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１８．コンクール予選

今回もご覧いただきありがとうございます。

日間ランキングにも出てきており、本当に応援していただき、ありがとうございます。

　ゴールデンウィーク二日目。コンクール予選当日。

　加奈子先輩と一緒に、集合場所である、バレエ教室に来ていた。

「ヨッ。少年。お待たせ～。」

　原田先生はサングラスをかけてやってきた。普段もパワフルだが、サングラスをかけるともっと、荘厳な、姉御肌のバレエ講師になっていた。

　原田はサングラス越しに、僕をじっくり見る。

「ヨシッ。ヨシッ。コンディションは上々。昨日もよく眠れたという感じだな。」

　原田先生の言葉に僕は頷く。

「少し不安か？」

　先生は僕に聞いてくる。

「はい。久しぶりなものですから‥‥。」

　僕は正直に今の心境を言う。

「大丈夫だ。だから、一昨日、みんなの前で発表会をしたじゃないか。さあ、行くぞ！！」

　原田先生は僕と加奈子を車に案内する。

　白塗りの大きなワンボックスカーが止まっていた。

「すみません。乗せてもらっちゃって。」

　僕は原田先生に頭を下げる。

「いいの、いいの。気にしない気にしない。」

　原田先生が首を振る。

「そうだよ。私も先生にそうしてもらっているし。第一、教室に通う他の子も一緒に乗っていくから。」加奈子先輩が言う。

「そうさ、むしろこの町の出身ではなく、ホールの場所も知らないのならなおさらね～。」

　そうして、原田先生はワンボックスカーに案内してくれた。

　車の中にはすでに先客が何人か居て、藤代さんもそこに居た。

「すみません。一緒に同席させていただきます。」

　藤代さんは僕に丁寧に言った。

「悪いね。午後からは中学生部門だから、一緒に同席ということで、その分、帰りも遅くなってしまうのだけれど‥‥。」

　原田先生は僕に謝るが。

「あ、あの、気にしないでください。僕は大丈夫ですので。」

　僕は首を振った。

「そうかい。それならよかったよ。それじゃ。出発と行こうかな。」

　そう言って、原田先生は車を走らせた。

　車から見るこの町の風景。

　五月のゴールデンウィークといっても、今日は夏のような雰囲気。最近はいつもそうだ。

　やがて車は、森のような場所に到着する。

【雲雀川の森公園】と石でできた看板にかかれている。

　その公園の駐車場に原田先生はワンボックスカーを止めた。

　この公園は色々な文化施設が詰まったところであり、【雲雀川オペラシティ】と記載されている施設が目に留まった。

　ちなみにこの雲雀川というのは、この町を流れる川の名前で、このあたり一帯も雲雀川地区と呼ばれている。

　僕たちは、この、雲雀川オペラシティと呼ばれる、建物に、入っていく。

　いろいろな催し物ができるようで、ホールも四つ備えられており、本当に立派な建物だ。

「この町で一番大きなホールだからね。少年はここで待っていてくれ。」

　原田先生にそう言われて、促されたロビーの椅子に座る。

　その間に、加奈子先輩や藤代さんを含む、バレエスタジオの生徒一行は、受付を済ませる。

　原田先生が車に乗せてきた生徒全員分の受付が済むのを僕は遠巻きに見ている。

　さらに原田先生は、僕たちよりも、先に到着して、受付まで済ませている生徒や保護者に挨拶を済ませる。

　やがて、加奈子の受付の番になったのを遠目から確認できたのだが、急いで原田先生が駆け寄ってきた

「あ～。ごめんごめん。少年。ちょっと来てくれるか。」

　原田先生に促され、僕は受付へと向かう。

「おはようございます。伴奏者の方ですね。」

　受付のお姉さんは笑顔で声をかける。

「はい。橋本と申します。」

「よろしくお願いいたします。伴奏に使用するピアノですが、【ヤマハ】と【スタンウェイ】の二つがあります。どちらを使用しましょうか？いずれもグランドピアノです。」

　なるほど、そういうことか。

　さながら、ショパンコンクールや大きなコンクールみたいだな。ピアノが選べるとは。

　今回の場合だとどちらでも問題はないが、葉月の家で初めて加奈子にピアノを披露したのが【スタンウェイ】だったので。【スタンウェイ】にしよう。初めての時を思い出して。

「そしたら、【スタンウェイ】でお願いします。いいですか？」

　僕は加奈子と原田を見る。

「ああ。大丈夫だ。」

「もちろん。よろしくね。輝。」

　加奈子先輩と原田先生は大きく頷く。

「わかりました。そうしましたら。」

　受付の人は、ステージが書かれた図面を渡される。

　ステージ中央はバレエの演技をするため、当然何も設置されていない。

　そして、ピアノの位置は、それぞれ、ステージの上手、下手の端に設置されており、【スタンウェイ】のピアノは上手側にあるので、上手から入場、退場するように指示される。

「わからないことがありましたら、スタッフがいますので、申しつけください。」

　そういわれて、ステージの図面と、今日のプログラムが渡された。

「なるほどな。そういうことか。ごめんごめん。気付かなかくて。」

　原田先生はそう言いながら、僕をホールに促す。

「これから練習の時間が与えられる。ホールの大きさを確かめるためにな。よろしく頼むよ。」

　原田先生はそう言って、僕をホールの客席に促してくれた。

　久しぶりのホールだった。

　独特の雰囲気。僕も昔はここでピアノを弾いていた。本当に、久しぶりだ。

「じゃあ、みんな、着替えてくるから、ここで待っていてくれ。すぐ終わるからな。」

　僕は頷き、改めて独りになったところで深呼吸をする。

　すでに舞台上では、何人かの人が練習をして、ステージの大きさを確かめているようだった。

　その雰囲気をぼんやり見ている。

　僕の方も大丈夫なようだ。

　しばらくすると、原田先生と加奈子先輩が現れ、合流する。

　まだ舞台衣装ではなく、レオタード姿の加奈子がそこには居る。

　しかし、かなり時間が経っていたのだろう。準備運動もばっちりのようだ。

　スタッフが僕と加奈子の姿に気づき、名前が呼ばれたので、練習を開始する。

　設置されている、ピアノに案内され、ピアノを弾いていく。当然、いつものテンポで。

　久しぶりであったが緊張せずやることができた。

「ヨシッ。安定しているな。これなら本番も大丈夫そうだ。」

　原田先生はそう言いながら、僕たちの練習に太鼓判を押してくれた。

　練習を終え、スタッフに改めてホールの経路確認を丁寧に説明される。

　なるほど、ここでは僕もサポートする側の一人。本当にありがたい。

「さてと、私たちは再び、本番の衣装に着替えるけれど、少年はどうする？着替える必要は‥‥。なさそうだね。」

　僕は黒のスラックスに、白のシャツにネクタイをしていた。後は上着を羽織ればという形だ。

「そしたら、待っていてくれ。本番直前まで、別の練習室で、練習ができる環境だが、例年予選だと、かなり混んでいるので、練習はできないだろう。少年はここで待ってもらって、あとは本番という形になる。ということで、よろしくな。こっちから連絡するので、その時に控室に来てくれ。」

　原田にそう言われて、僕は頷く。

「輝。本当にありがとう。今日はよろしくね。」

　加奈子もそう言って、一旦、僕たちと別れた。

　僕はホールの外のロビーで、ジュースを買って待っていることにした。

　ホールにそのまま居てもよかったが、他の人の演技を見て、変に緊張したくなかったからだ。

　そうして待っていると、あっという間に開場時間になる。

　そして、加奈子先輩を応援すべく、葉月先輩と瀬戸会長がこのホールにやってきた。

　ロビーで座っていたので、僕の存在に気付いて、近づいてきた。

「あっ。輝君。お疲れ～。」

　葉月先輩は声をかける。

「ふふふっ。橋本君も衣装、とても似合っているね。」

　瀬戸会長はニコニコしながら近寄ってくる。

「ああ。こんにちは。」

　僕は立って、挨拶をする。

「加奈子は準備しているから、舞台袖か。」

「そうね。バレリーナは結構忙しかったりするよね。着替えとか。」

　二人は納得しながら頷く。

「そういう意味では輝君はこのままの格好で出るんだよね。」

　葉月先輩に聞かれたので、僕はそのまま頷く。

「そうよね。主役は加奈子ちゃんだものね。」

　瀬戸会長はうんうん。と頷く。

「輝君はここにいて大丈夫？」

　葉月先輩は僕に聞いてくるが。

「はい。時間になったら、呼びに来てくれるそうです。」

「そうなんだ。会場には入らないの？」

　葉月は再び聞いてくる。

「はい。変に緊張したくないので。特にコンクールは‥‥。他の人の演奏を見ると余計に。」

　現に、昔出場していたピアノコンクールも、会場からではなく、舞台袖や控室から見る、モニター越しからの演奏の方が緊張せずに済み、直前までそこに居ることが多かった気がする。

　それに先日の藤代さんの演技を見たこともあって、僕は出番まで、何も考えないようにしていた。

「そうよね。むしろ橋本君にとってはそっちの方がいいのかもね。」

　瀬戸会長は言った。

「それにしても、私たちの方をしきりにチラチラ見てくる人たちが、何人か居るんだけど、何かなぁ。」

　葉月は周りをきょろきょろしながら言う。

　その言葉に、ひょっとすると‥‥。とも思う。

　こちらへ向けてくる視線の多くは。

　―アイツって、ピアノの橋本、だよね？―

　ということなのだろうか。

　しかし、僕は首を振ってそれを一気に振り切った。

　そう、ここは県をまたいだ別の地域だし、ピアノではなく、バレエのコンクールだ。僕のことを知っている人が居る。そんなことは滅多にないだろう。

　確かに、ピアノのコンクールでは入賞経験がいくつかあるが‥‥。

　少し考えれば、その可能性は大いに低いことが判った。

「気のせいだと思うわ。橋本君も、緊張しないで、リラックスしてね。大丈夫。何かあれば私たちが橋本君と加奈子ちゃんの味方よ。」

　瀬戸会長が落ち着いた雰囲気で言ってくれる。

　ほんの一瞬、緊張してしまったが、瀬戸会長の言葉で、再び平常心に戻る。

「じゃあ、頑張ってね。私たちは会場から見ているわ。」

「輝君、絶対大丈夫だよ！！」

　そう言って、瀬戸会長と葉月先輩は立ち上がり、ホールの扉の奥へと消えていった。

　時間はさらに経過し、午前の高校生の部の開演が司会から告げられる。

　ロビーにいても、聞こえてくる、音声でわかるし、何なら僕の傍にはホールのモニターもあるので、そこから確認できる。

　審査員の先生が一人一人紹介され、最初の人の演技が始まる。

　一人、また一人と終わるたびに、拍手が起きる。

　そうしているうちに僕のスマホが鳴った。

　ジャケットを羽織り、控室へと向かう。

「うん。時間通りだな。少年。」

　そう言って、控室の扉の前で、原田先生は出迎えてくれた。

「改めて、御姫様の登場だ！！」

　そうして、原田先生が指さした視線の先から、加奈子先輩が登場してきた。

　先輩の着ている衣装はこの間の発表会で見せてくれたが、改めてみると、こちらの背筋も伸びでしまう。

「それじゃ、楽しんで行ってくれよ。賞とか、予選通過とか、あまりプレッシャーは考えなくていいからな。お前たち二人なら、結果は自ずとついてくる。もう一回、よろしくの握手だ！！」

　原田先生の言葉に僕たちは頷き、加奈子先輩と握手を交わす。

　加奈子先輩も真面目なキャラなのだろう。本番前はお互い無口だ。

　原田先生に見送られ、舞台袖に到着。独特の雰囲気。だが、加奈子先輩が隣に居るからだろうか、緊張はすっかり消えていて、僕は不思議とワクワクした。

「それじゃ、井野さんはステージの下手から入場となりますので、上手から入退場します、橋本君とはここで一度、別れることになります。上手の舞台袖にもスタッフがいますので、わからないことがありましたら、お申し付けください。」

　スタッフの一言に、僕たちはお互い黙ってうなずく。

　僕たちは黙って手を振った。

　だが、加奈子はとても笑顔だった。不思議なことに、その笑顔を見て、さらに一気に力が抜けていた。

　スタッフが上手の舞台袖に案内してくれる。足取りは軽かった。

　何人かの演技を舞台袖から確認する。

　そして。

「どうぞ。ご準備をお願いします。」

　スタッフに丁寧に案内され、ピアノに向かう。

　それと同時に、司会のアナウンスが流れる。

「十七番、井野加奈子さん。高校二年。曲目は‥‥。」

　司会のアナウンスが終わるとステージの照明は明るくなる。

　舞台袖に居る加奈子の表情が確認できた。

　―いつでもいいよ。―

　加奈子は頷いている。

　さあ！！行くぞ！！

　僕は深呼吸して、ピアノを思いっきり弾いた。

　課題曲一曲目『ワルツOp70-１』。

　加奈子もこれまで以上に堂々とした、演技を見せる。

　課題だったテンポも問題ない。

　緊張して、少し走り気味だが、それでも堂々とついてきている。

　客席からは葉月先輩と瀬戸会長が見ていた。

「やるじゃん。いちばん、上手いんじゃない。」

「そうね。これならいいところまで行けそうね。私の方があの二人以上に緊張しちゃってたかも。」二人も、静かに話しながら、だんだんと安堵の表情に戻っていく。

　大丈夫。僕も、加奈子からパワーをもらっている。

　このまま、一気に行くぞ！！

　そう思いながら、僕はピアノを弾いた。

　そして、一曲目が終わって、課題曲二曲目。

　ショパンの『ワルツOp18、華麗なる大円舞曲』

　僕は、一気に行く構えでピアノを弾いていく。

　加奈子先輩は、練習の成果を十分に発揮し、僕のピアノについて行ってくれるそして、うん。堂々と演技をしている。

　改めて、加奈子先輩がいるから再びここに立てた気がする。

　加奈子先輩に感謝しつつ、ピアノを弾いていく。盛り上がるところは盛り上がり、静かな曲調の所は静かに。緩急とメリハリをこれでもかとつけて。

　そして、僕たちの演技は盛り上がったところで、フィニッシュを迎えた。

　客席からは、今日いちばんの大きな拍手が贈られる。

　僕と加奈子先輩はそれにこたえるかのようにお辞儀をして、舞台袖に去っていった。

　久しぶりに、この拍手を聞いた。

　本当に、本当に良かった。

　舞台袖から控室に戻る。加奈子と再び合流する。

「輝！！」

　加奈子先輩が駆け寄り、両手を僕の背中に回す。

「輝！！すごかった。本当に良かった。ありがとう！！」

　先輩は興奮したかのように言った。

　演技を終えて、安心したのだろう。僕も一緒だ。

「僕の方も本当に、ありがとうございました。」

　僕は加奈子先輩に頭を下げた。

　今日のコンクールのピアノ演奏は加奈子先輩が居なかったらできなかっただろう。

　一人でピアノのみでこの舞台に上がるには、まだまだ何か大きな壁がある。そんな気分が演奏を終えてみて、残っていた。

「決勝。残れるといいですね。いえ。決勝に行きたいです。もう一回。加奈子先輩と一緒に‥‥。」

　僕は素直に言った。

「うん。うん。私もだよ。輝。」

　加奈子先輩は僕を見つめていた。

　控室に戻ると原田先生が出迎えてくれる。

「ヨシッ。いつも以上に張り切っていて本当に良かったぞ！！」

　先生はそう言いながら拍手で迎えてくれた。

　僕は原田先生にお礼を言って、客席に向かった。

　ここからは安心して、他の人の演技を見られる。

　客席で、瀬戸会長と葉月先輩の姿を確認して、僕はその隣に座った。

「輝君、おつかれ～。」

「とても良かったわよ。」

　葉月先輩はハイタッチで、そして、瀬戸会長は会釈しながら、出迎えてくれた。

　そうしているうちに、高校生部門の発表が終了した。

「それではこれより審議に入ります。その間に、中学生部門の練習を実施します。高校生部門の発表はロビーにて実施しますので、しばらくお待ちください。本日はありがとうございました。」

　司会はそう言って、一度、コンクールの幕を閉じた。

　一気に緊張してきた。ここから長い時間になる。

　だけれど、瀬戸会長、葉月先輩、そして、加奈子先輩や原田先生もいる。いつもより、そんなに長い時間を過ごさなくて良さそうな雰囲気だ。

　会場を出ると、加奈子先輩の姿もあり、そこで、生徒会メンバーが初めて全員揃ったのだった。「加奈子ちゃん。お疲れ様。」

　瀬戸会長が声をかける。

「加奈子、ナイス！！」

　葉月先輩が声をかける。

「二人とも、ありがとうございました。なんか安心してきた。」

　加奈子先輩は素直な言葉を述べる。

　一番緊張しているのは加奈子先輩だろう。僕はやるべきことはやったという感じだった。

「お～。相変わらず仲良くていいな。久しぶりだな、お前たち。」

　原田先生が、葉月先輩と瀬戸会長に声をかけてくる。

「はい。お久しぶりです。」

「こんにちは。」

　瀬戸会長と葉月先輩が原田に挨拶をする。

「それにしても、お前たちも、少年を知っていたのか。」

　原田先生はそんな会話をする。

「はい。私たちの高校の生徒会に入ってくれまして。」

　葉月先輩が言うと。

「あれ、あそこは女子校じゃなかったか？」

　原田先生はそう言ったが。

「今年から共学になりまして。」

　瀬戸会長の言葉に原田先生は納得する。

「あ～。そういえば、そうだった。だから加奈子ちゃんは、少年を見つけられたのか。塾か、誰かの紹介かどっかで出会ったのかとてっきり思っていたよ～。バレエの時はいいが、普段はおとなしい加奈子ちゃんが男の子を連れてくるなんて、少し驚いたけどなぁ。」

　原田先生はそう言いながら笑っていた。

「す、すみません、先生。説明が足りなくて。」

　加奈子先輩はそう言って、原田先生に頭を下げる。

「別にいいさ～。少年。結構、ドキドキな高校生活してるんだな～。」

　原田先生は僕の肩を叩きながら言った。

「あ、はい‥‥。あの、原田先生も、お知り合いなのですね。そちらの二人と。」

　僕は緊張しながらも会話を続ける。

「そりゃね。だって、葉月ちゃんは、昔、うちの教室に通ってたし、そちらの生徒会長に至っては、加奈子ちゃんと仲良くなってから、毎回コンクールも発表会も来てくれるもん。そりゃあ、知り合いになるよ。」

　原田先生は得意げに言った。

　確かに葉月先輩は昔、原田のバレエスタジオに通っていた話をしていたよな。

「それじゃ、他の生徒さんのところに行かなきゃいけないからこれで失礼するよ。悪いね。」

　先生はそう言って、僕たちの元から去っていき、他の生徒さんのところに挨拶に行った。

　それからも他愛のない会話が続く。

　そうしているうちに。

「お待たせいたしました、審査結果が出ましたので、発表します。」

　審査員の一人が紙を貼りだした。

　そこには、何人かの名前が記されており、その中には。

『１７．井野加奈子』という文字があった。

「「「やったー！！！」」」

　僕たちはそれを見て大いに喜んだ。

「やったね。おめでとう。」

　葉月先輩は加奈子先輩に言った。

「ありがとう。嬉しいけれど、これでまた‥‥。」

　加奈子先輩は僕の方を見る。

「橋本君もおめでとう。よかったね。」

　瀬戸会長は僕に向かって言う。

「ありがとうございます。これで、もう一度‥‥。」

　同じく僕も加奈子先輩の方を見る。

　二人の瞳と瞳が合う。

　思っていたことは同じだった。

「もう一度。加奈子先輩と‥‥。」

「また、輝と‥‥。」

「「ステージに立てる！！」」

　僕たちは互いに頷きあった。

　不思議な気持ちだった。こんなことは久しぶり、いや、初めてだった。

　いままで、一人でピアノ演奏していた僕にとって、誰かと、ステージに立ちたいと思ったのは。

　そう、こんな気持ちは、初めてだった。

　その日の午後は、午後の部は中学生部門になった。

　昼食の時は、瀬戸会長や、葉月先輩も合流し、コンクール会場内に存在する、雲雀川の森公園を散策しつつ、公園にあるレストランに入った。

　本当に広い公園で、もう少しゆっくり散策したい気持ちがあったが、加奈子先輩と僕は、中学生部門の発表も見て見たい気持ちもあり、昼食の時はすぐにお開きになった。

「予選通過、改めて、おめでとう！！」

「ふふふ。加奈子ちゃん、橋本君、本当にお疲れ様。」

　葉月先輩と瀬戸会長はニコニコ笑って声をかける。

　そしてお互い、今日はゆっくり休んでと、声を掛けられ、葉月先輩と瀬戸会長は、この後予定があるということで、それぞれ帰路に就き、手を振って別れた。

　ホールに戻り、中学生部門を鑑賞する僕と加奈子先輩。

　一昨日に発表会をしたためか、加奈子先輩のバレエ教室に通う生徒は、先輩と一緒に応援したくなった。

　中学生部門は、高校生部門よりも出場人数が多く、大混戦だ。

　しかしそんな中でも、間違いなく予選を通過する圧巻の演技を見せた人物が居たのだった。

　そう、同じバレエ教室に通う、藤代雅さんだ。加奈子先輩の良きライバルだという。本当に加奈子先輩に引けを取らない、安定した演技を見せていた。

　そして、中学生部門の全ての演技が終了し、予選通過者が発表され、その中には藤代さんも含まれていた。

「安定の演技だったね。雅。」

　加奈子先輩は藤代さんに向けて言う。

「はい。でも、加奈子先輩にまた負けた感じがします。橋本さんのおかげで。」

　藤代さんも、加奈子と同じ、真面目で、クールな性格なのだろう。

　帰ったら、お互い決勝に向けてさらに練習しそうな雰囲気だ。

「ヨシッ。お前たち、一日お疲れさまでした。本当に良かったぞ。」

　原田はそう言いながら、ホールを後にし、再び車を出して送ってもらった。

　僕は改めて、車を出してくれたお礼に、頭を下げて、皆と別れて帰路に就いた。

　翌日は久しぶりの発表会だったので、疲れが残っていたのか、少し遅く起きた。

　ゴールデンウィークの残りの日は、畑仕事と予習をして、伯父の家でゆっくり過ごした。

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