174.遺された者たちの使命
月曜日の授業を終え、生徒会メンバー皆、そして、心音と風歌とマユを誘って、早織の家に行くことになった。
早織からのLINEで、生徒会と家庭科部の皆にも、弔問と葬儀に来て欲しいということだった。
当然だが、早織は今週いっぱい、学校は忌引きの欠席である。
勿論、森の定食屋も、今週いっぱい臨時休業である。
早織の家は、森の定食屋から歩いてすぐそばの所にあった。
玄関のチャイムを鳴らすと、母親の声。
僕たちが、道三の弔問に来たことを告げると、母親は心から出迎えてくれた。
「よく来てくれたね。お祖父ちゃんと、早織に、会ってあげて。」
そういって、先ずは、道三の亡骸が横たわる部屋へ。
傍には早織の祖母で、道三の妻、真紀子、そして、未だに涙が抑えられない、早織の姿があった。
「皆、来たわよ。早織。」
母親に呼ばれ、うんと、頷く早織。
「ありがとう。皆。」
早織は少し暗めの表情をする。当然だ。
道三の亡骸に僕たちは一人一人、手を合わせる。
「まだ。早織は立ち直れないと思うけれど、皆、これからもよろしくね。」
母親の美恵子は僕たちに向かって頷く。
僕たちも、その言葉に対して、深々と頷く。
真紀子から、お茶とお菓子を差し出され、早織の傍にいて欲しいということを伝えられる。
僕たちは黙って寄り添うことしかできなかったが、早織の呼吸は徐々に落ち着き始めた。
するとそこへ。
『ピンポーン』と玄関にチャイムが鳴る。
「はい。」
美恵子は玄関のチャイムに反応して、備え付けられた、インターフォンで対応する。
「クリスマスコンサートの打ち上げで、お世話になった、バレエ教室の吉岡と原田ですが。」
「ああ。はい。丁度、生徒会の皆さんも来てますよ。」
美恵子はそう言って、玄関の扉を開ける。
どうやら、原田先生と吉岡先生も弔問に来たようだ。
「こんにちは。」
原田先生と吉岡先生は深々と頭を下げる。
「この度は、本当にお悔やみ申し上げます。ご逝去されたことは、そちらにいらっしゃる加奈子ちゃんから連絡をいただきまして。クリスマスコンサートでは大変、お世話になりました。」
原田先生と吉岡先生は、早織の母親と祖母に深々と頭を下げ、菓子折りを差し出した。
「いえいえ。久しぶりに、お店で企画が出来て、主人も喜んでいました。そして、東京に連れて行っていただいたときも、ありがとうございます。主人も嬉しそうでした。」
真紀子はそう言いながら、原田先生と吉岡先生に深々と頭を下げた。
そうして、原田先生と吉岡先生は、安置されている、道三の亡骸に僕たちと同じように手を合わせた。
そして、少し深呼吸をして、早織の顔を見る、原田先生と吉岡先生。
「ずっと泣いてたよな。当然か。」
原田先生はうんうんと、頷く。吉岡先生も同じだ。
そして、母親と祖母に、こう切り出した。
「少し、娘さんと、生徒会の皆とお話したいのですが、良いですか?」
原田先生は、母親と祖母にそう言った。
勿論、母親と祖母は二つ返事で頷く。
「だそうだ。君の部屋に、案内してくれるか?早織ちゃん。」
原田先生の言葉に、早織は黙って、頷く。
「お前たちも一緒に来い。」
原田先生に頷かれ、僕たちも原田先生、吉岡先生と一緒に早織の部屋へ。
早織の部屋に入り、原田先生と吉岡先生を囲むように僕たちは座った。
「せ、先生・・・・。」
早織は原田先生と吉岡先生を見る。
「さて。早織ちゃん。君はこの数か月の間、本当によく頑張った。そして、本当に成長したと思う。文化祭の前と比べて、十倍、百倍、千倍、いや、それ以上かもな。お祖父さんのことは本当に残念だった。だが、キングオブパスタで、早織ちゃんの勇士を最後に見れて、お祖父さんも誇りに思っただろう。」
原田先生は早織の肩をポンポンと叩く。
早織は再び涙がこぼれ落ちる。
「やっぱり、君は、そういう顔をするだろうと思ったよ。当然だよな。」
原田先生は深呼吸をする。そして、吉岡先生の顔を見る。
「まあ、こんな時に申し訳ないのだが、吉岡先生と相談して、早織ちゃん、君に、キングオブパスタの優勝のお祝いを、私と吉岡先生からプレゼントしよう。」
原田先生は持ってきた包みを開けて、早織に差し出す。
早織はそれに反応して、原田先生と吉岡先生に深々と頭を下げ、黙ったまま、それを受け取った。
早織が原田先生と吉岡先生からもらったもの。それは、ネックレスだった。
ネックレスの先には小さな入れ物があった。
「使い方を説明するからよく聞きな。この入れ物の蓋を開ける。何を入れるか・・・・。言いにくいのだが、君のお祖父ちゃんはあと何日か後には火葬され、遺骨となってここに戻って来る。その中でも小さな遺骨の破片。それを、この入れ物の中に入れな。そうして、肌に離さず、首にかけていると良い。お祖父さんの形見だと思って、持っておきなさい。」
原田先生は早織にそう説明する。
早織は小さく頷くが、涙がぽろぽろ溢れる。そう。火葬してしまえば、道三には、もう、会うことはできない。少し想像してしまったのだろう。
僕たちも想像してしまう。早織の気持ちが痛いほどわかったが、当の早織は泣くのをピタリと止めていた。
「ん?どうした?早織。」
早織の異変に気付く僕。泣くのをピタリと止めて固まる早織。
そして、早織は指さす。原田先生と吉岡先生の胸元を。
僕たちも早織の指さす方向へ視線を伸ばす。
そうして、ピタリと背筋が凍り付く。
原田先生と吉岡先生の胸元には、今さっき早織がもらった同じネックレスが輝いていた。
「これか?今日はこれのことを話そうと思って、早織ちゃんの家に来たんだ。」
原田先生と吉岡先生は大きく頷いていた。
早織を含め、僕たちは目を見開く・・・・。驚いた。ということは、原田先生と吉岡先生も・・・・。
「みんな、驚いてるな。というか、知らなかったのか。お前たちなら知ってると思ったのだが、特に生徒会役員であれば・・・・・。」
原田先生は吉岡先生の方を見た。
「僕から話そうか。皆、この話は聞いたことがあるかな?みんなの学校に修学旅行というイベントが無い理由。」
頷いたのは僕と葉月だった。理事長から、確か入学式から聞かされた。そして、生徒会メンバーも確か、と頷いた。
「輝君が一番速かったね。言ってみてごらん。その理由。」
吉岡先生に促され、僕は答える。
「確か、修学旅行中に、乗ってたバスが事故に遭って、生徒が一人、亡くなってしまったと。」
僕の言葉に吉岡先生が頷く。
「その亡くなった生徒の名前、知ってる?」
吉岡先生の言葉に首を横に振る僕。それは知らない。何だろうか、聞いてはいけない事だったように思えたから。
他のメンバーも首を横に振っていた。
吉岡先生は頷く。原田先生も暗黙の了解で、吉岡先生に頷いていた。
「皆に教えてあげよう。その生徒の名前は、【原田友里子】ちゃん。コイツの、ヒロの、妹だ。」
「「「えっ・・・・。」」」
吉岡先生の言葉に、僕たちは一気に背筋が凍る。そんな。そんなことって。
原田先生は涙をこらえながら頷いている。
「ヒロの胸元にあるネックレスには、今でも友里子ちゃんの遺骨が入っている。大切に、大切にな。」
吉岡先生はうんうんと頷いていた。
何だろうか、僕たちの目頭が熱くなる。
そして吉岡先生はこう続けた。
「友里子ちゃんは、ヒロと同じバレリーナだったわけではない。輝君と同じ、ピアニストだった。本当に、本当に、素直なピアノの音色を奏でる子だった。」
吉岡先生はそう説明する。
「あっ。」
「えっ。だから・・・・。」
僕と加奈子は大きく目を見開いた。
「どうしたの?輝君。」
「ひかるん?」
僕は大粒の涙が一気に溢れた。
「僕、コンクールの時、安久尾と対決する、ピアノコンクールの時、先生に、このネックレスを持って居るように言われたんです。自由曲の『英雄ポロネーズ』を弾いたとき、不思議な声が聞こえて来て。一緒に、一緒に、後押ししてくれました。きっと、それって。」
僕は吉岡先生と原田先生の顔を見る。
加奈子もうんうんと頷いている。何故なら、加奈子はそのコンクールの時に譜めくりをしていて、先生のネックレスを僕に渡されるところを見ていたのだ。
「ああ。間違いなく、友里子ちゃんの、ユリの声だよ。ユリが輝君に力を与えてくれてたんだと思う。」
僕は大粒の涙を流す。
「事故の時は本当にびっくりしていた、ヒロも泣き叫んでいた。でもな。ヒロは立ち直った。ユリが弾いていたコンクールでのピアノ音源が見つかったからだ。その音源に収録されている曲は、ハイドンの『ピアノソナタ50番』、唯一、クリスマスコンサートで、君にピアノ伴奏を依頼しなかった曲だ。そう。ずっと、ユリのピアノの音源を使っているから。」
吉岡先生はそう続けた。
僕の目はさらに涙であふれる。これで、すべての謎が解けた。謎が解けたが、どこか、本当に悲しい気分だった。
原田先生の目にもうっすらと涙が光っている。
そして。僕は吉岡先生と原田先生にこう切り出す。
「あのっ。」
「どうした?」
吉岡先生は僕の方を向く。
「その、友里子さんという方は、オペラも、声楽もやられていませんでしたか?連弾部門の『春の声』の時、歌が、歌が聞こえて来て。」
「あっ。」
僕の言葉にハッとさせられたのは、一緒に、連弾部門に参加した風歌だった。
「ハハハッ。ハハハッ。本当に君は察しが良いな。流石ピアニスト。音楽の子だよ。」
吉岡先生はさらに大粒の涙を流す。
それを見た原田先生は泣くのを止め、僕の肩をポンポンと叩く。
「ここからは私が話そうか。少年。それは、吉岡先生のネックレスの方さ。」
原田先生はうんうんと頷き、吉岡先生のネックレスを指さす。
「えっと、吉岡先生も友里子さんの遺骨が入ったネックレス・・・。ではないんですか?」
吉岡先生が頷く。原田先生も頷く。
「吉岡先生のネックレスの入れ物に入っている人の遺骨。その人の名前は、【茂木春菜】さん。君もあったことがあるだろう、茂木先生の姪っ子さんだよ。」
「えっ。」
僕は驚く、そして、ここに居る皆も驚く。茂木先生、あの茂木の事だろうか。
僕のコンクールの際、茂木とはここにいる皆全員、面識がある。
「その子の歌声に、僕は助けられた。その子の歌声は、本当に天使の歌声だった。すごいよな。本当に天使になっちまったんだから。ずっと、小児がんを患って、闘病しながらも歌ってたんだから。春菜さん・・・。ハルは、僕の初恋の人だよ。本当に天使の、澄んだような歌声だった。皆にも聞かせてあげたかった。」
吉岡先生は当時を懐かしむように、遠い目をしながら、僕たちに話してくれた。
僕のピアノコンクール、連弾部門、それから個人部門のことを思い出す。
僕は二人に助けられていた。その二人は実体はないが、今も二人のバレエ教師の心の中で生きている人だった。
そう、今も生きていると、信じ続けていた、二人のバレエの先生がいたから。その二人は、僕を助けてくれることが出来たのだ。
「ありがとうございます。コンクールの時、助けてくれて。」
僕は原田先生、吉岡先生、友里子さん、春菜さんの四人に頭を下げた。
僕たちは、原田先生、吉岡先生の言葉に自然と耳を傾け、涙が溢れていた。
そして。原田先生は早織を思いきり抱き締める。
「いいかい。早織ちゃん。よく聞いて。君が、料理を続けている限り、君のお祖父ちゃんは生き続けられる。これからも、どんな時も、いつでも。今度は君が、お祖父ちゃんからバトンを受け取り、未来へと料理をしていく番。だから。この先、辛いことがあっても、この前みたいに、川に飛び込んで死のうと思ってはダメだ。君が死ねば、お祖父ちゃんも死ぬことになる、お祖父ちゃんが最期の力を振り絞って君に、教えてくれたことが全て無駄になってしまうんだ。だから、絶対に、歩き続けろっ!!今の君なら、それが、出来るはずだ。」
原田先生は早織に向けてそう言った。
僕たちも先生の言葉に涙が止まらなかった。そして。
「はいっ。」
早織は大粒の涙をこぼしながら、大きな声で返事をした。
その後は夜まで、原田先生と吉岡先生の思い出を聞いた。
そして、途中からは、早織と道三の思い出も、早織が話してくれた。
きっと、早織はまた一歩を踏み出してくれると、願いながら、早織の話を聞く、僕たちが居た。




