112.試作品作り
「こりゃ、たまげた。凄いじゃないか、ガキンチョ。」
早織の祖父、八木原道三は目を丸くする。
道三が見た者は、僕の家の畑だった。
赤城兄妹の家を訪れ、メイドの衣装合わせと、花園学園グランプリの練習をした翌日の日曜日。
早織は、祖父の道三を連れて、僕の家に来ていたのだった。といっても、伯父の家の畑なのだが。
母屋と離屋の前に広がるいくつもの畑を見ると、さすがに驚く。
早織の他に、今日は、葉月、加奈子、そして、結花の姿があった。
「すごいですよね。私もここは気に入ってます。」
葉月は道三に向って言う。
「でしょ、でしょ、さすがはハッシー。」
結花も得意気だ。
加奈子は何も言わないが大きく頷いていた。
因みに史奈は、今日は不在。ここ数日は、学校以外では会えなそうとのこと。大学の一般推薦、AO入試があるらしい。
大学の推薦や、AO選抜は、この秋の時期に実施されるのが通例だ。
本当にこの時期、特に、昨日も史奈に協力してくれたことに感謝しかない。
そして、今日は僕の家に来て何をするかと言えば、メイド喫茶の試作品作り、はたまた、【春のキングオブパスタ】のための準備ということだ。
「これなら結構な材料が揃うぞ。ありがとな。ガキンチョ。」
道三は僕に向かってお礼を言った。
「はい。是非よろしくお願いします。」
僕は道三に頭を下げる。
「おう、任せとけ。」
道三は親指を立ててニコニコと笑った。
因みにだが、日曜日はかき入れ時ということもあって、早織のお店はお休みにできないため、母と祖母にお店を任せ、自己研鑽目的の早織、そして、リハビリを兼ねた運動ということで、ここにやって来た、道三の二人はお店の仕事を休んできていた。
文化祭の家庭科部のメイド喫茶。既にデザートのメニューは、先日、打ち合わせの時に、早織が作ったもので決定している。
次はデザート以外のメインディッシュとなる料理だ。
先ずは今日、メイド喫茶と、キングオブパスタに出せそうな、パスタ系の料理を作っていくことになった。
早速、以前、新メニューを作った時と同じように、皆で、伯父の家の畑を回ることに。
「うん、野菜もいい感じだな。毎回、ここの畑のものを届けてくれてるんだろう。ありがとうよ。」
道三は、畑の野菜を見て回り、野菜の出来具合を確認しながら回る。
道三の顔はどの野菜にも笑顔で、興味津々の反応。
「おう。この畑の野菜は最高だ。」
道三はニコニコ笑っている。
「ヨッシャ。食材は最高。そうしたら・・・・・。まずは、これかな。」
道三は葉っぱだらけの植物を指さす。
これは、大葉。通称、シソの葉と言った方がいいだろう。
シソの葉を道三の指示通りの分量を収穫する僕。
道三は辺りを見回す。
「おおっ、大豆もあるのか。」
「はい。」
ちょうど収穫の時を迎えた、大豆。
これも道三の指示通り持ってきた。
「まあ。大豆を加工した、ある食材でもいいが、これでもいいだろう。」
道三はニコニコ笑う。その笑顔に早織も頷く。
「すまないな、ガキンチョ。今日まで、早織と色々相談してな。いくつかのスパゲッティーを作らせてもらうわ。」
道三はそう言って笑っていた。
何種類ものスパゲッティーが食べられるということもあり、僕と生徒会メンバーたちの瞳の色はキラキラ輝いていた。
「はい。大丈夫です。よろしくお願いします。」
僕は道三に頭を下げた。
「おうよ。そしたら、こっちも頼むかな。」
道三が次に指示したのは、ニラとキャベツ。キャベツは収穫の時期が全然違うので、ビニールハウスに入って、収穫した。
「ヨシッ。そしたら、最後にガキンチョ。キノコは栽培しているか?」
道三に聞かれたので僕は。
「はい、キノコに関しては少しだけですが。」
僕は答えて、キノコが栽培されている場所へ案内して、道三の指示通り、いくつかキノコを収穫する。シメジ、エリンギ、ヒラタケとマッシュルームがメインだろうか。
「ヨッシャ。十分だろう。行くぞ早織、儂は厳しいぞ。」
「うん。お祖父ちゃん、頑張る。」
食材を取り終え、道三が早織に気合を入れるように指示する。
そして、伯父、伯母の協力のもと、母屋のキッチンを借りるのだが。
その瞬間、道三の顔は一気に職人の顔に変貌していった。
道三の指示のもと、早織はパスタを作っていく。
「いいか、先ずは味付けだ。十分注意しろよ。一発で、料理の良しあしを左右する、料理の肝だ。」
道三は真剣な表情。早織はただただ頷く。
「おう、言い忘れてたが、お前たちも、よく見てろよ!!文化祭のメイド喫茶では勿論、春のキングオブパスタの時も、【森の定食屋】の臨時アルバイトとして採用して、手伝ってもらうからな!!」
道三の言葉に僕たちは一瞬驚いたが。
早織の真剣なまなざしを見て、僕たちは頷いた。
「「はいっ。よろしくお願いします。」」
僕たちは声を揃えて頭を下げる。
「みんな、ありがとう。」
早織は一瞬表情が歪むが。
「こら早織、手元から目を離すな。涙は取っておけよ。」
道三に叱られ、頷く早織。
道三と早織は手際よく、料理をしていく。
「いいか。まずは醤油とバターだ。分量や比率を間違えるなよ。一対一になるように。それを二つ作って。ああ、一つは少し多めに作る。」
早織は道三の指示のもと適格に進めていく。
そして、道三から生姜とニンニクの使い方も教わる早織。
「この二つは出来るだけ細かく。すりおろしていく。細かく出来るだけ素早く動かせ。いいか、大きく動かそうとするな、細かく動かしてすりおろすんだ。」
道三の真剣な表情。
そして、パスタを三種類作るようだ。三種類のパスタの味付けのもとになるのが完成。
そして。キノコ以外の食材を細かく包丁で刻んでいく。
「ヨシッ、いいぞ、早織。お前たちも、やってみな。ここら辺の作業は手伝わせてやる。」
僕たちは交代しながら食材を切っていく。
「おお、皆上手いじゃないか。」
道三は早織の時の表情とは違い、少し頬が緩んだ表情で、僕たちに教えていく。
僕たちが野菜を切っていく間に、早織と、手の空いているメンバーで、パスタをゆで始める。
「いいか。湯で時間に気を使えよ。最近はスマホのタイマーがあるからな。それを使って。」
そうして、何分経過したときに、塩を入れたりするか。というのをレクチャーしてくれた。
パスタをゆでている間に、早織はフライパンで、具材を加熱していく。
フライパンは二つ。
一つは、ごま油を。そして、もう一つは、先ほど多めに作っていた方の醤油とバターをれていく。
「バターが油の代わりだな。油の量はそれで十分だからな。」
道三は大きく真剣に頷いた。
パスタを三種類用意するので、二つはこれで大丈夫なのだが、もう一つは、ボウルに醤油とバターを入れたままの状態で、パスタが茹で上がるのを待っていた。
そうして、パスタが茹で上がり、フライパンで準備していた食材と、パスタをあえて行くと、完成だ。
色とりどりの三種類のパスタが、テーブルに並べられた。
その食材は、今まで見たこともないような、芸術的なものだった。
「すごい。料理が芸術になった。」
僕は、早織と道三に、笑顔で言った。
道三は親指を立てて、ウィンクして見せた。
「ありがとう。輝君。」
早織は照れたように笑う。
「本当。凄い。」
僕の言葉に、おおっと共感する、葉月。
うんうんと頷く加奈子。
「すげ~。今までで一番映えてる~。」
と、結花が得意げな表情だった。
「さあ、皆、食べたそうな表情で申し訳ないが、店長代理として、料理の説明をしてみな。」
道三は、早織に説明するように促す。
「えっと。地元の食材と、和風の定食も提供している、私たちだから出来るパスタです。」
早織は緊張しながらも、説明する。
一つ目のお皿を指さす。
「地元重視ということで、一つ目は、【もう四十七位とは言わせない。北関東の納豆餃子パスタ】です。大豆を使って、納豆餃子風味に仕上げました。」
大豆の入ったパスタを僕たちは見ている。うん、確かに、納豆の原料である大豆と、ニラとキャベツ、さらには、早織たちが持ってきたひき肉に、ニンニクと生姜の味付け、まさに餃子の具材だった。
因みにだが、早織の発した“四十七位”という言葉は、都道府県の魅力度ランキングというもので、年に一回行われており、各都道府県の魅力度を総合的にランキングしたものなのだが、北関東のこの地域は、毎年最下位を争っているという。
二つ目のお皿を指さす。
「同じく、【もう四十七位とは言わせない、北関東の山の幸のキノコパスタ】です。」
和風のキノコ。醤油とバターでアレンジされていた。
「最後に、【北関東民の海の憧れ、大葉とシラスおろしのパスタ】です。」
フライパンではなく、唯一ボウルで醤油とバター、そして、釜揚げシラスと大葉をミックスさせた作品だ。
うん。和風の定食も提供している、【森の定食屋】だからこそできる、和風パスタメインの料理がそこには並べられていた。
早織の説明に拍手を贈る僕たち。
「「「いただきます。」」」
そう声を合わせて食事した。
そして、口にした全員が頷く。
「「「美味しい!!」」」
心から喜び叫んだ瞬間だった。
「おう、良かったぜ。やったな、早織。」
「うん、みんな。ありがとう。」
道三は早織の背中をポンと叩く。早織は少し安心した表情になった。
「あとは、これを自分のものにすることだな。そこまでみっちり鍛えたるから覚悟しておけ。そして、定食屋の他の料理も鍛えるからそのつもりで居ろ。」
道三は早織に向かって、真剣な表情で言う。
早織は、大きく頷いた。
早織が道三に鍛えられて作り上げたパスタはどれも全品だった。
釜揚げシラスのパスタ、そしてキノコのパスタ、この二つの和風パスタは、どれもお店でしか食べたことの無い味だ。
といっても、早織と道三の二人はお店の人間なので、これくらい当然かもしれないが。
それでも今まで食べたことの無いくらい、絶品だった。
納豆餃子のパスタは、確かに最初こそ抵抗したものの、一度食べれば病みつきになる、そんなニンニクと生姜の絶妙な味のバランスがたまらなかった。
僕たちはあっという間に平らげてしまった。
「すごい、すごいよ、早織。これなら、黒山と戦ってかてるかも。」
僕は素直に早織に言う。
「ありがとう。嬉しいな。」
早織はニコニコ笑う。
「うん。十分、キングオブパスタの優勝争いに加わりそう。後は当日だね。でも、基礎票は獲得できそうだよ。」
葉月がニコニコ笑う。
「うん。当日だよね。」
早織が少し不安になる。
「当日、というと。」
僕は葉月に聞く。
「うん。【春のキングオブパスタ】では、一つのお店につき、同時に出品できるのは四品まで。三品は自由に作ってもらって良くて、早織の場合、この三つで行けるんだけど、残る一品は、当日の追加ルールで、その場で作らなきゃいけない、という追加ルールがあるの。昔は一店舗に着き一品までだったけど、最近、お店や料理人の手腕も評価されるウェイトも大きくなって、そういうルールに変更されたんだよね。」
葉月が説明する。
加奈子も不安そうに、大きく頷く。
なるほど、追加ルールで発表される四品目か。
「大丈夫だよ。早織なら。」
僕は深呼吸して、早織に言った。
「そうだよ。八木原さんなら負けないよ。アタシも手伝うから。」
結花も前向きになる。
早織の中では不安かも知れない。だが、しかし、この味が証明している。
早織は、十分料理の世界で勝負できると。
僕と結花の言葉に、葉月と加奈子も頷いた。
「そうだよ、早織ちゃん。まずは、折角、お祖父ちゃんが退院できたんだから、お祖父ちゃんに沢山教わって、頑張ってみよう。」
葉月がニコニコ笑う。
「うん。それに、追加ルールは、他の参加者も同じで、他の参加者も不安なはずよ。だから、絶対大丈夫。」
加奈子が頷いて笑っている。
流石はバレエで場数を踏んできた人物、説得力が違う。僕のピアノの時もそうだよなと思う。
「うん。加奈子のいう通り。さすが。だから、大丈夫。」
僕も最後に大きく頷く。
「おおっ、場数踏んでる舞台人二人の説得力はやっぱり違うね。」
結花がニコニコ笑っていた。僕と思ったことを同じことをそのまま言った結花だった。
「みんな、ありがとう。私、頑張る。」
早織は、うんと、深く、深く、頷いた。
そんな、週末、日曜日の出来事だった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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