第2話 伊勢
安房の国、館山城内に何者かが火の付いた物を持って歩いている。
明け方、館山城内で大きな火の手が上がっている。
士郎の朝は早い、朝四時に起き眠い目を擦り必死に布団の誘惑から脱出し布団に向かって
「やい、布団!今日もそれがしの勝ちだな」
布団をてきとうに畳んで顔を洗いに行き食事の準備をしようとし倉庫の前を取った時に
「あれ?なんか燃えてないか?いや、倉庫燃えてんじゃん!!」
士郎は一気に目が覚め、片倉さんの稽古場に行き
「片倉さん」
「おっ、士郎君おはよう」
「倉庫が燃えています!!」
「何だって!!」
片倉さんは城兵を引きつれ倉庫に向かった。
士郎は経丸の部屋に全速力で向かい、士郎は経丸の襖の前で大きな声で
「経丸さん、大変です!!起きてください!!」
経丸は目を擦りながら襖を開けて
「おはようございます。どうしました、士郎さん」
「倉庫が燃えています!!」
経丸の顔が一気に真剣な顏に変わり
「えっ?都賀の配下達が攻めて来ましたか?」
「いや、出火原因はまだわかりませんが片倉さんが指揮を取って城兵と共に消火活動にあたってます」
「わかりました。今すぐ向かいましょう」
士郎は経丸と共に現場に急ぎ向かう。
「若、もう火は鎮火しました」
「皆さん、お怪我はありませんか?」
「大丈夫です」
「皆さんの迅速な対応のおかげで被害が最小限ですみました。ありがとうございました」
と経丸は皆にお礼を言った。
士郎はもの凄く怒っている口調で
「都賀の残党はまったく卑劣な事をしやがるぜ!」
片倉さんが
「まぁ、まぁ士郎君落ち着いて。まだ都賀の残党がやったって決めつけるのは早いよ」
経丸は何かを拾い
「あっ、なんかこの手袋名前書いてあります」
経丸の言葉に士郎は
「名前?まさか犯人の落し物かも知れない!!」
「なんて書いてあります?」
「伊勢海老太郎って書いてあります」
士郎は大声で
「伊勢海老太郎、そいつが犯人だ!!」
片倉さんは呆れながら
「バカな犯人だなぁ」
経丸は大きな声で
「あっ、この手袋よく見ると住所も書いてある」
思わず士郎と片倉さんはこけた。
片倉さんは呆れながら
「こんなにも簡単に犯人がわかるなんて」
と呟いた。
士郎達が話合っている横を一人の男が通り過ぎ
「あっ、たくさんのカブトムシがいる。やっぱり昨日の夜、蜜を塗ってよかったなぁ」
「経丸さん、あれ誰ですか?それがし見た事ないんだけど」
「私も見た事ないです」
「もしかしてあいつが伊勢海老太郎かもしれないぞ」
経丸が
「確かに、犯人は現場に戻るって言いますからね」
片倉さんは呆れながら
「これでホントに犯人だったら、バカすぎるな」
呟いた。
「経丸さんは危ないからここにいて」
「えっ?」
「それがしと片倉さんであいつを捕まえて来る」
士郎は緊張で震えながら片倉さんと共に男の元に行き自分を奮い立たせる為に大声で
「気持ちー!!気持ちー!!」
と叫ぶと男が
「急になんですか?大声出さないでください。カブトムシが逃げちゃうじゃないですか!!」
士郎はもの凄く低姿勢で
「あっ、すみません」
「ところで、あなた伊勢海老太郎さんですか?」
士郎の問いかけに男は不思議そうな顔で
「そうですよ。何で名前知ってるの?」
士郎は海老太郎に手袋を見せて
「これが落ちてたから」
海老太郎はもの凄い大声で
「あっー!それ僕の手袋!!」
士郎は海老太郎のいきなりの大声に腰を抜かしながら
「今の大声で、カブトムシ全部飛んでいきましたけど」
「あ!あああああああああ!!」
と海老太郎は悲鳴を上げたがしばらくしてケロッとした表情で
「まぁ、いいか。また明日捕まえにくればいいか」
片倉さんが
「立ち直りが早い」
と呟く。
「僕の手袋拾ってくれてありがとうございます」
士郎は素直に頭を下げる伊勢海老太郎に少し驚きながら
「いえいえ、たいしたことでは」
士郎は勇気を振り絞って恐る恐る
「ところで海老太郎さんはここで何をされていたんですか?」
「カブトムシ取り来たんですよ」
「カブトムシを?」
海老太郎はキョトンとした顔で
「カブトムシ知らないですか?」
「いや、知ってますよ」
海老太郎はキラキラ輝く眼差しで士郎を見つめ
「ここ、いっぱい取れるんですよ」
士郎は
(少年のようなキラキラ輝く眼差しの海老太郎を見てこんな可愛らしい子が放火をするのか?)
と思っていると
「あっ、皆さんこのあたり蜂がいるので気をつけてください。僕、木に仕掛けをしに来た時に蜂にあっちゃって僕、驚いて松明投げて逃げちゃったんですよ」
士郎と片倉さんは声を揃えて
「松明を投げた!!」
海老太郎は驚く士郎と片倉さんの様子に少し不思議がりながら
「松明を投げたのがなんかあったんですか?」
(こいつ、なんか今までに体験したことのない恐さがあるぞ)
士郎は恐る恐る
「本当に松明を投げたんですか?」
海老太郎はキョトンとした顔で
「はい、投げました」
士郎は恐る恐る
「あなたが投げた松明が多分、こんな結果を生みました」
海老太郎はアホ面で
「あちゃー」
海老太郎の態度に士郎は怒り爆発し、先ほどまでの態度と違い一気に海老太郎に詰め寄り
「あちゃーじゃねよ!!お前わざとやったんか?」
「わざとじゃないですよ、凄い燃えてますね」
「凄い燃えてますね。じゃねぇよ!とりあえず謝罪しろよ!!」
「しかたないでしょ!いきなり蜂が現れたん驚いて松明投げちゃうじゃないですか!!」
いきなり海老太郎に逆ギレされた士郎はビビり、片倉さんの後ろに隠れた。
海老太郎は更に大きな声で
「松明を投げるのは不可抗力だったんですよ!!」
士郎は片倉さんの背中に隠れながらも
「何が不可抗力だ!!」
「蜂は人を刺す。だから恐い!恐いから松明投げて逃げる。これ不可抗力」
「ちょっと待て!言っている意味がわからないんだが?」
片倉さんが
「まぁ、まぁ士郎君。海老太郎君はわざとじゃないって言ってんだから」
片倉さんの言葉にそれがしは思わず
「いや、いやわざとじゃなくても納屋燃やしてるんだよ。普通謝るでしょ」
「あっ、ごめんなさい」
「謝罪が軽⁉」
「ところで納屋は何が入ってるんですか?」
士郎は思わず強い口調で
「あんたが燃やしたからなんも入ってないわ‼」
キョトンとした顔で
「そうなんですね」
海老太郎の態度に士郎は
(何か、こいつ恐いよ)
「もう、虫取ったら出て行けよ。そして二度とこの城には入ってくるな」
「えっー‼それは困ります。ここは立派なカブトムシが取れるから」
士郎は強い口調で
「本来はね天羽家の家臣以外は無断で入っちゃいけない場所なの!!」
「えっ、じゃあ僕今までって無断で入ってた事になるの?」
士郎は呆れながら
「まぁ、誰にも許可取らずに入ってるからそういう事になるね」
「無断で入るのは悪い事ですね。すみませんでした」
なんだこいつ、放火は中々謝らないのに不法侵入に関してはすぐ謝るやん
「今後はカブトムシ諦めます」
「そうしろ」
「皆さん、ご迷惑おかけしました。僕はこれで失礼します」
「待て!!」
「なんですか?」
「お前は納屋を放火し天羽家の武器を壊した。弁償しろ」
「何円、弁償すればいいんですか?」
「そうだな、一億五千万円!!」
「一億五千万円!!!」
「そうだ、払え」
「無理ですよ!!そんな大金持ってないです!!」
経丸が
「士郎さん、流石にそんな額請求するのは可哀想ですよ。わざとやったわけじゃないんですし」
「わざとやってないから壊した物弁償しなくていいとはならない!!」
片倉さんは士郎に
「しかし、士郎君どうやって一億五千万の大金を回収するんだ?」
「体で返してもらいましょう」
海老太郎は強い口調で
「嫌じゃ、僕にとっては目も、口も、鼻も、手も、足も大事な物なんだ。渡すわけにはいかない」
「そりゃ、誰にだって目も、口も、鼻も、手も足も大事なものだ。お前何か勘違いしてないか?」
「それがしが言いたいのは天羽家に家臣として仕えて雑用をして人生かけてお金を返済しろと言ってる」
経丸が
「いやいや、勘違いする言い方してますよ。士郎さんが」
片倉さんも経丸に同意するように
「そうだね、士郎君の言い方が悪いね」
海老太郎が
「だそうですよ。士郎さん」
「だそうですよ。じゃねぇ!!生意気だな、海老太郎」
「いや、いや今のは士郎さんが悪いですよ」
「そうだね、逆ギレはよくないね」
「だそうですよ。士郎さん」
「何だこの流れ、ムカつく流れだな!!本来こっちで三対一なはずなのになんでそっちで三対一の構図に何だよ!!」
海老太郎が経丸と片倉さんに
「なんか、僕たち仲良くなりましたね」
経丸も笑顔で
「そうですね。仲良しになりましたね」
士郎が
「なんで仲良くなってんだよ!!こいつ放火してんだぞ!!」
とツッコむ。
片倉さんは士郎を指さして
「まぁ、共通の敵がいるからじゃないですかね」
「なんでそれがしが共通の敵になってんだよ!!むしろこいつがそれがし達の共通の敵だろ!!」
海老太郎が
「なんか、共通の敵が騒いでますね」
「なんだと!この野郎!!」
海老太郎を叩こうとする士郎を片倉さんと経丸は止める。
「僕、天羽家に迷惑をおかけしたのでもし皆さんがよければ、天羽家で働いて一生かけて弁償します」
士郎は意地悪い口調で
「あぁ、そうしろ散々こき使ってやるわ」
「海老太郎さん、いいんですか?天羽家で働いてくださって」
「経丸さん、気を使う必要ない。こいつは働いて当然のやつなんだから」
片倉さんが
「雑用辛かったら、士郎君に押し付けていいからね」
「何でだよ!!あなた方こいつが放火したって事実忘れてんのか!!」
「海老太郎君、士郎君必死にツッコんでくれるだろ」
「はい、頑張ってますね」
「頑張ってるって何だよ!!」
「ほらね」
三人が笑い出し士郎も思わず笑った。
士郎は少し偉そうに
「まぁ、お前を天羽家の家臣として雇うに当たって聞く事がある。お前は何ができるんだ!!」
海老太郎は即答で
「僕、こう見えても何でもできるんですよ」
士郎は心の中で
ホントかよ
海老太郎は真顔で
「手洗いだって、一人で寝ることだってできるんですよ」
「君、いくつ?」
「十九歳です」
あまりのアホさ加減に士郎は呆れながら
「こいつ、ヤバいぞ!もしかしてなんも出来ない奴だ!!」
片倉さんは海老太郎に
「安心して、士郎君だってまだツッコミしかできないから」
「凄く安心しました。手洗いと一人で寝る事できる僕の方が上ですね」
「うん、だいぶ上」
「アホか、それがしだって手洗いうがい、一人で寝る事できるわ!!」
「士郎君、凄くムキになってるね」
海老太郎は真面目な口調で
「幼いんですね」
皆、笑う。
士郎は思わず笑ってしまいながら
「お前にだけは幼いって言われたくないわ!!」
海老太郎は少し驚きながら
「笑いながらでもツッコんでますよ!!」
「必死なんだよ、あれが彼の仕事だから!!」
「片倉さん、今日滅茶苦茶イジって来ますね」
片倉さんは笑顔で
「なんか、楽しくなってきちゃって」
士郎は照れ臭くなりながら
「まぁ、楽しいんならいいんですけど」
海老太郎が片倉さんに
「士郎さん仕事、できて嬉しそうですね」
「ありゃ、今日ぐっすり眠れるよ」
経丸は優しい口調で
「武術は得意ですか?」
海老太郎は真顔で
「すみません、武術ってなんですか?」
海老太郎の質問に皆思わずこけた。
経丸は優しく
「刀を使って戦ったり弓矢で的を討ち抜いたり」
「あっーなるほど。弓矢は得意です。よく蜂に向かって討っているので」
「だったら松明投げずに弓で射抜けばよかっただろ‼」
「いや、松明持ってて片手開いてないので弓使えないじゃないですか?」
「何でこういうところは冷静に的確なツッコミできんだよ!」
片倉さんと経丸は士郎と海老太郎のやり取りに思わず笑う
経丸は丁寧な口調で
「弓矢が得意ならあの的を射抜い見てくれませんか?」
「射抜く?」
片倉さんが優しい口調で
「矢で的を突き刺すってこと」
海老太郎は真顔で
「あーなるほど、ところであなたはこの意味知ってましたか?」
片倉さんは思わず笑っちゃいながら
「知ってるから今説明したんだよ」
「あー、そうですね」
海老太郎は矢を持って五十メートル離れた的の所に行き矢を手で思いっきり突き刺した。
皆は驚き士郎は大声で
「おい、何してんの⁉」
海老太郎は五十メートル離れた的の所から大声で
「片倉さんが射抜くとは突き刺すって言ったから突き刺しました」
皆が驚く中、士郎は大声で
「一旦戻って来い‼」
海老太郎は走って戻って来た。
士郎は大声で
「バカ違うよ、片倉さんは矢を放って的を射抜けって言ったの!」
と士郎のツッコミに対して海老太郎はキョトンとした顔で片倉さんに
「えっ?矢を放つとは言ってなかったですよね」
片倉さんは苦笑いしながら
「ごめんね、俺の説明が足らなかったよね」
「大丈夫です、今の説明でわかったので」
悪気なく上から来た海老太郎に思わず笑ってしまう。
士郎は思わず
「何でお前上からいけんのよ」
とツッコんだが海老太郎には意味が伝わらずキョトンとした顔をしていた。
身長百七十五センチ可愛らしい顔の海老太郎は今、真剣な表情で弓を構えた。
士郎は海老太郎と的の距離があまりにも長いと思い優しさで
「ここじゃ遠くないか、もう少し前に出てもいいんだぞ」
海老太郎は真剣な表情で
「今、集中してるんで話しかけないでください」
士郎は海老太郎の迫力に怖気づいて
「はい、すみません」
海老太郎はいきなり大きな声で
「うわぁ~オン‼」
と叫びながら矢を放ってその矢は皆に瞬きをする時間を与えないくらい速いスピードで的に正確に突き刺さった。
士郎達は海老太郎の弓の技術に驚いた。
士郎は目を点にしながら
「凄いな、海老太郎君」
海老太郎はキョトンとした顔で
「これって凄いんですか?」
「あー、凄いよ」
「・・・ホントですか?僕今褒められているんですか?」
「褒めている、けど今なんか会話に時差がなかった?」
海老太郎は片倉さんに
「時差って何ですか?」
片倉さんは優しい口調で
「時間の差だよ」
「それ意味知ってましたか?」
片倉さんは笑いながら
「知っているから説明したんだよ」
片倉さんと海老太郎が仲良く話てると
「あっ、海老太郎、こんなところにいたの?」
いきなり女の子特有の甲高い声が辺り一面に響き渡った。
士郎達は一斉に声の方向に振り向いた。
可愛い顔の少し気の強そうな女の子は燃えた小屋の茂みの近くから現れて
「海老太郎、またこんなところまで虫取りに行って‼」
海老太郎は嬉しそうな顔で
「あっ、はるちゃん!」
「あっ、はるちゃんじゃないよ。いい歳にもなって虫取りばっかりしてしかも何この人達、まさか虫取りクラブでも作ったの?」
はるちゃんは士郎達の顔を見て呆れながら
「この歳になって仕事もせず昆虫ばかり追いかけているバカがこんなにもたくさんいるとはこの国の未来が心配だわ」
士郎は、はるちゃんを真剣な目で静かにそして力強い口調で
「それがしはバカかも知れないけど、ここにいる皆は天羽経丸様を中心としてこの国を良くしようとしている。そんな偉大な方々らにバカとは。今すぐ撤回してください!!」
はるちゃんは士郎の言葉でここにいる人間が天羽家の人々だと悟り
「すみませんでした。ご無礼な発言をしてすみませんでした」
皆に深々と頭を下げた。
経丸は優しい口調で
「いいですよ、気にしないでください」
「ありがとうございます」
はるは士郎達の事を見て
「あなた様があの可憐で戦に強くこの国を守り抜いてる天羽経丸様ですか?」
経丸は褒められ少し照れながら
「可憐だなんて、そんな事言ってもらえるなんて光栄です。私が天羽経丸です」
「そしてあなたが安房の国一イケメンで戦に滅法強い天羽家の最強家臣の片倉様ですか?」
片倉は照れて顔を真っ赤にしながら
「そんなに褒めてもらえると照れますね。私が片倉です」
(次はそれがしが褒められる番だ。それがしどんな風に褒められるんだろう。)
士郎は褒められ待ちで胸をドキドキさせていると
「もしかして安房の国一のダサい男として有名な外岡士郎さんですか?」
士郎は思わず転んだ。
皆は大笑いし
片倉さんはゲラゲラ笑いながら
「ピンポーン!せいかーい‼」
士郎は片倉さんの首を絞めながら
「おい、片倉。ピンポーンせいかーい!じゃねぇだろ!!」
はるちゃんは淡々とした口調で
「本物は噂よりもダサい男ですね」
はるちゃんの言葉に士郎は声を荒げて
「おい、君だいぶ失礼じゃないか‼」
海老太郎は笑顔で
「ねぇ、天羽経丸さん。この子、最近僕と一緒二人で暮らし始めた僕の彼女なんだ、めちゃくちゃ可愛いでしょう」
士郎は
「どこが可愛いねん。メチャクチャ失礼な子じゃないか」
と怒鳴りながら海老太郎の首を絞めた。
「士郎さん、いきなりなんですか。やめてください」
「とりあえず、お前謝れ」
「なんだか、わからないけどすみません」
士郎は海老太郎の首絞めをやめた。
経丸は優しい口調で
「本当に可愛いお方ですね。海老太郎さんは幸せ者ですね」
海老太郎はメチャクチャ笑顔で
「うん、めちゃくちゃ幸せだよ」
晴ちゃんは赤面しながら「バカ」と呟いて軽く海老太郎の頭を叩いた。
「海老太郎が皆さんに迷惑などかけませんでしたか?」
このはるちゃんの質問に士郎達は納屋を燃やしましたと思ったがはるちゃんの顔を見てそんなことを言える者は一人もいなかったのだが
海老太郎が落ち込んだ感じで
「実はここにあった納屋を燃やしちゃったんだ」
士郎達は海老太郎の言葉に顔をひきつらせた。
はるちゃんは驚き
「申し訳ございません、この子少し天然なんですよ」
(いや、納屋燃やすって天然ってレベルではないだろ)
と皆、心の中でツッコむが言葉に出せる者は一人もいなかったが
「天然じゃないし、燃やしたくてもやしたわけじゃないから」
海老太郎の言葉にはるちゃんは強い口調で
「普通の人間は人の納屋を燃やしたりしないから」
「エグイテー」
海老太郎のわけのわからない返答に士郎は
「この子何言ってんの?」
はるちゃんは呆れながら
「この子たまにいきなり奇声をあげたり意味の分からない事を言いだしたりするんですけど気にしないでください」
士郎は少し引き気味に
「おっ、おう‼」
「それで納屋の件はどうすればよろしいでしょうか?」
申し訳なさそうに聞くはるちゃんに向かって海老太郎は笑顔で
「それは解決した」
「えっ?どうやって」
「天羽家の家臣として一生かけて雑用をやって少しずつ金を返して行く事になった」
「なら、私も一緒に働きお金を返していきます」
海老太郎はきっぱり
「いや、僕ははるちゃんに苦労を掛けたくない!!苦労するのは僕一人で十分だ!!」
「海老太郎、苦労は二人で割った方がいいじゃない」
「これは僕一人の責任なんだ!」
「そうだ、お前一人が悪いからな!当り前の事カッコイイ感じで言うな!!」
はる、軽く士郎の左脛を蹴る。
「僕の悪い事をはるちゃんに押し付けるわけにはいかない!!」
「押し付けるわけにはいかない?当り前だろ!お前一人が起こした罪なんだから」
はる、再び士郎の左脛を先ほどより少し強く蹴る。
士郎ははるを指さし
「ねぇ、さっきからこの子それがしの脛蹴るんだけど!!」
誰も士郎の言葉に反応せず。
「なんか、この二人いいカップルですね」
「ホントですよね。素晴らしいカップルです」
感動する経丸と片倉さんに対し士郎は
「いや、いや元はと言えばこいつが勝手に放火したって話だからね。皆感動するのおかしいよ!!」
「士郎さんは人の心がないんですか!!こんな感動的な二人のカップルに感動する事できないんですか‼」
「人の心がないって、それは傷つくよ。経丸さん」
落胆する士郎に経丸は慌てて
「ごめんなさい。傷つけるつもりじゃ」
片倉さんは煽るように
「そうだ!!そうだ!!心がないぞ」
「煽るな!煽るな!」
海老太郎は真顔で士郎に向かって
「士郎さん、感動した方がいいと思いますよ」
「何だおめぇ!感動した方がいいなんてお前だけは言うな!!」
そう言って士郎は海老太郎の首を絞めた。
「皆さん、海老太郎の事をよろしくお願いします」
経丸と片倉は
「はい、もちろん」
士郎は
「しょうがねぇ、ビシ、バシ、デシと厳しく育ててやるか」
はるは士郎の左脛を更に強く蹴る。
「今のは結構強かったよ!!みんな見てたでしょ!!」
皆、士郎の言葉に反応しない
海老太郎ははるに
「僕は全然大丈夫だから、はるちゃんは体調には気をつけてね」
「なにこれ?今生の別れみたいになってるけどただニートが働きに出るだけのことじゃないの?どうせ勤務時間終わったら毎日家帰るじゃん!毎日会うんでしょ?」
はるはだいぶ強めに士郎の左脛を蹴る。
士郎は思わず
「いっ!てぇ!!なんてさっきから左だけを蹴るんだよ!!せめて交互にしてくれよ!!」
と叫ぶが誰も反応しない。
海老太郎の言葉にはるちゃんは目を潤ませながら
「ホント、自分の事もちゃんとできないのに私の事ばかり考えてくれるから」
そう言ってはるちゃんは海老太郎に抱きつき
「怪我だけはしないように無理はしないでね」
海老太郎は笑顔で
「うん!大丈夫‼」
海老太郎は真剣な表情で
「後、はるちゃんに伝えたいことがある」
「えっ、何?」
「僕、はるちゃんだけじゃなくてカブトムシやクワガタの事も考えてるから」
士郎は思わず
「今、言うセリフじゃねぇだろ」
とツッコミ頭を叩いた。
はるちゃんは助走して思いっきり士郎の右脛を蹴り込み
士郎は
「いっ!!てぇー!!それがしがさっきから怪我しているよ!!」
と叫ぶが誰も反応しない
はるちゃんは海老太郎の頭を優しくなぜながら
「海老太郎はホントに優しくていい子なんだから」
海老太郎は経丸に向かって真顔で
「そういえば、家臣てどういう意味ですか?」
士郎達は思わず転んだのであった。