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高貴な私と今日もおかしな飼い主との日々

作者: あき

 私は気高き猫である。父も母もとても素敵な猫で、私の憧れである。そんな私を養う人間はどれほどのものだろう。私の両親のように立派な人間なのだろう、そうだ、そうに違いない。


 私は私を養う人間のことを思い、期待した。




 ――まあ、そんな時もありましたね。



「んんんんん!!ケイくんんんんんん!!!!今日も可愛いねええええ!!!!」


 誰が思うだろう、私を養う人間が変態だったなんて。


 ケイは私の名前である。私の両親を養っていた人間が付けてくれたものだ。高貴な私にはピッタリな名前なので気に入っている。


 そして朝っぱらから私の体を舐めまわすように見ているコイツは一応私を養っている人間である。


 私の名付け親によれば、コイツの名前は「リュウ」と言うらしい。どこかの学校の先生らしい。テレビで見るニュースに出ている先生や教授という人達とは全然違うのだから驚きだ。



 初対面の時は良かった。


「リュウくん、こちらがケイくんよ」

「可愛らしいですね」


 黒髪をぴしりと整え、眼鏡を掛けた真面目な様子に私を養うにはピッタリな人間ね、と思った。……その時は。


 名付け親が帰って、改めて二人(正確には一人と一匹)になった瞬間…………ソイツは現れた。


「……いい」

「ニャ?」


 思わず聞き返すと、ソイツ……リュウはグッと拳を握って叫んだ。


「かんわいいいいいい!!」

「……………………にゃ……?」


 なんだコイツは、と思った私は悪くないと思う。

 さっきの真面目な人間はどこへ行った?!双子?!双子なのか?!と辺りを見回したがやはり私とコイツ以外誰もいない。


「鳴き声が愛らしくて可愛いいいいい!!毛並み良すぎてヤバい!!」


 ヤバいのはアンタだよ、と言いたいのに出てくる音はニャーばかり。

 掛けてる眼鏡が曇るほど興奮しているのだろう。その姿に慄いてしまった私は思わず後ずさりした。だって怖い。




 そんなこんなで彼と暮らし始めてから一週間。相変わらず彼は私を可愛い可愛いと言ってくる。

 まあ可愛いのは知ってますし?褒められるのは悪い気がしない。けれど、近寄ってくる彼の顔が……なんというかこう、逃げたくなってしまう顔なのだ。


 悪い人では無いのだと思う。私のベッドも用意してくれるし、餌も高級なものを準備してくれる。ブラッシングも優しく梳くし、私を養ってくれる。


 ……けどやっぱり。


「ケイくーーーーん!!今日も可愛いよ!!」


 ちょっとだけ怖いと思ってしまうのは仕方ないと思う。




 □



 翌日、彼はずっと家にいた。

 そういえば人間には週に一回か二回休む日があると聞いた事がある。今日がその日なのだろう。


 朝いつもの様に私を愛でた後、どこかへ行ってしまった。きっと寝室だろうと、二階に行く階段を登っていく。


 この私を放っておいて何をやってるんだ、とプンプン怒りながら彼を探す。

 二階にあがると奥の部屋のドアが少し開いていた。


 覗くとリュウが椅子に座りながら何かを見ている。にゃーと鳴くと、リュウが振り返った。


「ケイくん?!俺を追いかけてきたの?!か、可愛い……!!!!」


 ……追いかけてきたの、間違いだったかな。



 ふと、彼の持っていた何かが目に入る。目の良い私にはよく見えた。……猫の写真だ。


 リュウの膝の上に飛び乗ると声にならない悲鳴を上げながら頭を撫でる撫でてきた。改めて見るとやはり猫の写真が何枚も並んでいる。同じ模様だからすべて同じ猫だろう。

 一枚を指すように手を起き、にゃー?と聞くとリュウはにこにこと笑いながら話してくれた。


「この子はね、俺が昔飼ってた子なんだ。鼻の頭が黒い猫でね、この子も可愛かったんだよ」


 ふーん、と写真を見る。私には劣るけれどなかなか良い毛艶の猫だ。そうか、一度飼っていたのならこんな風に慣れているのも頷けるし、名付け親も何も疑わずに私を彼に預けたのかもしれない。だってこんな変態なら預けないだろうし。


「けど、この子は事故で死んじゃったんだ。ご飯の時間になっても帰ってこなくて、嫌な予感がしたんだ。猫は自分の死ぬ時誰にも見られないようにいなくなるって聞いたから」


 それはそうだ。私だってきっとそうする。もし両親が人間だったら、私の死に様を見て泣く姿を見たくないからね。


「探しに行ったら……道路で冷たくなっていたよ。あの時は悲しかったなぁ」


 リュウは手で優しく写真を撫でた。写真のこの子を思い出して撫でているのだろうか。

 ……この子は、リュウに愛されたのだなぁと思うとなんだか切なくなったのだ。




 □




「じゃあケイくん!行ってくるからね!」



 はよ行けや、と思いながら後ろを向きながら耳だけをピクピクと動かす。

 ドアの閉まる音、鍵のかかる音を聞くと私は二階へと上がった。


 前回上がった時、日当たりの良い場所を見つけたのだ。日向ぼっこでもしようとした時、どこからか視線を感じて窓を見た。



「アンタ、噂の新しいヤツか」

「……だれ?」

「オレ、この近所に住んでるニータって言うんだ」


 猫がいた。茶色の毛をした猫、ニータ。

 噂と言っていたが私が噂になっているのか。なるほど、気高い私が噂になるのも仕方ない。


「なあ、これから集会があるんだけど一緒に行かねぇ?みんなに紹介してやるよ!」

「えっ」

「あ、お前が良かったらだけど!」


 どうしよう、少し行ってみたい。ここに来てから一度も外に出ていないからそのお誘いにソワッとした。


「それとも飼い主に外出るなって言われてる?」

「それは……言われてないけど……」


 言われてはいない。もし、リュウが帰ってきた時私がいなかったら……どう思うだろう……。


「飼い主帰ってくる前に帰ってくればいいんだよ」

「……そっか」


 ニータの言葉に納得してしまった。リュウが帰って来る前に帰ってきたらいいんだ、そうしよう。


「ここ鍵開いてるから出れるな」


 ニータが鼻で窓を押すと、キイ、と音を立てて開いた。


「ほら、来いよ。行こーぜ!」


 ニータに促されて、恐る恐る外へと出る。足元にそよそよとした風が当たる。

 それだけで私の好奇心が心の奥底から湧き上がってきて、外へと一歩足を進めた。



 *



 屋根を降りて、壁の上を歩いて、車を避けて。私のような細い動物しか通れない道を通ったその先に、それはあった。


「やっほー!」

「あ、ニータ。……と、そっちの子は?」


 鋭い目が一斉にこちらを見る。……リュウに可愛がられるのとはまた違った怖さだ。


「オレの近所に越してきた新しい猫だよ。……そういや名前聞いてなかったな?」

「えっと、名前はケイ。あんまり外に出たこと無いんだ。よろしく」

「ケイ!よろしくね、僕はユキだよ」


 自己紹介をすると次々と挨拶をしてくる。今までは両親くらいしか他の猫を見たことがなかったから、ドキドキしている。


「ニータの近所ってことは僕も近所だね」

「ユキも?」

「飼い主さんの名前分かる?」

「リュウだよ。先生やってるんだって」

「えっ、リュウさん?!」


 ユキはびっくりしていた。ニータも知らなかったようで驚いていた。確かにリュウのあの様子を見たら変人過ぎて驚くよな……と思っていたら、どうやら違うらしい。


「いいなぁ、リュウさんのくれるお菓子はいつも美味しいんだ」

「え」

「わかるー!リュウのヤツ、いつも撫でてくるけど、ツボ分かってるのか最高に気持ちいいよな~!」

「……ほんと?ハイテンションで可愛いーー!!とか言わない?」


 リュウの物真似をすると「何それ?」「普通に可愛いねとは言われたことあるけど……」と言われた。外では普通なのか?まあ往来であんなテンションで来られても困るよな……。


「家と外じゃ態度が違うってこと?それってケイのことが特別好きって事じゃない?」


 ユキに言われて、悪い気はしなかった。確かにリュウの態度はアレだけれど。


 その後次々と他の猫にも話しかけられ、気が付いたら青い空がオレンジ色になっていた。


「そろそろ帰るか」

「そうだね。ケイはどうする?」

「うーん、もう少し散歩してから帰るよ」

「大丈夫か?初めて来た道だけど」

「うん、多分大丈夫」

「何かあったら大声で鳴いて知らせろよ!」

「もう、犬じゃないんだから」


 遠吠えなんて出来るわけないだろ、と猫なりのジョークを言って二匹と別れる。


 初めて一人で出た外はとても好奇心を擽るものだった。車の音や草花の匂い、虫の鳴き声にリュウ以外の人間の声。すべてが新鮮で、ドキドキワクワクが止まらない。


 そんな物にたびたび寄り道をしていたら、あっという間に空が暗くなった。太陽の代わりにぽっかり浮かんだ黄色い月がこちらを見ている。


 暗く前と比べて、音は一気に減った。なんだか……怖い。辺りを見回して、でも来た道と覚えのない物ばかりでようやく自分が迷った事に気が付いた。

 初めての外、初めての道で好奇心いっぱいだった私はすっかり元の道を忘れてしまった。


「どうしよう……どこ行けばいいんだろう……」


 恐る恐る進むと、後ろから車が勢いよく走ってきた。音に驚いて思わず体が固まってしまったけれど、それで正解だったようだ。


 好奇心は猫を殺す、なんて諺があるらしい。それは今の私にぴったりなような気がした。


 助けて、だれでもいいから。


 そう思うのに、自然と浮かんでくるのはたった一人の私を養う人間。


「リュウ……!」


 か細く、にゃあ……と鳴くとバタバタと走ってくる音がして、また体が固まった。

 暗闇に現れたのは――――リュウだった。


「ケイ!ああ、よかった……居なくなったかと思った……!」


 そう言いながらリュウは私を抱き上げた。


 いつもならぴっちりと整った髪がぼさぼさになっていて、きっちりきている服が乱れている。顔も汗だらけで、高貴な私には触って欲しくないのに……何故だか今はその温もりが欲しくて欲しくてたまらなかった。


「またあの子と同じように居なくなったのかと思った……」


 あの子はきっと写真の子だろう。リュウにまた悲しい思いをさせる所だったようだ。ごめんね、リュウ。


「さ、帰ろうか」

「にゃあ」


 返事をすると、リュウが嬉しそうにこちらを見た。




 □




「今日も優雅な座り方だねぇえええ!!ケイくん!!!!」


 カシャカシャと写真を撮るのはリュウ。何やらめちゃくちゃ高いカメラを購入したらしく、ずっと私を撮っている。


「ああ~!!!!欠伸!!可愛い!!」


 ただ口を開けただけだぞ、どういう事だ。



 足の裏をぺろぺろと舐めると「肉球……!!」と悶えながら写真を撮る。コイツは相変わらず変態だ。



 ……相変わらず変な人間だが、私は存外彼を嫌いではないのだ。こうして愛情を示してくれるから。


「今日もうちの子が世界一可愛いいいいい!!!!」


 …………でもそろそろ、落ち着いてもいい頃だと思う。

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