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149.スイートルームの夜、早織編


 「「「最初はグー、ジャンケンポン!!」」」


 「か、勝っちゃった。」

 嬉しそうに微笑む早織。今日のじゃんけん大会を制したのは早織だった。


 「やったじゃん。八木原さん、頑張ってる八木原さんに神様からのプレゼントだよ。」

 結花がニコニコ笑って微笑む。

 「そうね。こうして頑張っている早織ちゃんには、どれか一夜くらいプレゼントしても良いかもね。今日の勝者が早織ちゃんで良かったわ。」

 史奈がうんうんと、頷いている。


 そうして、早織以外の面々がこの部屋を出て行く。


 「その、み、皆さんすみません。おやすみなさい。」

 早織は少し緊張しながら、部屋を出て行く皆を見送るが、皆は気にしないで。という表情をして、部屋を出て行った。


 僕と早織だけになるスイートルーム。

 早織は振り返って、僕を見る。


 「改めてよろしく。輝君。」

 早織は僕に向かってにっこりと笑う。


 「うん。よろしく。早織。」

 僕は早織に笑顔で頷く。そう。この一夜は、本当にここまで頑張った早織へのプレゼントだと思う。


 「でも、本当にごめん、ちょっとだけ、その机借りてもいい?」

 早織はそう言って、机を指さす。


 僕は頷く。そうして、早織は鞄からノートを取り出し、机に備え付けられている椅子に座る。


 そして。彼女のスマホを取り出す。

 早織はLINEを開き、心音と結花から送られて来た、動画を一つ一つ保存する。


 そう。この動画は、今日の義治とともに作った料理の記録。

 机の上にあるノートは、葉月と加奈子が取ってくれた、義治の料理の記録。


 動画を見て、そして、ノートを見て、早織は今日の復習を始めた。


 その姿に胸を打たれる僕。

 いつだってこうやって頑張っている早織。真面目に熱心に取り組む早織。


 本当にすごいと思う。


 「すごい。すごいよ早織。誰よりも努力しているんだね。」

 僕の言葉に早織はコクっと頷く。


 「うん。ありがとう。輝君。机、ちょっと広いからはかどりそう。」

 早織はそうして、動画を見て、葉月と加奈子が記録してくれたノートを見て、自分のノートにそれを写していく。


 そして、タダ写していくのではない。

 葉月と加奈子のノートに書いてある文字に自分の言葉で付け加えながら、よりきめ細かく、ノート、つまり、早織のレシピを作成していく。


 こうして、集中していく早織。


 その早織の姿を見て、僕も何かできないかを考える。

 「コーヒー、飲めたっけ?」

 僕は早織に聞く。


 早織はうんうんと頷く。

 部屋に備え付けられていた、電子ポットでお湯を沸かす。

 カップにインスタントコーヒーの粉を準備して、コーヒーを入れる。


 そして、おそらく、そのままブラックの状態は早織は苦手だと思う。僕もそうなので、これも備え付けられていた、ガムシロップとミルクを入れて、早織に差し出す。


 「ごめん、これくらいのことしかできないけど。」

 僕は早織にコーヒーを差し出す。


 「ありがとう。輝君は優しいね。」

 早織は少し涙目になる。

 それを見た僕。ここはスイートルームで、今いるのは僕と早織の二人だけだ。


 僕は、早織の両肩を持ち、後ろから抱きしめる。

 早織は、椅子から立ち上がり、僕の方に向き直り、彼女の両手を僕の背中に回すのだった。


 思わず抱きしめ、唇を重ねる。

 だが、今はここまで。お互いにこれ以上のことを制止する何かが働き、再び早織は机に向かう。


 そうして、再び、真剣な表情で彼女のノート、彼女のレシピ本を作っていく。

 

 僕はそれを見て、スマホを取り出す。

 そして、YouTubeの動画サイトを開いて、ピアノ曲を再生する。ショパンのワルツ集の動画、その中でもいくつか僕の好きなもの、そして、早織が僕や風歌の演奏を通して、一回でも聞いたことがあるものを再生していく。


 夜、静かなスイートルームに、ピアノの音が静かに流れた。

 落ち着いた、ピアノの音が、僕たちを祝福していた。


 「ふふふっ。輝君が弾いているみたい。」

 早織は微笑みながらこちらを見る。

 「そうだね。ここにピアノがあればいいんだけど。」

 僕はニコニコ笑いながら、そう答えた。


 当たり前ではあるが、ここは温泉街のホテル。大半の客が観光目的だ。

 流石にスイートルームでも、そう言う設備はないようだ。


 「フロントとかにはあるかな?あっても今の時間帯は迷惑かも。」

 「そうだね。」

 早織はニコニコ笑い、再び机に向かった。


 そうして、僕は早織の邪魔にならないよう、僕の分のコーヒーをもって、ソファーに移動する。

 身体を少し揺らしながら、ピアノの音に耳を傾けた。


 僕も耳を傾け、ピアノを弾いている自分をイメージする。

夜のスイートルーム、静かなこの部屋に、僕のスマホから流れるピアノの音が響いていた。


 そうして、ピアノを弾く僕をイメージしながら、聞いていると。

 なんだか手も動かしたくなる。


 ということで。

 「ごめん。早織。ちょっと曲変える。」

 僕は早織の方を見て、そう言うと、早織はコクっと頷いた。


 そうして、次に再生した曲は、合唱の曲だった。

 早織にもなじみがあるような、小学校や中学校で歌う、比較的有名な合唱曲。


 「あっ、それ知ってる。」

 早織はうんうんと、頷く。


 「ごめん、口ずさみながらでもいいから、集中力、保っててくれると嬉しいな。」

 僕の言葉に早織は頷く。


 「全然、大丈夫だよ。」

 早織はそうして、再び集中した。


 そして、僕は合唱曲を聞きながら、腕を動かす。そう、指揮をしてみる。

 言葉をなぞりながら、言葉を聞きながら、丁寧に、丁寧に、指揮をする。


 集中している早織が居るので、あまり盛り上がらない、静かめな合唱曲を何曲か再生し、その一つ一つを僕は腕を振り、指揮をする。

 ついには、ソファーから立ち上がって指揮をしていた。指揮者の真似をしていた。


 そうして、何曲目かの合唱曲の再生が終わったころ。


 「お待たせ。輝君。」

 早織の声に合わせて振り返る。

 机を見ると、早織は今日の復習に使用したノート以外にも、数学や英語の問題集が置かれている。

 どうやら、冬休みの課題もここで仕上げていたようだ。


 「すごいね。早織。本当に頑張ってるよ。」

 僕はそう言うと、早織はニコニコと笑っていた。


 「最後の曲、見てた。輝君の伴奏も凄かったけど、今度は輝君の指揮でも歌ってみたい。」

 早織のこの言葉に少し照れる僕がいる。


 「ありがとう。早織。」

 「こちらこそ、ありがとう。」

 お互いの身体を抱きしめる僕と早織。


 やはり僕も、早織も少し汗をかいている。

 「汗びっしょりだね。指揮してたから。」

 早織はニコニコ笑う。

 「それを言うなら、早織だって。」

 僕は早織に向かって微笑む。


 「本当に集中していたんだな。」

 僕は早織に向かって、うんうんと、頷く。


 「ねえ。輝君。ここからは、私だけを見てくれる?」

 「勿論だよ。」

 早織の言葉に僕はすぐに頷いた。断る理由なんて勿論無い。本当にさっきまで、そして、この数か月間、誰よりも頑張っていたのだから。


 「汗びっしょりなら、この部屋には・・・・。」

 僕は窓を指さす。

 「うん、知ってる。女将さん、磯部君のお婆さんが説明してた。」

 早織はうんうんと頷く。


 そうして、窓を開け、僕は備え付けの露天風呂にお湯をためていく。


 「ねえ。一緒に入ってもいい?」

 早織がそう聞いてくる。

 僕は胸の鼓動が速くなる。少し緊張しているが首を縦に振った。断ることなんてできない。


 そうして、お互いに服を脱がせて、バルコニーにある、露天風呂へ。

 汗を流し、お互いに温まったら、ベッドへ向かう。


 お風呂で、ベッドで、何があったかは言うまでもない。


 ただ。明日も朝食の支度があるので、少し早めに切り上げて、お互いの身体を抱きながらぐっすり眠る僕と早織だった。





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