126.クリスマスコンサートに向けて
文化祭も終了し、ここからは、原田先生のバレエ教室のクリスマスコンサートに向けて、集中的に追い込み練習を続ける僕。
勿論、加奈子も、藤代さんも同じだ。
先日の、黒山による、レシピの盗作の一件で、このコンサートの弁当と、打ち上げの予約を早織に任せるようにしてくれた、原田先生。
原田先生の英断には感謝しかなかった。
しばらくの間、クリスマスコンサートに向けての練習で、早織の料理の作る過程に立ち会えないのだが。
「大丈夫だ、ガキンチョ。早織なら任せときな!!」
道三がそう言ってくれて、全力で早織のサポートに当たっている。
「さてと。入試や、春高バレーで、立ち会えなかった分、私も頑張るわね。」
史奈もウィンクしながら、道三とともに、早織を見てくれており、葉月や心音たちとともに、早織のお店、森の定食屋に毎日のように通うのだった。
因みに森の定食屋には、盗作の一件以降、マユの姿も毎日見かけるという。
「良かったら、夕飯食べてきな。下宿してると聞いているし、お前さんも部活で大変そうだからな。」
と、道三の手招きにつられ、早織の練習の成果で作った料理をマユが試食して帰るという日々が続くようになった。
「さおりんすごいよ。自信を取り戻してるみたい。」
マユがニコニコ笑いながら、電話や、LINEのメッセージやらで報告をくれる。
その報告の成果はすぐに僕たちにも感じ取れることとなった。
ある日の昼休み。
「ひ、輝君、一緒に食べよう。」
早織が声をかけてくる。
勿論、結花もこちらに寄って来る。
早織、結花、僕の生徒会メンバーで昼食を共にするのが、毎日のルーティーンだ。
入学したばかりの頃は、結花は、クラスの一軍女子たちと、早織と僕は一人で昼食を取ることが多かったが、今は、一年B組の生徒会メンバー三人で、昼食を共にする機会が一番多いと思う。
それぞれ弁当の包みを開ける僕たち。
「あのね。輝君。北條さん。これ・・・・。」
早織が自分の弁当とは別に包みがあることを示す。
「うぉ~。やったー。」
結花がはしゃぐ。
「ありがとう。でも。大丈夫?色々な意味で。」
僕ははしゃぐ結花とは対照的に、早織に心配そうに聞く。
それを察したのか結花も、真剣な表情になり。
「そうだよね。ごめん。無理しなければいいけれど。」
結花も心配そうに早織の目を覗き込む。
「ありがとう。もう、大丈夫。瀬戸会長や、マユちゃんが、その、毎日、来てくれて、応援してくれているから。」
早織は笑っていた。
「良かった。」
結花は大きく頷く。
僕もふうっと、ため息をついて、安心する。
「そう言うことなら、遠慮なくいただこう。本当に久しぶりかも、こうして、作って来てくれるのは。」
結花は目の色をキラキラと輝かせながら、早織が持ってきた、皆で食べる用の弁当の箱の包みを開けた。
箱を空けると一目瞭然。
色とりどりの食材が、所狭しと並んでいる。
ふわふわのだし巻き卵、アスパラとインゲンのベーコン巻き、そして、この秋冬が旬であろう、さつまいもベースの大学芋。
「すごい。前よりも進化していて、マジで映えんじゃん。」
結花がニコニコ笑いながら、周囲を伺う。特に、周りに先生が近くにいないか気にしながら、スマホを取り出す。
原則として、学内でのそういう通信機器の使用は禁じられているためだろう。周囲の目を気にする結花。
とはいっても、こういう昼休みや、放課後は、先生の目が無い場所を探して、スマホを取り出して、何かをやっているのは日常茶飯事だ。
そう言う意味で、僕も、早織も見て見ぬふりをする。
そして、早織は結花の反応に嬉しそうだし、僕も、早織の料理の腕が確実にまた上がって来たことに、感心するのだった。
「すごいよ、早織。食べなくてもわかるよ。これ、絶対美味しいって。」
「あ、ありがとう。輝君。」
早織は少し瞳の色を輝かせながら、僕の言葉に反応する。
早織の料理。味も格別だった。
中でも驚いたのがだし巻き卵だろうか。
「すごい。出し汁の味が凄く効いてる。」
僕はだし巻きを食べて、感想を言う。
だし巻きの出し汁が、口の中で広がり、ほっぺたが落ちそうで、心に染みる。素直に、味が僕の心に入ってくる。
「ありがとう。これは、唯一、お祖母ちゃんから教わったんだ。お祖父ちゃんと私のやり取りを見ていて、居てもたってもいられなくってね。」
早織がニコニコ笑っている。
「西日本のだし巻き卵って、こう、出し汁が命で、この出し汁メインで、味付けをするんだって。」
早織が頷いて、笑っていた。
確か、早織の祖母の出身は京都だったか。早織の祖父、道三が修業していた、京都の料理屋で、二人は出会っていた。
「そうなんだ。そう言われてみれば、西日本の方が、食べ物がおいしそうかも。」
僕は頷きながら言う。それに関しては結花も同じように頷いていた。
「八木原さんはいいな。いろんな人から料理、教えてもらえて。」
結花はニコニコ笑っていた。
「そう。だよね。私も、嬉しい。」
早織が結花の言葉に、感慨深そうに頷いていた。
「今は、パスタの方はやってないの?」
僕は早織に聞く。
「そうだね。まずは、加奈子先輩の依頼が先かな、お弁当とか、お惣菜とか、そう言う作り方をお祖父ちゃんから教わってる。実は、義信君の所に行くのも楽しみ。パスタは、その後かな。今は、キングオブパスタのことは考えずに、ゆっくり休めって、お祖父ちゃんから言われている。」
早織は遠くを見つめて言うが。
「大丈夫。それが良いよ。確かに、【春のキングオブパスタ】も大事だけど。いつまでも、それにとらわれるのも良くないし。この時を、チャンスだと思って。上手く言えなくて、ごめんだけど。」
僕が早織に向かって言う。
結花も頷く。
「うん。ハッシーのいう通り、今は、焦っても仕方ない。えーっと、急がば・・・。寄り道・・・・。とか。」
結花が僕の方を見る。
「“急がば回れ”って言うしね。」
僕がニコニコと笑いながら結花を見る。
「そうそう、それそれ~。」
結花がニコニコ笑っていた。
早織は再び僕と結花を見る。
「ありがとう。輝君、北條さん。」
早織が再び笑った。
そして、あっという間に、早織が作ってきてくれた、お弁当を平らげる僕と結花だった。
そして、放課後。
放課後は、加奈子とともにバレエ教室へ。
夏合宿からずっと参加してきた、原田先生のバレエ教室のクリスマスコンサートの練習へと向かう。
本番まで一月を切ってくる十一月の下旬に差し掛かるこのごろ。
バレエ団のメンバーも真剣に取り組んでいる。
僕も皆の動きを見ながらピアノを弾いていく。
いい感じにまとまりつつあるバレエ教室。
「ヨシッ。いい感じだぞ!!」
原田先生が親指を立てて。大きく頷く。
「良い感じだが、最後まで気を抜くな。今日はそういう所がよく見られる。最後、後半の方もしっかり集中する。後半バてるのなら、前半は温存していく、そう言う練習もしないとだぞ。」
原田先生が声をかける。
「特に、後半のこの動きは・・・・。」
原田先生が説明し、色々と動作をしながら、動きの直し方を指摘していく。
原田先生の口からは、難しいバレエ用語が飛び交う。
最初の時こそ、何が何だかわからない感じだったが、今は、言葉を聞いているうちに、大体わかってきており、慣れてきた感じがするが。
やはりわからない部分も結構ある。
そのわからない部分を補うためにも、用語を基にして、実践していくのが手っ取り早いのだけど。
「ハハハッ。やっぱり体固いぞ~。少年。まあ。お前はピアノのスタッフだし、そこを極めればいいからな。でも、最初の柔軟運動は加奈子ちゃんに付き合ってもらうから、基礎は磨けよ。」
原田先生が最初の準備運動の度に、加奈子のアシスタントに指名される僕。
その度に言われる言葉がこれだった。
そう、実践していこうとしても、身体が固い僕は、とてもじゃないが、実践していくことが難しかった。
だから、この用語はこんな感じかな、というふうに、バレエのレッスンを見ていたのだった。
「そして、折角少年に来てもらってるんだ。音楽も聞こうな。」
原田先生が、僕の方を指さす。
僕は手を振ってそれに応えていた。
一通り全体での練習を終えた最後に、今度は加奈子のソロステージの練習に移った。
「大丈夫か?少年。文化祭とかで、腕が落ちてないだろうな。」
原田先生がにやりと笑う。
「はい。大丈夫です。」
僕は原田先生に頷くが、内心はすごく不安だった。
そういえば、加奈子のソロステージの練習は久しぶりだ。
最近は文化祭とかで、僕が入れる時間が少なかった気がする。
こうして、早いうちから練習に入れたのは久しぶりだったかもしれない。
僕が参加できていない分、加奈子の方は練習に参加していて、振付も完璧になっていると、原田先生から報告があった。
「さあ。お前も負けてられないからな。」
原田先生が頷く。
「輝。よろしくね。」
加奈子が大きく頷いている。
「はい。大丈夫です。」
僕は二人の気合の入った表情を確認し、僕も負けないようにピアノを弾く。
加奈子のソロステージの曲目。
ショパンの『英雄ポロネーズ』。
原田先生が言った通りに、加奈子の動きはダイナミックかつ、繊細な動きをしていた。
ところどころ走ってしまうところがあるが、最後まで、ブレず安定感抜群の演技だった。
僕のピアノもそれに負けないように、力強く、思いっきり弾いた。
「ヨシッ。素晴らしいよ。少年もやっぱり練習していたな。ホッとしたよ。まあ、二人なら、大丈夫だと思っていたがな。」
原田先生が、大きく頷いて、拍手を贈った。
「走ってしまった箇所。その要因は簡単だろう。久しぶりに、加奈子ちゃん一人で、少年のピアノと踊っているから、高揚感の方が勝ったんだろうな。」
原田先生が親指を立ててニヤリと笑った。
「は、はいっ。」
加奈子は顔を赤くしながら頷いている。恥ずかしそうだ。
「ぼ、僕も、何だか久しぶりで、ワクワクしました。」
僕は加奈子の方を見て、頷く。
「あ、ありがとう輝。」
加奈子は、大きく頷いている。
「それじゃあ、もう一回やるんだけど。その前に、雅ちゃんに来てもらおうかな。」
原田先生は藤代さんを呼びに行く。
数分後に、原田先生とともに現れる藤代さん。
「さてと。加奈子ちゃんには、二月の“毎報新聞バレエコンクール”の関東大会に出場してもらう。前に話したよな。六月のバレエコンクールの時に、チラッと、まあ、あの時は、お前の一件もあり、覚えていないかもしれないが。」
原田先生の言葉に首を横に振る僕。
「いえいえ、覚えています。加奈子先輩の優勝が決まって、茂木先生と会う前でしたから。茂木先生の会う前の記憶なら。それに、以前にも話してましたし。」
僕は頷く。
「そうだな。そう言うことで、そのコンクールの自由曲は『英雄ポロネーズ』を加奈子ちゃんには踊ってもらう。課題曲は、『レ・シルフィード』の『マズルカ』を選択する予定だ。日時は、キングオブパスタの二週間前で。あの子の応援も十分間に合うだろう。仮に、入賞して、出場することになる、全国コンクールも、今年は、その一か月後とかなので、予定が被ることもまずない。まあ、皆には、コンクールとキングオブパスタに、全力投球してもらう。」
原田先生の言葉に、僕と加奈子、そして、藤代さんも頷く。
「で、コンクールの場所なんだが、お前の、合唱コンクールの関東大会、つまり、お前が例の連中と遭遇した同じ場所でやるんだ。どうか?大丈夫か?」
原田先生が真剣な表情をする。
僕は、その言葉にゆっくり頷く。
「大丈夫だと思います。安久尾もいないし、それに、早織だって、頑張っていますから。」
僕は頷きながら、原田先生に返事をする。
「まあ、そうかもしれないが、念には念を入れて、お前の譜めくりに雅ちゃんを付けさせてもらう。大丈夫か?」
原田先生が僕の目を見て言う。
「は、はい。ありがとうございます。」
僕は原田先生に頭を下げる。そして。
「ふ、藤代さんも、ありがとう。」
僕は藤代さんにも頭を下げる。
「いえいえ。気にしないでください。橋本さん・・・・・。に、信頼を寄せてますから。」
藤代さんは緊張しながらも丁寧に頭を下げた。
「ちなみにだが、雅ちゃんも県の予選を無事に突破し、加奈子ちゃんの前に行われる、関東コンクールの中学生部門に出場する予定だからなっ。よろしくなっ。」
原田先生は僕と藤代さんの背中をバシッと叩く。
「お、おめでとうございます。」
僕は拍手をして藤代さんを称える。
「あ、ありがとうございます。橋本さん。」
「ハハハッ。雅ちゃんは、中学生部門で出場する最後のコンクールだからな。少年も応援してやってくれよな。」
原田先生は笑いながら僕に言った。
「はい。勿論です。」
僕は頷き、再びピアノへ向かう。
藤代さんの譜めくりは、僕と本当に息がピッタリで上手だった。
流石はヴァイオリンをやっていただけのことはある、どこで譜めくりをすればいいか、わかっているようだった。
一通りの加奈子の演技を終える僕たち。
「ハハハッ、さすが雅ちゃんだな。どうだ?少年。」
「はい。ヴァイオリンでしたっけ。音楽やってる人なんだなぁと、すごく伝わってきます。素晴らしかったです。」
僕は藤代さんに譜めくりに入った感想を言った。
「ふふふっ。ありがとうございます。橋本さん。」
藤代さんは丁寧に頭を下げるのだった。
そうして、今日の練習を終える僕たち。
そして、その後、原田先生が真剣な表情をして、僕に早織の様子を聞いてきた。
「どうだ?あの子の調子は。」
「はい。ありがとうございます。徐々にではありますが、料理の腕も上がってきているようです。」
僕は原田先生にそう伝える。
「そうか。良かったな。クリスマスコンサートの当日の流れの連絡の際に、皆に発表できそうだな。」
「はいっ。ここの教室に通っている、小さい子たちも、皆、喜ぶと思います。」
僕は原田先生にそう伝えた。
原田先生は親指を立てて、ニコニコと笑っていた。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
少しでも面白い、続きが気になるという方は、下の☆マークから高評価とブックマーク登録をよろしくお願いいたします。




