130.コンサート本番(クリスマスコンサート、その3)
控室に移動し、舞台用の衣装に着替え準備をする僕。
すぐに着替えを終え、控室で一人待機し、呼吸を整える。
原田先生が言っていた集合時刻にはまだまだ一時間以上時間がある。
おそらく、バレエ教室の生徒たちは、この間に化粧を済ませ、衣装に着替えるのだろう。そのために長く時間を取っているのだった。
もう一度、控室に備え付けられたピアノで最終調整していく僕。
調整は、それほど緊張せず、リラックスした状態で臨めていた。
その後も、調整したり、少しリラックスしたり、与えられたこの時間を十分に活かすことができ、原田先生の言っていた集合時間の五分前となる。
僕はトイレの流し台に向かい、よく手を洗い、併設された鏡で身だしなみを整えて、ペットボトルの水をもって、集合場所へと向かった。
指示された集合場所は、一番広い楽屋だった。
楽屋の前の廊下で待機していた先生が入出OKのサインを送る。
この一番広い楽屋もバレエ教室の生徒、つまりは女子生徒が着替えを済ませたりする場所になっていた。
このサインが出たということは、集合時刻になり、男性の僕も入室していいことになっていた。
「おおっ。少年、来たか。さあ、こっちだ。」
入出するなり、原田先生に声をかけられる。
原田先生は僕を手招きし、加奈子と藤代さんの元へと案内する。
そこにいた加奈子と藤代さんは、水色の衣装を身にまとい、プリンセスの顔つきになっていた。
「輝。本当にありがとう!!頑張ろう!!」
「橋本さん。ともに、頑張りましょう。」
加奈子と藤代さんは、ニコニコと笑って、僕を迎え入れた。
「ありがとう。二人ともすごく綺麗だよ。」
僕は二人の笑顔に同じように応えた。
「ありがとう。輝!!」
「ありがとうございます・・・・っ。橋本・・・、さん。」
加奈子と藤代さんは僕の言葉で一気に緊張が解けたようだった。
しかし、その顔も一瞬で終わる、すぐに原田先生が前に来て、二人ともそれを見て、真剣な顔つきに変わる。
「さてと。みんな揃ったな。」
原田先生は僕と吉岡先生、さらには男性のスタッフを見てうなずく。
男性の方が女性よりも、人数が少なく、数えるほどしかいない。当然だが、更衣室や控室も、女生と別の部屋を使っているため、男性のスタッフや出演者が、この楽屋に来ているか確認するのも容易だった。
その他にも、別の楽屋を利用している女性の生徒が、こっちに来ているかを確認して、いよいよ原田先生からの最終の諸連絡がなされる。
「皆、今日まで本当によく頑張りました。今日この日、全力で頑張ろう!!そして、思いっきり楽しんでいこう!!」
原田先生は最後にこう締めくくった。その言葉に、大きな拍手をする僕たち。
この言葉で全員の気合が注入されていた。
そして、全員で、円陣を組む。
加奈子と藤代さんの間に入る僕。
「それじゃあ、皆、楽しんでいくぞ!!」
「「「「おーっ!!!」」」
原田先生の言葉に全力で声を出して応える僕たち。
こうして、クリスマスコンサートの気合入れが終わり、プラグラムが最初の方のメンバーから舞台袖に移動していくことになった。
僕もいくつかのクラスの伴奏を受け持っているので、舞台袖へ向かう。
舞台袖に行くとさらに緊張感が漂う。
既に、多くの観客が入っているのだろう。そんな感じがする舞台袖。
何だろうか。舞台袖に居てもお客の入り具合はどういうものかをものすごく感じられる。聞こえてくるざわつきだったり、舞台袖には会場の様子がわかるテレビモニターが設置されたりして、大体わかるのだ。
「結構、人が入っているだろう。少年!!」
原田先生が僕に近づいて、ポンポンと肩を叩きながら言った。
「はい。すごいですね。」
僕は原田先生の方を見る。
「まあ。最近はネット販売でチケットを購入してくださる方も居るしな。それに・・・。」
「それに・・・・・?」
「実は、このバレエ教室はもともとヨッシーの、吉岡先生のお母様が始めたものなんだ。それを私と吉岡先生が引き継いだ形だな。それを含めると、もう四十年以上になるな。私も吉岡先生も、中学生の頃は吉岡先生のお母様の生徒だった。その時の昔の生徒さんだったり、古いお客さんが今でも来てくれる。まあ、その話はまた今度なっ。」
「そうなんですね。またお話聞かせてくれればと思います。」
原田先生は僕の反応に対して、ニコッと笑い僕に本番に集中するように指示する。
「しっかりな。」
「はいっ。」
僕は頷き、それを確認すると、原田先生は他にも緊張している生徒、特に初めてこのステージにオンステするであろう、幼稚園児や小学生の生徒たちに声を掛けに回っていった。
それを見て、どこか懐かしさを覚える僕。
僕も小さい頃はこんな感じだったのかもしれないと。
それを懐かしいように見ていると、いよいよ、開演のブザーが鳴った。
「お待たせいたしました。これより【SUBARU‘sバレエアカデミー】のクリスマスコンサートを開演いたします。」
司会のアナウンスで、開演の幕が上がる。
「まず初めに、第一部、各クラスの発表のステージです。」
司会のアナウンスのもと、各クラスの発表のステージが幕を開ける。
先ずは小学生で、このバレエ教室に入って、二回目か三回目のクリスマスコンサートを迎えるクラスから。
それを舞台袖で見ている、次の発表者の面々。次のお披露目は、このクリスマスコンサートが初めてお客さんの前でバレエを披露するような、幼稚園児や、小学校低学年の子供達だ。
初めての子たちよりも、少しお姉さんと言われる子たちの演技を、舞台袖で楽しみながら見て、いよいよ、幼稚園児や小学校低学年の、初めてクリスマスコンサートにオンステする生徒たちの出番。
どの子たちも、はじめは緊張していたが、メロディーの曲を聞きながら、楽しくステップを踏んで踊る姿は、こちらもワクワクさせる。
曲が終わり、溢れるばかりの拍手をもらうと、すぐに子供たちはものすごくやり遂げた顔になる。
舞台袖で見ていた、バレエ教室のメンバーも拍手で、ステージから引き上げてくる、小さなバレリーナたちを迎えていた。
勿論、僕も大きな拍手で出迎えた。
そうして、僕の出番になる。
「続きましては、生のピアノ演奏を入れたステージをお届けします。」
司会のアナウンスがこう告げた。
「行ってらっしゃい。輝。」
加奈子がニコニコ笑いながら見送ってくれる。
「しっかりな。少年!!」
「はいっ。」
原田先生も同じように見送ってくれ、舞台の照明が暗い中、ステージに設置してくれたピアノへと向かう。
その間に、曲目の紹介と、出演者の紹介がある。そして。
「ピアノ、橋本輝。」
僕の名前もコールされ、いよいよ、舞台の照明が明るくなる。
このクラスの演奏は、日本で活躍する女性ピアニストが作曲した、ポピュラー音楽だった。
癒されるメロディーを作る人物で、僕もよく知っていた。
そのメロディーに、優しい振付を施し、踊って行く生徒たち。練習の時と同じように、優しさと雄大さを兼ね備えた演技となった。
続いてのクラスも僕がピアノを担当し、他のクラスと同じように一生懸命踊る姿が印象的だった。
そうして、第一ステージでの僕のピアノ出演は終了した。
舞台袖に戻る僕を加奈子と藤代さんが笑顔で出迎えてくれた。
「良かったよ。集中したいから、また後でね。」
「はいっ。とても素敵でした。」
二人は静かに僕に言葉をかけ、僕は、ありがとう、と心の中でつぶやきながら、大きく頷いた。
そして、藤代さんの、中学生クラス、加奈子の高校生クラスの演技も本当に魅力的なステージだった。
第一ステージはこの後も数曲続くのだが、加奈子と藤代さんは次のステージのための着替えに向かって行った。
「少年も長めに休憩を取ってくれよ。次のステージがお前の見せ場だから頼むぞ!!」
原田先生に声を掛けられ、先生のお言葉に甘えて、僕も控室に戻って、少し水分補給を兼ねた休憩を取る。
そして。
第二ステージ。コンクールの報告会のステージが始まった。
加奈子や藤代さん達とともに何度も練習を重ねてきたステージ。
自信もあるし、絶対に負けられないステージだった。
少し気持ちが高ぶりながらも、丁寧に、丁寧に、伴奏をしていく僕。
加奈子や藤代さん達もそれが伝わったのか、もしくは僕と同じで、気持ちが高ぶっているのか、繊細さと雄大さを兼ね備えた演技をしている。
―すごい。すごいよ。加奈子!!―
僕は改めて、ピアノを弾きつつ、加奈子の方を見る。
加奈子の気迫は勿論こちらにも伝わってくる。そして、何よりも最初から最後まで安定している。
僕も負けないように、ピアノを演奏する。
まるで、最初に加奈子のバレエを見たときのように、そして、バレエのコンクールの時のように。
―ヨシッ。流石少年だな。―
舞台袖で見ている原田先生も、大きく頷き、大満足した表情だ。
―うん。やっぱり私は、輝のピアノがいい。―
加奈子も終始僕のピアノを聞きながら、気持ちが高ぶっていたようだ。
気持ちを強く持ちつつ、安定の演技をしていた。
まるで、このステージの始めから終わりまで、ピアノと、バレリーナたちが輝いていたステージだった。流石はコンクールの選抜メンバーのステージだった。
大きな拍手の中、第二ステージ、ショパンの『レ・シルフィード』は終了した。
「それでは続きまして、コンクールの成績優秀者のソロ演技に移ります。」
司会のアナウンスで、僕たちは一旦舞台袖に戻る。
舞台には最初の演技者が待機して、曲の冒頭部分が流れ始めると、圧巻の演技を見せるのだった。
それに負けないようにと、二人目のバレリーナもそれに続いた。
さあ、そして、三人目、井野加奈子の出番。
「雲雀川バレエコンクール、高校生部門優勝、井野加奈子。曲目は『英雄ポロネーズ』、ピアノ伴奏、橋本輝でお届けします。」
司会のアナウンスと同時に、僕と加奈子はお互いの顔を見つめ、頷き、拳で手を合わせた。
「「絶対、やってやる!!」」
僕と加奈子は気持ちを一つにして、ステージへ向かった。
僕のピアノが鳴り始め、加奈子が一気に両手を広げる。
お互いの気迫が拮抗して、バチバチやり合うステージに見える。
勿論そうかもしれないが、お互いを信頼し合っているからこそ、この雰囲気が出せる。
だから、加奈子のソロステージは見るものを圧倒させた。
「凄すぎる。」
「なんと。」
客席からは思わず、そんな声が、観客の口から出ていた。
「やるなあ、ガキンチョ。」
「うん。すごいでしょ。お祖父ちゃん!!私の自慢のお友達だよ。」
客席にいる、道三は食い入るように加奈子の演技と僕のピアノを見ている。
その隣にいる、早織はニコニコ笑いながら、道三の方を見て言った。
勿論、生徒会メンバーにマユ、さらには、心音と風歌もこのコンサートに来ていた。
「輝君。やっぱりすごい。」
「流石ね。」
風歌と心音も同じように食い入るように見つめていた。
他のメンバーも流石だよね。という表情でステージを見つめていたのだった。
そうして、ピアノ伴奏をより一層盛り上げ、抜群の安定感と圧巻の演技を持った僕と加奈子のソロステージが一気にフィニッシュを迎えた。
「ブラボー!!」
誰かが叫ぶ。そして。
どぉぉぉぉ~。という、地響きを起こすような拍手と歓声が僕たちを出迎えていた。
加奈子はそれに応えて、大きく手を振り礼をする。
そして。
「ナイスファイト。輝。」
僕に手を差し出す。加奈子。
「ああっ。ありがとう。加奈子。」
「ありがとう。輝。」
僕は加奈子の手を繋ぐ、そして、加奈子に誘導されるがままにステージの中央に来て。
「一緒に。」
加奈子の言葉に頷き、僕と加奈子はつないだ手を挙げて歓声に応えて一礼をするのだった。
その一礼とともにさらに拍手が大きくなった。
大きな盛り上がりの中、舞台袖に戻る僕と加奈子。
「お疲れ。流石だったよ!!」
原田先生はハイタッチで出迎えた。
僕もそれに応える。そして。
「良かったです。先生も楽しんで頂けたみたいで。」
僕は呼吸を整えながら、安心して先生を見ていた。
「おう。加奈子ちゃんは楽屋に戻って、次のステージの準備に向かってくれ。少年は舞台袖からにはなるが、次のステージは、思いっきり楽しんでくれ。」
原田先生が僕と加奈子に向かって言う。
「ありがとう輝。本当に良かった。」
加奈子は手を振って、次のステージの準備へ向かった。
次のステージはメインステージの『くるみ割り人形』だ。
原田先生から、舞台袖に椅子を用意してもらい、舞台袖の入り口から、そして、舞台袖のモニター越しに、ステージを見ていた。
『くるみ割り人形』は本当に楽しいステージだった。
僕も知っている曲が多く、思わず録音音源に合わせて、指揮を振っていた。
「おおっ、なかなかやるな。少年。流石はピアニストだ。」
原田先生も指揮を振っている僕を見ていた。
思わず、顔を赤くし、腕をピシッと伸ばして、体の横に着ける僕。
「す、すみません。」
「ハハハッ。良いってことさ。楽しんでもらえて何よりだよ。それに、指揮も様になってたしな。」
「は、はいっ。」
原田先生はうんうんと、頷いて笑っていた。
そうして、最高潮の盛り上がりの中、クリスマスコンサートは終了した。
大きな、大きな、拍手が客席から沸き起こる。
そして。
「少年。こっちだ。」
原田先生は手招きをして、僕をステージに誘導する。
最後は、原田先生、吉岡先生をはじめとする、このバレエ教室の先生たちと、僕を含めてコンサートに協力したスタッフたちが、生徒たちと一緒にステージに並ぶ。
そして。
「ありがとう。輝。最高だった。」
僕の目の前に、加奈子が現れる。彼女の両手には色とりどりの花束。
花束の贈呈ということで、先生方に花束を渡すようだが、僕の分の花束も用意してくれていた。
「いいの?」
「うん。バレエ教室の皆から。」
加奈子が笑っている。そして。
「何言ってるんだい。お前が一番もらうべき人だよ。」
隣にいた原田先生がニコニコ笑っている。
原田先生も、藤代さんから花束を受け取っていた。
「ありがとう。加奈子。そして、皆もありがとう。」
僕は加奈子から、本当に大きくて立派な花束を受け取った。
花束を受け取った瞬間、さらに大きな拍手が沸き起こった。
そうして、最高潮の中、加奈子のバレエ教室。【SUBARU‘sバレエアカデミー】のクリスマスコンサートは無事に終了し、全てのプログラムが、大成功に終わったのだった。
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