159.いちばん有名、だけど、いちばん難しい
原田先生はうんうんと笑って、持ってきた鞄のファスナーを開ける。
双子の服職人、赤城兄妹のアトリエに興味津々で僕たちとともにやって来た原田先生。
春のキングオブパスタで着る、赤城兄妹が作成したユニフォームを見て、僕たちとともに感動していた。
その感動に、グッと来たのか、先生はニコニコ笑って、持ってきた鞄に手をかけていた。
そして、鞄からあるものを取り出した。
それは、バレエの衣装だった。しかも、二着、白いものと、黒いもの。
白い方は精錬された純白の衣装。黒い方は少し豪華なデザインが施されているようだった。
「君達の依頼はこれだ。この二つの衣装を参考にして、バレエの衣装を作ってもらいたい。」
原田先生は、赤城兄妹の目を見てうんうんと笑っていた。
「えっ!?」
「す、すごい。」
赤城兄妹の二人は目を丸くして、驚いている。
バレエの衣装ということで、彼ら二人には本当に豪華に輝いて見えるのだろう。
そして、赤城兄妹の双子の兄、隼人が原田先生に向かって言う。
「い、良いんですか?そんな、大仕事を。」
「ああ。勿論。君達の腕に頼み込んでな。それに、加奈子ちゃんとも仲良さそうだし。」
原田先生はニコニコと笑って言う。
「「あ、ありがとうございます!!」」
赤城兄妹揃って、原田先生に頭を下げる。
「おう。というわけで、この衣装を参考に、白と、黒の衣装を作ってみてくれ。この衣装をそっくりそのまま、真似るのも良し。少しアレンジするのも良し。新しい衣装が出来上がるまで、この二つの衣装は、ここのアトリエに貸してあげるから。」
原田先生は双子の目を見て、説明する。
「はい。ありがとうございます。」
隼人は原田先生の言葉に頷き、頭を下げる。
「本当に、ありがとうございます。」
未来も原田先生に向かって、頭を下げた。
原田先生は頷き、そして、僕を見た。
「さてと。少年。お前には、まだ、今年のバレエ教室の活動内容を発表していないから、ここで、発表させてもらう。双子ちゃんたちも、この衣装がどういうものかを説明するから、聞いておいてくれよ。」
僕と赤城兄妹はうんうんと頷いた。
「さてと、先ずは少年。今年は何をすると思う?」
原田先生が僕を見て言う。
「えっと、毎報新聞バレエコンクールですね。今、練習してますが・・・・。」
僕の言葉に原田先生は首を横に振った。
「あーっ、すまん、すまん。少年。私が聞いているのは、その後だ。つまり、今年の十二月、つまりは、お前が高校二年のときの、クリスマスコンサートだ。何をすると思う?」
原田先生は僕にそう質問する。
クリスマスコンサート。確かにそうだ。年に一度の発表会でも、今から振付して、いろいろ準備をして行かないと間に合わないだろう。
「えっと、毎報新聞バレエコンクールの報告とか・・・・。」
「ハハハッ。それも良いな。確かに。今年のコンクール報告だな。」
原田先生がうんうんと頷き、笑っている。
「そしたら、メインステージは何をしようか?お前も、クリスマスコンサートを見てるから、わかるよな。」
原田先生が優しく問いかける。
「えっと、『コッペリア』とかですか?」
「おおっ。いい線行ってるな。」
原田先生がうんうんと、頷く。そして。
「そしたら、少年、お前に発表しよう。今年のバレエ教室の活動内容を。」
原田先生は深呼吸する。
「今年のクリスマスコンサートのメインステージは、『白鳥の湖』、ここにあるのは、白鳥の姫、【オデット】と、黒鳥、【オディール】の衣装さ。」
原田先生はニコニコ笑って、先ほど、赤城兄妹に見せた白と、黒の衣装を指さす。
「すごい。」
「すごく有名。聞いたことあります。」
赤城兄妹はものすごく興奮した顔になる。
そして、僕も。
「すごい。バレエの中では一番有名ですよね。僕もいくつか曲を知ってます。」
僕は原田先生にそう応える。
「そうだろうな。だが、これは知ってるか?『白鳥の湖』は一番有名、だけど、一番難しいバレエだって。」
原田先生の言葉に僕は首をかしげる。
「それは初めて知りました。どんなところが難しいのです?バレエの動き方ですか?」
僕が知っているのはせいぜい曲くらい。バレエの内容はあまり知らない。
「おーっと、そしたら、またお前に問題を出そう。難しいといわれる理由は、お前もすこし考えれば、答えられそうだからな。」
原田先生は頷き、こう続けた。
「ちょっとヒントを出そう。『白鳥の湖』の簡単なあらすじはこう。王子様がある日、白鳥の姫、オデットに恋に落ちる。そのオデットと、結婚する約束をする。そして、迎えた舞踏会の夜。現れたのは、悪魔によって連れて来られた、その悪魔の娘、黒鳥、オディール。オディールはオデットと、そっくりだった。まるで瓜二つ。だから、王子様は、オディールをオデットと思い込んでしまい・・・・・。」
原田先生はニコニコと笑って、あらすじを語った。
曲名は知っているが、あらすじを初めて知った僕。少し考えると原田先生はうんうんと頷き。
「さあ、わかったか?さらにヒントを言うと、白鳥と、黒鳥はそっくりだということ。」
白鳥のオデットと、黒鳥のオディールはそっくり・・・・。
「そっくり・・・・、そっくり・・・・・。」
僕は少し考える。そして、赤城兄妹を見た。
赤城兄妹もうんうんと頷いている。
赤城兄妹が頷くのを確認して、僕は答えた。
「双子のバレエダンサーを見つけて、キャスティングすると・・・・。双子の特別出演者にオファーしたとか。」
僕は原田先生にそう答えを出す。
「ハハハッ。それだったら一番いいな。だが考えてみろ。バレエをやっている双子。しかも、そうなると、そこにいる男女の双子ではなく、女性同士のかつ一卵性の双子が良いな。しかも、お姫様で主役だから、長年やっている方が良いな。そういう一卵性の双子のバレエダンサーって、簡単に見つかると思うか?」
確かにそうだ。双子のバレエダンサーが見つかる確率もかなり低そうだ。それに、居たとしても、そのバレエ団に在籍してくれるかわからない。そうなると、双子のバレエダンサーを見つけるまでに、何十年、何百年もかかってしまう。
ということは・・・・。
「双子のバレエダンサーが見つかるまで、上演できない、つまり、演出家とか、指導者、キャストは一生に一度しか出演できない、奇跡の演目。だからですか?」
原田先生に、そう解答する僕。
「ハハハッ。そうだな。そしたら、一番難しいという表現はしないかな。そして、そこまで『白鳥の湖』も有名にならなかったかもしれないな。数十年、数百年に一度の演目になるとな。ちなみにだが、ウチのバレエスタジオには姉妹は居ても、双子はいないなぁ。次年度のクリスマスコンサートに出る子も、双子はいないぞ。」
原田先生はニコニコ笑って応える。
つまり、この対応から、双子という概念をリセットしないと、答えに導けなさそうだ。
白鳥と、黒鳥はそっくり。そっくり・・・・。
「あっ。わかったかも。」
僕はあることをひらめいた。
「おっ、何だ?言ってみ。」
原田先生は僕に答えを言うように指示する。
「白鳥も、黒鳥も同じ人がやる。一人二役。僕の好きなアニメ、ゲームの一つ、ポ〇モンもそう。色々な、ポ〇モンの役を同じ声優さんが、掛け持ちしてたりした。他のアニメも・・・・。」
「大正解!!」
原田が大きく頷き、大きな声で叫ぶ。
一緒に居た加奈子も、ニコニコ笑っている。
「すごい。すごいよ。輝。よくわかったね。」
加奈子は興奮している。
「は、はい。ありがとうございます。」
僕は遠慮がちに、照れたように言った。
「そう。一人二役やる。そして、白鳥と、黒鳥。異なるバレエの表現方法が求められる。だから、主役の二役やる人は、一番難しいとされるんだ。で、何で、次の年のバレエのコンサートはこの演目にしたかというと。」
原田先生は加奈子を見る。
「加奈子ちゃんは高校三年生。高校を卒業したら、地元を離れて、東京の大学、ひょっとしたら、海外の大学とかに通う可能性がある。そうなってくると、ウチのバレエ教室で、加奈子ちゃんの発表を見れるのが最後かもしれないな。ということで、最後にして、最高のバレエ曲。白鳥と黒鳥の二役を加奈子ちゃんにやってもらおうということだ。」
原田先生はうんうんと笑っていた。
僕も原田先生の言葉に、ああっ、と反応し、大きく頷いた。
確かにそうだ。高校三年生になる加奈子。バレエ教室でレッスンを受けられるのが、最後かもしれなかった。
「勿論、加奈子ちゃんにも了承済みだ。そして、受験に支障も出ないはずだ。何故なら、成績トップで、推薦が狙い放題だからな。その分、バレエに時間をかけられる。加奈子ちゃんも、勉強は勿論だが、バレエが好きと言ってるしな。」
原田先生はニコニコ笑っていた。
加奈子は少し照れている。
僕はその言葉に頷いて、拍手をする。
「輝。」
加奈子は僕を見る。
「お願い。クリスマスコンサート、全力で頑張るから、輝もピアノ弾いてくれる?」
加奈子は僕の目を見て言った。
「勿論だよ!!」
僕は大きく頷く。
「ハハハッ。そう言うと思っていたぞ。そしたら、ハイこれ。」
原田先生は分厚い、楽譜を二冊渡した。
「一冊目はピアノアレンジヴァージョンの『白鳥の湖』の楽譜、バレエスタジオでの練習はこれを使う。毎報新聞バレエコンクールの練習と一緒に、頑張って練習してくれよ。」
原田先生の言葉に僕は頷く。
「ただし。付箋が貼ってあるところは、やらなくて大丈夫だ。クリスマスコンサートの当日は、クラス毎の発表のステージもあるから、全部やると時間が取れないからな。去年の『くるみ割り人形』の時と同じように、付箋が貼ってある場所の曲はカットしてナレーション等で進めるぞ。付箋が採れてもいいように、ページ数が書いてある部分に鉛筆で、バツ印も付けといたからな。」
原田先生はニコニコ笑って、楽譜を説明した。
「はい。ありがとうございます。」
僕は原田先生にお礼を言う。原田先生は頷き、二冊目の楽譜を指さした。
二冊目の楽譜は一冊目の楽譜よりもさらに分厚い。
「この楽譜は、『白鳥の湖』のオーケストラの楽譜だ。つまり、総譜。色々な楽器のパートの楽譜が書かれているから、一冊目の楽譜よりも分厚いな。」
原田先生が説明する。
確かに、楽譜を開くと、オーケストラの総譜で、様々なパートの楽譜が印刷されている。
「この楽譜も、時間があるときに予習復習で、見ておいてくれ。この楽譜を使う時と、その他のバレエ教室の活動内容については、毎報新聞バレエコンクールとキングオブパスタが終わったら話そう。」
原田先生はニコニコ笑いながら、僕に説明した。
「はい。わかりました。ありがとうございます。」
僕は原田先生に頭を下げた。
「まあ、何はともあれ、先ずは、毎報新聞バレエコンクールと早織ちゃんのキングオブパスタ、全力投球してくれよ。ああ。『白鳥の湖』の練習も忘れないでくれよ。」
原田先生は僕の肩をポンポンと叩いた。
「すごいよ。輝君。生徒会長。頑張ってね。私も、負けないように頑張るから。」
早織はニコニコ笑って、僕と加奈子を見た。
「ありがとう早織。」
「ありがとう。負けないから。絶対。」
僕と加奈子はお互い自信に満ちた表情をしていた。
「す、すごいです。橋本さんに、生徒会長。」
「はい。感動しました。」
双子の赤城兄妹の、隼人と未来はニコニコと笑っている。
「お前たちは、先ずは、加奈子ちゃんの、白鳥と黒鳥の衣装を作ってもらう。そこにあるのは、私の衣装。私も、白鳥、オデットと、黒鳥、オディールの二役をやったぞ。」
原田先生は遠くを見ながら、うんうんと頷き、ニコニコと笑っていた。
「はい。やらせていただきます。」
「是非よろしくお願いします。」
そうして、赤城兄妹は早速、加奈子を更衣室のスペースに案内して、衣装の採寸を開始した。
やはりバレエの衣装となると、激しく動くため、細かい調整が必須なのだろう。
それを赤城兄妹二人もわかっていたのか、採寸にはいつもよりも時間を要していた。
「ふうっ、お待たせ。」
加奈子はニコニコ笑いながら、更衣室から出てきた。
「輝と一緒に、またクリスマスコンサートが出来て、すごく楽しみ。」
加奈子は僕の肩をポンポンと叩く。
「勿論、僕もだよ。頑張ろう。」
僕は気合を入れて、加奈子にそう応えた。
「あの、いつもより、細かく採寸させていただいたので、時間をかけてしまってすみません。もしかしたら、バレエということで、かなり動くと思いますから、微調整をその都度させてください。」
隼人は原田先生と加奈子を見て、申し訳なさそうにしているが。
「当たり前だろ。勿論だ。他にもわからないことがあったら聞いてくれよ。ああっ。費用も払うから、見積もりもよろしくな。出来たら取りに行くから。」
原田先生はそう言って、連絡先が書いた紙を赤城兄妹に渡したのだった。
「「ありがとうございます。」」
赤城兄妹は原田先生にお礼を言った。
そうして、赤城兄妹に見送られ、キングオブパスタで着るコック服を手に抱えた早織、ニコニコ笑っている原田先生、少し緊張しながらも、やる気と自信に満ちている加奈子と一緒に双子のアトリエをあとにしたのだった。
一月の成人の日を含めた三連休。
今年も、沢山のイベントが、僕たちを盛り上げてくれる。そんな予感がしたのだった。




