第15話 鷲雪
天羽軍に情報が入る二時間前
「何?南平金殿が討たれた!!」
伝令の若くて、まだ幼さの残る可愛らしい顔の生意気なピーというあだ名の男の知らせに麒麟は驚き、
その場に崩れそうになるくらいのショックを受けたが家臣達をどうようさせないと平静を装う。
麒麟の隣にいる麒麟の側近で色白の女性、鷲雪はピーに
「その情報は誠か!!東海一の弓取りと言われる南平殿が尾張のうつけ者に負けたというのか!!」
「うん、負けたよ」
鷲雪は頭を抱えながら
「ピーが言ってることは本当のことだが、あまりにも信じられない!!太松は二万五千の兵を率いていたんですよ!!それに対し尾張のうつけ者は二千五百どう考えてもあり得ない話じゃないですか!!」
と大声で叫ぶ。
麒麟は冷静な口調で
「ありえない事が起こるのが戦の恐さだ!!」
麒麟は真剣な眼差しでピーの目を見て
「正しい情報をありがとう」
「はい」
麒麟は大声で
「皆の者すぐに撤退準備を!!」
国光軍が撤退すると勢いに乗っている八坂軍の軍勢は追撃してくる。
「逃すな!!必ず麒麟の首を取れ!!」
国光軍は八坂軍の追撃を必死に振り切り何とか自分の領土(三河)の国光家代々のお墓がある、大樹寺まで逃げ込んだ。
八坂軍は大樹寺を囲もうとしたが八坂翔平から撤退命令との連絡が来たので撤退して行った。
麒麟は大樹寺内にある墓地に行き美鷹と書いてある墓石の前に両膝をついて
「美鷹、俺は美鷹との約束を守りたい!俺が戦で穢れた世の中を浄土のような戦のない平和な世界に変えてやるんだ!!今は窮地だが、何がなんでも美鷹との約束を守る。だから見守っていてくれ!!」
一連の流れを陰から見ていた鷲雪の頬を一筋の涙が伝う
涙を拭って
(私が何としてでも国光軍のこの窮地切り抜けさせて見せる)
麒麟の元に行くと
「鷲雪、いつからここに」
「殿、私に一時間下さい」
「一時間?」
「一時間できっかけを作って来ます」
「何のきっかけだ?」
「この窮地を脱するきっかけですよ!!」
そう言って鷲雪は麒麟の元を去って行った。
鷲雪はピーの一個歳上で可愛らしくも少し賢そうな眼鏡をかけた18歳チム、そしてチムと同い年でよく笑う運動神経のいい男ガクの二人に
「小チビ隊の皆に大事な話がある」
チムが
「皆ってピーいないですけど」
「ピーは今ちょっと麒麟様のところにいる」
「私はこの窮地を脱するためには八坂翔平と和睦するしかないと思う」
チムが
「まぁ、そうですね。この状況で戦えば絶対に負けるもん」
ガクが
「でも、こんな状況で相手が和睦してくれるのか?」
「だから、そこで手土産が必要になる」
ガクが
「手土産って何渡すの?」
「天羽長経の首」
チムが驚き
「え?え?味方を裏切るんですか」
ガクも驚きながら
「それは流石にヤバいですよ」
「チム、ガクこの世は乱世生き残るためには何だってしなきゃいけない私は麒麟様を守れるならこの手いくらだって汚すわ!!」
チムは
「生き残るためには仕方ないか。わかりました」
「だな。やるしかないな」
ガクとチムのように納得した。
そして鷲雪はチム、ガクそして少数の兵を連れて東に勢いよく向かって行った。
焦っている自分落ち着かせるように何度も大きく深呼吸をし、焦っている自分の感情を押し殺して余裕ある態度を装って家来達に声掛けをした。
長経様が家来達を不安にさせないように必死に努力している事を感じ取った家来達は絶対に長経様を守り切ると気持ちを高ぶらせた。
天羽軍は次々と追撃してくる八坂軍に討ち取られていき、長経様の周りには十人もいなかった。それでも必死に逃げると八坂軍は追撃をやめた。
「長経様、ご安心くだされ。もう八坂軍は追撃をやめました」
片倉さんの言葉に長経様は
確かにそうかもしれない、奴らが倒したかったのは南平金々殿だ、その南平殿を討ち取ったのならば戦は終わりだろう
「そうだな水道、我らは逃げ延びれるな」
片倉さんは力強く
「そうです」
長経様と片倉さんが安心したその時だった。
「ド!ド!ド!ド‼」
「なんの音だ!」
と言って長経様が後ろを振り返ると国光家の旗が向かって来た。
長経様の家臣が
「国光家の旗です、彼らは援軍に来たんですかね?」
長経様は安心し大きな声で
「お~い、ここで~す!!援軍ありがとうございます!!」
と言うと国光家の旗を持った軍勢が
いきなり天羽家に一斉射撃を浴びせる。
天羽家の皆は驚き、そして長経様は顔を真っ青にして
「まさか、奴らは裏切ったのか?」
片倉も呆然としながら
「そうみたいですね」
鷲雪は大声で
「皆の者、天羽長経を討ち取れー!!」
この号令を合図に鷲雪が率いている軍勢は天羽軍に襲い掛かる!!
家臣達は長経様に
「殿、ここは我らにお任せ下さい我らが必ず食い止めます」
「お前達、何言ってる!!お前達だけを残して逃げたくないわ!!」
家臣の一人が大声で
「片倉!!」
「はい!!」
家臣の一人が優しい表情で
「殿を頼むぞ!」
片倉さんは家臣達の覚悟を感じて涙目になりながら
「はい」
「さらば殿、今までありがとうございました」
長経は泣きながら大声で
「さらばじゃねぇ!!必ず生きて帰って来い!!」
家来達は長経様と片倉さんに背を向けて
「行くぞ!おらぁー‼」
家臣達は八坂の軍に飛び込んでいった。
長経様は涙を流しながら
すまぬ、我の為に
長経様と片倉さんは逃げて行った。
天羽軍は粘るが疲労と戦力差により徐々に追い詰められ遂に壊滅した。
鷲雪は必死に大声で
「長経の首だ!必ず長経の首を取れ‼」
チムやガクも必死に天羽軍の兵を斬り倒していく。
片倉さんは後ろを見て長経様に
「どんどん追手が近づいております!!」
「ああ」
もう覚悟を決めなければ
長経様は腹を括った。
「やっと追いついたぞ」
「ほーどうなされた、我らは共に南平殿に付いていたではないのか?」
長経様はわざと、とぼけた質問を鷲雪にした。
鷲雪は低く小さな声で
「そんなものはとっくに終わってるわ!お主の首を頂戴しに来た」
「卑怯者だな。お主は、我らを裏切りおって」
鷲雪は堂々と
「裏切りなど俺らはしておらぬぞ、南平殿が亡くなった、同盟者がいなくなったから別の方に同盟を持ちかけようとしてるだけだ」
片倉さんは鷲雪を睨みつけ
「口だけは達者な奴め!この場で刺し違えてやる‼」
刀を抜こうとする片倉さんを長経様は止めた。
「もう覚悟は出来ている、お主に我の首を差し出す」
鷲雪は震えた声で
「ほーいい心構えですね‼」
「長経様、何を、何を言っておられるのですか⁈」
「ただし、この若者には危害を加えないでいただきたい」
鷲雪は片倉を見て
「はっは、そんな奴の首などなんの価値にもならんからいらない」
長経様は小さく優しい声で
「去れ、水道」
「長経様は私の恩人、その恩人を見捨てて去る事など出来ません!」
長経様は片倉の顔を両手で包み込んで
「水道、我がお主の恩人なのなら最後まで恩人でいさせてくれぬか」
「殿!」
長経様は片倉さんを抱きしめて
「あの時、お主を助けて本当に良かった」
片倉さんは悲しい感情がこみ上げて来た。
「水道がいるから安心して死ねる」
「経丸を頼んだ」
「殿」
「さぁいけ、達者でな。水道」
長経様は笑顔で片倉さんを突き放した。
片倉さんは長経様に向かって真剣な表情で
「殿、すみません今から私は初めて殿の意見に逆らいます」
「何?」
片倉さんは大声で
「私は逃げません。もう自分だけ逃げて大切な人を失う事など絶対に嫌なんです‼」
「しかし、ここで水道が死んだら天羽家は終わりだぞ」
片倉さんは鷲雪の方に刃を向けながら強い覚悟を持った力強い口調で
「大丈夫です。私も殿も死なずにこいつらを殺しますから」