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106.祖父、八木原道三

 

「輝君。本当に、ありがとう。今日はごめんね。」

 早織は僕に涙ながらに、言葉を言う。


 僕は首を横に振る。

「気にしなくていいよ。あれは、本当に辛いから。」


 酔っ払いから、いきなり自らの出生の秘密を大暴露され、しかもそれが、いい意味ではともかく、悪い意味の、最悪な形の出生の秘密となると、そうなってしまうのも無理もない。


 シャワー室で、そして、ベッドの上で、僕と早織は、二人きりで、いつもよりも深く、そして、激しく、抱き合う。


 そうして、夜を迎え、早織の母親が車で、伯父の家に、早織を迎えに来た。


「ありがとうございました。」

 早織の母親は僕と伯父、伯母に頭を下げる。


「ありがとう。輝君。」

 早織も同じようにお礼を言って、母娘と二人で帰路について行った。


「よくやったぞ。輝。お友達を助けられて、素晴らしい!!」

 伯父はそう言って、僕の頭をポンポンと叩いた。




 そうして、翌日の放課後。

 今日の生徒会の活動は、生徒会室ではなく、早織のお店で行う。

 早織の家族が、店を貸し切ってくれ、僕たちに色々とお話があるのだそうだ。


 因みに、早織は今日、学校を休んだ。

 無理もない。あの状態の心の持ちようだし、昨日の雨で、身体も疲れているはずだ。

 <今日は学校を休みます。様子を見るのと、ママとゆっくり話したいので。>


 そんな連絡がLINEに来ていた。


 そうして、生徒会と昨日一緒だったコーラス部のメンバーは早織のお店へ向かった。

 僕と、葉月、加奈子、史奈、結花、義信。さらにはコーラス部の心音と風歌だった。


 森の定食屋、早織のお店の建物が見える。

 早織のお店の前には、人影がある。


「ひかるん。ヤッホー。」

 元気よく手を振る幼馴染のマユこと熊谷真由子の姿。


「昨日は無事でよかった。一応事情は、皆から聞いたの。」

 マユはそう言って、僕を心配してくれる。


「ありがとう。マユ。僕は本当に元気。」

「よかった。さおりん、すごく心配だね。」

 マユはそう言いながら大きく頷く。

 僕たちも大きく頷き、心配な顔つきになる。


 そうして、僕たちはマユと合流して、早織のお店の扉を開けた。


「輝君。皆。」

 早織は元気よく迎えてくれる。


「大丈夫?気分はどう?」

 僕は早織に聞くが。


「うん。すっかり元気。」

「そうか。それならよかった。」


「あの。皆、昨日は心配かけてごめんなさい。」

 早織は僕たちに頭を下げるが、皆は首を横に振る。

 あの状況なら、そうなっても仕方がない。というのは、皆、同情するだろう。


 早織は僕たちを席に案内する。

 貸し切りということで、いつもよりも、広く取れ、方々のテーブルから、椅子を持ってきて、円を描くように座る。


「どこでも、好きな所に座って。」

 早織はそう言って、僕たちに座るように促す。


 そして。

 早織の母親と祖母がこちらに来た。


「皆さん。本当によくおいでくださいました。まずは、昨日のことなんとお詫びしたらいいのか。とにかく、娘を助けていただき、ありがとうございました。」

 早織の母親は深々と頭を下げる。


「早織の母親の【八木原(やぎはら)美恵子(みえこ)】と申します。」

 美恵子は自己紹介をする。


 そして。


「本当に、皆様にはなんとお礼を言ったらいいのか。早織の祖母の【八木原(やぎはら)真紀子(まきこ)】です。」

 祖母の真紀子も深々と頭を下げたのだった。


 そして、早織も僕たちに謝罪とお礼を言う。

「本当にごめんなさい。そして、あの後の話も聞きました。こんな私を助けてくれてありがとうございます。」

 早織はそう言って、頭を下げるが、首を横に振る僕たち。


「まずは、早織の出生の秘密を知ってしまった今、皆さんにはすべて話さないといけません。お時間を取っていただき、ありがとうございます。」

 美恵子は頭を下げた。僕たちは頷く。

 頷いた僕たちを確認して、祖母の真紀子に話をするように促した。


「そうですね。何から先に話しましょうと考えたとき、昨日の酔っ払い客について、先にお話しします。」

 早織の祖母はそう切り出す。


「昨日の酔っ払い客、彼は、黒山(くろやま)さんと言って、早織の祖父、つまり、私の夫の、専門学校の同級生なのです。お互い、料理の専門学校で、切磋琢磨して、その時は、夫と黒山さんは親友だったと聞いています。」

 早織の祖母は、少し遠くを見るように話す。


「そうして、二人は、専門学校を卒業後、舞台を東京に移します。丁度、一九六四年、東京オリンピックの年でしたから、外国人の前で日本の料理を出すという、光栄行事を張り切って行ったそうです。それに感動したのでしょうか。オリンピックの次は大阪万博と目をつけ、二人で、関西の方に修業場所を移します。ですが、ここで、運命の分かれ道というのが訪れてしまいます。二人の修業場所が異なっていたのです。夫は京都の日本料理屋、そして、黒山さんは大阪の老舗ホテルでした。」

 早織の祖母はここまで一気に話す。

 場面と情景が僕たちにも伝わってくる。


「私の地元は京都です。京都の日本料理屋で、私がアルバイトをしていた時に、夫が、修業に来て、そこで出会いました。ですが・・・・。」

 祖母、真紀子は息を飲む。

 僕も、一体どうしたのだろうと思う。


「万博を前に、夫の修業先であり、私のバイト先でもあった、京都の料理屋は潰れてしまったのです。」

 この瞬間、真紀子は一瞬涙目になるが、すぐに呼吸を整える。


「そうして、修業先とバイト先を失った私たちが頼ったのが黒山さんでした。私たちは、黒山さんの勤務する大阪のホテルに働く場所、修業場所を移したのです。・・・・。移したのです。だけど・・・・。」

 真紀子が身構える。


「だけど?」

 僕たちも反応する。

 そして、何だろうか、一気に身構える僕たち。


「黒山さんが、ああなってしまった原因は私にあるのです。黒山さんが、夫の隣にいる私を見たとき、彼女を作って、怠けていたから料理屋が潰れて、夫の料理の腕も落ちたと、思い込んでしまって。そこから黒山さんの嫉妬心が、かなり蝕んでしまって。ああなってしまいました。」

 真紀子は一気に話し終える。


「「「ああっ・・・・・。」」」

 とため息をつく僕たち。


「そうして、万博を迎えたとき、この町出身の後の総理大臣になる人から、夫と黒山さんの料理の腕を評価してもらい、二人は、それぞれ、地元に土地を譲ってもらい、地元の雲雀川に帰ってきました。夫と私はその時に結婚し、私たちはここを。黒山さんは、現在でも、線路を挟んで、雲雀川駅の向こう側、新しく出来たライトレールの駅もある、【霧峯(きりみね)神社前(じんじゃまえ)】という場所で、【洋食屋のKUROYAMA(くろやま)】というレストランを経営しています。」

 真紀子は一気に話し終える。

 僕たちは頷く。


「それ以降も、黒山さんは事あるたびに、私たちに嫉妬しては、ここに突撃してきました。私が安久尾建設に嫁いで、離婚して、出戻って来たときもそうです。その後は、しばらく顔を見せず、突撃もなく、早織とも面識がなかったのが、幸いでしたが。昨日、何年かぶりに、ああして突然やって来て、騒ぎを起こしてしまいました。」

 美恵子はさらに付け加える。そうして、頭を下げた。


 一通りの話を聞き終わった僕たち。

 何だろうか。早織の不憫さが物凄く伝わってくる。


 そして、早織の母親と祖母に敬意を表さなければならない。

 黒山のことも、安久尾建設のことも、早織が一番の被害者だと理解し、ここまで、早織を立派に育て上げたのだから。


 しばらく黙る僕たち。

 そして。


「私。私。先のことはまだわからないけれど、今、一つ言えることは、これからも、皆と一緒に居たいです。こんな私ですけれど、一緒に居てくれますか?」

 早織は深呼吸して、この沈黙を終わらせた。

 今までで、いちばんの大きな声で。


 早織の決断に、涙する僕。


「もちろんだよ。早織。早織には早織にしかできないものを持っている。それを僕たちは知ってる、だから・・・・・。」

 僕は大きな声で深呼吸する。


「だから・・・・?」

「まずは、文化祭。僕、家庭科部のメイド喫茶、手伝うよ!!」

「えっ?」

 早織も驚く僕。

 僕もなんだかわからない、だけれども、今できることはこれしかないと思い、僕は、大きな声で、言った。

 早織の料理。精一杯サポートしたい。


「あ、あ、ありがとう。輝君。」

 早織は涙目になる。


「おおっ、やるじゃん。ハッシー。そう言うことなら、クラスメイトとして、あたしも手伝うよ。」

 結花が一緒に立ち上がった。


「すみません、ハッシーとあたしの文化祭の係、学年の出し物ではなく、メイド喫茶の助っ人で良いですか?」

 結花が葉月と加奈子に言う。


「「「もちろん!!」」」

 葉月、加奈子、そして史奈が大きく頷いた。


「おおっ、やりますね。社長。そう言うことなら、学年の出し物は俺様に任せてくだせぇ。」

 義信が自分の胸を拳で、大きく叩いた。


「ぐすんっ、ぐすんっ。み、皆さん、ありがとうございます。」

 早織は急に涙目になる。

 その涙目は昨日までとは違う涙目であることに、僕たちは安心する。まさにその時。


「素晴らしい青春じゃねえか。早織!!」

 男の老人の叫び声がする。

 僕たちはその叫び声の方向を見る。


 禿げ頭で目がきりっとした。一人の老人が、大きく仁王立ちして、ニコニコと笑っていた。


「お、お祖父ちゃん?」

 早織が振りかえってその老人を見たときに叫んだ第一声がこれだった。


「すまなかったな。早織。辛い目に合わせて。」

 早織の祖父は頭を下げ、早織を抱きしめる。


「ううん。お祖父ちゃん、退院できたんだね。本当に良かった。」

「おう、早織には黙っとけと言っていたからな。」

 早織の祖父はにこにこと笑う。


「あなた。この後、車で迎えに行きますって、言いましたよね。」

 真紀子は祖父を諭すように言ったが。


「まあそうだけどさ。お前も本当に馬鹿野郎だ。昨日黒山の馬鹿がここに来て、早織と、そこにいる早織の大切な友達の前で、早織のことを、ふざけて、大声でバラしたんだろ。何でそのことを話すのさ。だから、こうして、居てもたってもいられなくて、看護師さん同行のもと、病院からタクシーで来たのさ。」

 祖父は後方を指さす。指さした方向には、看護師らしき人が居て、こちらに頭を下げる。


「まったく、あなたらしいです。そうですね。私も話したのがいけなかったですね。」

 真紀子は大きく頷いて、微笑んだ。


 祖父は、抱きしめていた、早織を話し、僕たちの元へ歩み寄る。


「そして、君たちが、儂が入院している間に、新メニューを作って売り出すということをやってのけた。ピアノのガキンチョと、生徒会のお嬢さん達だな。」

 僕たちは早織の祖父の言葉に頷く。

 祖父は深々と頭を下げる。


「礼を言います。早織を助けてくれて、そして、友達になってくれて、ありがとう。」

 祖父は涙目になりながら微笑んでいた。


「早織の祖父、【八木原(やぎはら)道三(みちぞう)】だ。入院していて、顔も出せずにすまなかった。」

 道三はそうして、自己紹介をした。


「いえいえ。退院できて本当に良かったです。」

 僕は道三に言う。

 道三は頷く。


「こうして、退院して帰ってきたら、素晴らしい。良い青春しているじゃないか。早織。良い友達じゃないか早織。」

 道三はニコニコ笑う。

 早織は大きく頷く。


「お前たちの、絆に敬意を表して、儂からも一つ提案させてほしい。」

 道三は早織の両肩を優しくつかむ。そして。


「早織、お前がこの【森の定食屋】の店長代理として、来年の二月、【春のキングオブパスタ】に出ろ!!」

 道三は大きく息を吸って、大きな声で言った。


「えっ、それって。」

 早織が緊張する。


「大丈夫。お前は一人じゃない。それまで、祖父ちゃんがみっちり鍛えてやる。ホラッ、皆を見て見ろ。」

 道三に、早織は僕たちを見るようにと促されているのだが。


「えっと、【春のキングオブパスタ】というのは?」

 僕は皆を見回す。


「ああっ、輝君は引っ越してきたから初めてだよね。この北関東は、納豆と餃子の他にもう一つ、小麦の生産、消費量と、イタリアンレストランのお店が、全国でも上位なんだよ。それを記念して、グルメフェスかな。

 そんなイベントの一つで、そう言うお祭りがあって、ものすごく人気なんだよ。昔は年に一回、秋だけの開催だったけど、ものすごく人気イベントで、いつからか、半年に一回、春と秋に開催されるようになってね。パスタの美味しさとか、そう言うのを競うんだよ。そこで優勝すれば、ものすごくお店が繁盛するんだ。

 ああっ、今年の秋はもう終わっちゃってるけど。次は、その、早織のお祖父ちゃんの言っていた、春の開催だね。」

 葉月は魅力的に語る。

 ものすごい人気のイベントなのだろう。そして、ここに居る全員思ったことがある。


 早織なら十分戦えるかもしれない。と。


「すごいじゃん、早織、早織なら、結構、良い所まで行けるよ。」

 僕の言葉にみんな頷く。


「そ、そうかな。」

 戸惑う早織。


「大丈夫だ。祖父ちゃんがついてる。それに、そこには、黒山も参加する予定だ。ここに居る、仲間たちの絆で、黒山を見返してみないか?早織。」

 道三は早織の方に手を乗せる。


 僕は皆の顔を見回す。生徒会メンバーは勿論、心音、風歌、そしてマユも頷いていた。


「勿論、僕たちも手伝うよ。」

 僕の言葉にみんな大きく頷く。


「お祖父ちゃん、輝君、みんな・・・・。」

 早織は大きく深呼吸をした。


「私、やってみる!!」

 早織が大きく決断した。


「よしっ、よく言ったぞ。早織。それじゃあ、先ずは、文化祭、お前のメイド喫茶で、新しいパスタのメニューを作ってみろ!!まずは、そこが最初の関門だな。」

「うんっ。」

 道三の言葉に大きく頷く、早織がそこに居た。







今回もご覧いただき、ありがとうございました。

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