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173.最期の力

 「以上持ちまして、今年の春のキングオブパスタを終了します。森の定食屋の皆さま、本当に、優勝おめでとうございました。また、次回、今年の秋のキングオブパスタでお会いしましょう!!さようなら!!」

 司会の言葉に僕たち、そして、来場者たち、さらには出場団体すべてのスタッフたちが大きな拍手で、ステージを包み込み、春のキングオブパスタが幕を閉じた。



 早織は、賞状と、優勝トロフィーをもって、大急ぎで、家族の元へ。


 道三が、笑顔で出迎える。祖母の真紀子も、母親の美恵子も、先ほどまでは、悲しそうな顔をしていたが、今は、誇らしそうな顔で、キングオブパスタ、史上最年少、高校生での総合優勝を果たした、愛する娘を出迎えた。


「お祖父ちゃん。やった。やったよ!!」

 早織は、道三に向って手を振る。そして。


「よく、よく、頑張ったな・・・・・。早織・・・・。」

 道三は、強く、強く、早織を抱きしめた。祖父と孫娘の抱擁が数秒続く。それは、ずっと長い時間に思われた。だけど。


 道三の腕が緩み始める。そして。道三の身体の力が、一気に抜け落ちる。

 そう、道三は、その場に、倒れ込んだ。


「お祖父ちゃん?ねえ、お祖父ちゃん!!」

 早織は叫ぶ。そして、早織自信も跪いて、倒れ込んだ道三に近づく。


「お祖父ちゃん。ねえ。しっかりして。」

 早織は大きく目を開ける。


「・・・・・。早織。ありがとな、幸せに、生きて・・・・。」

 道三はそう言って、一気に身体の力を抜いた。その瞬間、彼の意識が遠のいていく。


「お祖父ちゃん。ねえ、目を開けて。」

 早織は道三に大きな声をかける。


 何事かと思い、大急ぎで、早織と道三の元に駆け寄る僕たち。


「早織。大丈夫?」

 僕は早織に声をかける。


「お祖父ちゃんが、お祖父ちゃんが倒れちゃった、輝君。助けて!!」

 僕は早織の肩を持つ。不思議と僕の腕も震えていた。


 それを見ていた、祖母の真紀子と、母親の美恵子。


「早織。どいて。今、救急車を呼んだわ。」

 美恵子が早織に道三から、離れるように、指示する。


 僕は大急ぎで、早織を引っ張り、僕の元へと引き寄せる。

 それを見た加奈子、史奈が駆け寄り、早織の両側につく。


「大丈夫だから。」

 僕は早織に呼びかける。

「う、うん。大丈夫。だよね。」

 早織は大きく頷いた。


 僕も、加奈子も、史奈も、そして、葉月、結花の生徒会メンバーはそれぞれ、早織の傍に居てくれた。

 僕の胸の鼓動が速くなる。そして、喉が同時に渇いていく。


 そして、僕の記憶をたどり始める。

 いちばん最初に森の定食屋、早織のお店に来たときの記憶。


<おじいちゃん、病気で倒れちゃって、入院しちゃったの。>

<本当はすぐに戻れる予定だったの、でも、その病気が引き金で、次から次にいろいろ悪いところが出てきちゃって。結局一年過ぎちゃって。>


 いちばん最初に、定食屋に来たときの、早織の言葉。そして、道三が退院してからの様子。

 息をのむ僕。まさか・・・・。


 いずれにせよ。しばらくは早織の傍に居なければならないだろう。僕が、いや、僕たち生徒会メンバーと家庭科部のメンバーが。


 おそらく、母親と祖母は、これから、救急隊の対応で忙しいだろう。いや、その後の対応もだろうか。


 深呼吸する僕。早織にも深呼吸させるように言って、落ち着かせる。

 そうして、皆が落ち着いたころに、救急隊が到着した。


 状況を説明する、母親と祖母。

 救急隊の人達は頷き、道三を担架に乗せて、救急車へと向かって行った。


「申し訳ないんだけど、救急車は皆乗れなくて。お願いがあって。早織を連れて、皆でこの病院に来てくだささい。皆にも話さなければならないことがあるから。」

 早織の母親、美恵子は、これから搬送される病院の名前と住所が書かれた紙を僕に渡してくれた。


 そうして、母親と祖母も道三と一緒に、救急車へと向かった。


 それを見届ける僕たち。


「さあ。家庭科部の皆は、残りの後片付けをするよ。調理器具とかは・・・・。」

 富田部長は家庭科部の皆に指示を出す。

「俺が運ぼう。本当によくやったぞ、輝。さあ、お前は、お友達を連れて、病院へ行くんだ。遅くなることは分ったから。」

 富田部長の声に反応したのは、僕の伯父だった。


「さあ。俺のトラックへ。そのお友達のお店ならわかる。俺が野菜を届けているから。」

 伯父は家庭科部員の皆に指示を出した。

 そして。


「生徒会の皆、そして、心音と風歌、熊谷さんも本当にありがとう。ここは私たちがやっておくから、皆は八木原さんを連れて、病院へ行って。八木原さんの事。よろしくね。」

 富田部長は僕たちに深々と頭を下げた。


 そうして、僕たちは早織を連れ、伯父と家庭科部員に見送られながら、宝楽園を出る。

 葉月の案内で、ライトレールに乗って、雲雀川駅へ。


 静かなライトレールの車内。僕たちはただひたすらに緊張していた。


 そして、雲雀川駅で、ライトレールを降り、市役所方面へ。

 葉月の案内で、向かった先、そこは、【雲雀川総合病院】という、この町で一番大きな病院だった。


 病院の入り口から、病院へ入る。辺りはすっかり日が落ちて、土曜日の夜という時間帯。

 時間外診療の時間のためか、病院内はがらんとしている。


 病院の入り口を少し進むと、早織の母親と、祖母が出迎えてくれた。

 そうして、母親と祖母は看護師に、僕たちが到着したことを伝える。そして。看護師に名前を呼ばれて、診察室へと通される。


 皆も是非、診察室に来て欲しいということで、僕たちも一緒に、医師の説明を聞くことになった。


「あなたが、八木原道三さんのお孫さんですね。」

 医師は早織を見る。


「はいっ。」

 早織は頷く。


 医師は早織を、そして、僕たちを見て、深呼吸して頷く。


「結論から話します。お祖父様は、もう、限界でした。」

「えっ・・・・。」

 医師の言った結論に、早織は固まる。両手で口元を覆い、目には涙が溢れている。


 僕たちも、お互いに顔を見合わせた。そして、険しい顔をしながら深々と頷いた。

 そして、皆で早織の肩に手を触れた。


 その後、医師からは極めて論理的で、根拠のある説明がなされた。

 道三の身体の状況、病気の進行具合、そして、今年の春、つまり、僕が花園学園に入学した時くらいから、もう、手の施しようがないということを。


 そして、秋頃、道三の容態がさらに悪化していたことを。


「この時点で、余命二か月の診断を下しました。そして、それを踏まえて、“継続的な治療を積極的にやる”か、もしくは、“治療を中止して緩和医療メインで自宅に帰る”か。貴方の祖父様は、後者の選択をされました。」

 医師は淡々と説明した。


「もしかして、お母さんと、お祖母ちゃんは知ってたの?」

 早織の言葉に、母と祖母は頷く。


「どうして?ねえ。どうして、黙っていたの?」

 早織は泣きながら、母と祖母に聞く。


「それは。お祖父ちゃんが絶対早織には言うなと、固く口止めをしていたからよ。」

 早織の母親はそう応えた。


「余命宣告が先生からあって、どうしようか迷っていたその時、丁度、黒山さんが私たちのお店に押しかけて来た。そう、選挙の後、皆が文化祭の係り決めを私たちのお店でやっていた時よ。黒山さんにあなたの出生の秘密を暴露されたとき、あなたが、勢いよくお店を飛び出していった、雨の日。」

 早織はハッとする。僕たちもああっ、と頷く。


「そのことをお祖父ちゃんに話した。そしたら、お祖父ちゃんはすぐに決断したのよ。“残りの人生すべてを使って、早織に自分の料理の腕を継承させる”と。だから、このキングオブパスタの出場、貴方に店長代理を任せた。お祖父ちゃんは、お祖父ちゃんは、本当に最期の力を振り絞って、早織、あなたに・・・・・。あなたにっ・・・・。」

 母親はそう言いかけて、泣き崩れる。祖母も同じだ。


「うわぁ~ん。」

 早織も大声で泣いた。僕たちは思い切り早織を抱きしめる。

 僕たちも、大粒の涙がこぼれたのと同時に、これまでの道三の行動を思い返すと、道三はそんなに長くは持たないと、思い当たる節がたくさんあった。


 義信のホテルの追加料金、毎報新聞の東京旅行の費用を道三が工面してくれていたこと。そのすべては、早織に沢山の経験をしてあげたかったという思いに満ち溢れた行動だったということ。

 そして、一緒に毎報新聞バレエコンクールに行きたいと言ったのも、道三は東京での思い出の場所を最後に巡りたかったのだろう。

 体調が悪いという描写もいくつかあった。食欲が無かったこと。東京旅行の帰りの車ですぐに眠ってしまったこと。

 すべて、頷けた。だから、僕たちは嫌でも、医師の説明、そして、母親と祖母の説明に納得せざるを得なかった。


「早織、お祖父ちゃんはあなたに、幸せになって欲しいと、ずっと、伝え続けてきた。このキングオブパスタの、その時まで、ずっと、ずっと。ごめんなさい早織、ずっと、言えなくて。」

 母親は早織を抱きしめる。早織も母親を抱きしめた。

 涙が枯れるまで、僕たちは早織を見守り続けた。そして、僕たちも涙が枯れるまで泣いた。


 そうして、一通り医師は見届けた後にこう切り出した。


「まだ、延命治療の処置をしていて、心拍も僅かながらあるそうです。集中治療室ですが、ご家族の方であれば入ることができますので、会って、見届けてあげてください。」

 医師はそう言って、無言で立ち上がり、優しそうな配慮した眼差しで、ついて来るように言った。


 僕たちはゆっくりと椅子から早織を立ち上がらせ、医師について行く。

 病院の階段をゆっくりと昇り、集中治療室の前へ。


「申し訳ありませんが、ここからはご家族の方、そちらの三名様のみになります。」

 医師に言われ、僕たちは頷く。


 僕たちは一人一人、大粒の涙をこぼす、早織を抱きしめた。


「ありがとう。輝君。」

 早織は僕に涙で枯れた声で言った。

「うん。本当に、よく頑張ったよ。」

 僕も同じだった。僕も涙が止まらなかった。


「ありがとう。葉月先輩。」

「うん。お祖父ちゃんによろしくね。」

 葉月は大泣きしながら早織を抱きしめる。


「ありがとう。生徒会長、加奈子先輩。」

「本当に、素晴らしかったよ。こちらこそ、ありがとう。クリスマスコンサートも、色々、本当に。」

 加奈子も強く強く、早織を抱きしめた。


「ありがとう。史奈先輩、瀬戸会長。」

「うん。本当によく頑張ったわ。立派よ。」

 史奈は泣きじゃくる早織を必死に、必死に、抱きしめる。


「ありがとう。磯部君、ううん、義信君。」

「お嬢。カッコよかったっす。爺さんに、速く、その姿をもっと、もっと、見せてやってくだせえ。」

 義信は豪快に男泣きしていた。


「ありがとう。北條さん。」

「八木原さんっ。」

 結花はただただ、早織を抱きしめることが精いっぱいだった。


「ありがとう。心音先輩。」

「うん。大丈夫だから。大丈夫だから。」

 心音はうんうんと頷き、優しく早織を抱きしめていた。


「ありがとう。風歌先輩。」

「うぁ~ん。うぁ~ん。」

 風歌は言葉が出て来ないほど一緒に泣いていた。


「ありがとう。マユちゃん。」

「さおりん、さおりん。本当にすごかったよ。」

 マユはうんうんと頷きながら、涙の奥で強がりながら笑顔を見せる。


 そして。

「皆さん、本当にありがとうございました。今日、このキングオブパスタまで、早織のことをずっと、応援してくれて。主人も、そんな皆さんに出会えて、幸せだったと思います。」

 祖母の真紀子は僕たちに深々と頭を下げた。

「また、ご連絡しますね。」

 母親の美恵子は言って深々と頭を下げた。


 そうして、医師は頷き。


「それでは、ご案内します。」

 医師は、早織と、美恵子、真紀子を集中治療室の奥へと案内した。


 ゆっくりと、集中治療室の奥へと進んでいく、早織のご家族を見届けた。


「あとは。あとは。ゆっくり、家族と、お別れの時間を過ごしてもらおう。」

 葉月の言葉に、僕たちは頷く。


 そうして、僕たちは病院を出た。早織たちが、道三との最期の時間を大切に、大切に過ごしていることを願いながら。それぞれ帰路に就いた。



 そして、週末が明け、月曜日の朝を迎えた。


 『昨日の夜、お祖父ちゃんが天国へ旅立ちました。皆、本当にありがとう。』

 学校へ行く前にスマホを確認すると、早織からそう、LINEがあった。


 道三が搬送された土曜日の夜から、夜通し、ずっと、早織たち家族は、道三の手を握ったりして、色々と言葉をかけていたそうだ。

 だが、しかし、翌日の日曜日も意識が戻らぬまま、心拍が下がり、最期は、安らかに旅立っていったという。


 キングオブパスタで優勝した瞬間を、最後に見ることができて、本当に大満足したのだろう。

 僕は、早織のLINEをみて、頷いていた。






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