練習した曲ないの?」

 僕が葉月に聞いてみる。


「じゃあ、『どんぐりころころ』で。」

 葉月がそう言って、『どんぐりころころ』のページを開く。そうして、再びぎこちなくピアノを弾いて、途中からは、ピアノを弾くのを止めて、全力で歌う、という動作を繰り返した。


 そうして。

「輝君。お手本お願い。」

 葉月が弾き終わったところで、再び僕が弾く。


 こちらは楽譜通りに、しかし幼稚園児が歌いやすいように、少し大きめに演奏をしていく。

 そうして、弾き終わる僕。


「やっぱりすごい。楽譜を初見で見て、一発で出来ちゃった。」

 葉月はやっぱりため息。しかし、性格が明るい葉月。負けないように、再びピアノに向き合う。

 だが、やっぱり途中から、ピアノを止めて、アカペラになるが、その止めるタイミングが少し伸びた。


「頑張ればいけるよ。というか、すごく頑張ってるじゃん。」

 僕はそう言いながら、ニコニコと笑っていた。


「ありがとう。輝君。何とか、頑張れそう。」

 そうして、午前中で終わった修了式の日。その後から、日が暮れるまで、葉月はピアノに向き合い、練習をした。

 そして。『どんぐりころころ』がぎこちないながらも、全て弾き終えることができた。


「やったじゃん。」

 僕は拍手を贈る。


「ありがとう。」

 葉月はやり遂げた顔をしている。


「しばらくは、『おはよう』と『どんぐりころころ』かな。他もやりたければその都度。」

 僕はそう言いながら、葉月の方を見る。葉月はうんうんと頷く。


 そして。


「ねえねえ。この楽譜の中で、輝君が好きなやつ弾いてよ。お手本でさあ。ああっ、でも、ちょっと難しそうな伴奏の曲を。」

 葉月はニコニコ笑ってリクエストする。


 僕は頷き、葉月からもらった楽譜を見る。こういった楽譜は大体、最後のページの方に難しそうな曲が載っている。

 先ずは・・・・。


「有名な、『アンパンマン』の歌にしようか。」

 僕はそう言いながら、『アンパンマン』のオープニングの楽譜のページを開く。


 そして、僕はピアノを弾き始める。葉月も一緒に歌っている。


 『アンパンマン』の歌が弾き終わると、葉月は大きく拍手をする。


「やっぱりすごいね。他には何かない?」

 そんなことを聞いてくる葉月。


「えっと、他には・・・・。」

 楽譜の最後の方のページから、パラパラとめくっていく僕。

 そして。『ハッピーチルドレン』というタイトルが書かれた曲のページで目を止める。


「へえ。この曲弾けるの?」

 葉月が僕に聞いてくる。


「うん。まあ、楽譜は初めて見るけど、すごく懐かしい。大好きだった曲の一つ。明るいメロディーでさ。最初、アカペラで、一緒に歌うから、葉月も一緒に歌ってくれたりする?」

 僕はそう言って葉月の方を見る。葉月はうんうんと頷く。


「じゃあ行くよ。歌はこうで。」

 葉月に歌詞が書かれている部分を見せながら歌う僕。


「『それは不思議な魔法の力・・・・。』」

 そうして、葉月と一緒にアカペラで歌う。一通り歌い終わって、伴奏付きでやれそうだなと思った僕。


「じゃあ、行くよ。」

 僕の言葉に葉月は頷く。


 前奏を弾き始め、アップテンポで曲を進める。葉月は自然と手拍子をしていく。


 楽しい、懐かしい時間。子供の頃に歌った記憶。そんな時間を葉月とともに過ごす。


 そうして、『ハッピーチルドレン』の曲が弾き終わる。

 葉月の方を僕は見ると、葉月はうんうんと頷き、どこか遠くを見るように言った。


「この楽譜、輝君は無双できちゃうね。全部、楽譜を見せれば弾けちゃうんだから。」

 葉月は遠くを見ながら、どこか嬉しそうに笑っていた。


「ありがとう。僕も楽しかった。また、レッスンしよう。何度でも。」

 僕は葉月に向かって言う。


「ありがとう。輝君、私、頑張るね。」

 葉月はそう言って、笑っていた。


 懐かしい子供の頃の時間を共有した僕と葉月、その後は、お互いに抱きしめ、キスを交わし、お互いにベッドに横になる僕と葉月の姿があった。

 何か、小さかった頃の記憶を共有するかのように。そんな時間を過ごしていた。





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