133.ホテルニューISOBE
冬休み、クリスマスからお正月までの間の、師走の年末。
僕たちは、駅から電車に乗り、【伊那市】という駅へ向かう。
電車は雲雀川に沿って、北に向かい、それに伴って、川幅も小さくなっていった。
「この辺りは、県の北部と言われる場所でね。少し山の方へ行くと、雪が積もっている場所もあるよ。」
葉月がニコニコ笑いながら説明する。
「ふふふっ、そうね。私も、この辺、温泉と、スキーに良く入ったなぁ。」
史奈が電車の車窓を見ながら、僕に山の方を指さしてアピールする。
山の方は、本当に雪が積もっている。
この北関東の県の中でも、北部の山沿いに近い場所に位置するのが、伊那市駅を要する。この【伊那市市】だった。
「伊那市市のメイン収入は農業と観光だね。温泉、牧場、スキーの三拍子。コレ、結構重要だから覚えておいて。」
葉月が親指を立てて笑っている。
僕は葉月の説明に頷き、心の中で復唱する。温泉、牧場、スキー、と。
その伊那市駅で降り立った僕たち。
伊那市駅の駅舎は古い木造建築を模した、昔ながらの大きな駅舎だった。
「すご~い。ひかるん、見て見て。」
マユは古い駅舎に興奮する。その気持ちは、とても理解できる。
前に住んでた、反町市にはこういう駅舎はまずない。東京のベッドタウンなのだから、もう少し都会的な駅舎になる。
しかし、この駅の構造はそれとは対照的なものだった。
立派な駅舎には、デパートやショッピングモールではなく、ご当地のお土産屋さんがいくつも併設されていた。
ああ、観光の町なんだと。これを見て改めて思う。
「すごいね。マユ。僕もこういう駅に降りるのは初めてかも。」
「だよね。」
マユが僕の言葉に、うんうんと頷いている。
「わ、私も、あんまり降りないかも、その、ここには、小さい時に来たことしかなくて。」
風歌が緊張しながらも僕たちに説明する。
風歌も、この古い駅舎の建物が珍しそうで、目を丸くして周りを大きく見回していた。
「風歌。キョロキョロしてると、怪我するよ。まあ。私も、あんまり来たことないから、ワクワクしてるけどね。」
「そーっすね。地元の人間でも、小さい時に観光に来たという人がほとんだし、ウチもそうだから。」
心音が、目を丸くしてキョロキョロしている風歌に向かっていう。
その心音もどこか嬉しそうだ。そして、一緒に居る結花も同じだ。彼女たち二人の中学生時代は、いわゆる元ヤンキー。おそらく、ヤンキー時代はこういう場所には来なかったのだろう。
「輝っ。」
加奈子が僕の方を見る。
真面目な加奈子がある方向を向くように指示する。
そこには、ガチガチに緊張している早織の姿があった。
「やっぱり緊張するよね。」
「そうだね。声かけてみようか。」
僕と加奈子は、早織に向かって声をかける。
「大丈夫?早織?」
「う、うん。何とかね。不思議だよね。電車に乗ったときは、ワクワクしていたんだけど、こう、いざ駅に降りて、その場所に向かうとちょっとね。」
早織は正直な気持ちを僕と加奈子に話す。
「わかる気がする。皆が居ても、勇気が要るよね。」
加奈子がうんうんと頷く。
「なんとなく僕も。」
まるで、加奈子に連れられて、最初に原田先生のバレエ教室に行ったときの、僕の心境とそっくりな早織の姿がそこにはあった。
僕たちがここに居る理由は他でもない。
観光の町、伊那市市の三拍子、温泉、牧場、スキーの、三本柱の一つ、温泉へと向かう。【伊那市温泉】は日本全国から多数の観光客がやって来る。
そして、勿論、この北関東の地域の特徴が読まれている、故郷のカルタにも、紹介されているのだとか。
その伊那市温泉の、温泉街の中に、義信の祖父母が経営する、【ホテルニューISOBE】がある。
この温泉の中のホテルで、間違いなく、片手で数えられることができる、超有名なリゾートホテルだ。
義信のご厚意で、義信の祖父母は、この冬休み期間、早織の料理の修業を見てくれることになった。
「絶対大丈夫だよ。八木原さん。緊張しているかもしれないけれど。」
結花がニコニコ声をかける。
その結花を見て、心音も早織の背中をポンと叩き、親指を立てる。
「ふふふっ。大丈夫よ、早織ちゃん。こういう頑張る早織ちゃんだから、磯部君も、私たちを招待してくれたのかしらね。」
史奈がニコニコ笑って頷く。
結花たちの言葉に、早織は少し、緊張がほぐれてきたようだ。
「皆さん。その、ありがとうございます。」
「ハハハッ。お礼なら、義信君たちに言おうね。私も一緒に言うから。ああっ。お祖父ちゃんにも、お礼言って来たかな?私たちもお祖父ちゃんにお礼しないとだね。」
葉月がうんうんと頷いている。他のメンバーもそうだ。
文化祭の福引大会の時、【ホテルニューISOBE】のスイートルーム宿泊券を当てたのは僕だった。
しかし、それは、ペアチケットで、かつ一泊か二泊の日程の物だろう。
だが、今回、早織の料理の修業という経緯もあり、義信が冬休みのクリスマスから、年末年始までの期間、生徒会メンバー全員分の宿泊を予約してくれたのだった。
しかも、義信のご厚意で、破格の値段で。さらには、そこから、早織の祖父、道三が感謝の気持ちを表し、大方、費用を工面してくれていた。
これは、本当にありがたかったし、僕も義信、そして道三に感謝するのだった。
ということで、僕たちは、伊那市駅の駅舎を出て、伊那市温泉行のバスに乗る。
バスに乗ったという連絡を、義信にLINEを送信する僕。
既に義信は、終業式のクリスマスパーティーの直後から、住み込みでバイトしている。
<了解っす。バス停まで、迎えに行きます。>
という返信が義信から届いて、安心する僕。
一緒に載っている早織の表情を見る僕。とても穏やかそうに座っていて、安心した。
僕たちを乗せたバスは、発車後十分も満たないうちに、山道に入り、途中から、雪が積もっている場所を通って行った。
山間部といっても、人気が無いというような場所ではなく、いくつかの別荘地やゴルフ場を過ぎて、三十分ほどで、山間の開けた場所である、伊那市温泉の温泉街に到着。
そして、温泉街のバスターミナルには、よく知っている人物がすでに待っていた。
一際大きな体型で、こちらのバスを見て、ニヤニヤと笑っている。人物。
まさしく、生徒会役員の磯部義信だ。しかし、普段学校で見る彼とは全く様子が違っていた。
ワイシャツにネクタイ。そして、『ホテルニュー磯部』と縦書きに書かれた、紺色の法被を着ていた。
義信の姿を確認して、バスから降りて、彼の元へ向かう僕たち。
「いらっしゃいませ。皆様。そして、伊那市温泉へ、ようこそお越しくださいました。」
義信は深々と頭を下げる。
「いやいや。お礼を言うのはこっちだよ。義信。宿泊券と言い、ここに居るみんな全員を泊めてくれるんだから。本当にありがとう。」
「あ、あの、ありがとう。磯部君。」
僕がお礼を言ったのを見て、とっさに頭を下げる早織。
他の皆も、つられて、頭を下げて、お礼を言う。
「何をおっしゃいます。社長は、文化祭の景品ですので当然っすよ。それに、お嬢も、ああいう事がありましたから。」
義信はニコニコ笑いながら、頷いていた。
「ああ。そうだな。」
僕は義信に向かって頷く。
他の皆も同じで。
「そうね。折角のご厚意、思いっきり楽しみましょう。」
史奈がうんうんと頷く。
「そうっすよ。それに、お代は、宿泊券は勿論、お嬢のお爺様からもいただいてますので。」
義信がニコニコ笑う。
「うん。ありがとう。磯部君。」
早織の表情が少し軽くなったところで、義信が口を開く。
「さあ。皆様、お荷物が多いようなので、先にホテルまで、ご案内します。こっちですよ。」
義信に連れられ、ホテルへ向かう僕たち。
冬の温泉街を抜けていく。
湯けむりと温泉の硫黄の匂いが、ああ、温泉に来たということを感じさせる。
そして、温泉街は多くの観光客でにぎわっている。
そのほとんどが県外からの客なのだろう。
そして、温泉街には、様々なお土産屋さんとホテルがたくさん並んでいる。
さらには、お土産屋さんには、『温泉まんじゅう』、『温泉たまご』という旗が多く並んでいる。
流石は温泉街だ。
「恐れ入ります。足元、お荷物、お気をつけてください。」
義信が手を広げて、案内した方向には、広くて長い、石段があった。
「すみません。この石段を全部登らないといけませんので、大丈夫ですか?お持ちしましょうか?」
義信は僕たちに聞いてくるが、全員首を横に振った。
僕とマユは最初は驚いていたが、僕は別に大丈夫だし。マユの方も陸上部ということで、体力もある。
石段は確かに長そうだが、別に大丈夫だろう。
その他の皆は、この県の出身者のため、おそらく、ここを登るのは、想定済みだった。
「この石段は有名だからね。」
葉月がウィンクしている。
「そうね。石段の上の方に行けば、景色も楽しめるし、上の方に行けば行くほど、露天風呂のロケーションだったり、そういうので、ホテルの質も良くなるって言う噂だからね。」
史奈がうんうんと頷いている。
他の皆も同じような表情をして、この石段を登ることは別に大したことはなさそうだ。
「すみません。恐れ入ります。それでは、そのまま、ご案内しますね。」
そうして、そのまま、義信について行く僕たち。
「なんか、いつもの義信じゃないみたい。」
加奈子がニコニコと笑っている。
「そうね。結構、様になってるわね。」
史奈がうんうんと、笑っている。
「すごいです。磯部君を見ると、余計に緊張しちゃいます。私は、これから一緒に働くのだと思うと・・・。」
早織は再び緊張している面持ちだったが、どこかワクワクした雰囲気もある。
実際、僕もそうだ。
普段は豪快な義信が、今は、ホテルの従業員として、一生懸命仕事をしている。
義信の体格も重なって、まるで、長年ホテルで働いていたような貫録を醸し出していた。
義信に続いて、石段を登っていく僕たち。
石段の両脇にもお店や旅館が立ち並ぶ。
「公衆浴場とか、皆で入れる、大きなお風呂とかもございます。ホテルに行ってから、是非お楽しみください。」
義信の説明にうんうんと、頷く僕たち。
そして、石段の中腹に差し掛かると。
「ここで、少し待ちましょう。折角ですので、後ろを振り向いてみてください。」
義信の指示で、後ろを振り向くと、びっくり。
山から見るような絶景が広がっていた。
さらに、遠くの山には雪が降り積もり、冬景色をより演出している。
そして、こちら側も、ある程度、雪が降っているため、先ほどバスで通って来た、ゴルフ場の木々、牧場の建物や木々もすべて雪化粧をしていることがわかる。
山を下りたところは、まだ雪が積もっていないが、それでも冬の澄んだ空気が透き通っており、建物がはっきりと見えていた。
「すごい。」
「うわぁ~。」
目を丸くして驚く僕とマユ。
そして、これに関しては、地元出身の他のメンバーも驚いていた。
「すごいわね。」
「うんうん。山に来たって感じだね。」
史奈と葉月が笑っている。
「すごく久しぶり、こんな感覚。」
加奈子も笑っている。
「マジ映えるじゃん。」
「うん。そうだね。ほらほら。」
心音と結花は、少し緊張して黙っていた早織、そして、同じく、大人しくしていた風歌をこちらに越させ、スマホで写真を撮る。
少し早織の、表情が明るくなる。
おそらく、石段を登るにつれて、ドキドキしていたのだろう。
「あ、ありがとう。北條さん。心音先輩」
「うん。大丈夫?平気。平気。」
早織のお礼に、結花は笑って返した。そして、心音も親指を立てて、笑っている。
そのやり取りを見て、安心する僕たち。
「さあ。行きまっせ。」
義信はさらに石段を登っていく。
そして。
石段を登り終わり、そこから続く、石だたみの坂を少し上った後。
この温泉街の中でも、高級ホテルが続く通り。その通り沿いに、一際大きな高級ホテルがあった。
「お疲れ様でした。到着でございます。」
義信が挨拶をする。
そのホテルの大きさに、さらに驚愕する僕たち。
「すごい。大きい。」
僕はそれだけ言って、目を丸くしながら、外観を見ていた。
「私も。実は、初めて見る。名前だけは知ってたし、いつもここに来たときは、安めの旅館に止まっちゃうから、こっちまで来たことないんだけど・・・。」
僕と同じように驚く葉月。
その他のメンバーも、温泉街にそびえたつ、実物の高級ホテルの大きさを見て、驚いているようだった。
「さあ、ご案内いたします。」
義信の案内に従って、建物の中に入っていく僕たち。
中に入ると、大きなシャンデリアと、高級感あふれる絨毯の床がお出迎えしてくれる。
そして、そのホテルのフロントで、二人の老夫婦がこちらを見て深々と頭を下げて出迎えてくれた。
二人とも和装で、男性の方は、紺の帽子に腰巻と、まさしく料理を作る感じの人だ。
女性の方は、着物に割烹着を着て、まさに、旅館の女将そのものである。
「お帰り。義信。」
男性の方が義信に声をかける。
「皆と合流出来て良かったわ。」
女性、この旅館の女将である人も義信に声をかける。
「ありがとう、爺ちゃん。婆ちゃん。皆、連れて来たよ。」
義信はそう声をかけて、二人を僕たちに紹介する。
「紹介します。俺の、爺ちゃんと婆ちゃんです。」
老夫婦の二人は、揃って頭を下げる。
「いつも、義信がお世話になってます。そして、ようこそ、当ホテルへ。義信の祖父で、総料理長をしてます。【磯部義治】と申します。」
「本当に、ようこそいらっしゃいました。いつも義信と仲良くしてくれて、ありがとうございます。義信の祖母で、このホテルの女将をしてます。【磯部靖子】です。」
義信の祖父母は丁寧に頭を下げた。
「「「「よろしくお願いします。」」」」
僕たちも声を揃えて、深々と頭を下げる。
「皆さんのことは義信からよく聞いております。そちらの男の子は、橋本君ですね。ピアノがお上手とか。」
義信の祖父、義治が僕を見て言う。僕は顔を赤くして。
「は、はい。橋本輝と申します。」
そう挨拶をする。
「輝君、すごく顔が赤いね。」
葉月がニコニコ笑い、僕が恥ずかしそうに頷く。
「他の皆さんもわかりますよ。そちらのお二人が、新旧の生徒会長さんでしょうか。」
義信の祖母、靖子がニコニコ笑いながら、史奈と加奈子をに手を広げて言う。
「は、はいっ。」
「ふふふっ。よろしくお願いします。」
加奈子と史奈が物凄く緊張している。
「わかりますよ。すごく、細身でお綺麗です。クラシックバレエがお上手なんですね。」
靖子は大きく頷きながら、加奈子を見る。
「そして、同じように、細身でお綺麗ですが、少し焼けた素肌をしてらっしゃる、そちらの方が、陸上部の方ですね。」
靖子の言葉にマユが赤くなり、頷く。
「貴方様のこともお話、聞いてますよ。学校は違うけれど、よく、ご一緒すると。」
「は、はいっ。ありがとうございます。」
マユは緊張しながらも、頭を下げる。
「そして、そちらのお二人。ショートヘアーの方が、生徒会のお仲間の花園さんで、義信の学校の理事長の娘さん、そちらが、生徒会のお仲間の北條さん。そして、隣にいらっしゃるのが、北條さんの古くからの先輩で、コーラス部の方。そして、その隣が、同じくコーラス部の方で、橋本さんと一緒にピアノ伴奏をされている方ですね。」
靖子はさらにニコニコ笑いながら、僕たちのことを当てていく。
まさに百点満点の回答だ。
義信を除けば、唯一の男子である、僕のことは分っても、女性陣をピタリと当てるのは本当にすごい。
「す、すごいです。どうして。」
僕は驚き、なぜわかるのかを祖父母に聞く。
「義信から沢山、お話を聞いておりますし、それに、この仕事を長年やっていれば、色々なお客様がお越しになり、色々なお話をお伺いします。どのようなお客様かを、すぐに把握しないとお仕事が回りませんので。」
なるほど、さすがは、ホテルの女将。しかも長年、接客をやっていることだけはある。しかも、これくらいのホテルだ。おそらく、ワンランク上の客層の人達を相手にしなければいけないのだろう。この話は頷かざるを得なかった。
そして、義信の祖父母は、早織を見る。
「そして、最後に。貴方が、道三さんのお孫さんだね。義信からも、そして、道三さんからも話は聞いているよ。」
義治が早織を優しそうな眼で見つめる。
「はい。あの。よろしくお願いします。」
義治は、大きく頷いた。そして。
「大丈夫。いろいろあったかもしれないが、君には沢山の原石があるよ。道三さんの若い時によく似てる。僕は、道三さんの後輩だったし、沢山良くしてもらった。恩返しできればと思っているよ。」
早織は義信の言葉に目頭が熱くなって。
「あ、あの。ありがとうございます。」
早織は深々と頭を下げる。
「うん。うん。大丈夫。黒山さんなんかに負けないで。後輩の僕からすると、あの人は昔から、近寄りがたい人だったから。今回の話も頷けるよ。」
義治はそう言って、早織の肩をポンポンと叩いた。
早織は少し自信を取り戻したようで、先ほどまでの緊張が一瞬でほぐれ、元の笑顔に戻っていた。
「うん。笑っている顔も、道三さんと同じで、生き生きしてる。可愛いよ。」
義治は大きく頷いた。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
早織はそう挨拶を済ませる。その表情に、迷いは無くなったようだ。
「とりあえず、部屋に案内するから。まずは、ゆっくりして。夕食の支度の時間になったら、部屋まで迎えに行くからね。」
義治はニコニコと笑って、義信と靖子に指示を出す。
靖子から紙を受け取り、宿泊者名簿を作成するというので、各々自分の名前を書く。
「では、お部屋にご案内しますね。」
靖子に指示され、エレベーターに案内される。
そのエレベーターに乗り、僕たちを促し、行き先階ボタンを押す靖子。
「お部屋は三部屋、十階のお部屋が一部屋と、八階のお部屋が二部屋。どの部屋も最大で四人まで泊まれますので、後で部屋割りはご自由にして頂ければと思います。義信からお話を聞いております通り、十階のお部屋がスイートルームになりますので、お部屋が広めです。なので、まずは十階のお部屋に参りましょう。」
靖子の案内のもと、エレベーターで十階へ向かう。
その十階のフロアに降り立つと、先ほどのフロントよりも、さらに上質な絨毯が敷かれている客室の廊下が現れた。
「すごい。」
僕はその高級感漂う十階のフロアを見て驚く。
「まあ。ここは、スイートルームの客室しかないっすからね。」
義信はニコニコ笑いながら説明する。
確かに、部屋のドアがいくつかあるのだが、一つ一つの部屋の間隔が長い。しかも全室が、同じ方向、つまり、景色の見通しがいい方向に設置されているようだった。
靖子と義信の案内のもと、僕たちが宿泊する部屋にたどり着く。
「さあ。こちらが、カードキーになりますので。こちらをどうぞ。」
靖子からカードキーを差し出され、僕は扉にカードキーをかざす。
扉のロックが外れた音がして、部屋のドアを開ける。
すると。本当に言葉にできない光景が広がっていた。
大きな、大きなリビングルーム。そこには、団らんができるようにと、広めのソファーがいくつも置かれ、さらには、それとは別に、仕事や会議ができるようにと椅子と机も備えられている。
どちらも高級そうなもので、ソファーはフカフカそうなものであり、椅子に関しては背中がすべて覆う革張りの背もたれ付きの椅子がいくつも置かれていた。
寝室も凄くて、和室、洋室の両方を備えていた。
「すごい。」
僕は驚く。
「うわぁ~。」
一緒に居た加奈子も目を丸くして、興奮を抑えきれない。
他のメンバーは、結花と心音は興奮しながら写真を撮り、風歌と早織はどこか緊張しながらも、恐る恐る、備え付けられている家具に手を伸ばしていた。
「すごいわね。」
「ホント。磯部君。ナイス!!」
史奈と葉月は大きく頷きながら、スイートルームを見て楽しんでいた。
「それでは、簡単ではありますが、こちらの部屋の説明をしますね。まずは、寝室。和室と洋室がありまして、洋室にはベッドが二つ。和室にはこちら。」
靖子が、押し入れのふすまを開け、布団があることを示す。
「押し入れに布団がございますので、こちらの部屋で最大四人宿泊できます。八階のお部屋は、こちらの和室と洋室とお手洗いなどの洗面の設備部分のみ備え付けられていて、洋室には、ベッドが二つ、和室部分には押し入れの中に布団が二つずつ備えておりますので、ご自由に部屋割りをしてくださいね。」
靖子の説明に、僕たちは頷く。
「そして、おそらく、普段は皆様、こちらのお部屋にいて、八階のお部屋は寝る時だけお使いになることと思いますので、こちらのお部屋にしか無いものをご説明しましょう。そうしましたら、バレーボールをやられていました、元生徒会長さん、後ろの窓を開けていただけますか。」
靖子は史奈に指示して、史奈は後ろを振り返り、カーテンを開け、窓を開ける。
「うわぁ~。すごい!!」
史奈が驚く。
僕たちは史奈の元へ。
史奈の視線の先には、部屋に備え付けられている露天風呂と、シャワーがあった。
「はい。スイートルームには、全室、こちらの露天風呂が備え付けられております。お風呂は、この上、最上階の十一回に大浴場と露天風呂がございますが、こちらのお部屋のものを使用しても問題ございません。そして。」
靖子が外を見るように促す。そこには、絶景が広がっていた。
「この温泉街と、伊那市の町、そして、遥か遠く、皆様のお住まいの雲雀川の町まで見えるかと思います。お楽しみください。」
靖子がニコニコ笑う。
僕たちは、各々景色に興奮し、いったん窓を閉め、靖子にお礼をした。
「そして、食事の会場が一階のフロントのお隣のダイニングルームで。室内プールやスパは二階にございます。室内プールは、この冬場でもご利用できますので、是非ご利用ください。」
凄すぎる。と僕は思うし、他のメンバーも興奮状態だった。
「とりあえず、説明は以上で、部屋の鍵をお渡しします。九名いらっしゃいますので、三つのお部屋の鍵、カードキーを三枚ずつお渡ししますね。部屋番号が書いてありますので、間違うことはないと思います。
そして、こちら。温泉街の公衆浴場の無料券とお土産の半額券もお渡しします。どちらも、大方の旅館やホテル、そして、すべての公衆浴場とお土産屋さんで使えます。是非、この温泉の色々なお風呂に入ってみてください。一部のホテルでは、公衆浴場の無料券が使えず、入浴料を取られてしまう場合があるのでご注意をお願いしますね。」
靖子が僕たちの方を向かって、会釈する。
「はい。ありがとうございます。」
「「「ありがとうございます!!」」」
僕たちは声を揃えてお礼を言った。
「他に、何かございましたら、そちらの内線で、フロント迄お電話ください。それでは、夕食の仕度の時に、八木原さんと皆さんを主人がお迎えに行きますので、それまで、ごゆっくり。」
靖子はニコニコ笑って、僕たちに頭を下げて、部屋を出て行った。
「それじゃあ、社長に、お嬢、また爺ちゃんと迎えに行きますので、ゆっくりしててください。どうぞ、楽しんで。」
義信はニコニコ笑っていた。
「本当に、ありがとう。義信。」
僕は義信にお礼を言う。
「あ、ありがとう、磯部君。」
早織も義信に頭を下げた。
皆も全員、義信に頭を下げて、部屋を出て行く義信を見送った。
僕たちは、とりあえず、部屋割りは後にして、このスイートルームを自由に探検することになった。
至れり尽くせりのスイートルームは、本当にすごかった。
ベッドや布団も触ってみたが上質なものだし、そして、石段を登った丘の上に立っているため、景色が本当に綺麗だった。
「綺麗だね。輝君。」
「本当だね。義信に申し訳なくなっちゃうね。」
早織の言葉に、僕は頷く。
「私、頑張るね。」
「ああ。そうだね。」
早織の言葉に僕は応える。改めて、早織の表情に変化が見られた。
「そうよ。早織ちゃん。磯部君に感謝して、頑張りましょうね。私たちも楽しんじゃおう!!」
史奈がニコニコ笑っている。
その言葉に大きくなずく僕たち。
そうだ。思いっきり楽しもう。
そうして、僕たちは、このスイートルームで、しばらくゆっくり休息を取ることにしたのだった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
少しでも面白い、続きが気になるという方は、下の☆マークから高評価とブックマーク登録をよろしくお願いいたします。




