116.準備の仕上げ
十一月に入り、僕たちはその後も、文化祭の準備を急ピッチで行った。
早織は、パスタ以外のメニューを道三から教わっていく。
オムライス、唐揚げ、そして、ハンバーグと、森の定食屋のメニューの全てを急ピッチで、道三は、早織に叩き込んだのだった。
道三のレクチャーに必死に食らいつく早織。
調理は、畑のある、僕の家、そして、森の定食屋の厨房で行っていた。
定食屋の厨房は流石に、お客さんがいる間は、料理の練習はできない。その時間帯は、早織の母親と、祖母が、客のための料理を作る時間だ。
故に、閉店後、遅い時間まで、それは続いていたのだった。
「はあ、はあ。」
早織は疲れた顔をしていたが。
「まだまだ、店を持つなら、体力も必要だぞ。どうだ?」
道三は、厳しくも優しく、早織を見つめている。
早織は、道三の言葉に大きく頷く。
それを見ている僕たち。
これは、料理のレクチャーというよりは、修業だ。早織は、一生懸命、修業に励んでいる。
「大丈夫?早織。」
その修業の手伝いをしている、僕は声をかけるが。
「大丈夫。まだまだ、足りないから・・・・。」
早織はひたむきに、祖父、道三の教えを身に着けているようだ。
頑張れ。早織。
そうとしか言いようがなかった。
しかし、早織は、圧倒的な速さで、料理の腕を上げていった。
その一つが、僕たちや家庭科部員たちの存在だろう。
文化祭、準備デーの度に、道三から教わった新メニューを僕たちに披露して、そして、作り方を教えていく。
そう。人に教えるということで、かなりの進歩になる。
今までのパスタにしろ、デザートにしろ、人に教えるまで、成長していったのだった。
そして、前日の準備を除いた、文化祭前の最後の準備デーとなった。
この準備デーが終われば、後は文化祭を迎えるのみ。前日はきっと、大量の準備を行わなければならないので、ゆっくり、僕たちに教えられるのは、最後の時となる。
この日までの準備デーで、デザート、そして、パスタは勿論、早織は、メイド喫茶に出すメニューを全て一通り、作っていた。
「さあ。今日は、皆さんも、実際に作ってみましょう。レシピは、こちらのプリントを参照してください。」
早織は、今までに作ったレシピをプリントにまとめて印刷していた。
そして、スマホの使用が許可され、今までに、作る工程を撮影していた動画を見ながら、今までの総復習の時間となった。
当然だが、文化祭は時間シフトで動く。
早織だって、生徒会の出し物の係りもあるし、そして、休憩時間も必要だ。
早織のシフト外の時間もメイド喫茶には、当然、客が来る。
故に、僕たち、早織以外のメンバーも、作り方を一通り、知っておかなければならない。
勿論、早織が多めに作り置きしてくれることになっているのだが。それでもだ。
「へへへっ。来ちゃった。」
「よろしく。輝。」
「ふふふっ、私も、どうしてるかなぁって。」
なんと、ここには、葉月、加奈子、そして、史奈の姿も。
「あの・・・・。これはいったい?」
僕は生徒会メンバーに聞くが。
「ああ。今日は学年の出し物のミーティングを他の人に任せてきたの。といっても、生徒会も兼ねているので、私たちは、全体を統括する感じだから、運営は基本、クラスの子にね。」
葉月がニコニコ笑う。
そして、加奈子も頷いている。
「ふふふっ、入試で、顔を出せなかった分、ここでたくさん学んでいくわね。」
史奈もニコニコ笑う。
「私たちだって、【春のキングオブパスタ】の時に、手伝わないといけないからね。ここで復習しておかないと。」
加奈子がうんうんと頷き、笑っている。
そう。文化祭が終われば、春のキングオブパスタが待っている。
僕たち生徒会メンバーは、その、キングオブパスタのスタッフとして、早織のお店の手伝いをする予定だ。
そうなると、やはり、生徒会メンバーも、作り方を一通り知っておかなければならないのは、当然だろう。
時間ごとに味が変わって、客足が落ちたということは、飲食店では致命的だ。
春のキングオブパスタの一件もあるため、僕たちはパスタの調理を主に行うことになった。
そうして、早織の合図のもと、調理がスタートする。
一人で、どれくらいできるか・・・・。
紙で書かれたレシピを見ながらにはなるが、僕たちは、メイド喫茶、さらには、その先を見越したキングオブパスタで出品する、三つのパスタのメニューを作っていく。
紙には、早織の字の他に、祖父、道三が修正した字が入っていた。
さあ、頑張ろう。
僕たちは、生徒会メンバーと気合を入れ、パスタをゆでていく。
葉月、加奈子はレシピを基に、味付けを加えていく。
特に、過熱が必要な食材は、この、パスタをゆでている間に、炒めて過熱をしていく。
流石は、葉月と加奈子だ。普段料理をしているためか、動きに無駄がない。
それに、周りを見回しても、家庭科部員たちの料理の動きもほとんど無駄がない。
それに比べて。
「ハッシー、えっと、次は、何だっけ。」
結花が僕に聞いてくる。
「えっと、次は、どうしましょう。」
史奈も少し戸惑う。
僕と、結花、さらに史奈は、やはり作りより、食べることの方が専門であるから。まだまだ、慣れていなさそうだ。
動きも無駄な動きがいくつかある。
「結花、もう少し、細かくした方がいいかも。」
加奈子に言われて、結花は、焦りながらも、まな板に向かい、材料を細かく切り直している。
「会長も、ぼーっとしてないで、空いたお皿、洗ってくださいね。」
葉月はニコニコ笑いながら、史奈に指示を出す。
「ふふふっ、そうね。」
史奈は葉月の指示で、自分の役割がわかったようで、安心しながら、空いたお皿や調理道具を洗い始めた。
相変わらず、火の元を見ながら、パスタをゆでる僕。
早織は、あちこちのテーブルを回りながら、的確に指示をしているようだ。
「八木原さん、こっちもお願い。」
「はいっ。」
「ああっ、終わったら次、こっちも来てくれる。」
「はいっ。」
家庭科部員たちの質問に的確に答えて、教えていく早織。
パスタ以外のメニューも、早織は上手く教えられてそうだ。
そして、何よりも生き生きとしている早織。
係り決めの際の黒山との一件が嘘のようだ。
早織もひと段落したようで、僕たちのテーブルに来る。
「うん。パスタの方も順調だね。」
早織は、僕がゆでているパスタを鍋から取り出し、麺を一本取って、味見する。
「輝君。そのくらいで大丈夫。火を止めて、先輩たちが作っていた、具材と混ぜ合わせて。」
早織はニコニコ笑いながら指示を出す。
その際、フライパンにある具材を早織はチェックする。
「うん。切り方も問題なさそう。」
早織は大きく頷く。
そうして、パスタ、オムライス、唐揚げ、デザートと、それぞれの家庭科部員たちが、今までの準備―デーで、早織に教わって作った料理が並べられた。
全員で試食する僕たち。
「美味しい。」
「最高!!」
僕たちと、家庭科部員たちの表情に、安堵の表情を浮かべる早織。
これで、文化祭。家庭科部のメイド喫茶は十分に対応できるだろう。
他のチームが作った料理も、早織が作って、お披露目した料理と大差ない味だ。
勿論、パスタだってそうだ。
これなら、文化祭のその先を見据えても大丈夫だろうし、僕たちも、春のキングオブパスタでの、臨時アルバイトスタッフとして、十分対応できると、手ごたえを感じていた。
そうして、文化祭前の、最後の準備デーが終わった。
「はい。皆さん、今日までありがとうございました。最後の準備デー、調理担当の皆さんの最高の料理、本当に美味しかったです。私も、調理担当の一人として、頑張って作って本当に良かったです。」
家庭科部の富田部長の笑顔あふれる挨拶。
「そして、今まで頑張ってくれた、調理担当のリーダー八木原さんと、衣装担当のリーダー赤城さんにもう一度大きな拍手を。」
富田部長の言葉で、僕たちは早織と赤城兄妹に今までにない、大きな拍手を贈った。
恥ずかしがりやな、早織と赤城兄妹だから、一気に顔が赤くなってしまう。
「そして、重大発表。なんと、八木原さんのお店は、【春のキングオブパスタ】に出場することが決まりました。しかも、八木原さんが、店長代理として出場するんだよね。」
富田部長が、早織の方を向いてウィンクする。
「は、はい。」
早織の返事に。
「おおっ。」
「すごい。」
と黄色い声援を送る、家庭科部員たち。
その反応を見るに、この、【春のキングオブパスタ】がいかに、地元で、人気のお祭りなのかがわかる。
「はい。しかも、今回、メイド喫茶で作るパスタで、出場するそうです。当日は、生徒会の皆さんにもお手伝いに入るということで、だから、今日は、皆さんに来てもらったし、橋本君と北條さんに至っては、ずっと、手伝ってくれたんだよね。」
富田部長は早織に聞くと。
早織は恥ずかしがりながらも、首を縦に振り。
「はい。そう言うことなので、皆さん、責任重大です。今回のパスタの出来次第で、今後にかかわってきます。」
富田部長の言葉に、緊張感が漂うが。
「とはいっても、最高の文化祭にしたいので、皆さん、気を引き締めて、そして、八木原さんに、文化祭当日も、そして、キングオブパスタも最高の結果が出せるように、皆さんで、激励の拍手をしましょう。」
富田部長の言葉に、今日いちばんの大きな拍手が家庭科室に響いた。
「頑張って、八木原さん。」
「ファイト!!」
そんな声、早織を応援する笑顔の声が皆から飛び交った。
そうして、僕たちが作った料理に笑顔が溢れ、早織へエールをみんなで贈り、笑顔があふれる中で、文化祭の準備―デーが終わった。
その後、コーラス部の活動のために音楽室、そして、【花園学園グランプリ】の練習のため、赤城兄妹の家を訪れたが、どれも着実に準備が進んでおり、文化祭が本当に楽しみになった。
そうして、あっという間に、文化祭期間の前日を迎えるのだった。
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