102.出戻り娘と宿った命
万博が終わり、大蔵大臣に勧められ、故郷に戻った道三と黒山。
だが、黒山の嫉妬はさらに深くなっていった。
「畜生、畜生、畜生!!なんであの女も付いてきたんだよ。あの女、向こうの方の出身じゃなかったのかよ!!」
黒山は一人で故郷に戻り、自分のお店を開いた。
しかし、これに対して、道三の方は、彼女と一緒に戻ってきており、自分のお店を持ったと同時に、結婚のウェディングベルを鳴らしたのだった。
「俺だって。大阪で、東京で、運命の出会いをしたかった。」
結局黒山は昭和のこの時代。両親に半ば強制的にお見合いさせられ、結婚したのだった。
「俺だって、もっと自由に・・・・。」
黒山はさらに、道三に嫉妬していく。
そこからさらに二十年以上の時が流れる。
黒山のお店の評判はものすごく良かったのだが。
このおよそ二十年の間も、何から何まで、道三のお店は、黒山のお店よりも、その上を行った。テレビで特集され、総理大臣が来たお店とも特集記事が書かれ、道三のお店にはかなわなかった。
「畜生。俺の店だって、総理大臣や有名な人も来たことあるのに。なぜ、テレビの話が来ないんだ。おのれ、八木原道三!!」
黒山は道三に負けたくない一心で、料理を作り続け、彼の店を切り盛りしていた。
だがしかし、黒山にとって決定的な負けイベントがやってきたのだった。
「何?道三の娘の縁談が決まった。しかも相手は、あの、反町先生の秘書で、その地域で一番有名なゼネコンの御曹司。」
道三からの電話の連絡。
反町先生。【反町太郎】は、かつて、黒山と道三がお世話になった、大蔵大臣をしていた人物の部下で、いちばん信用できる人物と、豪語していた人だ。
今では反町太郎も閣僚を歴任している。
「な、なんで、俺は・・・・・。」
黒山はうなだれていた。
黒山にも跡取りの息子は居るのだが、道三の娘の縁談。そして、そのお相手の話を聞けば、まさに、黒山の中で、自分が道三に負けたと思ったのだろう。
「畜生、畜生、畜生。こうなったら、もっともっと、働いて、美味い店にしてやる。」
黒山はさらに嫉妬心に火をつけた。
だけれども・・・・。
その数年後、黒山にとってものすごい、吉報が、棚からぼたもち的に舞い込んできた。
「何?道三の娘が離婚して戻って来た?しかも何、相手の男に捨てられて戻って来たぁぁぁぁ。」
閉店後の店のど真ん中、黒山は大きくガッツポーズをした。
「ヒャーッ、ハハハー。八木原道三さんよぅ。やっぱりお前は、いいや、お前たち一家は、男女作って遊んでいるだけの、バカだったということだ。ここからは。俺がもらった。俺が、この雲雀川で、いや、この北関東で、いちばんのレストランのオーナになるんだよ。」
そこからの黒山のレストランの評価は、一気に上がって行った。初めてライバルに勝った、それを心の弾みとして。
一方の八木原道三のお店の店内。
「くすっん。くすっん。」
大粒の涙をこぼす、道三の娘の姿。
「気にすることは無い。本当に、辛かったなぁ。美恵子。」
道三は、彼女の娘。美恵子を抱きしめる。
たった今、娘の美恵子から、美恵子の夫に捨てられた経緯を聞かされる。そこには、道三の妻、真紀子の姿も。
道三と真紀子は、美恵子から聞かされた話に、絶句していた。
美恵子の元夫、【安久尾次郎】は、美恵子が自分の正妻という言葉を巧みに利用し、美恵子に休みなく家事をやらされ、ここ数年、盆や正月でさえも、こちらの実家にもなかなか帰ってくることは無かった。
さらに、安久尾次郎には、何人もの愛人がおり。
美恵子と離婚して、愛人と結婚し直すという、美恵子にとっては、ものすごく苦痛となる暴挙をやってのけたのだった。
勿論、このことは、安久尾建設の金の力を利用し、公になることもなく。
美恵子は、これをきっかけに、“捨てられた、何のとりえもない女”というレッテルを貼られてしまった。
公にならなかったということは、美恵子の方に問題があったのだと、美恵子の周りはそう信じてしまったのだった。
それを真っ先に信じたのは、美恵子の両親の古くからの知り合いの黒山だった。
そう。勿論、真実は逆。問題があったのは、安久尾次郎の方だ。
安久尾次郎にとって、美恵子も、特技は料理で、家事ができるだけの、愛人の一人に過ぎなかった。
「すまなかった、美恵子。そんな奴だったとは。」
「よく戻って来たわね。本当に、ごめんね。」
娘、美恵子に対して、深々と頭を下げる、道三と真紀子。
「俺たちは、反町先生はかなり信頼できる人物と思っていた。いや、俺達だけじゃない、この地元、雲雀川にいる皆は、何かしら、今の政権与党にお世話になっていたんだ。だが、それも、もう、ここまでだな。」
「そうね。自らの権力に鼻をかける人物もいるのね。」
道三と真紀子は、大きく頷いた。
「本当に申し訳ない、美恵子。だが、これだけ言わせてくれ。お前が無事で本当に良かった。」
「ええ。そのことだけでも、神様に感謝しなくては行けませんね。」
道三と真紀子は、美恵子を抱きしめる。
こうして、再び、道三と真紀子、そして、娘の美恵子とともに、再び、レストランの経営に汗を流す日々が続いたのだが。
やはり、離婚、そして、出戻り娘というレッテルが貼られたようで、レストランの売り上げは、落ちていく一方だった。
そして、彼らにはもう一つ、乗り越えなければならない試練があった。
美恵子が、安久尾次郎と離婚し、こちらに戻ってから、さらに数か月後。
その八木原美恵子は病院に居た。
「うぁ~ん、うぁ~ん、うぉぎゃ~。」
大きな、大きな赤ちゃんの産声。
「おめでとうございます!元気な女の子ですよ。」
美恵子とともに付き添った助産師の声。
そう、美恵子は、元夫との間に、一つの命を身籠っていた。
「なんとしても、育てたい。この子に罪はない。」
美恵子は大きな声で、両親に言った。
両親も大きく頷いた。そう、“この子に罪はない”。むしろ、“この子が一番の被害者”。
責任をもって、美恵子、そして、道三と真紀子は育てなければならない。それを強く感じた。
中絶も考えたが、美恵子の気持ち、道三と真紀子の気持ち、さらには、周りの反応を考えれば、すぐに選択肢から外したのだった。
「いつまでも、元気に、元気に、一生懸命、精一杯、幸せに生きて。【早織】。」
美恵子は、その女の子を、早織と名付けた。
そして。その後の家族会議の結果。
「早織に父親のことを聞かれても黙っていよう。」
「そうね。生まれる前に、事故で死んだことにしましょう。」
道三と真紀子はそう決めた。美恵子も頷く。
その方が、早織が幸せに生きられる。安久尾次郎という人物は、過去の人だった。
そうして、早織は母と祖父母の元で、元気に育っていった。
レストランを経営する早織の家族、やがて、早織も料理を覚えていった。
本当に、元気に育っていった。
その一方で、安久尾と反町、そして、安久尾建設は公のニュースにはならないように、金と権力を利用して、悪事を繰り返しては、それをもみ消して行くことを繰り返していた。
安久尾建設が、その悪事を繰り返した結果、運命の歯車が再び、動き始めた。
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