109.双子のアトリエ
中間試験、そして、最初の文化祭準備の後、週末の土曜日を迎える。
僕たちは、生徒会メンバーと、コーラス部の心音と風歌を連れて、雲雀川駅に来ていた。
「意外にも、駅に来たのは初めてかもしれません。結構大きいんですね。」
僕はそう言って、辺りを見回す。
確かに、駅に来たのは初めてだった。いつもは、百貨店や、バレエ教室など、駅付近の施設に用があるだけで、高校も自転車だし、どこかへ移動するのも車を使っていたからだ。
「ああ。そうかもしれないね。結構大きいでしょ。」
葉月が笑う。
この駅は、JRの在来線は勿論、新幹線、そして、大手私鉄といくつか中規模の市電が乗り入れる駅。
北関東の交通の要所の一つだ。
「ふふふっ、私は電車に乗って通学しているから、毎日来ています。葉月ちゃんに変わって、案内しましょうか。駅のお店も充実しているわよ~。」
史奈がニコニコ笑っている。
確かに駅は人通りが多く、それに伴って、お店も多く、かなり賑わっている。
「こら、会長。今回は違いますよ。」
葉月に諭され。
「あらあら、そうだったわね、ごめんなさいね。」
史奈がニコニコ笑う。
「さあ、輝君、こっちだよ。そしたら、これも初めてだよね。」
葉月は駅の自由通路を通り、駅の反対側にある、ライトレールの乗り場へ僕たちを案内する。
ライトレール。この言葉の定義や意味は複雑なのだが、簡単に言えば、最新型の路面電車ということだ。
葉月の案内で、このライトレールに乗車する僕たち。
車両はまさに、最新型の路面電車だった。
段差の少ないバリアフリー構造。静かに走り出す電車の音。LED照明を使用した、行き先表示板。姿勢を綺麗に保てるような、座り心地の良い座席。
「すごいですね。」
思わず言葉が出る僕。
「でしょ。でしょ。北関東ご自慢の、最新型路面電車です。」
葉月は、エッヘンと、大きく頷く。
「別に葉月ちゃんが作ったわけではないでしょ。」
史奈が言う。
「へへへっ。」
と笑う葉月。
「あの、皆さん、今日はありがとうございます。」
早織は改めて頭を下げる。
「いいの。いいの。気にしないで。僕も一緒に行く予定だったし。」
僕は大きく頷く。
「そうよ。早織、皆で行けば、怖く無くなるわ。」
加奈子がうんうんと頷く。
結花も親指を立てて笑っている。
「はい。ありがとうございます。」
早織は深々と頷く。
ライトレールはどんどんこの町を走り抜ける。
そして、十五分ほど乗車しただろうか。
【霧峯小学校】というライトレールの駅で降りる。
霧峯、という地名でピンと来ただろう。
そう、この次の停留所が、【霧峯神社前】という停留所。つまり、先日、早織に罵詈雑言を言った人物、黒山のレストランがある場所だ。
事実、ライトレールの駅間は近い場合が多い。
特に今回の目的地は、この停留所から降りて、その、霧峯神社前の方向に徒歩で向かう必要がある。
つまり、早織が黒山に出くわしてしまう可能性、もしくは、早織自身が緊張してここへ向かう勇気が出ない可能性も考慮して、僕たち皆でこの場所にやってきたのだった。
周りを見つつ、早織を気遣いながらここから先に進む。
そうして、目的の看板が見えたところで、安心する僕たち。
『あかぎファッション工房~お値段1000円から服や靴の手直しも受付中~』と、いくつか服の絵が描かれている。
そう、ここが、双子の赤城兄妹の両親が経営するお店であり、双子のアトリエでもある。
このお店は、洋服の手直しは勿論だが、服を作って、いくつかの店舗に納品しているという。
本当にすごい。
外観は、お店と双子の兄弟の家がセットになった建物の造りのようだ。
僕たちは、事前に指示された通り、お店側の入り口ではなく、そのお店の裏側の入り口、つまり、双子の姉妹の自宅の玄関のチャイムを鳴らした。
出てきた双子の兄弟は、僕たちを見ると、とても緊張しているようだった。
それは、普段恥ずかしがり屋な双子の性格、だけではないようだ。
「み、皆さん、こんにちは。」
双子の妹、未来がドキドキしながら頭を下げる。
「そ、その、よ、ようこそお越しくださいました。まさか、生徒会の皆さん総出で、そして、合唱コンクールで最優秀指揮者賞を取った、コーラス部の部長さんまで。」
双子の兄、隼人はペコペコと頭を下げたのだった。
「ハハハッ。そりゃ、生徒会が総出で来れば緊張するよね。ごめんね。こっちにも事情があってさ。」
結花が双子の肩をポンポンと叩く。
「は、はいっ。す、すみません、中にお入りください。」
隼人の案内で、僕たちは中へ入る。
そうして、お店の二階部分に案内され、彼らのアトリエに入る。
アトリエの雰囲気を見て驚いた。
「す、すごくね、ハッシー。」
「すごい、まるで、秘密基地みたいだ。」
僕と結花は目を丸くする。
「すごいね。輝君。」
葉月も驚いている。
「本当。流石服職人という感じね。」
史奈もニコニコ笑いながら双子の兄弟にウィンクする。
そして、言葉ではなく、目の色をキラキラさせている、加奈子と早織と風歌。
「まさに、秘密基地っすね、表現力さすがっすよ、社長!!」
義信も大興奮だ。
そう、双子のアトリエはまさに、服職人の秘密基地。
様々な布生地があり、ミシンが幾つもあって、まるでさながら、一流の服職人の現場だった・・・・。
「皆さん、ようこそ、お越しくださいました。」
未来が頭を下げる。
「そして、あ、改めて、お会いできてうれしいです。橋本君。校内合唱コンクールでピアノ伴奏、して、あ、憧れてました。」
未来の握手。
「ぼ、僕も、あ、憧れてました。同じように、最優秀伴奏者賞をとって。」
隼人も同じように握手をする。
「も、勿論、北條さんも、皆さんも来てくれて、ありがとうございます。」
未来は緊張しながらも何度も頭を下げたのだった。
「き、緊張して、すみません。ぼ、僕たちは、恥ずかしがり屋で、両親から二人とも同じ高校がいいというので、は、花園学園に。み、未来の方が、少し、ひ、人と話すの、慣れてるから、というので。」
隼人が、花園学園に来た経緯を説明する。
「ああ、そうなんだね。僕は、ここに引っ越してきたばかりで、今年から共学になったことを知らなかったという感じかな。」
僕も隼人に説明する。
共感したかのように、納得したかのように頷く隼人。
そう、今年から共学になった、花園学園、各クラスに一人ずつ男子がいる今年、B組は僕で、E組が義信、そして、一年A組の男子は、双子で入学した兄、隼人だった。
「俺も会えてうれしいっすよ。男子の仲間。最高っす。」
義信が隼人に向かって握手をした。
隼人も同じように握手をして、少し安心していた。
僕たちは、今日ここへ来た目的を、手早く済ませる。
メイド服の衣装の採寸だ。
早織と結花、そして僕は手早く、赤城兄妹からサイズを測られる。
「はいっ。ありがとうございます。」
隼人のホッとした声で、採寸を終えたようだった。
「えっと、説明すると、メイド服は、予算の関係上、人数分作れなくて、フロアの担当のシフトを回しながらの、着回しになると思います。同じようなサイズの人がどのくらいいるか、調べて、何着用意するか検討している所でした。ああっ、橋本さんは、兄と一緒に、簡単なベストをご用意いたしますので。」
未来が説明する。
僕たちは頷く。
「そして。その、メイド服のデザインも、いくつか候補がありまして。家庭科部の皆さんで投票しているのですが、皆さんも是非。」
隼人と未来は何枚かの紙を持ってくる。そして。
「いっ、一応、メイド服のデザイン候補、書いてみたんだけど。何かあったら言ってね。」
未来はいくつかのメイドのイラストの候補の紙を僕たちに手渡す。
それを確認する、僕たち。
「うん、うん。完璧!!みんな可愛い。」
「す、すごい、僕は絵があまり描けないし。」
結花と僕はイラストを見ながら笑っていた。
そして、他のメンバーもそのイラストに釘付け。
「本当、どれもかわいいわね。ああっ、ここは、輝君たち三人で選んでもらおうかしら。」
史奈はニコニコ笑いながら、僕たちに促す。
僕と結花と早織は大きく頷く。
早織は、やはり、何も言わないで、デザイン画に興味津々のようだ。
「きれい。」
とつぶやく早織。早織の瞳もキラキラしているようで、安心した。
「折角、アトリエにいらっしゃるので、生地もお見せしますね。生地はこういうのを使って。」
隼人が、光沢感がある、黒い生地を持ってきてくれた。
その生地は本当に黒いが光沢のせいで、光り輝いており、まるで、メイドに着せれば完璧だった。
何だろうか、これだけでわくわくする。
「う~ん。でもイラストだけじゃ、わからなくない。」
結花の言葉に僕は頷く。確かにそうだ。
「実物とかあるの?過去に作った奴とかで。」
結花が隼人と未来に話しかける。
「えっ。あ、あるには・・・・・・。」
「あるけど・・・・・・。」
隼人と未来は顔を見合わせる。
「どうしたの?もしかして変なこと聞いちゃった?」
結花が二人に迫る。
「う、ううん、大丈夫。大丈夫。こっちの話。メイド服だけなら・・・・・・。」
未来は思いっきり首を横にするが・・・・・。
「本当?じゃあ、見せてよ!!」
結花が言う。
「そ、そうだね、実物を見た方がイメージが湧くかも。」
僕も結花の言葉に続けた。その言葉に早織も、他の生徒会メンバーも頷いていた。
隼人と未来は顔を見合わせて頷き、僕たちを実物の服がある場所へと案内するのであった。
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