179.藤代さんの正体
「改めて、加奈子ちゃん、毎報新聞バレエコンクール、優勝おめでとう。そして、少年も雅ちゃんもサポート、ありがとう。お祝いということで、ここは私のおごりだから、バンバン食べてくれ。」
原田先生はニコニコ笑いながら、僕たちに拍手を贈ってくれた。
雲雀川市の市役所にある、展望レストラン街。その中の一位、二位を争うような、高級なお店に僕たちは来ていた。
毎報新聞バレエコンクールを終え、足早にホールを出て、車に乗り込み、優勝の余韻に浸りながら、原田先生は勢いよく高速道路を飛ばし、優勝祝いの夕食として、このレストランの予約を押さえたのだった。
和食メインのレストランなのだが、飲み物や付け合わせのおつまみを除いて、ご飯とみそ汁がついた、夕食の品は、最低でも三千円からで、いちばん高いものだと、一万円以上はする。
そして、お店の内装も実に凝っていて、明るい路の照明に檜の透き通った柱、さらには、僕たちは椅子ではあるが、椅子の座面部分には真新しい青畳が施されている。その畳と檜の香りがほんのわずかに漂う。そんなお店だ。
お店の雰囲気に圧倒されながら、僕たちは、各々が注文した料理の到着を待つ。そして、待つこと十数分。注文した、料理が運ばれてくる。
「お待たせいたしました。黒潮ご膳、でございます。」
店員にそう言われ、僕の前に、その、黒潮ご膳が置かれる。
その名の通り、黒潮、つまり、太平洋側で獲れる魚と、野菜の料理だ。
マグロ、カツオ、ブリのお刺身が贅沢に盛り付けられ、地元の山の幸の野菜の煮物や漬物が付け合わせで置かれている。
「美味しそう。」
加奈子が思わず、笑っている。勿論、優勝者で、今日の一番の殊勲者である加奈子は、僕が頼んだものよりもさらに豪華なものが並んでいる。北海ご膳、と呼ばれ、いくらや鮭、アワビなど、北海道の海の幸と地元の山の幸がこれでもかと盛り付けられている料理であった。
「加奈子のも美味しそうだよ。僕のは、そうだな。今が旬の初鰹というところかな。」
僕はニコニコ笑う。
「おっ、そう言えば、そんな時期だな。少年はお目が高いな。」
ニコニコ笑う原田先生。
「はい。美味ですね。」
藤代さんもうんうんと、頷いていた。
そうして、各々が注文した料理が揃ったのを確認し、優勝祝いの乾杯をして、食事を始める僕たち。
お刺身の味、野菜や茶碗蒸しの味が口の中に一気に広がるのを十分すぎるほど感じて、味わって食べる。
「すごく美味しい。」
僕は思わず、そう声が漏れる。
「そうだね。」
「はい。」
加奈子と藤代さんもそれは同じのようで、この店の料理を味わっていた、次の瞬間。
「うわぁっ。」
僕の太腿が一瞬、熱くなる。
「ご、ごめんなさいっ。」
隣に座っていた藤代さんが思わず頭を下げる。
見れば、藤代さんの椀物である、お吸い物が、僕の太腿にこぼれたようだ。
「大丈夫か?少年。」
原田先生がこちらに向かって、声をかける。
「輝、平気?」
加奈子も心配そうに見つめるが。
「うん。一瞬びっくりしたけど、平気だよ。」
僕はそう言って、頷く。
「も、申し訳ありません。橋本さん。」
藤代さんは何度もそういって頭を下げるが。
「大丈夫、心配しないで。」
僕はそう言いながら、おしぼりで、自分の足元を拭いていく。
店員さんもそれに気づいて、急いで駆けつけてきてくれたようで、おしぼりを多くもらうことができた。
そして、一通りの、処置が終わり、少し服が湿っているようだったが、おそらくダメージは最小限に抑えることができただろう。
再び深呼吸して、店員さん、そして、加奈子と原田先生にお礼を言って、食事を再開する。食事を再開するのだが、僕の太腿に、汁物をこぼしてかけてしまった、藤代さんはとても気にしているようで、何度も謝って来た。
それに対して、何度も首を横に振るのだが、お互いに気を遣わせてしまっているような気がする。
色々とあったが、食事を終えて、帰路に就く、僕たち。
「も、申し訳ありません。橋本さん。心配なので、家まで一緒に行かせていただきます。」
店を出て、外に出た後、藤代さんが深々と頭を下げ、僕にこういってくる。
「えっと。本当に大丈夫だから。」
僕はそう言うが。
「優しいのですね。橋本さん。でも、その。責任がありますので。これから、同じ学校に通うわけですし。」
藤代さんは、それでも、自分に責任があると言ってくる。
これ以上は平行線をたどってしまうので、僕は頷き、家まで付いて来てもらうことにした。
話を聞いていると、藤代さんの家も、僕の家とそこまで離れていないようで、自転車で行ける距離だという。
それならば、僕がおれて、来てもらった方が、彼女にとっても良いのかもしれない。
これから通う高校の先輩に、彼女の中では失礼な態度を取ってしまったのだから。
そうして、原田先生と別れて、藤代さんは、僕と加奈子と一緒に、僕の家、つまり、伯父の農家の離屋に一緒に向かうことになった。
だが、その後、僕と加奈子は、そのことを後悔することになった。
自宅に到着し、こぼれたお吸い物で、濡れて湿っているズボンを脱ぎ、タンスから乾いたズボンを取り出し、湿っているズボンをハンガーに干す僕。
「ねっ、大丈夫。火傷とかもしていないし、ちゃんと乾いてるのに履き替えたから。」
「はい。しかし、そのズボンは洗濯できないのでは?舞台の時も、そちらをお召しでした。」
藤代さんが、心配そうに見つめる。
「まあ。そうなったら、クリーニングに出せばいいし。もともと、本番が終われば出すつもりだったから・・・・。」
僕がそう言った途端、藤代さんの目には涙が光る。
そして。
「橋本さん、いえ、輝様。申し訳ありません。」
僕の目の前で両膝をついて謝る藤代さん。そして。
「これだけで、許されるはずがありません。私、藤代雅は、輝様からの、お仕置きをご所望いたします。」
「「・・・・・?」」
藤代さんの言葉に困惑する僕。そして、一緒に戸惑う加奈子。
「お仕置き・・・?」
「どういう事?えっと、雅ちゃん?」
僕と加奈子が藤代さんに聞く。
「はい。そのままの通りでございます。輝様。」
藤代さんは立ち上がり。そして。
「えっ?」
顔を赤くする、加奈子。それもそのはず、藤代さんは恥ずかしい素振りもせず、堂々と服を脱ぎ始める。
そして。持っていた鞄からあるものを取り出す。
藤代さんがカバンから取り出したあるものは三つあった。一つは、真っ赤な首輪、そして、その首輪には、『みやび』とご丁寧に自分の名札もある。そして二つ目は、その首輪とまったく同じ色をしたリード。いわゆる、犬の散歩の時に使う、飼い主が持つ、犬と飼い主を繋ぐための紐だ。
そして、最後の一つは、例の箱。ゴム製の例の袋が入っていて、その箱にもやっぱり、『みやび』とマジックペンで、書かれている。
「輝様。こちらの首輪を私の首に付けてくださいますか?」
藤代さんの言葉に、思わず脳みそが溶けだしてしまいそうな僕。彼女の言っていることは判る。だが、耳を疑ってしまう。本当に、彼女は何を言っている?
「えっと。これはつまり・・・・。」
僕は藤代さんに聞いてみる。
「はい。私は、ドMの変態女です。今まで、会社社長のお父様の言われた通り、勉強、バレエ、ヴァイオリンと色々、やってきました。そして、いつしか気づいたんです。敷かれたレールの上で歩ける、居心地の良さ。誰かに、強く言われたい、強く、抱かれたい、心地よさに。そんなことをして欲しい人を探しておりました。」
ドM・・・・。僕の胸の鼓動が速くなる。Mの意味。勿論知っている。ちなみに、Mの対義語はSだ。元ヤンキーの結花や心音が、この属性が強い。
「ドM・・・。強く言われたい人。それってつまり。」
僕はつぶやく。
「はい。輝様。貴方様のことです。今日の、今日の一件で確信しました。優しい、輝様が私のご主人様だと。」
藤代さんはさらに僕に歩み寄る。
「輝様。私を輝様のペットにしてください。そして、輝様に調教、そして、○△×■※△●自主規制●△■×△○。」
藤代さんから、思いもよらない言葉。うん。男のロマンを駆り立てる言葉。
はあ、はあ、はあ。
僕の呼吸が大きく乱れて、顔が汗だくになる。
「キャッ。」
同じく、口元を両手で覆い、顔を赤くする、加奈子。
一瞬、一緒に居た、加奈子の方を見るが、僕はもう、理性を失いかけていた。
女の子に、こんなことを言われたら、男子高校生の誰でも、そうなってしまう。
一歩、一歩、ゆっくりではあるが、藤代さんの元へ近づく僕。
「ひ、輝っ。」
加奈子が僕の手を掴む。
「ご、ごめん、加奈子。こんなことをストレートに言われちゃったら、僕もう、どうしていいか。」
正直に加奈子に伝える。
「そ、そうだよね。わ、私も、私も同じだから。私だって、輝と・・・・。」
おそらく、加奈子も藤代さんの言葉に影響を受けているのだろう。高校生。という部類の僕たちだからだろう。男女関係なくそうなる。
「み、雅ちゃん、ほ、本気なの?」
加奈子は藤代さんに向かって問いかける。
「はい。勿論です。先輩。そして、先輩と輝様、そして、その他大勢様のご関係も私は、薄々知っておりますので。皆様にも、一番下の後輩である私と、○○△※再び、自主規制◆△×○○。」
藤代さんのこの言葉に、一気に僕の手をギュッと握る加奈子。
「ねえ、輝。私と、私とも、そ、そうなりたいよね?今日の優勝祝いの。ねえ、輝。」
どうやら、加奈子も顔を真っ赤にして、一気に興奮してしまったようだ。
「さあ、輝様、私と、●△×■またまた、自主規制○△×■。」
藤代さんからそう言われる僕。こんなことを、すぐ近くから言われれば、もう抑えられない。
誘惑に負けた僕は、ゆっくり頷き、藤代さんから、首輪とリードを受け取るのだった。
その後のことは、ご想像の通り、言うまでもなかった。
こうして、高校二年に進級する、一足早い三月の早春の時期、思わぬ形で、一人目の後輩ヒロインが、僕の目の前に現れた。




