182.葉月の進路
オーケストラの指揮練習、そして、バレエ団のピアノサポートもしながら、三月も順調に過ぎていき、ついに、修了式、つまり、高校一年での最後の登校日を迎えた。
改めて、この一年を振り返ると、人生の半分以上の月日だったような、そんな密度の濃い一年過ごしたんだなぁと、しみじみ思った。
クラス毎に割り当てられた、大掃除を済ませ、最後のクラスのホームルームが終わる。
最後に成績表が配られるのだが、成績に関しては、常に上位の掲示板に入っているため、自慢じゃないが、とても良かった。
「本当によく頑張ったな。橋本。来年も頑張れ。このまま、生徒会役員を続けて、井野さんのバレエのピアノスタッフを続けていれば、指定校推薦でいける上位の大学はほぼ確実だからな。好きな所に行けるぞっ。まあ、でも、お前なら受験も対応できそうだな。」
一年間、担任をしてくれた佐藤先生はうんうんと笑って、成績表を僕に笑顔で渡してくれた。
そうして、一年の終わりは、大きな拍手で締めくくり、このクラスの最後のホームルームを終えるのだった。
僕と、結花、そして、早織の三人はその足で生徒会室へ。
葉月、加奈子、結花、そして、義信が僕たちを出迎えてくれる。
「みんな一年間、お疲れ様。一年前のことを思い出してもらえればわかると思うけど、来年度は、すぐに生徒会長の選挙があるので、私たちの任期、残り少ししかないけれど、先代の瀬戸会長のように、次の生徒会長になったとしても、私と葉月は、すぐに引退はせず、可能な限りで生徒会役員は続けるから、来年度もよろしくね。」
加奈子がニコニコしながら挨拶をする。
「「はいっ。」」
僕たちが声を揃えて、加奈子の言葉に返事をする。
「みんな本当に、この一年、成長したよね。来年も頑張ってね。」
葉月がどこか遠くを見つめるような感じで挨拶をする。
そうして、最後は一年生の僕たちが一人一人挨拶をして、本年度の生徒会の活動は終了した。
春休みは生徒会の活動は無く、新しく学校が始まる新学期からの活動になる。
コンクールや演奏会の直前でもないので、春休みは、通信教育で予習をしつつ、少しのんびりできそうと踏んでいる。
少しゆっくりさせてもらおうかな。と思っていると。
「ねえ。輝君、突然なんだけど、この後時間あるかな?」
葉月から声を掛けられる。
僕はうんうんと頷き、高校一年生の最後の登校日は、葉月と一緒に下校することにした。
僕の自宅で相談したいということなので、そのまま僕の家でもある、伯父の農家の離屋へ。
「ふうっ、ここに来ると、いつも気持ちが穏やかになるんだ。輝君と一緒だからかな。」
葉月は少し落ち着いた顔をする。何だろうか、今日の葉月は元気がなく、少し寂しさを覚える表情をしている。
「なんか、元気ないみたいだけど、大丈夫?葉月。」
僕は葉月の方を見ている。
「今日の挨拶、覚えてる?私が言ったこと。本当にみんな成長したよね。この一年。それは生徒会活動だけでなく。他の所でも。」
葉月は遠くを見つめるように続ける。
「輝君は勿論ピアノ。一度、いじめられて、挫折しかけたけど、もう一度、コンクールに出られて入賞までして。それは、コーラス部の心音や風歌も同じ。音楽の分野でものすごく頑張ってる。」
僕は頷く。
「早織ちゃんに至っては、キングオブパスタで本当にものすごく頑張ってた。義信君だって、普段はああいう感じだけど、ホテルのバイトでは見違えてた。結花だってコミュニケーション能力はますます上がって行く。瀬戸会長も大学合格が決まって生き生きしている。勿論、加奈子は、バレエ。白鳥の湖をやるって聞いてる。一人二役、性格の異なる相手を演じる難しい役、そして、ローザンヌに出ようとしている。そして、マユちゃんも、陸上部でメキメキと腕を上げて。」
葉月は遠くを見つめながら言った。
「そして、私は、何だろう。私だけ、置いて行かれる感じがしているの。とても怖くて。今まで、中途半端にあきらめてたからかな。でも、私も、来月から高校三年生。いよいよ、進路を決めて、頑張らないといけない時期。誰かをサポートする仕事、そんな仕事を漠然と思い描いていた。でも、具体的にこの仕事がやりたいと思ってなかった。そんな中でね。輝君が助けてくれた。お姉ちゃんと、赤ちゃんを見ていた。甥っ子の、光輝君を見ていた。光輝君の可能性は無限大だなって。輝君みたいなピアニストになるのか、早織ちゃんみたいな料理人になるのか、加奈子みたいに、勉強をものすごく頑張る子になるのか。たくさんの人と出会った、私だから、やってみたい仕事が一つ浮かんだの。」
葉月は深呼吸して、僕に向かって言った。
「私、保育士、幼稚園の先生になりたい。子供たちの無限の可能性をサポートしたい。」
葉月は僕に向かって、大きな声で宣言した。
幼稚園の先生。確かに葉月に向いていると思う。性格が明るくて、サポート好きな葉月。ピッタリだと思う。
「幸いにも、この高校は、幼稚園の先生や保育士を目指せる、大学や専門学校の指定校推薦が結構あって、そして、輝君や加奈子ほどではないけれど、私の成績なら、一般推薦も狙えるの。だから、そこを目指してみたい。狙ってみたい。これが私の進路。目指したいものなんだ。」
葉月は笑っていた。どこか、目標へ向かって行こうとする力を感じた。
「いいんじゃない。幼稚園の先生、すごく似合ってると思う。」
僕は葉月にそう声をかける。
「ありがとう。でもね。」
葉月はそう言いながらも不安そうな表情を浮かべる。
「どうした?何かあった?」
僕は葉月の方を見る。
「そういう学校の推薦入試は、大体、入試日に試験があるの。しかも、小論文とかではなくて、保育士や幼稚園の先生の試験を想定した、実技試験。学校からしたら、きっと、保育士の採用試験を受かりそうな人を取りたいんだと思うんだ。そして、学校で学んでも、幼稚園の先生になるための資格試験があるの。勿論、それは筆記もあるけど、実技試験もあるし、大きなウェイトを占めるんだ。」
葉月はそう言って、僕に説明する。僕も大きく頷いて、葉月の話を聞いている。
「その実技試験の一つに、ピアノの試験があるんだ。幼稚園で歌う歌、童謡とか、よく知られているアニメの歌それをピアノ伴奏する試験。幼稚園に先生になるには、ある意味で避けては通れない道なんだよね。」
なるほど、ピアノの実技試験か。と、言うことは、葉月の進路を僕に相談して来た理由は一つ。
断る理由なんて無かった。僕は深呼吸して、葉月の言葉を待った。
そして、葉月も深呼吸して。大きな声で言った。
「輝君、私にピアノを教えてください!!」
想定通りの葉月の言葉、葉月の相談。そして、葉月の願い。
僕は身体を大きく開いて、首を縦に振った。そして、念のために聞く。
「僕で本当に良いの?」と。
「うん。輝君がいちばん良い!!」
元気のいい葉月の返事。
「もちろんいいよ!!」
断る理由なんてない。
葉月のキラキラした瞳の色を、僕はずっと見ていたのだから。
 




