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181.指揮台に上がる

 

「そしたら、早速、やってみよう。」

 茂木先生の言葉に僕は頷き、楽団の最前列、その中央に向かう。

 そう、指揮台に上がる僕。


 楽団の皆は拍手で迎えてくれた。


 改めて、指揮台に上がると、オーケストラの団員全員の顔が見えるので、ものすごく緊張してしまう。


「あの、よろしくお願いします。」

 僕は深々と頭を下げた。楽団の皆さんも僕のことを知ってくれているようで、ニコニコと笑ってこちらを見ていてくれる。


「さてと、君ほどの実力があるピアニストなので、オーケストラの説明は不要かもしれないが、復習のために、説明しておくね。反復は良いことだからさ。」

 茂木先生は説明する。


「君から見て、前列の左側に、オーケストラの花形ともいえるヴァイオリン。いちばん人数が多く、ここの楽団も例外なく、いちばん人数が多いパート。ファーストヴァイオリンの人手を挙げていただいても。」

 茂木先生の指示で、ファーストヴァイオリン、つまり、第一ヴァイオリンの人が手を挙げる。


「そして、セカンドヴァイオリンの人、続けて手を挙げていただいて。」

 セカンドヴァイオリン、いわゆる、第二ヴァイオリンの人が手を挙げる。


「うん。ファーストと、セカンドの境目はそこだね。覚えておいてね。」

 茂木先生の言葉に僕は頷く。先生が指さした方向を見て、覚える僕。


「そして、向かって右側が、ヴィオラ。ヴァイオリンと似ているが、大きさが違うヤツだな。ここでも実際に見て見よう。」

 茂木先生が、ヴァイオリン、ヴィオラの奏者、各一人に声をかけ、こちらに楽器を持ってくるように指示をする。


「おおっ。」

 と僕は声を出す。

「おっ、どうした?君ならしていると思ったが、初めて見る顔だな。」

 茂木先生は僕の目を見て言う。


「はい。勿論、ヴァイオリンとヴィオラの違いは知ってますし、見たことがあります。だけど、オーケストラで、こうやって比べるのを見たことあると言っても、ホールの後方の席だったり、音楽の授業とかでも映像とか、遠目でしか見たことが無くて、こうして、近くで見るとこんなに違うんだなと、改めて思いまして。」

 僕は茂木先生に正直に伝える。


「そうでしょう。近くで見ると、やっぱり違うよね。」

 茂木先生はうんうんと頷いた。

 僕は、違いを見せていただいた奏者の方にお礼を言って、茂木先生はさらに説明を続ける。


「弦楽器の中央寄りの右側に、座って、肩に乗せて、足に挟んで演奏するチェロ。そして、基本は立って、演奏することが多い、コントラバスが、ステージ前方右端にいるよ。」

 茂木先生はチェロとコントラバスの奏者たちを指さしていく。

 続いて、雛壇を一段上がって、木管楽器の紹介をする茂木先生。


「木管楽器。ウッドウィンド。フルート、ピッコロ。」

 これもそれぞれの奏者が手を挙げて、楽器を僕に見せてくれる。横笛二つ。フルートが大きい方で、ピッコロが小さい方の横笛である。


「木管楽器の縦笛。オーボエ、クラリネット。そして、いちばん大きくて低い音を出す、ファゴット、バスーンとも言うよね。」

 茂木先生はうんうんと笑って説明を続ける。


「雛壇を一段上がって、金管楽器。ご存じトランペット。」

 トランペットの奏者を指さす。ピカピカに輝くトランペットを持った人がこちらに向かって手を振っていた。


「伸ばしたらいちばん長い楽器であろう、ホルン。そして、トロンボーン。さらには、チューバ。チューバもかなり大きくて、十キログラム以上はあるんだ。そして、雛壇の一番上には打楽器。ティンパニや大太鼓、など、使う楽器が置いてあるよ。」

 茂木先生はニコニコと笑って、金管楽器の紹介と、使う打楽器が置いてある場所を指さしていた。

 僕はそれぞれの奏者の方に軽く一礼をする。


「ああ。ごめん、忘れてたね。弦楽器で紹介すればよかった。ヴァイオリンの後方、ステージフロアの一番端には、大きな竪琴、ハープがあるよ。白鳥の湖の情景、有名な所で使うよね。」

 茂木先生はうんうんと頷き、ハープの奏者と目を合わせる。

 僕も同時に会釈をする。これで、楽器の紹介は一通り終わった感じがする。


「そして、知ってると思うけど、ヴァイオリンの最前列、いちばん指揮者から近いポジションにいて、ステージのほぼ中央に座っている人のことを、コンサートマスター、この楽団のリーダーであり、このクリスマスコンサートのオーケストラをまとめてくれる人のことを言います。それでは、コンサートマスターの【田中(たなか)】さんです。」

 茂木先生から、コンサートマスターの田中さんを紹介される。眼鏡をかけ、実直そうな、身長が僕より少し高い男性の人が僕に向かって歩み寄る。


「コンサートマスターの田中です。よろしくお願いします。君のピアノも実は聞いたことがあります。本当に素晴らしいピアノでした。君さえよければ、今度は指揮者だけでなく、ピアノ協奏曲でも一緒に演奏できると嬉しいな。よろしく。」

 田中さんはそう言って、僕に握手を求めて来た。

「よろしくお願いします。」

 僕は田中さんの手をギュッと握って、握手を交わした。


「さあ。これで、一通りの準備が整ったかな。早速、最初の練習をしてみよう。『白鳥の湖』、橋本君もオーケストラのヴァージョンを聞いたことがある、『ワルツ』と『情景』から。」

 茂木先生の一言で、団員の皆さんは一気に演奏家の真剣な、表情に変わる。


「さあ。橋本君も実際にやってみよう。これが、楽譜ね。」

 そういって、茂木先生は白鳥の湖のオーケストラ、全てのパートが書かれていた、総譜を渡してくれた。


「よろしくお願いします。『ワルツ』から行きます。」

 僕はそう言って、楽譜を開き、両手を挙げる。


「ピチカート、最初、歯切れ良く。スタートします。」

 弦楽器の奏者の人達にそう声をかけ、軽く手を下ろす。演奏が始まる。


 導入部分のピチカートを終えると、すぐに、弦楽器の奏者の人達は弓を持ってゆったりとした演奏に切り替える。

 僕もそこから、一拍目に腕を重く振って、そこから三つ数えて、また一拍目に腕を重く振る動きに切り替える。


 主題がこうして始まっていく。今の所は大丈夫なようだし、僕も順調に主題が始まり少し安心する。

 加奈子と出会う前から、YouTubeやCDで何度も聞いていた箇所がオーケストラで流れてきている。しかも、僕の指揮で。

 緊張はしているが少しホッとしている僕が居た。


 一つ目の主題部分は二回繰り返される。二回目はフルートが入ってくる。入るタイミングを合図していく。ここも順調で何とかこのままいきそうかなと思ったが。


 やはりオーケストラ。せいぜい指揮を振ったのは合唱くらいしかない僕にとって、いくつものパートが折り重なった音楽を指揮するのはやはり難しかった。


 タイミングが少し合わないかなという箇所、ああっ、ここは合図を出すべきだったという箇所。

 そんな箇所が、曲が進むにつれて、少しずつ、増えていく。


 しかし、強弱の緩急は最後までしっかり出していこうと思い、気を抜かず振っていく。

 指の先まで集中する。やはり、大量の汗が染み出てくる。

 どうやら、指揮者の場合は、フォルテの強く大きな部分を振る箇所より、ピアノの弱く小さくなる場所の方が、繊細さを求められているため、集中して指揮を振らなければならない。

 そのため、かなりの体力も使う。


 そんなことを感じながら、ようやく、『ワルツ』を最後まで通しで、指揮を振った。


「うん。なかなか良かったよ。初めてということもあり、汗だくだね。」

 茂木先生はニコニコと笑う。


「はい。やっぱり、いくつものパートが複雑に折り重なるオーケストラだと、いろんなところに集中して行かないとなので。」

 僕は茂木先生に正直に応えた。


「そうだね。そこは、指揮者の宿命なので、徐々に慣れて行ってね。まあでも、初めてにしては上手くできたと思うよ。」

 茂木先生の言葉に楽団の皆さんも拍手をする。僕は一礼する。


「うん。指揮者の才能もかなりあると思う。後は、精度を上げてって練習していけば。上手くなれるよ。」

 コンサートマスターの田中さんがそう言って、親指を立てて笑っていた。


「ありがとうございます。」

 僕は田中さんにお礼を言う。正直に言って、お世辞でも本当に嬉しかった。

 なぜならば、達成感がかなりあった。一曲ではあったが、オーケストラの皆さんをまとめられたのだから。


「さてと。次は少し、体力を温存しながら振って行こうか。確かに、オーケストラだけのコンサートであれば、さっきみたいな輝君の振り方が必要なんだけど。今回は、バレエの発表会だ。お客さんの大半は、輝君の指揮ではなく、井野さんの、加奈子さんのバレエを見に来ているから、そっちを引き立たせる感じで、少し温存しながら振っても大丈夫。だけど、その分、舞台を円滑に進めるということも忘れないで。楽団だけでなく、ステージ上のバレエの人達も見てあげてね。」

 茂木先生の言葉に僕は頷く。


 そうして、一つ一つ確認しながら、練習を進めていくのだった。


 こうして、今日の練習、つまり、僕の初めてのオーケストラの指揮練習は終了した。

 次回の練習の日程を決めて、楽団の皆さんにお礼を言って練習場をあとにした僕。


 一緒に来てくれていた、加奈子、雅、そして、原田先生にもお礼を言った。


「すごく良かったぞ。少年。お前を指揮者にして、正解だった。」

 原田先生はニコニコと笑って、僕の背中をポンポンと叩いた。


「よろしくね、輝。私も頑張れそう。」

 加奈子はうんうんと、大きく頷き、希望の表情をしている。

 今年は、ローザンヌ、そして、クリスマスコンサートの白鳥と黒鳥を演じる加奈子。大好きなバレエをやれる楽しみがあるのだろう。


「素晴らしかったです。輝様。」

 雅は、案の定、僕を尊敬なまなざしで見ていた。


 そうして、雲雀川オペラシティをあとにした僕たち。その後は、再びバレエ教室に戻り、今日の復習をしながら、加奈子と雅の練習に付き合う僕の姿があった。



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