10.美少女バレリーナとの出会い
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本当に大きな部屋だった。
壁際には大きなテレビモニターがあって、その脇にDVDとブルーレイが視聴できる大きなDVDデッキがある。
いくつか本棚があって、難しそうな書物が並ぶ。
さらに、棚の上には骨董や絵画が並ぶ。
きっとかなりの値段がする物なのだろうなと思いながら、骨董と絵画を見回す。
そして、リビングのようにくつろげる、テーブルと椅子が、テレビモニターの前に置かれている。
このイスとテーブルも、いろいろと装飾がされ、アンティークなデザインが印象的だ。
そして、この部屋で一番気になったのが。
【スタンウェイ】のグランドピアノだった。
ピアノ‥‥。
僕は、ピアノが趣味で、音楽が好きだからわかる。
とても美しい音色が、このピアノからは奏でるのだろう。
そのピアノは、本当にきれいに手入れされていた。
ピアノに見入っていると、葉月先輩がやってきた。
「お待たせーっ!!」
そういいながら、紅茶とお菓子が、テーブルの上に置かれた。
「そして‥‥。」
葉月先輩はDVDを取り出す。
「ジャーン!!パパの部屋からとってきたよ~。」
葉月先輩は得意げになって、そのDVDをセットする。
大きなモニターに映像が入り込んできた。
昨年の、生徒会長選挙の演説会が始まった。
「少し恥ずかしいわね。私のスピーチですもの。」
瀬戸会長はそう言いながら、あまり見たくないような雰囲気で、紅茶をすすっている。
去年の演説会。つまり瀬戸会長の演説がここにある。
「会長の推薦人の演説を見てみましょう。」
そういいながら、葉月先輩はその個所までDVDを早送りする。
そうして、該当する箇所で早送りを止める。丁度、瀬戸会長の推薦人がスピーチをする場面だった。
一緒にバレーボール部で活躍している同級生だろうか。
チームのムードメーカーをアピールし、そして、バレーボールに対する熱意。チームメイトを気遣う力など、エピソードを交えながら、熱心に語っていた。
「そうか、具体例かぁ‥‥。」
僕はそう呟きながら、この演説を聞いていた。
「そうだね。こうして、一緒に遊ぶ機会を作るから、もう少し、さっき話した内容を詳しくできるといいわね。」
瀬戸会長は恥ずかしながらも、僕に語っていた。
「と、言うわけで、輝君が少し吸収できたので、おまけで、瀬戸会長のスピーチを見ましょう。」
そういいながら、葉月先輩はDVDを早送りして、瀬戸会長のスピーチの個所へ回す。
「ちょっと、やめて。葉月ちゃん。」
瀬戸会長は、さらに恥ずかしそうな顔になる。やっぱり、去年の自分の演説を見るのは恥ずかしいようだ。
映像の中で、瀬戸会長が演説のスピーチを始める。
しかし、堂々と、丁寧に話す瀬戸会長の言葉はとても重みがあった。
これは票の獲得も納得だ。
スピーチが終わったとき、僕はDVDの中から聞こえる、会衆の拍手と一緒に拍手をした。
「はーい。瀬戸会長でした。」
葉月先輩は得意げになりながら、DVDの映像を止めた。
僕は頷きながら、やっぱり瀬戸会長はすごいと思う、と感じる。
一方の会長は、少し恥ずかしい顔をしたままだ。
僕たちは、紅茶を飲みながらお話をする。
「と、言うことで、輝君はもっと私たちと過ごして、加奈子の魅力を知ってもらわないとだね。」
葉月先輩はそう言いながら笑っている。
僕も頷く。
「そうですね。皆さんありがたいです。」
僕はそう言いながらも、部屋にあるスタンウェイのグランドピアノが気になる。
先ほどのDVDを見たときもそうだった。
「橋本君。どうしたの?」
瀬戸会長がそわそわした僕に気付いたのだろう。
少し落ち着いて、やっと我に返ったようだ。
「ああ。あれは【スタンウェイ】のグランドピアノですよね。とても綺麗に手入れされていますので。」
僕はそう言いながら視線をピアノに向ける。
「よくわかったね。おばあちゃんが弾いていたの。五年位前に、に亡くなる直前まで。おばあちゃんは、花園学園の先代理事長だよ。それ以来、おばあちゃんを思い出しながら、お手入れしているんだ。手放したくないし、この部屋に置いておくだけでもきれいだしね。」
葉月先輩は笑っている。
確かにこの部屋との相性は抜群だ。
「なるほど。きっと、生前、お祖母様は大切にされていたのですね。綺麗な音を出していたのが伝わってきます。」
僕は頷く。
「ねえ。ひょっとしてピアノ弾けるの?」
葉月先輩が僕に聞いてくる。
それに驚く僕。
「えっ?えっと、まあ。習ってはいました。」
驚いて、声が裏返ったが、僕は正直に応える。
するとキラキラと輝く、三人の瞳があった。
「本当?弾いて見せてよ。」
葉月先輩が言う。
「私も聞きたいわ。」
瀬戸会長が言う。
うんうん。と頷く加奈子先輩。
だが、無口に頷いているが、加奈子先輩が一番興味のある表情をしていて、顔を動かす動作も一番大きい。
「まあ。少しならいいですけれど。何かリクエストとかは?しばらく、練習とかしていないので、弾けない曲ならすみませんですが。」
僕はドキドキしている。
「うーん。じゃあ。今まで習ってきた中で、一番難しい曲。」
葉月先輩が得意げにリクエストする。
「そうね。少し聞かせてもらうだけでいいから、その難しい中でも、短めの曲で。」
瀬戸会長が笑っている。
そして、加奈子先輩も、うんうん。と頷いている。
一番難しい曲。短め。
僕は少し考える。
リストの超絶技巧集とかにしてもいいが、そのレベルになると、しっかりと準備、かつ、楽譜を見ないと弾けない。
今すぐに暗譜で弾けそうなのは、ショパンだろうか。
僕は、頷きながらピアノへと向かう。
しかし足取りは重い。暗譜で出来そうで、一番難しい曲で思いついたのが。
『ワルツOp42、大円舞曲』と『Op53、英雄ポロネーズ』だ。
だが、少し戸惑う僕が居た。
安久尾の力によって、コンクールで、悔しい思いをした曲。少し、弾いていいか戸惑う。
同じワルツの『ワルツOp18、華麗なる大円舞曲』でもいいが。
それだと、葉月先輩のリクエスト、『一番難しい曲』に応えられていないのではと戸惑う。
難易度的には、『ワルツOp42、大円舞曲』の方が上だった。
少し深呼吸をする。
するとどうだろうか。暖かく迎え入れてくれた、生徒会の、ここに居る先輩たちの温もり。
そんな感じのものに触れた。
そして、幸いにも、ここは、葉月先輩の家、すなわち、理事長の家。
理事長と、その娘の葉月先輩、そして、瀬戸会長や加奈子先輩は裏切りたくなかった。
「へえ、もっと難しい曲知ってるんだ。」と、あとから言われると、少し裏切った気持ちになってしまう。
ますます、胸の鼓動が速くなる。
しかし、何だろう‥‥。
この曲をもう一度弾いてみたい気持ちが強かった。
おそらく、生徒会の先輩たちの不思議な力によって。興味津々なみんなを裏切りたくなかったし。
僕も、このメンバーと一緒に楽しみたい気持ちの方が強かった。
そして、その気持ちが、前に出てくることを確認して、ピアノの椅子に座る僕。
瀬戸会長、葉月、加奈子の三人は、ピアノの前に座る僕を囲うかのように立っている。
よし。ショパンのワルツにしよう。『Op53、英雄ポロネーズ』は、少し演奏時間が長いので、また今度で。
そう決めて、僕はショパンのワルツ、最初の音を弾き始めた。
『ワルツOp42、大円舞曲』。
最初の一音で落ち着いたのか、すんなり、指が動いた。
導入部分き、メロディーを弾いていく。
三人の目の色が変わる。
さらに曲調が変化していく部分になると、さらに三人の目の色が輝き始め。
一気に曲が盛り上がっていく。
最後のフィニッシュを決める。
弾けたという、何かを乗り越えた感覚がそこにあった。
不思議な力だった。安久尾によって、もう二度と人前で、ピアノを弾けないのではと思っていた。
演奏が終わった瞬間、大きな拍手が三人から沸き起こる。
「すごい。指、私と同じ数だよね。」
瀬戸会長が言う。
「輝君。習っていたというレベルじゃないよね。プロだよ。本当にすごい。」
葉月先輩が言った。
そして、一番ときめいていたのは加奈子先輩だった。
顔を赤く染めながら言った。
「輝‥‥。これ‥‥。ショパンだよね!!」
加奈子先輩は興奮している。
「そうですね。ショパンですね。」
僕は、加奈子先輩の質問に答える。
「じゃあさ、じゃあさ。これは弾ける‥‥。えっと。」
加奈子先輩は深呼吸する。
「♪タタタタタタ、タララタタタ、タタタラタタターン♪、っていう、えっとマズルカっていうんだけど。」
加奈子の口ずさんだ歌は、もちろん知っている。
『マズルカニ長調、Op33-2』。
「もちろん知ってますよ。そして、弾けますよ。」
僕は、加奈子先輩に応える。
「えっ、お願い、弾いて。弾いて。輝。」
さっきまでの加奈子先輩はどこへ行ったのだろう。子供のように、無邪気にリクエストをねだる彼女。
僕は、加奈子先輩のリクエストを弾く。
再び拍手が沸き起こる。
加奈子先輩は、さらに興奮して。
「じゃあさ、じゃあさ。これは‥‥。」
再び、深呼吸して。
「ターン、タタターン、タタタン、タタタン、タタタタンターン!!」
得意気に、加奈子先輩は鼻歌を歌う。
まさに、『Op18、華麗なる大円舞曲』の導入部だった。
得意気に加奈子先輩が鼻歌を歌ったので。
「はい。勿論です。一番得意だったりします。」
僕は少しアピールする。
そして、鍵盤に触れようとしたが‥‥。
「待って!!私が合図したら弾いてくれる。」
加奈子はそう言って、ピアノから離れていき、この広い部屋の、テーブルも置かれていない、周りに何もないようなところに移動する。
「ど、どうしたんですか?加奈子先輩。」
僕は聞いてみるが。
「ふふふっ。輝君。加奈子の魅力を存分に楽しんでください。」
葉月先輩は得意げに、ニヤニヤ笑いながら言った。
「あらあら~。ついに目覚めちゃったわね。橋本君のピアノで、加奈子ちゃん魅力が。それじゃ、ピアノを弾きながら楽しんでね。ビックリすると思うわ。」
瀬戸会長も、葉月先輩と同じようにニヤニヤしながら言った。
僕は加奈子の方を見る。
瀬戸会長と葉月先輩は、僕に加奈子先輩の方を見て欲しいと思ったのか、僕の視界を一気に開けてくれた。
加奈子先輩は頷く。
「いつでもいいよ!!」
僕は、ショパンのワルツを弾く。
そして、加奈子先輩を見る。
加奈子先輩を見た瞬間、慌てて、曲のテンポを落とそうとした。
「テンポはそのままでいいよ!!」
加奈子先輩は大きな声で言って、僕のテンポに合わそうとしている。
美しかった。
加奈子先輩が僕に見せたもの。それは、クラシックバレエだった。
手足を大きく、動かし、華麗に舞っている。
本当に美しい。きっと、本物の衣装を着たら、それは‥‥。
この日。僕は、美しい人に出会った。
それは、舞踏会で華麗に舞う、プリンセスだった。
清楚可憐で美しく、僕は見入っていた。
鍵盤はほとんど見ずに、ただただ、加奈子の踊を見つめながら、僕はピアノを弾いた。
『ワルツOp18、華麗なる大円舞曲』を弾き終わる。
一番楽しいピアノ演奏だった。
過去の全て、どの演奏よりも、演奏が終わった充実感を得た。
そして、過去の棘が全て洗い流されていった。
弾き終わり、思わず拍手をする。そう、心から拍手をせずにはいられない。
加奈子のバレエは本当に綺麗だった。
全てに納得する僕。
加奈子の容姿。
そう、クラシックバレエをやっているから、シュッとした、細身の綺麗なスタイルだったのだ。
髪の毛を伸ばした時、普段はまとめている痕跡が残るのもうなずける。
葉月、瀬戸会長も拍手を贈る。
「ありがとう。輝。」
加奈子はそう言いながら、笑っていた。
出会ってから、一番の加奈子の笑顔だった。
「素晴らしかったよ。そして、輝君わかったかな?加奈子の魅力が。」
葉月先輩が、感動したかのように僕に向かって言った。
「はいっ!!」
僕は元気よく頷く。
「そうね。加奈子ちゃん。普段はおとなしいのだけど、自分の得意な所、好きな所では本当に活発になって、周りの人を盛り上げて行ってくれるのよね。このクラッシックバレエも四歳くらいの時からやっているのよね。」
瀬戸会長は、加奈子先輩にウィンクしながら言った。
「はい。」
加奈子先輩は、先ほどのバレエの舞いの時とは打って変わって、普段通りのおとなしい表情に戻っていた。
「ダメじゃない!!それを推薦人に伝えなきゃ。橋本君がピアノ弾ける、しかも本当にうまい人で良かったわ。初めての人でも、好きなこと、得意なことの自己紹介はちゃんとしなきゃ。ましてや推薦人には特に。」
瀬戸会長は、加奈子先輩に向かって言う。
「はい。ごめんなさい。」
加奈子先輩は、少し、暗めの表情になってしまった。
だが、すぐに彼女は気持ちを切り替え、目の色を変えた。
そう、バレエの舞を披露する時のあの目の色だった。
「輝。お願いがあるの。」
加奈子先輩は改まって、僕に言った。
「ゴールデンウィークに私が出場する、バレエコンクール。その伴奏者になってください!!」
今までに聞いたことの無いくらいの、加奈子先輩の大きな声だった。




