134.義治の料理
ホテルに到着して、二時間ほど経過する。
それぞれ、この広いスイートルームを思い思いに、満喫していた。
僕はソファーで少し横になり、早織もそれに習って、別のソファーで横になる。
早織は、これからの戦いに備えて、ほんの少しの休息である。
「ふふふっ。」
史奈はそれをニコニコと笑いながら見て、外の景色を見ている。
心音と結花は、これでもか、これでもかとスマホで写真を撮る。
「あとで、SNSにアップしていい?」
そう言いながら、皆に写真をSNSに流していいかを聞かれ、首を縦に振る僕たち一同。
「いいなぁ。輝。一緒に寝ようぉ。」
加奈子はソファーで横になっている僕を見て、僕と一緒のソファーで、ぎゅうぎゅうになりながら一緒に横になる。
「こら。加奈子!!」
葉月は少し嫉妬しながら、こちらを見て。
「ソファーなら他にもあるよ。」
葉月は空いているソファーを指さす。
「良いじゃん。」
加奈子はそう言いながら、笑っている。
「まあ、ちょっと狭いですが。別に大丈夫ですよ。少し横になるくらいですから。」
僕はそう言いながら、少し身体を縮めてみる。
「ほら、輝もそう言ってるし。」
加奈子が頷く。
「まったく。輝君、誰に対しても優しいからなぁ。敵わないなぁ。まあ、少しならいいけど。」
葉月は少しため息をつきながら、空いているソファーに腰かけた。
そんな風に時間を過ごしていると。
部屋のインターフォンが鳴らされ、扉がノックされる。
「お嬢、社長、爺ちゃんと一緒に迎えに来ました。夕食の支度しますよ。」
義信が部屋の外から声をかける。
僕たちは頷き、部屋の扉を開けた。
そこには、義信と、彼の祖父でこのホテルの料理長の義治が立っていた。
「ゆっくりできましたか?皆さん。」
義治がニコニコ笑いながら声をかける。
「はい。ありがとうございます。」
僕は頭を下げる。そして。
「本当にありがとうございます。」
早織は誰よりも丁寧にお礼を言った。
「気にすることはない。こんな僕でよければ、いつでも厨房を見せてあげるよ。」
義治は笑いながら、早織に問いかける。
早織は、はいっ。と頷き、僕たちは義治につてられて、皆でホテルの厨房へ行くことになった。
ホテルの厨房は一階。ダイニングルームの隣に設けられていた。
厨房の入り口で立ち止まる義治。
「さてと、厨房に入る前に、衛生面を。ということで、道三さんのお孫さんには、これを。」
義治は、色は違うが、自分と同じ法被を早織に差し出す。
「ありがとうございます。」
早織はお礼を言う。
「他の皆は、アルバイト用の従業員さんが使うエプロンがあるから、それをしてもらって。厨房の隣に、従業員用の休憩スペースがあるから、そこで着替えてきてもらって。義信、案内して。」
義治は、厨房の隣の部屋を指さし、義信に指示を出す。
義信は頷き、僕たちを従業員用の休憩スペースに案内して、一人一人に、エプロンを差し出す。
「特に服を脱がなくていいっすよ。今着ている服の上からで大丈夫なので。よろしくお願いします!!あっ、お嬢は、上だけ変える必要があるかもしれないので、そっちの更衣室、使ってくだせぇ。」
義信はそう言って、更衣室の方を指さす。
早織は頷きながら、その部屋に向かう。
僕たちは、義信の言うことに頷き、エプロンを付けていく。
そして。
「お、お待たせしました。」
「更衣室から出てくる早織。」
義治と義信が来ている法被とは、色違いだが、赤い法被が早織の上品さをより際立たせており、まるで、ホテルの調理スタッフの一人、いや、料理長にもなったそんな雰囲気だった。
「すごい、早織。ホテルの調理スタッフだね。」
僕がニコニコ笑うと。
「うん、良く似合ってる。早織は、やっぱり、料理が似合うね。」
加奈子がさらに続ける。
「うん。今の八木原さん、マジ映えてるよ。」
結花がうんうんと頷いている。
他のメンバーも大きく頷き、早織の法被が似合っていることを伝えた。
「いや~。他のメンバーと同じです。お嬢。ぜひうちで雇いたいっすよ。」
最後に義信が、うんうんと、頷く。
「皆も、そして、その、い、磯部君もありがとう。」
早織が義信に照れながら笑っていた。
「ええ、思う存分、爺ちゃんと修業してくだせえ。それじゃあ、行きますよ。」
義信はにやにやと笑いながら、再び、僕たちを義治の元へ案内した。
厨房の入り口で、僕たちが出てくるのを待っていた義治。
「うん。皆、ウチの従業員として、入ってもらいたいくらい、似合ってるな。」
義治は大きく頷く。そして、厨房の中に入るように、僕たちを促す。
「うわぁ~。」
「すごいっ!!」
僕と早織は目を丸くして驚いている。その厨房の大きさに驚いた。
「改めてようこそ。ホテルの厨房へ。ここで、色々な料理を作ってます。」
義治が改めて、ニコニコ笑いながら、僕たちを歓迎してくれた。
高校の家庭科室くらいはあるだろうか。いや、それ以上の広さかも知れない。その広さに、驚きを隠せない僕たちの姿があった。
「驚きましたか。まあ、夕食や朝食は勿論ですが、ルームサービスをはじめ、このホテルで出てくるすべての料理がここで作られてますからね。」
義信が得意げになって、説明する。
この広さ、義信の説明に頷ける。
「とりあえず。道三さんのお孫さんには、今日の夕食と、明日の朝食は、僕が作るのを見てもらって、明日の夕食から、色々手伝ってもらおうかな。えっと、名前は?」
義治に名前を聞かれる早織。
「あ、あのっ。八木原早織です。」
「そうか。早織ちゃん。それじゃあ、こっちへ。他の皆も、こちらへどうぞ。」
義治に手招きを受け、厨房の奥へ進んでいく早織。
僕たちも早織を先頭に進んでいく。
厨房には何人か従業員が居て、色々な準備を始めている。
義治がすでに話を通してあるのか、僕たちに挨拶をしてくるので、僕たちも笑顔で挨拶していった。
そうして、厨房の奥、義治がいつも使っているであろう、調理台にたどり着く僕たち。
「さてと。それじゃあ、手を洗ってもらって。その後、衛生面から手袋をしてもらって。」
義治は流し台を指さし、さらには、使い捨ての手袋が入った箱を指さす。
「手袋は沢山あるから、どんどん使っちゃって大丈夫だからね。」
義治はそう言って、流し台で手を洗い始める。
僕たちも、義治と同じように手を洗い、手袋をした。
早織を含め、僕たち全員が手を洗って、手袋を装着したのを確認する義治。
彼の確認が終了し。
「それじゃあ、始めて行こうかな。よろしくお願いします。」
「「「「よろしくお願いします!!!」」」
僕たちは義治に頭を下げる。
「そしたら、早織ちゃんは見やすいように、僕の隣に来て。」
義治の隣に来るように、早織に促す。
早織は頷き、義治の隣へ。義治の手元が早織は勿論確認できた。
「まずは。茶碗蒸しを作ろう。茶碗蒸しは、調理に時間がかかってしまうので、いちばん最初に作るかな。材料はもう既に、僕が調理台に準備したのだけど。」
義治が茶碗蒸しの材料を指さす。
卵、水菜、かまぼこ、銀杏、エビ、そしてキノコ。
「このきのこは、聞いたことがある人が居るかな。松茸と言います。香りがいいよ。少し匂いをかいでごらん。」
松茸は香りがいいと聞く。実際に匂いを確かめると、少しではあるが、ほんのり秋の香りがする。
「まあ、今は冬場だけど、ギリギリ旬の食材だね。香りがわからなかった人も、これから、茶碗蒸しで蒸していく時に、香りが漂ってくるからね。」
義治がニコニコと笑って説明する。
「そしたら、もう一つ。これは、今朝から仕込んでおいた、出し汁なのだけど。昆布と煮干しと、鰹節を入れて作りました。」
義治は、出し汁が大量に入った、ボトルを取り出す。長い時間出し汁を仕込みしたのだろう。かなり色が濃くはっきりと出ている。
「この出し汁を入れて、卵を割って、かき回す。」
義治は、卵を割り、出し汁をボウルに入れていく。
「その時に卵から、泡が出ないように注意する。泡が出ないようにかき回すには・・・・。」
義治は、菜箸を取り出し、卵白を切るように左右に動かす。
「こうして、菜箸で、卵白を切るようにしてから混ぜていく。そしたら、この作業はすぐに覚えて行きそうなので、卵と出し汁、どんどん加えていくから、早織ちゃんもやってみよう。」
「はいっ。」
早織は菜箸を持ち、義治の言った通りに、卵をかき回していく。
「ああっ、そうだそうだ。重要なことを忘れてた。折角、皆が居るから、誰か、携帯とかで録画してあげたり、ノートとか持っているなら、メモを代わりに取ってあげて。早織ちゃんには手を動かして覚えてもらいたいから。」
義治の説明に、僕たちは、ああっ、と頷く。
そして、義治はさらに続ける。
「そうだなぁ。携帯は、そっちのお嬢さん二人が上手そうかな。画像も上手く撮れそうだし。携帯は、スマホのケースとかを、アルコールのティッシュ拭いて、消毒して持ってきて。厨房の入り口にアルコールのティッシュがあるから。」
義治は心音と結花を指さして、ニコニコ笑って指示を出す。
「さすがホテルのおっちゃん。見る目あるじゃん!!」
結花はニコニコと笑う。
「ほ、本当にすごいです。そういう事なら、私得意なんで、やります。」
心音が、ニコニコと笑って、ポケットから、スマホを取り出して、アルコールのティッシュで消毒するために、一度結花を連れて、厨房の入口へ戻った。
「そして、記録は。義信から話は聞いていて、そっちのショートの副会長さんと、生徒会長さんにお願いしようかな。二人も料理するって聞いているよ。家で作ってみて。」
義治が葉月と加奈子を指さす。これも的確な人選。流石は料理と接客を長年やっているだけのことはある。
「はいっ。」
葉月が得意げに返事をする。
「ありがとうございます。」
加奈子が頭を下げる。
「よしっ。それじゃあ、今言った人たちは、スマホの記録と、ノートのメモに専念して。他の皆は食器の出し入れをお願いしようかな。早織ちゃんは、記録してくれた人のデータを見返したりして、しっかり復習をしてみよう。」
義治はニコニコ笑って、僕たちを見る。
僕たちは大きく頷き、再び調理の作業をはじめるのだった。
再び早織の隣で、茶碗蒸しを作り始める義治。
早織は義治の指示のもと、泡が立てないように気を付けて卵と出し汁をかき混ぜていく。
そして。
「うんうん。上出来だね。そしたら、茶碗蒸しに入れる具材を切っていくよ。」
ここからはひたすら義治の手元を見ていく早織。
具材の切り方一つ一つにも義治は丁寧に早織に教えていく。
松茸、かまぼこを薄く切り、水菜も細かく刻む。
「よしっ。それじゃあ、橋本君、えっと、食器棚から、蒸し器があるから、それを取ってもらって。下の鍋に、水を入れて、火にかけて。」
義治の指示で、食器棚から、蒸し器を取り出す僕。
水を入れて、火にかけるところを史奈たちにも手伝ってもらう。
その間に、早織は具材の詰め方、盛り付け方を義治から教わっているようだ。
そうして、出し汁と具材を茶碗蒸しの食器につめ、蒸し器にセットする早織と義治。
これで、茶碗蒸しの調理はひと段落、後は蒸しあがるのを待てば良いだけだ。
「よしよし。お疲れ様。そうしたら次は、従業員が他の料理を作っているから見に行こう。」
義治に案内され、他の従業員がいる調理台へ。
「ちょっと代わってもいいかな。」
「もちろんです。料理長。教えてあげてください。」
従業員が義治にバトンタッチをして、早織を調理台へ案内する。
生肉のお皿と、野菜が乗ったお皿が大量に用意されている。
おそらく今日宿泊している客、全員分の物だろう。
「今日のメインは、すき焼き鍋。肉のお皿と、野菜のお皿。で、この野菜のお皿の下に、火を入れて温めていく感じかな。皆も見たことあるかな?一人分の小分けにされた鍋の下に、火を置く台があるのを。で、お肉を入れて食べるように、お客様に案内するんだ。」
義治の説明に僕たちは頷く。
そして、義治はすき焼きに使う野菜の切り方、肉の切り方盛り付け方について、再び早織に説明しながら、手を動かしていく。
早織は、義治の手元をじっと見つめてるのだった。
次に訪れた調理台では、天ぷらが作られていた。
天ぷらを揚げている従業員に交代するように指示し、義治が早織に教えていく。
「次は、天ぷらだな。まずネタは、必ず、キッチンペーパーでふき取り、乾いた状態にする。」
義治が実際に天ぷらのネタをキッチンペーパーで丁寧にふき取っていく。
「そして、衣は、わかるかな。卵を割って、水と、小麦粉をかき混ぜて使って作るのだけど。その比重が。」
義治はスプーンで、衣をすくい、ぽたぽたと垂らす。
「こうスプーンですくったときに、ぽたぽたと落ちるくらいがベスト。この垂らした具合を確認して。」
義治の指示で、早織は同じようにスプーンですくう。
その様子を心音と結花が携帯で撮影する。これは、映像を何度も見返して、丁度いい具合を早織自身が見つけていくしかない。
早織は何度も、何度も、衣の具合をチェックするのだった。
「大丈夫かな。実際に油で揚げていくけど、先ずは、野菜から上げていく。野菜は、油の温度が低いうちがいい。」
義治は大きく頷きながら、天ぷらを揚げ、揚げあがるタイミング、盛り付け方、そう言ったものをレクチャーしていった。
その他にも、アワビの煮物や、地元野菜の大根おろしの煮物などなど、義治は可能な限り、自分の手で料理を作って見せて、早織に教えていった。
そうして、夕食の時間が近づいて行った頃。
「さてと、夕食の時間の直前には、魚料理を準備します。まずは、塩焼きからかな。」
義治はニコニコ笑いながら、地元の湖で獲れた鮎やイワナを取り出す。
「ここからは早織ちゃんは勿論、義信や皆にも手伝ってもらおう。」
そう言って義治は僕たちを厨房内のとある場所へ案内する。義信は何をやるか理解していた。
「この作業は俺もよく手伝ってるっすよ。」
義信は得意げになって笑う。
義治が案内してくれた場所は、魚を焼く場所で、金網がいくつも置かれていた。
その金網の下には、炭が置かれていた。
「さあ、今から、炭火で魚を焼いていくぞ。魚は、炭火の方が美味しいよ。」
義治が義信に向かって頷き、義信は、一度金網を外し、ガスバーナーで、炭に火をつけていく。
「さあ、社長、皆さん、これで扇いでくだせえ。」
義信から団扇を渡され、炭火をしっかり扇いで、空気の流れを活発にする僕たち。
義治は、僕たちのそれを見つつ、魚に切り込みの入れ方を早織にレクチャーする。
そして、十分に火が行きわったころを確認して、早織と義治は、金網に魚をセットしていった。
「金網に魚をセットする前に、こんな感じで、余熱を取ることも忘れないで。そしたら、塩をまぶして、焼きあがるのを待っていよう。ここからは義信が慣れているので、義信に任せてもらって、他の皆は。こっちへ。」
義治は義信に向かって、頷き、残りの作業を義信にお願いする。
義信も、毎回やっているためか、任されたという感じで、頷いていた。
「さてと、最後は、魚のお造り、お刺身を作る。いちばん鮮度が落ちやすい生ものだから、最後だな。」
義治は魚のさばき方、下ろし方を丁寧に教えていく。
「こんな感じで、さっき、鮎に切り込みを入れた同じ要領で。」
早織は義治の鮮やかな包丁さばきを一生懸命自分のものにしようとしている。
さらには、骨の取り方、うろこの取り方を教えていく義治。
そうこうしている間に、ホテルの一回目の夕食の時間が来た。
それと同時に、魚をさばき、お刺身を作り終え、盛り付けていく義治。
「魚、特にお造りは鮮度が命、夕食の時間を逆算して、開始時間と同時にお客さんに渡せるようにする。」
義治は親指を立てながら、さばいた魚を丁寧に、器に盛り付けていく。
ここまでくると、他の料理に取り掛かっていた従業員たちも、協力して、魚をさばいて、器にお刺身を乗せていく。
そうして、先ほどまでに作っていたほぼすべての料理が、お客様の方へと出されていった。
「さてと、一息つきたいところだが、まだまだ、やることがある。デザートの準備だな。ウチのホテルの夕食は、いくつかデザートを用意して、お客さんが一つ選ぶシステムを採用しているよ。今日の用意しているデザートはこんな感じかな。デザートの注文が入ったら、一気にやっていくからね。」
義治はデザートの一覧を僕たちに見せた。
今日のデザートは、白玉ぜんざい、メロンとコーヒーゼリー、バニラアイスとゆずのシャーベット、チーズケーキだった。客はそこから一つ選べるらしい。
やがて、デザートの注文が入り始めて、準備をする義治と厨房の従業員たちだったが。
デザートの注文が入り始めてしばらくすると、義治は目を丸くしていた。
「すごい。上手いじゃないか。早織ちゃんやるね!!」
義治は一度は早織にデザートの作り方や盛り付け方をレクチャーしたのだが。
早織はすぐに覚えて、丁寧にかつ、手際よく作っていく。
「さすがだよ。早織。」
僕は早織の手際の良さに感心する。
「ふふふっ、さすがはお爺さんのお店で、デザートを作っているだけの力はあるね。」
加奈子が笑っている。
「さおりん、さすがぁ~。」
マユもニコニコ笑いながら、早織の手元を見て、器の出し入れを手伝っている。
「やっぱ、お嬢のデザートは既に、じいさんの店で、店頭に並んでますから、さすがっすね。」
義信もうんうんと、頷いている。
「そうだったのか。道三さんのお店のデザートを。いやいや大したもんだ。ウチの従業員でも、ここまでできる人はいないよ。将来性もあるし、デザートだけというのであれば、すぐにでも戦力になれそうだな。」
義治は早織の手際の良さに思わず感心する。
「すまなかったなぁ。そういう事なら、もうちょっと早く来て、ケーキの生地の作り方だったり、ゼリーの冷やし方とか、そう言うのを教えてあげればよかったなぁ。明日は、そっちも教えて行くよ。」
義治はうんうんと頷いて、早織の手元を見ていた。
「はい、ありがとうございます。」
早織は、そう言いながら、慣れた手つきで手元を動かしていく。
確かに今の時間は、既に冷やし切った状態のアイスやケーキを盛り付けていくこと、フルーツをカットすることがメインだ。
冷やす前の状態の作り方はまた明日以降に教えてもらうのだろう。
しかし、義治の目は、その作り方もすぐに覚えそうだな、という目の色をしていた。
「そしたら、早織ちゃんが、盛り付けたり、カットしたりしたデザートも、お客様に食べてもらおう。もっと、テンポ上げられたりする?」
義治が大きく頷いて、早織に聞く。
「はい。まだ慣れないですが、少しだけなら。」
早織は義治にそう応え、少しデザートを作るテンポを上げていった。
「よしっ。皆、こっちのお皿の方も、お客さんに出してって。」
義治は厨房の従業員たちにそう告げると、従業員たちは早織が作ったデザートも、客のいるダイニングルームの方へと持っていくのだった。
従業員たちも早織のデザートの出来栄えに、ものすごく感心しながら運んでいくのだった。
そうして、一回目の夕食の時間に来た客は、満足そうな表情で帰っていくのが厨房越しに伺えた。
「うんうん。初日は上出来だね。お疲れ様。そうしたら。皆は上がって大丈夫だから。皆も夕食の時間としよう。僕が作るから、ご飯、食べてってね。」
義治が笑いながら僕たちを見る。
「はい。ありがとうございました。」
僕は義治に頭を下げる。
「ありがとうございました。」
早織も深々と義治に頭を下げる。
「おう。また、明日の朝食、よろしくね。」
義治はそうして、明日の朝食の準備のための集合時間を告げた。
僕たちは、義治にお礼を言い、エプロンをそれぞれ脱いで、ダイニングルームへ向かう。
ホテルの二回目の夕食の時間が始まる。
一緒に居た義信にテーブルに案内され、それぞれ席に着く。
「それじゃあここからは、味で、爺ちゃんの料理を楽しんでくだせえ。」
義信はニコニコ笑いながら、自分のバイトの業務に戻って行った。
そして、義治が作った料理が僕たちのテーブルに次々と運ばれていく。
メニューは先ほど厨房で見せてもらったものと同じもの。
マグロといくつかの白身魚のお造り、すき焼き、アユの塩焼き、その他、アワビと地元野菜の煮物、天ぷら、そして茶碗蒸しなどなど、どれをとっても一級品の料理が並んだ。
「「「いただきます!!」」」
僕たちは声を揃えて、一斉に箸をもって、食事をする。
食材を口に運んだとたん、味が口の中で一気に広がる。
「すごい。美味しい。」
僕は思わず、声を出す。
「本当ね。流石は一流ホテルだわ。」
史奈がニコニコ笑う。
「にへへっ、いちばん、美味しい、こんなの食べたことない。」
風歌も思わず声を上げて、笑っている。
「すごい。本当に美味しい。」
加奈子は、簡単なリアクションだが、一つ一つの料理を誰よりも味わって食べている。
色々な料理に箸をつけ、目の色を輝かせながら、頷いていた。
「すごいね。輝君。」
葉月はニコニコ笑いながら食事をする。そして、興奮しながら箸を回していく。
「うんうん。超豪華で食事のバランスも最高!!」
バリバリの運動部のマユは食べ盛りもあって、一気に食事を平らげていく。
「美味しいだけじゃないよ、映えてる。こうしてみると余計に写真を取りたくなる。」
結花と心音は、食べる前に一度写真を撮っていく。
「ああ。八木原さんにも送っておくね。」
心音はニコニコ笑いながら、早織に向かって言う。そういえば、心音は、ここに来てから、結花とともに、スマホで写真をどんどん撮っていく。
その手つきと表情は、どこかしら、昔のヤンキー時代を面影を出しながら、慣れた手つきで、スマホを動かしていた。
心音も、温泉の景色や、料理に感動しているのがわかった。
「あ、ありがとうございます。」
早織は心音に向かってお礼を言う。そして。
義治の作った料理を丁寧に食べていく。
ーこの味が目標なんだ。ー
早織はそう思いながら、一つ一つの味を噛みしめた。
そうして、思い思いの食事の時間を終え、最後のデザートを食し、すべてのお皿が綺麗に空いた。
「すごく美味しかったね。」
僕は皆に向かって言う。
皆も大きく頷いている。
そこへ、義信と、彼の祖父で、この旅館の女将である、靖子がやって来る。
「どうでしたか?料理は。」
義信が皆に聞いてきたので、僕たちは声を揃えて、美味しかったことを告げる。
「それは何よりです。そしたら、皆さんは部屋に戻ってゆっくりしていてください。食器の片付けとかは、調理のスタッフとは別の、ダイニングルームのフロアのスタッフがやることになってますので。まあ、たまに、調理のスタッフも加わることがあるのですが、今日はそういう日ではありませんので。」
義信がニコニコ笑う。
「本当に、ありがとう。磯部君。えっと、女将さん。」
早織は義信と靖子に深々と頭を下げる。
「はい。主人も喜んでくれていますよ。それじゃあ、この後について、義信から説明しますね。」
靖子はニコニコ笑いながら義信の方を見る。
「はい。この後は、温水プールのスパとか、お風呂に是非入ってください。終了時間は、スパが夜の十二時。お風呂が夜中の二時、となっています。そして、明日の開始時間が、お風呂が六時、スパが十時です。ただし、お風呂は、十時から十五時まではお休みの時間になりますので、注意してくださいね。」
この説明を聞いていると義信は完全にホテルの従業員だった。
「お風呂がお休みの時間は、部屋のお風呂や、温泉街にある公衆浴場を使ってください。ただし、公衆浴場に関しては、深夜帯は営業していないので、夜の二時以降に入るのであれば、部屋の露天風呂を是非。」
義信がニコニコと笑いながら、そう続ける、最後の説明はニヤニヤという表情に近かったが。
僕たちは義信の説明に頷き、義信にお礼を言う。
「他にも、何かご不明な点があれば、いつでも、お声をお掛けくださいね。」
靖子もさらに続けてニコニコ笑っていた。
そうして、僕たちは義信と靖子にお礼を言って、ダイニングルームを出た。
部屋に戻る間は、美味しい料理と、早織のデザートを作る手際の良さで持ちきりだった。
「すごいね。早織ちゃん、デザート、このホテルでも通用したわよ。」
史奈が早織にニコニコ笑う。
「うんうん。あ~。あ~。どんどん、先を行っちゃうね。」
葉月は、落胆しながらも、ニコニコと笑う。
「でも、メモがあるから、ラッキー。私も頑張って、練習しよう。ああ、勿論、早織ちゃんにも見せてあげるね。」
葉月はそう言って、今日作った記録のノートを大事そうに持っていた。
「あの、皆さん、ありがとうございます。まだまだ、デザートだけですから。他の料理を覚えられるように、頑張らないと。」
早織は首を横に振りながら、そう言っていた。
僕は、早織の肩を持って。
「大丈夫。もっと自信もって。早織。」
僕は早織に優しく声をかける。
「うん。ありがとう。輝君。」
早織は、少し緊張が緩んで、明るい表情に戻っていた。
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