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145.大晦日の年越し蕎麦

 ホテルに滞在して、五日目、この日は十二月三十一日の大晦日である。

 昨日は、修業の成果として、早織が原田先生と吉岡先生に料理を振る舞い、早織の成長を見せた感動的な一日だった。


 いつも通り、朝食ビュッフェの準備をし、朝食を済ませる僕たち。

 朝食の会話からは、昨日の話題で持ちきりだった。


「本当に、すごかったよね。早織ちゃん。」

 葉月がニコニコ笑う。

「うん。あの先生の表情は本物だよ。」

 加奈子がニコニコ笑いながら、早織に語り掛ける。


「皆さん、ありがとうございます。」

 早織は顔を赤くしながらも、どこか自信に満ち溢れた表情をしていた。


 朝食を済ませると、大晦日の今日も、原田先生、吉岡先生の案内のもと、スキー場へと赴いた。


「皆、昨日スキーは楽しかったし、私も楽しかったからな。私たちは今日の午後には帰るけど、それまで楽しもうか。」

 原田先生はニコニコと笑って、車を運転する。

 そして、ミラー越しに早織を見る。


「そして、昨日のお礼だ。本当に驚いたよ。あそこまで、早織ちゃんの料理の腕が上がるとはな。」

 原田先生はうんうんと頷き、勢いよくアクセルを踏み、山道を走る。


「あの、ありがとうございます。」

 早織は少し自信をもっているようだった。


 そうして、今日も昨日と同じスキー場にたどり着き、昨日の復習がてら、初心者向けのコースで準備運動として、身体を慣らしていき、中級者コースへ。


 少し緊張しているが、昨日よりワクワクしている僕が居た。

 そして、早織と風歌はここから分かれて、そり遊び、ではなく、初心者コースを繰り返し練習した後に、そり遊びをするということだった。


「にへへっ、みんな見て、初心者コースを何回も繰り返して遊んでいたい。」

「私も。」

 ということなので、風歌と仲の良い、心音がここに残って、初心者コースを繰り返し練習する、早織と風歌を見守るのだった。


「いつでも交代するからね。」

 と、僕は心音に声をかけるが。


「大丈夫。昨日色々と自信がついたみたいだから、そのうち、二人だけでも滑れそうだよ。そうなったら、私も合流するよ。」

 心音はそう言って、僕たちを中級者コースへ送り出してくれた。


 何回か中級者コースを滑っているうちに、麓に降りて、初心者コースの早織と風歌の様子を見る。

 二人とも初心者コースであれば、二人だけで、出来るようになった。そこを見計らって、心音も合流する。


「じゃあ、私も皆と滑って来る。」

 心音は早織と風歌に向かって、手を振る。


「ありがとう。心音ちゃん。」

「ありがとうございます。」

 風歌と早織は、ニコニコと笑って、手を振っていた。


 心音も入れて中級者コースを滑ると、そろそろ昼時、そして、今日は少し早めにホテルに戻る時間となる。


「それじゃあ、最後に、上級者コースと行きますか。大丈夫。このコースでも転倒する人は居るし、何といっても景色が綺麗だから。」

 原田先生はニコニコ笑いながら、僕たちをリフトに促す。


 上級者コース。聞くだけでも、すごく緊張したが。リフトを降りると、その緊張が一気にほぐれた。

 このコースは山頂付近からのスタートで、見渡す限りの景色が広がる。


 うっすらと小さくではあるが、ホテルニューISOBEがある方向も見渡せる。

 遠くに湖も見渡せ、四方の山々もはっきりと見える。


「どうだ?少年。来てよかっただろ。これを見せたかった。お前たちにな。」

 原田先生は僕たちに声をかける。


「うん。輝君も皆も、早織ちゃんのサポートお疲れ様。当の早織ちゃんはスキーが苦手で、ここに居ないみたいだけど、この景色、写真に撮ってあげて。」

 吉岡先生は心音と結花に指示を出し、スマートフォンで写真に収める。


 そして。山頂から、一気に滑り降りて行った。


 といっても、原田先生と吉岡先生について行く僕たち。二人は僕たちに配慮して、斜面がなだらかな場所を選んで滑ってくれているようだった。


 上級者コース、確かに、何度も転倒してしまったが、山頂から滑り降りる、周りの景色をしっかりと目に焼き付けている僕が居た。

 どこまでも広がっていく山々、広い大地が僕の目の奥にしっかりと映っていた。


 そうして、スキー場の麓まで滑り降り、初心者コースを二人で滑っていた、早織と風歌と合流する。

 二人とも、十分上手に滑れていたようで、次は僕たちと一緒に中級者コースに出られそうな、そんな感じがした。


「にへへっ、ちょっとだけ、上手くなったかも。」

「うん。私も、体動かすの苦手だったけど。来てよかった。」

 風歌も早織もリフレッシュ出来ていたようで安心した。


 そうして、僕たちはロッジで昼食を済ませる。

 山頂付近で撮った写真を早速、早織と風歌に見せる僕たち。


「綺麗。ここに居れば、もっと上手になって、この場所に行けるかなぁ。」

 早織は景色に見とれている。

「すごい。私にはここまで、行けないかもだけど、スキーは楽しかった。」

 風歌はやはり、まだまだ、スキーは苦手そうだが、写真の風景を笑顔で見ていた。


 そうして、昼食を済ませて、昨日より速めの時間帯に、ホテルに戻る。


「ありがとな。すごく楽しかったぞ。」

 原田先生はニコニコ笑っていた。


「はい。ありがとうございました。」

 僕は原田先生と吉岡先生にお礼を言う。


「「「ありがとうございました。」」」

 皆も声を揃えてお礼を言った。


「うんうん。頑張ってて良かったよ。早織ちゃん・・・。」

 原田先生と吉岡先生はお互いに早織を見て、こちらに来るように、手招きさせる。


 原田先生と吉岡先生の元に、駆け寄る早織。


「よく頑張ったよ。大丈夫。自信もって。」

「うん。本当に、料理、美味しかった。」

 原田先生と吉岡先生は早織の肩をポンポンと叩いて、ハイタッチした。


「はい。ありがとうございます。」

 早織は二人に頭を下げる。

 そうして、僕たちは二人の車を見送り、ホテルへと戻り、部屋で着替えをして、夕食の準備を始めた。


 

 厨房へ向かう僕たち。大晦日の今日は少し早めに厨房に来て欲しいと義治から言われているので、その時間に向かう。


 厨房の入り口で義治と義信が出迎えてくれる。


 いつも通り、仕度を済ませて、厨房へ。


「さてと。昨日の夕食で、一通りの基礎は出来ていたので、今日は、特別メニュー。この冬休み中、皆、頑張ってくれたので、特別に、限定メニューの一つを教えようと思う。」

 義治はニコニコ笑った。


「といっても、事前に予告した通りだが、大晦日限定のメニュー、年越し蕎麦を作ろう。教えるのは、僕じゃなくて、副料理長の上川さんで。」

 ということで、義治の案内のもと、厨房の隣の小部屋、蕎麦を作る小部屋へ向かう。

 そこには、副料理長の上川さんが、温かく出迎えてくれあ。


「こんにちは。昨日は大活躍したんだって?」

 上川さんがニコニコと僕たちを見つめ。そして、早織に向かって微笑む。


「は、はい。まだまだ、力は及びませんが。」

 早織は謙遜するが。


「そんなことはない。自信を持って。」

 上川さんは早織に向かって、大きく頷く。


「は、はいっ。ありがとうございます。」

 早織は上川さんに向かって頭を下げた。


 そうして、上川さんとともに年越し蕎麦を手打ちで作っていく。


「社長に皆さん、粉挽をを改めてしますんで見ててくださいね。」

 義信が得意げになって、石臼の元へ。


 本当に、重い石臼を軽々挽いて行く。

 以前も見たのだが、本当に軽く挽くよなと思う。


 そうして、石臼から出てきた粉を上川さんが受け取っていく。そして。


「義信、お前もここから見ておけよ。この作業も力が要るからな。」

 上川さんは得意げになって、義信に言い聞かせる。


「へいへい。わかりました。」

 義信はそうして、石臼で粉を挽く作業を止めて、こちらに注目する。


「さてと、この作業も比較的力が要るけど、石臼ほどではないからね。安心して。」

 上川さんはニコニコと笑う。まずは見せた方が早いと思ったのだろう。


「義信が挽いてくれた粉に、水を入れる。水は少量で良くて。すると・・・・。」

 上川さんは手で、水と粉を混ぜていく。

 するとどうだろうか、みるみるうちに、細かい粉が無くなり、一か所に塊りが集まって来た。


「ここからこうやって体重をかけて練っていく。」

 上川さんは蕎麦粉の塊を体重をかけて練っていった。


 するとどうだろう、しばらく練っていると、先ほどまでザラザラと粗かった表面が、ツルツルとした光沢のある蕎麦粉の生地に仕上がった。


 そうして、生地を棒で手際よく引き伸ばして、薄く、さらに薄くしていく。


「すごい。」

 上川さんの腕に見とれる早織。


 そして、薄く引き伸ばしたら、生地を畳んで、大きな包丁と板を押さえて切っていく。


「これはこま板と呼ばれる道具。こま板はずっと抑えているだけで良い、包丁を傾けて切る、傾けて切る、その分傾けた分だけ、こま板が動いて行って次の生地を切っていく仕組みだ。」


 そうして、上川さんは蕎麦の生地を切っていった。

 本当に、リズムよく、そして、テンポよく切っていく。


 そして、ゆであがる前の最高の蕎麦が出来上がった。


「次は、早織ちゃんもやってみよう。見てるから。」

 上川さんの言葉に頷く早織。


「はい。頑張ります。」

 早織は気合を入れて、義信が挽いてくれた粉を受け取り、その粉に水を加え始めた。


 昨日の一件からだろうか、早織は自信に満ち溢れた表情をしていた。

 粉を練っていく早織。早織にとっては少し力が必要か。と思ったが、それも杞憂に終わる。早織の自信に満ちた表情が、早織の力の後押しとなっている。


 僕たちも早織が作った、蕎麦の生地を確認して、交代して練り始めた。


「うん、ツルツルで光沢感があって、良い感じ。」

 僕は早織に親指を立てて、生地の状態を伝える。


 他のメンバーも同じ表情をしていて、蕎麦作りに興味津々のようだ。


 早織は、生地を伸ばす。


 ー薄く、薄く・・・・。ー

 早織の心の声、深呼吸しながら、生地と対話している。


 そして。

 十分に薄くなった生地を畳み、生地を切る作業に移る。


 包丁を細かく傾けて切っていく。

 リズムはやはり上川さんよりゆっくりだが、着実に着実に、生地を切っていき、ゆであがる前の蕎麦が完成した。


「やった。」

 早織はふうっと一息を着く。


「お疲れ様。早織。」

 僕は拍手を贈る。

「やったじゃん、すごいじゃん。マジ映えた。」

 結花はニコニコ笑いながら心音とハイタッチを交わす。


「うん。本当にお蕎麦だ。茹でる前だけど、おいしそう。」

 加奈子がニコニコと笑っている。

 他のメンバーもそろって拍手をした。


 さあ。ここからは、昨日までに復習した箇所が多くなる。

 義治とともに、蕎麦の汁を作り、付け合わせの天ぷらを一緒に揚げていく。


 そして。


 ホテルニューISOBE、大晦日の限定夕食メニュー、年越し蕎麦と懐石料理のセットが完成した。


 大晦日の夕食の時間、僕たちはテーブルを囲んで、その年越し蕎麦を一緒に食べることになった。


「いや~。皆さん。本当にホテルの修業、お疲れ様でした!!爺ちゃんも喜んで居ましたよ。」

 義信がニコニコ笑って挨拶をする。

「特にお嬢、本当に成長力は半端ないっす。ここに来て本当に良かったすよ。」

 義信の言葉に早織が深々と頭を下げる。


「ほ、本当にありがとう。磯部君。磯部君のお陰で、自信を取り戻すことができた。ありがとう。」

 早織は義信にそう言うが、僕たちはその言葉を待たずして、早織に心からの拍手を贈った。


 本当に、本当に大きな拍手だった。


「早織、本当によく頑張ったね。」

 僕はニコニコ笑いながら、早織に言う。

「本当だよ。八木原さんの半端ないフルパワーにこっちも驚いちゃった。」

 結花が僕の言葉にさらに続ける。

「うんうん。早織ちゃんすごい。」

 風歌がさらに続ける。


「ばっちり、早織ちゃんの活躍はカメラに撮ったからね。自信持てよ、あの黒山とか言う、クソジジィに負けんな!!」

 心音が気合を入れて、早織に向かって行った。


 僕たちは、そうだ、と言って頷き、もう一度早織に拍手を贈った。


 そして。


 史奈が立ち上がる。

「早織ちゃんももちろんだけど・・・・・。」

 史奈は深呼吸してさらに続けた。


「皆も今年一年、本当にお疲れ様でした。一年生の皆は、全員生徒会メンバーなので、生徒会に入ってくれて、本当にありがとう。皆と出会えて本当に嬉しかったです。」

 史奈はニコニコ笑って、そう言った。

 その言葉に、皆、全員拍手を贈る。


「そうだよね。早織ちゃんもそうだけど、今年一年は輝君も凄く活躍したんじゃない。輝君も本当にお疲れ様。」

 葉月がニコニコと笑う。


「うん、輝も本当にお疲れ。コンクールと言い、私のバレエ教室の手伝いと言い、本当にありがとう。」

 加奈子がニコニコと笑う。

「うんうん。ひかるんとそのお陰でまた再開できて本当に嬉しかった。私も今年、ひかるんを見て、陸上頑張れたよ。」

 マユがうんうんと、大きく頷く。


「み、みんな・・・・。」

 僕は一瞬涙目になる。

 今年一年の出来事を全て思い出した。


 今年の始めは、伯父の家で引きこもっていた僕、だけど、葉月のお姉さんを助けて、この学校に入学したこと、皆と出会えたこと、加奈子のバレエの手伝いをして、もう一度一歩踏み出したこと。

 合唱コンクールの最優秀伴奏者賞、文化祭、そして、ピアノコンクール。


 その出来事は全て、今年一年の出来事だ。


 本当に密度の濃い一年を過ごした。


「皆、本当にありがとう。僕も、皆と出会えて本当に良かった。」

 僕は皆に深々と頭を下げた。

 涙をこらえているのを悟られないように。


 その時、大きな拍手が贈られていた。本当に感謝だった。


「ふふふっ、それじゃあ、ここからは、今の生徒会長である、加奈子ちゃんに挨拶してもらいましょう。」

 史奈が加奈子の方を見る。


 加奈子は立ち上がり。


「それじゃあ、今年一年の感謝と、来年も皆とたくさんの思い出が出来るように。願いを込めて。乾杯!!」

「「「「乾杯~!!」」」」

 加奈子の掛け声に僕たちは乾杯をした。


 当然、未成年なので、コップの中身は、ジュースやコーラ、サイダーであったが、素晴らしいひと時だった。


 僕たちは、今年一年の思い出を思い返しながら、年越し蕎麦と懐石料理の夕食を食べた。

 一つ一つの味を噛みしめ、噛みしめる度に、思い出がたくさん溢れて来た。


 そう。年越しそばの味は本当に美味しかった。



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