140.夕食作り、2日目
牧場観光を終え、ホテルに戻る僕たち。
丁度、夕食の支度の時間となり、部屋に荷物を置き、すぐに厨房へ向かった。
手を洗い、エプロンを着て、そして、早織は、法被を着て、夕食の準備を行うのであった。
「お帰り。牧場と牛乳工場はどうだったかな?」
義治が優しく問いかける。
僕たちは早織を見て。早織から義治の質問に答えるように促す。
早織は深呼吸しながら。
「えっと、食材のルーツ、製造の方法が理解できて、その、勉強になりました。後は、その、外で、一杯動物と触れ合えて楽しかったです。」
早織は義治の顔を見てそう答えた。
「そっか、そっか。楽しんでくれたみたいで良かったよ。大丈夫。工場見学は学びのための場所だけど、それよりも、牧場で楽しく皆と遊んで欲しくて、今日は送り出したからさ。」
義治はうんうんと頷き、十分楽しんだ顔をしている僕たちを見て、ニコニコ笑った。
「余り、煮詰めたり、ため込み過ぎも良くない。道三さんのお店に居るし、昨日今日とやってみてわかったと思うけど、料理人は実は単純作業を大量にやらなきゃいけない。お客様の料理を大量に作らなければならないからね。大量の食材を切ったり、煮込んだりと、単純な作業が続くでしょ。」
義治の言葉に、早織は頷く。僕たちも昨日の作業を一緒に見て、義治の言葉は大いに理解できた。
「そういう事もあるから、若いうちは、お休みの時は、身体、動かすなり、休めるなり、リフレッシュして。折角みんなが居るんだから、思いっきり、皆と楽しんでね。」
義治は早織に優しく語り掛ける。
「は、はい。ありがとうございます。」
早織は義治にお礼を言う。
そういう意味では、ここのホテルに来てから、早織はだんだんと緊張がほぐれてきている気がする。
義治の指導で、早織に自信がついてきたからか。それとも、僕たちも一緒に、リフレッシュ出来ているからだろうか。そのどちらもあるだろう。
「さてと、そしたら、今日は、昨日よりも少し早めの時間に来てもらったので、デザートの生地、白玉だったり、アイスクリームだったり、そう言うのをまず作っていくよ。今日の朝食と同じように、僕がやって見せるから、その後に早織ちゃんにやってもらおう。」
義治はボウルと泡だて器を取り出す。
「さあ、先ずはアイスクリームから。牛乳と、卵、砂糖を入れる。この時に注意して欲しいのは、ウチのホテルならではだけど、牧場が近くにあるので、牛乳を多めに入れる。そして、ジャージーと書かれている牛乳を使用する。」
義治はニコニコ笑いながら説明する。
「にへへっ、ジャージー・・・・。」
風歌がニコニコ笑う。
早織も一緒に、うんうんと頷いている。僕も、そして、他のメンバーも同じだ。
「おっ、その様子だと、今日牧場で、ジャージーという牛に、会って来たかな?」
義治の言葉に、うんうんと頷く風歌。
「うん、可愛かった。」
風歌はニコニコ笑いながら応える。
「そうかそうか。ジャージー牛乳は普通の牛乳と比べて、比較的、濃厚の物が採れやすいと言われている。ただし、その分、日本、そして、世界でも、ジャージー種の牛は、稀少価値が高いんだ。そのため値段も高くなる。」
義治の説明に納得しながら頷く僕たち。
「だけど、ウチは、今日行ってもらった、牧場にある牛乳工場と提携しているので、少しではあるが比較的安く提供してもらえる。ゆえに、質のいいものをお客様に食べてもらえる。バニラアイスの牛乳の濃厚な味を出すためには、必要だな。」
義治はニコニコ笑い、そして、牧場から安く提供してもらえることを、自慢そうに説明した。
卵、牛乳、砂糖をボウルに入れ、かき混ぜ、少し熱し、その材料を漉し器に通して、余計なものを取り除き、空気に触れながら混ぜていく。
途中からは早織も手伝い、混ぜ合わせていく。
「そうそう、やっぱりうまいね。」
義治はニコニコ笑って、早織の作業を見守る。
そうして、材料が混ぜ合わさったところで。
「ヨッシャ。僕たちの作業はここまで、後はこの機械の作業だね。」
義治は機械を取り出す。ボウルと、泡だて器が一つになった機械のようだ。
「アイスクリームメーカ。電源を入れて、冷凍庫に入れておくと、冷凍庫に入れたまま、数時間おきに混ぜ合わせてくれるんだ。ここは、ホテルなので、少し大きめなものを使うけど。小型のものなら、君達でも安く入手できるから、スマホで検索してみて。」
「はい。私のお店にもあります。」
早織は義治の説明に頷く。
「うん。きっとそうだろうね。やっぱり、見ていて、作ったことありそうな感じだったから。」
義治はニコニコ笑って頷く。
そうして、混ぜ合わせて作った、アイスクリームの原料をアイスクリームメーカに入れる。
大きな冷凍庫を開け、アイスクリームメーカをその冷凍庫の一番上の段に入れた。
そして、すぐ下の上から二段目の段にも、同じようなアイスクリームメーカが置かれていた。
「先にネタバラシしちゃうけど、アイスが凍るには、半日は必要だ。今作っているのは実は明日の分。今日は、昨日作っていた、この二段目のものを使って、お客様に出し入れする。大丈夫かな?」
義治の説明に僕たちは頷く。
なるほど、確かにそうだ。原材料から、アイスを冷やして固めるとなると、かなりの時間を要する。この説明には納得だ。
そうして、バニラアイスの作業を終えた後、同じ要領で、もう一度、アイスを作ることになった。
しかし、今度は。
「同じ要領で、アイスをもう一つ作るけど、今度は、ジャージーの牛乳ではなく、普通の牛乳とこれを使う。」
義治は『ゆずジュース』と書かれたボトルを取り出した。
「ゆずシャーベットのアイスだね。作り方、混ぜ合わせ方は同じなので、早織ちゃん一人でやってみようか。勿論フォローするからね。」
早織は深呼吸して頷いた。
緊張しているが頑張ってチャレンジしてみたいという表情だ。
真剣な顔で材料を混ぜ合わせていく早織。
早織の緊張も杞憂に終わった。
原材料を作り終え、アイスクリームメーカに詰めて、冷凍庫にしまうのだった。
「うん。言うことなし。本当に今すぐにでもウチの従業員として来てもらいたいくらいだね。」
義治が大きく頷いた。
義治の言葉に合わせて、僕たちも早織に向かって拍手を贈る。
「すごいじゃん、早織。」
僕はニコニコ笑う。
「やっぱり、流石ね。」
史奈もふふふっと笑って早織を見ている。
「うん。最高だった。さおりんいいね。」
マユは親指を立てて笑う。
「にへへへっ、ずるしてつまみ食いしたいかも。」
風歌は冗談を交えながら笑っていた。
「すごい。私も家で出来そう。」
「うんうん。負けないように頑張ろう。パパにお願いして、アイスクリームメーカ買ってみよう。」
加奈子と葉月は、早織に負けないように、一生懸命やり方をメモしていた。
「皆さん、ありがとうございます。」
早織の表情は笑顔だった。
その笑顔を心音と結花はばっちりスマホに収めていた。
続いては、白玉とフルーツゼリーを作っていくのだが、これも、流石は早織。道三のお店で、デザートを作っていたからだろうか、すぐにやり方を覚えて実践していった。
「おおっ、こちらも言うことなしだな。今日のデザートは以上かな。冷蔵庫で、冷やして行こう。」
そうして、僕たちは、早織と義治が作ったデザートを冷蔵庫にしまって行った。
あとは冷やして、十分冷えた状態で、お客様に出すだけだった。
デザートを冷やしている間に、今日の夕食を作っていく。
「さて、そしたら、今日の夕食を作っていくわけだけど、皆みたいに連泊のお客様もいるので、それに対応するため、実は昨日とメニューが少し違ったりする。ただ、基本は同じなので、まずは、昨日の復習から。」
義治は笑って、材料を取り出し、調理台の上に置いていく。
「さあ、茶碗蒸しの作り方は覚えているかな。今日は早織ちゃんメインで作ってみよう。ただし、昨日と具材が少し違うよ。昨日は松茸だったけど、今日はこれ、真鯛の切り身を使うよ。その他の具材も微妙に違うのわかるかな。」
確かにそうだ。今日は、水菜と人参、そして、かまぼこが置かれていた。
昨日は確か、かまぼこは変わらないが、松茸とエビ、そして、銀杏が具材として選ばれていた。
「卵の混ぜ合わせ方は一緒だけど、注意して欲しいのが材料の切り方で、人参。薄く、輪切りにして。これを。」
義治は金属の筒を持ってきた。
その金属の筒は、紅葉型の形状をしており、人参に当てると、紅葉型の人参が出来上がった。
「こんな感じで、一つの輪切りに一つのもみじの人参ではなくて、何か所も、何か所も、敷き詰めて、紅葉型にくり抜いて行ってね。」
義治は、薄く輪切りにした人参から、一つの紅葉型人参を取り出すのではなく、まるで敷き詰めていく感じで、一つの輪切りにした人参から、多くの紅葉型の人参を作っていった。
義治の見本に早織は頷き、いよいよ、一人で茶碗蒸しを作り始めた。
最初こそ緊張して、ぎこちない動きをしていたが、だんだんと手際が良くなっていく早織。
「おおっ、素晴らしいな。もしかして、映像を見たり、メモを呼んだりして、復習していたのかな?」
義治の言葉に早織は緊張しながらも頷く。
「すごいな。義信に君の爪の垢を煎じて飲ませたいな。」
「ははっ。まあ、そうだね。爺ちゃん。」
義治の言葉にタジタジになりながらも、頷く義信。
「ハハハッ。こうして、お友達が頑張っている所を見ていると、お前も、素直だな。」
義治はニコニコ笑う。
「義信は色々仕事を覚えてくれているが、料理だけは、なかなか覚えないからなぁ。まあ、コイツに向いているのは、皆も知っている通り、力仕事だから、十分このホテルでも戦力にはなってるけどね。」
義治が僕たちを見て、うんうんと、頷いていた。
確かにそうだ、義信の力仕事は本当にすごいし、見ていて頼もしい。
「そうね。磯部君も役に立っているわよ。力仕事でね。」
史奈が笑っている。
「うん。義信は力仕事が一番向いていると思う。」
加奈子も頷き、笑っていた。
僕たちは昨日と同様、早織が作った茶碗蒸しを、容器に移し、蒸し器に詰めていき、過熱していった。
その後は、天ぷらを作っていく。
天ぷらの作り方も、昨日、義治からレクチャーを受けていたため、スムーズに入ることができた。
油の温度、ネタの温度に気を遣いながら、そして、衣の生地具合を気にしながら、天ぷらを揚げていく早織。
その表情は迷いが消え、真剣な表情をしていた。
「すごいね。流石だよ。」
義治はうんうんと笑っていた。
僕たちも改めて、早織の料理の凄さを知った。おそらく、早織のお店で、相当場数を踏んでいる。早織本人は実感がないかもしれないが、まさに、今ここで、その経験が活かされているのだろう。
天ぷらをさらに盛り付け、次はメインの鍋料理。
今日の鍋料理はしゃぶしゃぶだった。
地元の豚肉と山の幸たっぷりのしゃぶしゃぶである。
「さあ、しゃぶしゃぶ鍋だね。昨日のすき焼きと同じで、野菜の切り方は、大丈夫そうかな?」
義治は早織に問いかける。
早織はうんうんと頷き、包丁を持ち、野菜を切っていく。
「うん。素晴らしいよ。」
義治は早織の包丁さばきを見て、早織にそう語り掛ける。
そうして、しゃぶしゃぶ鍋を盛り付け終わる。
「ヨシッ、完璧だよ。そしたら、ここからは初めての作業になるので、一緒にやって行こう。しゃぶしゃぶということなので、つけダレを作っていくよ。」
義治は食材と調理器具を取り出す。
大根とニンニク、そして、すりおろし器が用意されていた。
「まずは、大根とニンニクをすりおろすわけだけど。細かく動かしていく。そして、大根は葉っぱに近い部分ではなく、先端の方を使う。実は、先端の方が辛味が多めで、こういう鍋料理の薬味とよく合う。」
義治はそう言いながら、手際よく、ニンニクと大根をすりおろしていく。
大きく動かすのではなく、細かく、円を描くように動かしていった。
ある程度、動きを見せたところで、早織に交代する。
「細かく、円を描くよう・・・・。」
早織は深呼吸しながら、大根とニンニクをすりおろしていった。
そうして、食材をすりおろす作業が終了する。
「ヨシヨシ、すごくいいよ。後は、こっちの、自家製ゴマダレと、ポン酢に混ぜていく。ポン酢には柚子を絞って。入れてね。」
義治はそうして、すりおろした食材をゴマダレと、ポン酢に混ぜて行った。
そうして、割り当てられた、二日目の夕食作りの作業は終了。
あとは残りの時間、皆で、魚を下ろして、お刺身のお造りを作ることになった。
「魚の下ろし方とかも昨日やったけど、やってみる?」
義治が早織に問いかけて、早織は大きく頷く。
魚をさばいて、お刺身を作っていく早織だったが。
「ごめんね。僕も手伝おう。」
義治が途中からフォローに入り、最後は義治メインで、お造りを作って、盛り付けて行った。
義治が途中からフォローに入った理由は僕たちの目から見ても明らかだった。
彼が入ってから、一気に稼働が上がった。
「私、まだまだだったね。」
早織は少し自信を無くしていた。
その後、早織は、気持ちを切り替えて、義治の包丁さばきを見ていた。
その様子に、僕たちは少しだけ安心していた。
お造りを作り終え、義治は早織の肩を優しく叩いた。
「やっぱり、ここはまだまだだったね。お刺身という生魚を扱うので、鮮度がやっぱり命。特に内陸のこの場所だ、食材を運搬する工程で鮮度はやっぱり落ちてしまう。その分、稼働を上げて行かないと、どんどん鮮度が落ちてしまうし、かつ、円滑に運営できなくなってしまうからね。だから、途中から僕が入ったんだ。」
義治は早織にそう語る。
だが、義治は表情をすぐに和らぐ。
「やっぱり、ここは慣れが必要。そういう意味で、これから慣れて行けばいいし、さすがに、ここの部分は出来なくて当然だし、むしろ、出来なくて安心したかな。ここまでできてしまってたら、ウチの従業員たちを遥かに超えた存在になってしまうからな。」
義治はニコニコ笑って、早織に語り掛けた。
「はい。頑張ります。」
早織も、一瞬自信を無くしそうだったが、義治の言葉で、少し気持ちを切り替えることができた。
「さあ、気持ちを切り替えて、早織ちゃんの得意なことをやろう。デザートの注文がここから入って来るよ。」
義治は親指を立てて笑っていた。
早織は大きく頷く。そして、デザートの注文が入り始めた。
早織は一気に盛り付けのテンポを上げ、盛り付けたデザートをお客様に出していった。
「ヨシヨシ、お疲れ様。大分進歩したし、良い感じだよ。素晴らしいね。皆も、この後、ご飯食べて、温水プールでたくさん遊んでね。」
義治の言葉に、僕たちはそれぞれ、頭を下げて厨房を出て行く。
そうして、食事を済ませるが、本当にどれも美味しかった。
早織が作った茶碗蒸し、しゃぶしゃぶ鍋、そして、天ぷら、さらには早織ご自慢のデザート。どれもものすごく美味しかったし、ホテルの従業員と引けを取らない、レベルだった。
「美味しい。流石早織。」
僕は素直に言う。
「ありがとう。輝君。」
早織は、少し安心した顔で、夕食を食べて行った。
他のメンバーも一つ一つの料理をじっくり味わっていた。
そうして、その後は、温水プールと露天風呂を楽しみ、スイートルームに戻り、恒例のじゃんけん大会を迎えた。
「では、じゃんけん大会二日目。行くよ~。」
葉月の掛け声に合わせ、皆が今日いちばんの真剣な表情をする。そして。
「「「「最初はグー、ジャンケンポン!!」」」」
そうして、僕は二日目のじゃんけん大会の勝者と、二人きりの、スイートルームの夜を過ごしたのだった。




