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144.修業の成果  

 

 ホテルに戻り、着替えを済ませ、夕食の準備のために厨房へと向かう僕たち。


 厨房の入り口にはいつも通り、義治と義信が出迎えてくれていた。


「お帰り、皆。スキーはどうだったかな?」

 義治が優しく語り掛けてくれる。


「はいっ。とても楽しかったです。」

 僕はそう応えると。

「そうかそうか。楽しんでくれたみたいで良かったよ。」

 義治がニコッと笑う。


「早織ちゃんはどうだったかな?」

 義治が早織にも目を合わせる。

「はい。リフレッシュできました。風が気持ち良くて。」

 早織は素直に応えると。義治は親指を立てて笑っていた。


「すみませんでした。社長に、お嬢。溜まった業務があったので、今日の案内は、生徒会長のバレエの先生にお願いしていただきました。」

 義信はそう頭を下げるが。


「いやいや、むしろ僕たちのために、時間を割いてもらっちゃって、ありがとう。申し訳ない。」

 僕は義信に頭を下げる。

 その通りだ、義信は、いくら祖父母の経営するホテルとはいえ、ここのホテルの正規の住み込みバイトとして、来ているのだから。


 他のメンバーも僕たちのためにここまで時間を割いてくれた義信にお礼を言った。


「いやいや、皆さんまで、気にしないでください。」

 義信は遠慮深そうにそう言った。


 そうして、僕たちは義信と義治に厨房に案内された。


「さてと。今日は。短い間だったけど、このホテル、今までの修業の総まとめとして、早織ちゃんに料理をすべて作ってもらおう。」

 義治の言葉に早織は勿論、僕たちも身構えてしまう。


「ああっ、全員分、作ってもらうのではなくて、生徒会長さんのバレエの先生。あの二人。早織ちゃんも知り合いだって聞いてるから。そうだよね・・・・。」

 義治は早織に確認する。


 早織はうんうんと頷く。

 僕たちは義治の言葉を聞いて、胸をなでおろす。


「あの二人には一番早い時間帯の夕食の時間を知らせているから。僕からドッキリを仕掛ける感じでさ。あの二人の料理だけ、全部、早織ちゃんが作ってみよう。ああ、勿論、ついでに、ここに居るメンバーの料理も作ってみよう。」

 義治の言葉に、早織は少し表情が和らいだが、まだまだ、緊張は解けない様子でいる。


「大丈夫。僕も、そして、ここにいる皆も、フォローするからさ。」

 義治はそう言って、早織の肩をポンポンと叩く。


 少し深呼吸する早織。そして。


「はい。頑張ってみます。」

 義治は親指を立てて笑う。僕たちもガッツポーズをして、早織を応援することに。


 こうして、突然ではあるが、原田先生と吉岡先生のドッキリ企画のようなものが始まった。


 昨日までの要領を押さえながら、全神経を集中していく早織。


 先ずは茶碗蒸し。

 卵を割り、出汁を入れ、具材を詰める。今日の茶碗蒸しの具材は、松茸とエビ。松茸を薄く切り、エビの皮を綺麗に剥いて具材を詰めていった。


 横で見ていた義治と僕たち。

 義治は大きく頷いて、大丈夫だな。という表情をしている。


 僕たちも早織が作る料理を見届け、早織の指示のもと食器の出し入れをしている。


 蒸し器に茶碗蒸しを入れ、蒸し始める。

 そうして、蒸し器から松茸の香りが漂い始めて、安心する。


 しかし、安心するのはまだ早い、蒸している間に、他の料理の作業をする。

 次は山の幸の煮物を作っていく、里芋、蓮根、そして、大根とシイタケを入れ、出汁を使って煮込む。鳥そぼろと、アンをかけるのも忘れない。

 さらには、焼き魚として、アユの塩焼きを準備する。


 鮎に切れ込みを入れ、義信に手伝ってもらい、炭火を準備する。


「輝君、ごめん、磯部君と一緒に、炭の方、見てもらってていい?」

 早織がそういうので、僕は親指を立てて、頷く。

 こうして、義信と一緒に、炭火と鮎の焼き具合を確認する。


 その間にも早織は、夕食の準備を着実に進めているようだ。


 

「どうっすかね?社長。」

「そうだね。今は見守るしかないよ。」


 僕は義信にそう言いながら、炭火の様子を見る。

 そして、そう。この言葉は自分自身にも、言い聞かせている。


 今はただ、早織を信じるしかない。早織のために、僕は、僕たちは精一杯やるだけ。


 ー頑張れ。早織。ー

 祈るように、遠目で、早織を見つめていた。


 早織は、今日のメイン、すき焼き鍋に取り掛かっているようだ。

 具材の切り方、盛り付けの見せ方、一つ一つ丁寧に、包丁をさばいている。


 早織の後姿は迷いはなさそうだ。


 他にも、小鉢にかぼちゃの煮つけや、漬物、卵豆腐を盛り付けていく。

 これも義治から習ったものだ。


 そして。

「社長、いい具合に焦げ目がつきましたよ。お嬢の元へ。」


 炭火から引き上げたアユの塩焼きは、今まで以上に、丁寧に焦げ目がつき、しっかりと炭火で焼かれていた。上出来だった。


 義信からアユの塩焼きを受け取り、早織のもとに届ける。


「ありがとう。輝君。」

 早織は大きく頷いて、自信に満ちた表情に変わっていった。


 そして、僕は気付く、これまで義治がフォローした部分は全くない。

 確かに、わからないところを聞く場面はあったが、義治はそれに応えただけで、義治はこれまで一つも、調理器具や食材に触れていないことに気付く。


 出来上がった鮎の塩焼きを見ても、うんうんと大きく頷いた。


 早織はここまで完璧だった。強いて言えば、調理に掛ける時間が遅いくらいだが、義治が補助していないのを見ていると、おそらく、それはまだ許容範囲なのだろう。


 いいぞ、いいぞ。早織。


 そうして、残りの作業は天ぷらと、お造りだけになった。

 揚げたての天ぷらと新鮮なお刺身。夕食の直前に用意していく。


 先ずは、天ぷらから。

 舞茸、エビ、茄子に蓮根と天ぷらを揚げていく。

 野菜とエビの油の温度の違いに注意して、そして、衣の原料の状態に注意して、早織は丁寧にネタに衣をつけて、油で揚げていった。


 そうして、天ぷらが出来上がり、お皿に盛り付けていく早織。


 よし。後はお刺身のお造りだけだ。

 そして、早織がお刺身を作り始めるころ、最初の夕食の時間が開始された。


 宿泊客が夕食の食事処に案内される。その中には、原田先生と吉岡先生の姿も。


「折角だから、君達、あの二人に料理を運んでお出ししてみよう。」

 義治の言葉に僕たちは頷く。


 そうして、早織が作った料理を台車に乗せ、原田先生と吉岡先生のもとに運んでいく。


「お待たせしました。まずは前菜になります。」

 僕は二人にそう挨拶して、二人のテーブルに、前菜を乗せていく。


「おおっ、少年も手伝い、ご苦労。」

 原田先生は上機嫌だ。


 そして。前菜を見てニコニコと笑う原田先生と吉岡先生。


「おおっ、上手そうだ。流石はホテルのメシだな。」

「うん、美味しそうだね。輝君。」

 原田先生と吉岡先生は、うんうんと頷いている。


 まるで、美味しい食べ物にありつけた、子供の時のような目をしている。


「ということで、少年。ビール二本持ってきてくれるか?」

 原田先生はそう言うので、僕は頷き、厨房に下がる。


 そして、厨房に下がったふりをしつつ、厨房の入り口付近に待機して、僕は、いや、僕たちは、原田先生と吉岡先生の様子を見る。

 箸を取り出し一口目を食べる二人。


 その表情は美味しく食べている表情だ。

 それを見計らって、僕は合図し、今度は史奈が二人の元にビールを届ける。


 ビールを届け、戻って来る史奈。

「うん。美味しい、美味しいって、言っていたわ。」


 僕と史奈は、お造りを作っていた早織に親指を立てて合図をし、ニコニコ笑う。


 次の料理、その次の料理と、原田先生と吉岡先生の元に料理を運んでいく僕たち。

 どれも美味しそうに食べていると逐一報告が来る。


 そして。

 お刺身のお造りが完成した。


 今回は義治は途中で交代しなかった。


「まあ、二人分だからね。大丈夫だと思って、そのままやらせることにしたよ。」

 義治が大きく頷いていた。


 お造りを運び、そして、メインのすき焼きを運ぶ。


 本当にむしゃむしゃと美味しそうにホテルの料理を食べている原田先生と吉岡先生の姿がある。


 早織は一通り作り終えても全神経を集中して、デザートの準備に取り掛かる。

 しかし、早織の表情は少し余裕が出てきた。そう、ここからは早織の最も得意とするところ。


 すべての料理を食べ終え、デザートの注文をする、原田先生と吉岡先生。

 原田先生は、メロンとコーヒーゼリーのセットを、吉岡先生は白玉ぜんざいをチョイスしたので、それを手際よく作っていく早織。


 そうして、デザートを運び、食後のコーヒーを付けて、早織の修業の成果をお披露目する時間が終了した。


「さてさて、行きますかな。」

 すべてを見届けた義治は、僕たちを手招きして、原田先生と吉岡先生の元へ。


 そして、二人のテーブルの前にたどり着く義治と僕たち。その中には早織もいる。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます。そして、いつも孫の義信が大変お世話になっております。私は、ホテルの支配人けん総料理長をしてます。義信の祖父、磯部義治です。」

 義治は原田先生と吉岡先生に挨拶した。


「いえいえ、こちらこそ。楽しい仲間に囲まれて、加奈子ちゃんも、バレエ教室も本当に楽しい限りです。」

「こちらこそありがとうございます。」

 原田先生と吉岡先生はそろって頭を下げる。


「本日の料理はいかがでしたでしょうか。差支えない範囲でよろしければ、ご感想を頂きたく。」

 義治は丁寧に原田先生と吉岡先生の目を見て頷く。


「とても美味しかったです。流石は一流ホテルです。お酒も進んだし、食材も、焼き加減も本当にすごかったです。」

 原田先生はうんうんと親指を立てて笑った。

「はい。とっても楽しませてもらいました、品があって、風情があって、素晴らしい時間でした。」

 吉岡先生もニコニコ笑う。


 この表情で、二人はお世辞ではないと言うことがわかる。それを確認した義治は大きく頷き。


「いや、ありがとうございます。実はですね。お二人にはちょっとした、ドッキリ企画をご用意しておりまして。」


「「・・・ん?」」

 義治の言葉に首をかしげる原田先生と吉岡先生。


「実はお二人の料理をすべて作ったのは、私でも、このホテルの従業員でもないんですよ。」


「「えっ?」」

 義治の言葉にさらに目が点になり、ポカーンとする原田先生と吉岡先生。


「ということは・・・・。」

 原田先生は早織を見る。

「まさかっ。」

 吉岡先生もすべてを察し、早織を見る。


「お二人とも察しが良いですね。そうです。お二人の料理だけ、ここに居る早織ちゃんが作りました。冬休み中、私が教えた特訓の成果で二人に料理を出してみようということで、そういう対応をしたのですが。」

 義治の言葉を最後まで聞かず、原田先生と吉岡先生は思わず早織を抱きしめる。


「すごい。すごいよ。早織ちゃん。ホテルの従業員顔負けだね。感動しちゃった。」

 原田先生はニコニコ笑って、そして、目に涙を浮かべて、早織を抱きしめる。


「本当にすごいよ。ヒロから、原田先生から色々、早織ちゃんのこと聞いてたんだけど、本当に、成長してて、本当に良かった。」

 吉岡先生も原田先生に続いて、思わず早織を抱きしめた。


「はいっ、ありがとうございます。」

 早織の瞳にも涙。


 それを見ていた僕たちも涙。修業の成果が実った瞬間だった。


 そうして、原田先生と吉岡先生から大きな拍手が贈られ、二人に見送られながら、僕たちは厨房に戻った。


「すごい。本当によく頑張ったね。早織!!」

 僕は思わずその場で興奮して、ジャンプをする。


「ありがとう。本当にありがとう、輝君。」

 早織は思わず、僕を抱きしめる。そして、抱きしめられた瞬間、僕は悟った。


 早織の顔、さらに、早織の身体は、汗だくだった。

 おそらく、これまでにない緊張があったのだろう。これまでにないプレッシャーがあったのだろう。


「すごい、この汗の量でわかる。すべてを乗り越えたんだね。」

 僕はそうして、さらに深く早織を抱きしめた。その瞬間だけ、時間が止まるかのように。


「ありがとう。本当にありがとう。輝君。皆。」

 早織は全てやり切った表情をしていた。本当に素晴らしかった。


「うん。本当に素晴らしかったよ。僕から見たら、確かに、至らない点はまだまだあった。でも、短い時間で、基本を押さえて、真面目に頑張っていたので、今日、僕はあえてフォローせず、そのままゴーサインを出したんだ。しっかり基礎は出来ている、そう信じていたからね。」

 義治はうんうんと、頷く。


「それでも、今日は、本当によく頑張ったよ。」

 義治はニコニコ笑いながら、早織と握手を交わす。


「はい。ありがとうございました。」


 修業の成果が実り、そして、何かを乗り越えた瞬間を僕たちは目にした。


 本当に素晴らしい夕食の時だった。


 そうして、その後、僕たちも早織が作った夕食を共にするが、義治の作る味と大きな差はなく、まるで早織が作ったとは思えない、一流の料理だった。


 僕たちはその後、早織の頑張りを心からほめたたえ、労をねぎらうのだった。


 そして、露天風呂とスパで疲れを癒し、恒例の新婚旅行体験を掛けたじゃんけん大会を迎えた。


 じゃんけんの掛け声が今日も響き渡り、今日の勝者と一夜を共にする僕の姿があった。


 

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