162.義信の一歩
「うん、うん。いいわね。こういうパスタが食べたかったのよ。」
「うんうん。マジで受けそうだし、映えそう。」
史奈と結花がニコニコと笑っている。
昨日、三品目のメニュー作りに悩んでいた早織。
女性受けするメニューを求めて、僕と加奈子と一緒にバレエ教室に見学に行った。
原田先生からヒントをもらい、翌日の生徒会室で、早速、生徒会メンバーに共有していた。
この日は家庭科部の活動はお休みで、生徒会メンバーは、家庭科室ではなく、生徒会室に集まっていた。
「えっと、三品目は、こういう生パスタを使って、クリームソースであえて、山の幸のクリームパスタを作ろうかと思っていたのですけど・・・・。」
三品目のメニューについての構想を、僕たちから聞かれた早織はスマホを取り出し、いくつか生パスタの写真と、クリームパスタの写真を見せた。
写真を見せた瞬間、まさに、史奈と結花の先ほどの反応があったわけだ。
史奈と結花の反応は、昨日のバレエ教室での、早織と、加奈子の反応とまったく同じだ。
そして、葉月もうんうんと頷いている。
「今まで魚介類は少し苦手だったから。こういうのが良いわね。」
史奈がさらに続ける。
「うんうん。私は魚介類の方も好きだけど、友達に紹介するなら、今から作ろうとしている、三品目のメニューの方だね。」
結花がニコニコ笑っている。
そこまでは良かったのだが、早織の表情は、昨日と同じような、少し暗めの表情に戻っていた。
「あの、そう、その、生パスタを作ろうと思ったのですけど・・・・・。」
早織は少し深呼吸をする。
「どうした?」
僕は早織の表情に気付き、彼女の顔を見る。
「あのっ。実は私、生パスタ、作ったことないんです。それならと思って、お祖父ちゃんに教えてもらおうと思って、昨日話したのですが。お祖父ちゃんも、お祖母ちゃんも、ママも、首をかしげて、難しい表情をしました。『ブランクがかなりあるのと、色々負担が増えるので、教えられるかなぁ~』というリアクションでした。」
という早織の返答だった。
そして、早織はさらに続ける。
「ブランクという面では、確かに、作ったことはあるのですが、最近はやってないそうで。特にお祖父ちゃんが入院してからは一度も。結婚式とかも、最近は入ってないですし、この間の会長さんのバレエ教室の打ち上げも、生パスタ以外のメニューを出しましたので・・・・。」
早織は下を向きながらそう頷く。
その不安は僕たちも感じることができた。確かにそうだ。
原田先生のアドバイスを参考にしても、実際に作った経験が無いとなると少しハードルは上がる。
早織は作ったことないにしても、早織のお店でも、特別な日を除いて、あまりやったことが無いという経験の少なさ。さらには、道三は退院できたとはいえ、道三は長期的に入院していた身。そうなると必然的に、難易度はかなり難しくなる。
「それに。」
「「「それに?」」」
早織はさらに続ける。僕たちも頷きながら早織の話に耳を傾ける。
「生パスタとなってくると、誰かがずっと、麺の担当をしなきゃいけない。粉を練ったり、色々と。そういう意味では負担が増えるというか。それもどうしようかと・・・・・。」
早織は少し下を向く。
「現にお祖父ちゃんもそのことを心配してました。『生パスタは結構準備に時間を要するので、イタリアン専門の店なら良いんだが、俺達みたいな、他のメニューも扱うようなお店の場合、そのパスタの準備をする担当が居ないとダメなんだよなと。でないと、他の料理を出す時間が限られてくると。だから、事前に貸切予約されていた、結婚式とか、そういう日にしか提供できなかったんだ。』と。」
僕たちも早織の言葉はものすごく一理あって、不安そうな早織を見つめる。
「確かにそうだね。さらには、本番の【春のキングオブパスタ】まで、一か月ほどしかないし、そう言う意味でもリスクがあるよね。」
僕は早織に同情するように語りかける。
他のメンバーも同じようで、加奈子と葉月が僕の言葉に頷く。
さらには、早織のメニュー案にかなり肯定的だった、史奈、結花も、表情を戻して、頷いていた。
そして、早織もそう頷こうとしたが・・・・。
バーンッ!!
机を叩く音がする。
「ちょっと待った!!」
義信が立ち上がる。
「お嬢、生パスタ。やりましょう!!前を向いてくだせえ。皆さんも、後ろ向きじゃあ、ダメっすよ。社長だって生徒会長だって、ピアノコンクールや、バレエの時も、沢山、短期間で色々なことを乗り越えてきたっすよね。それと同じっすよ。」
義信が僕と加奈子の方を向く。
そして、義信はさらに続ける。
「なんで皆、後ろ向きなんすか?そんな人達だったんすか?」
義信は生徒会室を見回す。
彼の言葉にハッとされるが。
「ま、まあ。そうだけど。今回は早織がそう言うし・・・。僕のピアノの場合は、一人だから出来たことであって、今回の場合だと、家庭科部の人とかに負担をかけてしまうことでもあるし、早織は全体を統括したいだろうし、追加のレシピの対応も・・・・・。」
僕は色々と義信にリスクを伝える。
道三から早織に生パスタの作り方を教わったとはいえ、今の早織と、早織のお店のスキルだと、早織はずっと生パスタの準備に張り付いていないといけない。
早織にはキングオブパスタの当日、色々とやることがある、いちばん大きな早織の役割は、何といっても途中から課される、追加のレシピ対応だろう。
出品メニューの他に、当日、お題が出され、それに合うレシピを作らないといけないのだ。
これは店長代理である、早織の仕事だ。
「ええ。社長の言うことは勿論わかります。要は、生パスタを準備する担当が欲しいっすよね?」
義信の言葉に僕たちは頷く。
「その役目。俺にやらせてください!!」
義信は拳で胸を叩き、大きな声で親指を立てた。
その言葉に、僕たちはポカーンとする。
早織もポカーン。
「さっきの後ろ向きの発言はよくありません。しかし、皆さんの言うこともわかります。言い過ぎたことはお詫びします。でも・・・・。頑張ってみませんか?いや。俺に頑張らせてください!!」
義信は全力で頭を下げる。
「俺も、社長のピアノ、生徒会長のバレエ、そして、お嬢の料理、そして、元会長の部活動、色々な所で、頑張る皆さんを見て見ました。俺も、自分の道を見つけたいです。爺ちゃんのホテルでもっと役に立ちたいと。思いました。だから。俺にやらせてください!!生パスタの担当!!」
義信はやる気に満ちた表情。
「あ、その、それはありがたいけど・・・。大丈夫なの?」
早織は義信に問いかけるが。
「大丈夫です。当てならあります。生パスタではないですが、粉を練って、麺を作る人なら会ったことあるでしょう?皆さん。」
義信のその問いかけに、ハッとする僕たち。
「そうだ。上川さん。」
僕は義信の方を見る。
僕たちは、義信ホテルで働いている、手打ち蕎麦が得意とする、上川さんの存在を思い出す。
義信は大きく頷く。
「でも、磯部君。上川さんはお蕎麦よ。スパゲッティだと・・・・。」
史奈が義信に向かって言うが。
「大丈夫っす。そもそも蕎麦と、パスタは材料となる粉が違うだけで、やり方はほとんど変わらないっすよ。」
義信が親指を立てて笑う。
「上川さんに教えてもらいましょう。」
義信は笑っていた。
「だ、大丈夫かな?磯部君、簡単に言うけど、上川さんのご都合が・・・・。」
早織が不安になるが。
「大丈夫っすよ。爺ちゃんに電話すれば来てくれるっすよ。そして、喜んで教えてくれるっすよ。」
義信が親指を立てて大きく笑った。
何だろう。義信の力強い言葉を信じてみたい僕たちがいた。
いや、信じなければならない。
僕たちは大きく頷いた。そして、早織の表情も笑顔になる。
「本当に良いの?」
早織が義信に聞く。そして。
「勿論です。皆の頑張ってる姿を見て、俺も頑張ろうと思いました。お嬢は、じいさんに言って、上川さんが来る日までに、生パスタの材料となる小麦粉を揃えてください。よろしくお願いします。」
義信はうんうんと頷き、笑った。
「ありがとう。磯部君!!」
早織は目に涙を浮かべてお礼を言った。
僕たちも同じで、義信の一歩に心からのお礼と感謝の賛辞を贈った。
こうして、出品メニュー三品目の計画が始動したのだった。




