137.朝食ビュッフェ
ホテル滞在、二日目の朝。冬場ということもあり、まだ日も登っていない時間帯。
僕たちは、ホテルの厨房に向かった。
「ふぁ~。まだ眠い。」
「私もぉ~。」
加奈子と風歌が目を擦りながら、こちらを見る。
二人は朝、というより、起床するのが少し苦手だ。
「ほら、シャキッと。」
葉月が加奈子と風歌の肩をポンポンと叩き、二人をシャキッとさせる。
加奈子の方は、さすが成績優秀の生徒会長。葉月のその動作で、すぐにスイッチが入る。
一方の風歌は、まだ眠そうにしていた。
他のメンバーも、起床することが苦手な加奈子と風歌と比べて、元気そうではあるが、冬場、そして、まだ日も登っていない、早朝の時間帯だからだろう。
元気そうに見えても、完全に目が覚めてはいなかった。
そんな感じで厨房に向かう僕たち。
ホテルの厨房の入り口で義信と義治に迎えられる。
「おはようございます。皆さん。」
「おはよう。よく眠れたかな?」
義信が元気よく、そして、義治は優しく声をかける。
「おはようございます。」
「お、おはようございます。」
「おはよう・・・・。」
僕たちは義信と義治に、挨拶を交わすが。挨拶が揃わない。
やはり、まだ、少し眠気があるのは明らかだった。
「その様子だと、まだ完全に目が覚めていないかな。まあ、でも、これからすぐに元気になるかな。高校生なら。」
義治がニコニコと微笑む。
義治の指示で、エプロンを装着し、厨房に入る。
勿論、早織は、義治と色違いの法被を着て、厨房に入った。
その厨房に入った途端、僕たちは一気に目が覚めて、集中力を高めることができた。
それは、起床することが苦手の風歌と加奈子も同じだった。
厨房には、既に多くの従業員の方が準備をしている。
色々な食材が並べられている。
その、綺麗に並べられた、色とりどりの食材で、一気に目が覚めたのだった。
おそらく、これからどんどんと朝食のメニューも完成して、料理の匂いが漂ってくるのだろう。
それを想像すると、ワクワクする。
「おおっ、やっぱり、高校生は、食べ物を見て、目が覚める人が多いな。」
義治が、先ほどよりも、少し活発に動く僕たちを見て、笑っていた。
義治の言葉に、僕たちはコクっと頷く。
「それじゃあ、皆大好き、お待ちかねの、朝食を作って行こうかな。早織ちゃん。」
義治が早織に向かって声をかける。
「はい。よろしくお願いします。」
早織も、食べ物を見て、いや、厨房担当の法被を着て一気にスイッチが入ったのだろう。元気よく義治に挨拶をした。
「さて、朝食はビュッフェ形式で、このホテルの厨房の体制だと、和食担当と洋食担当に別れていて、日替わりのシフトで、メンバーはその都度入れ替わっている。今日は洋食を担当するよ。」
義治がまず、厨房の体制を説明する。
「実は朝食は比較的簡単。というのも、ビュッフェ形式ということで、一つの大きなお皿に食材を大量に用意していく作業だからね。お客様、一人一人に盛り付ける、という作業は基本的に発生しないから。ただ、食材を大量に用意するのが結構大変だから、コツは必要かな。」
義信の言葉に返事をして頷く早織。
しかし、早織の瞳の奥には少し緊張している表情もうかがえる。
「うん。大丈夫。すぐに慣れるよ。それにね・・・・。」
「それに?」
義治の言葉に早織が反応する。
「実は、今日僕は、本当は和食担当だったんだけど、昨日の早織ちゃんを見て、急遽こっちの洋食担当にしてもらったんだ。」
義治がニコニコ笑いながら、早織向かって親指を立てる。
「す、すみません。」
早織は急いで頭を下げたが。
「いいのいいの。気にしないで、こっちの方がすぐに早織ちゃんの本領発揮が出来ると思ったから。理由はこれ。」
義治が、厨房の大きな冷蔵庫を開けて、食材を取り出す。
取り出した食材を見て、僕たちはああっ、と納得する。
取り出した食材は、イチゴに、パイナップル、マスカットに、オレンジ、グレープフルーツ、そして、色とりどりの寒天ゼリー、牛乳と卵だった。
「朝食のデザートも洋食担当が準備します。えっと、ビュッフェのデザートは決まっていて。それぞれのカットフルーツ、寒天ゼリーを混ぜたフルーツポンチ、そして、近くの牧場で獲れた牛乳を使ったミルクプリン、そして、ヨーグルトの四種類。といっても、ヨーグルトに関しては、牧場で作ってくれたものをそのまま出しているので、実質作るのは三種類。」
義治は早織にウィンクして、親指を立てて、説明する。
「で、実は、洋食ではデザートが一番、調理に時間がかる。後は、ハムとチーズを切ったり、ソーセージやベーコンを焼いたり、ジャガイモを大量に揚げてフライドポテトを作るくらいだからね。ちなみに、パンも、事前にパン屋から仕入れたものを使ってるよ。」
義治がさらに続けて説明する。
その説明に頷く、早織、そして僕たち。
ということで、早速朝食のデザート作りに取り掛かる僕たち。
先ずは調理に時間がかるミルクプリンから。
卵を割って、牛乳を入れ、砂糖を加え、混ぜていく。
因みにその作業は早織が最初から最後まで行っていく。
義治は、卵、牛乳、砂糖の分量を口頭で、教えただけだった。
「なんとまあ。」
義治は驚きながら、早織の手元を見つめる。
早織の手さばきは本当に完璧だった。
隣にいるいて食器の大仕入をしているメンバー、そして、昨日に引き続き、記録を担当している、メンバーも早織の様子は確認できる。
普段通りの料理をしている早織の姿。
その姿に何かが入ったのだろうか。さらに覚醒した早織の姿があった。
あっという間にミルクプリンの材料が完成。
「混ぜました、これでどうでしょうか?」
早織は義治の方を見る。
義治は早織から泡だて器を受け取り、状態を確認する。
「うん。うん、完璧だよ。そしたら、もっと大量に必要だから、同じものをどんどん作っていくよ。橋本君たちは、そこに大量にある小さな容器に、早織ちゃんが混ぜた材料を盛り付けて。」
義治の言葉に僕たちは頷き、用意された、いくつもの器に早織がかき混ぜだ材料を入れていく。
「均等になるようにね。この器ごと蒸し焼きにして、冷やして、ビュッフェに並べるから。ちなみにカラメルソースは使わないよ。このミルクプリンは、牛乳のそのままの味が十分濃いし、それを味わってほしいからね。」
義治はさらに続けて、僕たちに指示を出す。
僕たちは頷き、手分けして、用意された大量の器に材料を入れていった。
そうして、器をオーブン用のパッドにセットする。そして、パッドにお湯を入れ、オーブンで蒸し焼きにしていくのだった。
あとは焼けるの待ち、焼きあがったものを朝食の時間ギリギリまで、冷蔵庫に冷やしていくだけ。
ということなので、プリンを作る作業がひと段落した。
そうして、次に取り掛かるのが、フルーツポンチと、カットフルーツの作業だ。
果物を包丁で切っていく作業は共通しているので、先ずは果物を切っていく。
義治は早織に果物の切り方を見せる。
そうして、同じように作業していく早織。
早織のフルーツの切り方の手際の良さ、それを見ながら、感心して頷く義治。
「うん、今日は洋食担当、しかもその中の、デザートの担当に変更してもらって、正解だった。」
義治はニコニコと笑いながら、早織に向かって頷く。
「は、はいっ。ありがとうございます。」
早織は顔を赤くしながら、笑っていた。
「いいね。あっ、忘れないで。美味しい料理を作れる人は、良い表情をする人だよ。今のそういう笑顔が一番、生き生きしているよ。」
義治は早織に向かって、うん、うんと頷く。
「は、はいっ。・・・・・。」
早織の瞳には涙が光っていた。
僕たちも義治の言葉にハッと気づかされる。
思えばここ数か月、早織は黒山に振り回され続けてきた。表情が硬く、おそらく、人生で一番悩んでいた時期だったのだろう。
しかし、文化祭やクリスマスコンサートで少しずつ自信を取り戻したのだろう。
そして、このホテルに来て、確かに総合的な料理の腕は、義治や、他の従業員に負けるかもしれない。だが、少なくとも、デザートだけは、ここでも、いや、世界でも通用するということが証明できた。
他の料理はこれから学んでいけばいい。
「そうだよ。いいじゃん、八木原さん!!」
結花がニコニコ笑う。
「あっ、今の表情も録画しといたから。」
結花と一緒に居た、心音が手を振る。
「大丈夫。早織は色々なものを持ってるよ。現に、デザートを作る力だけは、ここのホテルでも十分通用することがわかったじゃん。それだけでもすごいことだと思う。他の料理はこれから学んでいけばいいと思うよ。」
僕は思ったことを素直に言う。
「うん。輝のいう通りね。自信もって、早織。」
加奈子がうんうんと頷く。
「輝君、ナイス。私も言おうとした。」
葉月が笑っている。
「そう、その通りだよ。もっと自信もって良い。君にしかないものを沢山持ってる。そして、凄いな。それを知ってる仲間が居るんだから。」
義治はニコニコと早織に語り掛ける。
「あ、ありがとうございます。」
涙がこぼれた早織、ズズーッ音を立てながら、大きく鼻で深呼吸して、作業を進めていった。
そうして、カットフルーツの盛り合わせと、そのカットフルーツの一部と、色とりどりの寒天ゼリーを入れたフルーツポンチが完成した。
そう。ここにあるデザートの大半が義治と、そして、早織の手で作られたものだ。
完成した瞬間、思わず拍手がこぼれた。
「みんな。本当にありがとう。」
早織は僕たちに頭を下げる。そして。
「ありがとうございます。えっと、料理長。」
早織は義治にも、頭を下げた。
「うん。自信持ってな。明日は、和食の方を教えて行くよ。」
義治はニコニコと笑いながら、早織に話しかけていた。
「はい。よろしくお願いします。」
早織は元気よく義治に挨拶をする。
そうして、カットしたデザートをビュッフェ用の大きなお皿に盛り付けていき、気付けば朝食開始直前の時間になった。
「さあ。ソーセージとベーコンを焼いて、ジャガイモを揚げて行くよ。単純な作業なので、難しくないと思うから、皆で手分けしてね。やっぱり、お客様には、焼き立て、揚げたて手を出さないとね。」
義治が僕たちに微笑みかける。
義治の言葉に、僕たちは頷き、僕たちはそれぞれ、焼き方、上げ方を義治に教わりながら、手分けして、ソーセージとベーコンを焼き、ジャガイモを揚げてフライドポテトを作っていった。
早織は色々な所を回りながら、全ての工程に参加できるように義治が配慮していた。
そうして、朝食の開始時間になり、朝食ビュッフェが開始された。
僕たちは義治の指示を仰ぎながら、ピークの時間帯まで、厨房の運営を手伝っていた。
追加の食材の出し入れ、食べ終わった人の食器洗い、そんなことを手伝っていた。
そして、朝食の時間のピーク時が過ぎたころ。
「よしっ。ピークも過ぎたし、後は大丈夫だから。皆も朝食をどうぞ。その後は、義信が色々この温泉街や、周辺の観光地を案内してくれることになってます。義信が部屋に迎えに行くから待っててね。」
義治がニコニコ笑う。
「「「はい。ありがとうございました。」」」
僕たちは声を揃えて、義治にお礼を言う。
そうして、厨房を出て、朝食を取ることにした。
朝食ビュッフェは本当に美味しかった。色とりどりの食材が並べられるが、今日は、勿論、洋食を中心にどの料理も少しずつ取って食べた。
僕たちが焼いたり揚げたりした、ソーセージや、ベーコン、フライドポテト。温かいパン。
どれも美味しく仕上がっている。
そして、早織が作ったデザート。
「すごい。早織。ここにある料理と同等か、それ以上だよ!!」
デザートの一つ、フルーツポンチを口に入れる僕。
その味は、ここの朝食ビュッフェに並んでいるものと同等か、いや、それ以上のものだった。
「あ、ありがとう。い、磯部君のお祖父ちゃんのお陰かな。」
早織は照れたように笑っているが、首をすぐに横に振る僕たち。
「何言ってるの?最初は、そうかもしれないけれど、大半は早織ちゃんが作ったものだよ。」
葉月がニコニコ笑う。他のメンバーも同じだ。
「うん。早織ちゃん、すごく、頑張った。ミルクプリン、すごく、美味しい。」
風歌が頬を赤くし、美味しそうにミルクプリンを食べる。
「あ、あの、ありがとうございます。」
早織は風歌に、頭を下げる。早織も少し照れたようだが、普段はおとなしい風歌の反応に、早織の表情も和らいだようだった。
他のメンバーも笑っていた。
昨日の夕食、そして、今日の朝食で、早織の作る料理は、ここのホテルの料理に引けを取らない、ということが証明された。
まだまだ、その証明はデザートだけだと思うが、ここに泊っている間に、他の料理も少しづつ義治から教わって、覚えて行けばいいと思った。
何故なら、早織にはその将来性が、十分あるのだから。
こうして、僕たちは、早織、そして、自分たちも手伝って作った朝食ビュッフェを心から堪能し、部屋に戻って行った。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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