163.出品メニュー、3品目
週末土曜日の早織のお店。
僕たちは生徒会メンバー含め、心音、風歌、そして、マユの全員が集まっていた。
因みに、この週末は、大学入試共通テストがあるのだが、史奈は既にAO入試で、大学が決定している。そして、他のメンバーに関しては、全員が高校一年、二年のため、皆でこの場所に集まることができた。
「・・・・。来年は、緊張してるかも。」
風歌がドキドキしながら深呼吸している。
「ハハハッ。それもそうだけど、先ずは皆やりたいことを決めなきゃね。私もだけど。」
心音がうんうんと頷いた。
やりたいこと・・・・。
僕も心音の言葉に少し戸惑う。少し戸惑うのだが。
「輝君なら大丈夫だよ。ちゃんと、勉強できるし、ピアノだって出来るんだから。成績キープしてね。」
葉月がうんうんと笑う。
「さあ。私も頑張ろう。」
葉月が大きく頷く。
「そうね。この高校は、指定校推薦も沢山あるし、行き詰ることはないと思うわ。やりたいことを見つけてね。」
史奈がニコニコ笑いながら僕たちを見る。
優しそうな史奈の目にこの場が少し和んだところで、今日、早織のお店に来た目的の話題へ切り出す。
「でも、まさか本当に来てくれるなんてね。ホテルは土日で忙しそうなのに。」
史奈がうんうんと頷く。
その言葉にうんうんと頷き、感謝の気持ちが溢れる僕たち。
そう。今日は、早織のお店に、義信の祖父母が経営しているホテルから、蕎麦作りを担当している、上川さんが来てくれることになっていた。
義信が祖父母、そして、上川さんに電話したところ、上川さんは二つ返事で、来てくれることとなった。
そうして、待っているうちに、一台の車が到着、車には運転していた上川さんと、ここまで道案内をしていた義信の姿があった。
「やあ。こんにちは。」
上川さんはニコニコ挨拶をする。
「「「こんにちは!!」」」
僕たちは上川さんに頭を下げ、挨拶をする。
「社長、お嬢、そして、皆さん、お連れしましたよ。」
義信はそうニコニコ笑って、僕たちに陽気に挨拶をする。
「冬休みはウチのホテルに来てくれてありがとうね。冬休みが明けて、こうして、義信が急にやる気を出したから、驚いたよ。」
上川さんはうんうんと頷き、笑っている。
上川さんの言葉に義信は照れたように笑う。
僕たちも、ニコニコ笑って、上川さんを早織のお店に引き連れた。
「すごいね。ここが、料理長の先輩のお店かぁ。」
上川さんが森の定食屋の内装を大きく見回す。
そして。
「お待ちしてました。よろしくお願いします。」
早織の祖母、真紀子が出迎える。
母親の美恵子も一緒に居て。
「よろしくお願いします。遠い所すみません。」
美恵子はそう言って、上川さんを出迎えた。
そして。
「どうも初めまして。早織の祖父の八木原道三です。冬休み中は大変孫がお世話になりまして。」
道三は上川さんに頭を下げるが。
「いえいえ。頭を上げてください。」
上川さんの声色は一気に高くなる。
「料理長から、貴方様のお話はよく聞いております。お会い出来て光栄です。」
上川さんは道三に深々と頭を下げる。
「いやいや、そう言われるとなぁ。申し訳ない、こんな人で。」
道三は首を横に振りながら、上川さんにそう応える。
そうして、道三たちは上川さんに厨房に案内する。
いよいよ、生パスタづくりの始まりだ。
「さてと。僕は生パスタの経験は料理の専門学校時代しかないんだけど、基本的に、蕎麦を打つのとはやり方は一緒で、材料となる粉が違うだけで、他はほとんど一緒だからね。そして、麺を切るときは、そこにパスタマシーンがあるから、蕎麦よりは簡単だと思う。」
上川さんは厨房の一角にある、パスタマシーンを指さす。
少し古い型番で、最近はほとんど使われなくなっていそうだが、上川さんはパスタマシーンを指さし、そこに近寄り、色々と動かしてみて、頷く。
どうやら、まだまだ、早織のお店にある、このパスタマシーンは使えそうだ。
そう。まるで、この時を待っていたかのように、パスタマシーンは厨房の一角にたたずんでいた。
「うん。使えそうだね。大丈夫だ。まあ、専門学校時代しか経験はないと言ったけど、手打ちという面では、ほとんど一緒だから、趣味でパスタを作るよ。だから、安心して、任せてくれ!!それに・・・。」
上川さんが義信の方を見る。
「義信が料理に関してもやる気になってくれて嬉しいからさ。今日は張り切って休みを取って、ここに来たよ。」
上川さんはニコニコ笑った。
義信は照れたように頷く。
「いやぁ。それほどでも・・・・。」
「うん。やっぱり、お前は人のために動くと、すごく立派に働くな。」
上川さんは照れている義信に向かって、うんうんと頷いた。
「ふうっ。さてと。始めますか。よろしくお願いします!!」
「「「よろしくお願いします!!!」」」
僕たちは上川さんに元気よく挨拶をした。
早速手を洗うなど準備をして、調理に取り掛かる。
因みにだが、今日は、早織のお店は、お昼は臨時休業にしている。どうやら、早織と義信は勿論、これを機に、道三と真紀子、そして、早織の母親の美恵子も、生パスタの料理が提供できるように復習したいようだ。
つまり、いわゆる研修業務ということで、お店をお休みにしたそうだ。
「まず最初。パスタなので、蕎麦粉の代わりに使うのはコレ。小麦粉だね。“強力粉”と“薄力粉”の二種類。まあ、強力粉の方が水を吸って、すぐに固まると思ってくれれば。その分、麺にコシが出る。同時に歯切れのいいものにもしたいので、薄力粉も少し混ぜていく。七対三から、六対四くらいで、強力粉を多めに。水と、卵を入れて混ぜていく。」
上川さんはそう言いながら、小麦粉を取り出し、水と卵を加える。
「蕎麦粉の場合は水だけで良かったけど、パスタの場合は卵が必要だからね。そこは忘れないで。」
上川さんはさらに続ける。
「ここからは蕎麦を練るのと一緒だ。」
上川さんは粉を練っていく。まるで蕎麦を打つのと同じように。
一通りやって見せると、義信に交代させて、練り方を教えていく。
「うん。やっぱり、力があるから違うね。練る時間も短くて済みそうだ。力の入れるタイミングに注意して。」
上川さんの指示を受けながら義信は、どんどん粉を練っていく。
流石はガタイが良くて、力自慢の義信。あっという間に、生地の塊が完成した。
「うん。流石だね。力の入れるタイミング、忘れないで。」
いつになく義信に対して、真剣に接する上川さん。
「はいっ。」
義信は気合を入れて返事をする。
「さてと、早織ちゃんや皆さんにもやってもらうのですが、皆さんは義信に比べて、パワーはなさそうで、しかも、お店なので、大量に作らないといけないので。」
上川さんはもう一度、小麦粉を取り出し、粉を練っていくのだが。
「ある程度練り終わったら、こうして。」
上川さんは生地を袋に入れて、床にシートを敷いて。袋に入れた生地を床に置く。
そうして、靴を脱ぎ、足で袋に入れた生地を踏んでいく。
「こうやって、踏んで行って練っていく方が良いかもしれません。袋が破れないように注意して。楽しいと思うので、皆も是非。」
上川さんは僕たちを手招きする。僕たちは、早織や道三を含め、袋に入れたパスタの生地を、袋が破れないように注意しながら、足で踏んで練って行った。
何だろうか、今ここの瞬間でも、足裏からモチモチした生地の間隔が伝わって来た。
「うん。良い感じだね。まあ、キングオブパスタ本番は、野外で行われるので、このやり方だと、違和感を覚えるお客さんの方がほとんどだと思います。なので、皆さんはここで調理する時に使えばいいと思います。本番当日、野外イベントの際は、やる気に満ちた力自慢の義信に麵の担当を担ってもらいましょう!!」
上川さんは義信の方を見る。
僕たちはうんうんと頷く。
そして、道三は、義信を見て、少し涙を浮かべながら義信の肩をポンポンと叩いた。
「坊主。本当にありがとな。よろしく頼むぜ。」
道三はそう言って、義信に頭を下げた。
「爺さん。大丈夫っすよ。泣かないでください。お嬢のためですから。」
義信はそう言って、うんうんと笑っていた。彼の顔はギラギラとした熱血男の顔だった。
「さあ。後は生地を伸ばして、パスタマシーンでカットしていくよ。生地の伸ばし方は蕎麦を作る時でもやったよね。それとほとんど同じだ。」
上川さんはそう言って、生地を伸ばしていく。
そして、早織と義信、さらには森の定食屋の面々にパスタマシーンの設定の仕方をレクチャーしている。
「少し太めで。こんな感じで合わせて・・・・。」
上川さんはそう言いながら、麺の太さの設定を教えて行ったようだ。
そうして、引き伸ばした生地をパスタマシーンにセットして、カットしていくと、生パスタの麺が完成した。
完成した麺を見て、大きな拍手を贈る僕たち。
さあ。ここからは早織の本領発揮で、彼女の腕の見せ所。
完成した生パスタの麺に合わせる、具材の調理を行っていく。
「そう。いいぞ。」
道三の指導の元、早織は手際よく、山の幸、野菜やキノコをフライパンに入れ、炒めていく。
そうして、炒めた野菜にチーズ、牛乳を入れ、そのまま煮込んでいく。
「煮込む時間、間違えるなよ。」
道三の言葉に早織は頷く。
それと同時に生パスタの麺を茹でていく。
「うん。麵茹での時間も大事だ。特に生だからな。ここまでの坊主の努力を無駄にしないためにもちゃんと時間をしっかり。」
道三は、早織に真剣な顔で料理の腕を叩き込んでいく。
これまでも、そして、今日、さらにはこれからもそうしていくのだろう。道三の目は真剣そのものだった。
そして。
茹で上がった麵と、煮込んだ野菜を合わせて盛り付け、出品メニュー、三品目。【地元野菜のチーズクリームパスタ】が完成した。
完成したと同時に拍手が沸き起こる厨房。
早速、テーブルに運んで、試食する僕たち。
「「「いただきますっ!!」」」
声を揃えて僕たちは、出品メニュー三品目を口に入れた。
とろけるクリームチーズの味と香りが口いっぱいに広がる。
そして、生パスタのモチモチした食感も本当にたまらない。
「すごく美味しい。流石。」
僕はうんうんと頷く。
皆の反応も同じであるようで。
「本当、これこれ。こういうのが食べたかったなぁ~。」
史奈がニコニコ笑っている。いつもは、魚よりも肉を選択する史奈。今までの二品は、魚系のパスタだったためか、今回のパスタの美味しさを誰よりも喜んでいる。
「うんうん。友達に紹介したくなるね。」
葉月が頷く。
結花と、心音も、スマホで写真を撮る。そして、友達に自慢したいようだ。
「マジで映えるしいいね。あっ、安心して、この間の一件があるから、SNSにはあげないから。」
結花が早織を見て笑う。心音も一緒に頷いている。
思えば、黒山による、レシピの盗作の一件以来、本当に、早織はここまでよく立ち直ってくれたと思う。
そういう事もあったので、細心の注意を払いながら、結花と心音は、スマホのカメラに写真を収めていてくれたようで、ここにも感謝だった。
「うん。美味しい。学校の皆も、バレエ教室の皆も、食べてくれそう。」
加奈子がうんうんと笑った。
「うん。上出来だ。成長したな、お前も。」
上川さんは義信の顔を見る。
「いや。それほどでも・・・・。」
上川さんは、義信の義理と人情に深く感心しているようだ。
「キングオブパスタの時、本当に、頑張れよ!!」
上川さんはそう言って、義信の肩をポンポンと叩いたのだった。
「ふーっ。何はともあれ、これで、出品メニュー、すべてそろったね。」
葉月がうんうんと頷いている。
「うん。うん。すごい。さおりん。」
マユもニコニコ笑いながら頷いていた。
「早織ちゃん、すごく、頑張った。」
風歌もニコニコ笑っていた。
その言葉たちにすぐに反応し、目頭を熱くさせたのは、早織と、そして、早織の家族だった。
「お前たち・・・・。」
早織の祖父、道三が、目に涙を浮かべている。
「本当に、本当に、ありがとうなっ!!」
道三が精いっぱい僕たちに頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます。」
「ありがとう。皆。」
早織の母と祖母も頭を下げた。
そして。
「ありがとう。皆。皆のお陰で、何とかここまで来れたよ。」
早織は深々と頭を下げた。
僕たちは首を横に振る。
なぜなら僕たちは知っている。
全ては、早織の努力の結晶だということを。
「さあ。泣くのはまだ早いぞ。早織。キングオブパスタまで、出品メニューと、そして、定食屋の普段のメニュー。最後の追い込み。爺ちゃんがみっちり、叩き込むからな。」
道三は、早織に向かって、気合を入れて行った。
「うん。頑張る。ありがとう。お祖父ちゃん。」
早織は深呼吸して、そう言った。
そうして、料理を食べ終え、片づけを済ませる僕たち。
最後は、今日、同じ県内とはいえ、遠くから来てくれた上川さんに心からお礼を言って、それぞれ帰路に就いた。
ついに、春のキングオブパスタ。出品メニューが三品揃った。
あとはどれだけ、追い込めるか。
早織は勿論、それを支える僕たちも・・・・。
そう思ったとき、僕の心に、いや、僕たちの心に、キングオブパスタで優勝、目指すは三冠。そして、打倒黒山に向けて、火が付いていた。




